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第三章:蒸奇の国・ガンク・ダンプ

第52話

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『し……試合終了ー!! し、勝者は、チームミーズ工房のクロエさんです!』

 司会のアリシアの宣言と共に、コロッセオの内部は爆発的な歓声に包まれた。会場内のほとんどが、アズガルド工業の勝利だと思っていた中でのまさかの勝利。会場内の熱気はその大波乱を巻き起こした小さなシルエットへ向けられる。
 バトルフィールドの上、グローリアの操縦する蒸奇装甲スチームアーマーはその首から上の部分がなくなっていた。そこに中央制御システムがあったのだろう。機体はすぐに活動を停止する。
 グローリアは制御を失い動かしづらくなった蒸奇装甲スチームアーマーを自前の筋力で何とか動かし自身の背後へ振り返った。そこには攻撃を終えた姿勢で残身を取るクロエの姿がある。その右手には身の丈ほどの大剣が握られていた。

「お、お前! いい、今、何をした!?」
「……簡単な事ですよ。超高速で詰め寄って、すれ違いざまに首を刎ねたんです。それだけですよ。」
「あ、ありえない……! そのスピードもだけど、最新技術が詰め込まれたうちの蒸奇装甲スチームアーマーが負けるだなんて……」

 すぐにフィールドへ両チームのメカニックが駆け寄る。クロエのチームはミーズ工房の三兄弟が、グローリアの方へはアズガルド工房のメカニックが集まった。

「やってくれたぜ、嬢ちゃん!! 最高の勝利だ! 儂ゃあ、久々に身震いしたぜ!」
「おうよ! 胸がスッとするたぁこのことだ! ありがとうよ!!」
「よっしゃ、んじゃあ蒸奇装甲スチームアーマーを脱いでくれ。念のため点検すっからよ!」

 ゲンノウ、カケヤ、サシガネの三兄弟が順番にクロエへ声をかける。クロエはその様子に小さく笑いながら左手に着けたガントレット型の装着デバイスを操作し、蒸奇装甲スチームアーマーを脱着する。
 フィールドを後にするクロエたち四人だが、コロッセオの選手控え専用出入り口の脇に座り込む男性がいた。アズガルド工業の幹部だとゲンノウが話していた、受付の日クロエたちをバカにしていた男性だった。彼は今起きたことが信じられないとばかりにフィールドに残る自社の蒸奇装甲スチームアーマーを呆然と眺めていたが、クロエたちの姿が目に入るや否や立ち上がり鬼のような形相で走ってきた。

「キ、キサマらぁああ……ッ!!」

 だがその歩みは危険を察知した警備員によって阻まれた。彼は関係者とは言えメカニックでも装着者でもない。許可のないコロッセオフィールドへの立ち入りは出来ないのだ。
 何とかクロエたちの下へ行こうともがくが、屈強な警備員を押しぬけることなどできず遠くからクロエたちへと大声で怒鳴った。

「貴様ら、一体どんな不正をした!? 貴様らのような弱小工房が俺らに勝てるわけがない!!」
「そいつぁ言いがかりってもんだぜ、アズガルド工業さんよ。」
「おうよ、儂らは儂らなりの技術があるし、そしてそれの実現のため努力したんだ。」
「兄貴たちの言うとおりだぜ。引き抜きばっかして連携の取れてねぇお前らに負けるわけはねぇんだよ。」

 男の言いがかりにゲンノウらが反論を返す。不満げな様子な男だが言い返すことは出来ないのだろう。悔しそうに顔をゆがめた後、絶望したようにブツブツとつぶやきだした。

「クソ……クソッ! このままでは俺のキャリアが……俺の輝かしいキャリアが……」
「あ、あの……その、この失敗をばねにもう一度頑張ればいいんじゃないですか……?」

 男のあまりの落ち込みように、クロエが思わずと言った様子で声をかける。言葉をかけられた男はクロエを見つめポカンとした後、突然その表情を憤怒のそれに変えて叫びだした。

「うるせぇ、ガキが!! お前に何が分かる!? 何も知らねぇくせに分かった様なこと言ってんじゃねぇぞ!!」
「ひっ!?」
「クソが……そうだよ、元はと言えばお前のせいだ。お前みたいなバケモノのせいで俺は、俺たちのチームは負けたんだよ……なぁ!? 何とか言えよ、クソが!! この、バケモノッ!!」
「や……あ、あの……ご、ごめんなさ……」

 クロエが怯えたように顔を青ざめさせる。その間に男は警備員に両脇を固められ連行されていた。姿が消える直前、クロエの方を何の感情もこもらない目で見つめていたのが、クロエの脳裏に焼き付けられる。

「……気にすんな、嬢ちゃん。今更勝ち負けは変わらねぇし、何よりアイツの言ってることは全部言いがかりだ。」
「おうよ、あいつにどうこうするこたぁ出来ねぇよ。嬢ちゃんは悪くねぇ。」
「そうさな。それに、もしアイツが何かしようとしても嬢ちゃんなら返り打ちだぜ!」
「そ、そうですね……」

 ゲンノウたちの励ましの言葉に、クロエは何とか言葉を返す。だがその脳内には、先ほど言われた言葉がずっと響いていた。
 ――「バケモノ」の四文字が。










「ふーむ……なかなかやるじゃないか。今年はミーズ工房の奴ら、気合い入れてるみたいだねぇ。それに、あの嬢ちゃんも噂に違わぬ力さね。」
「もちろんですわ。だって、クロエさんですもの!」

 オトミの感嘆にサラが我が事のように胸を張る。その様子にオトミは苦笑を漏らすとサラを超えてミーナに話しかけた。

「ミーナさんや、あの蒸奇装甲スチームアーマーについてなんか知ってることはないのかい? あたしゃあんまり詳しくないんさね。」

 オトミの問いかけにミーナが少し考えて話し出した。

「私も全て把握しているわけではないのですが、あの蒸奇装甲スチームアーマーは機体番号SAM1047、機体名〈ヴァルキリー〉と言うそうです。最大の特徴は何と言ってもその軽量さによる超高速の機動力。装甲がない部分は魔力式物理防壁を張っているそうですが、やはり防御面での不足は否めないようで。クロエさんが装着者なのでその点は心配ありませんが、量産は難しいと仰っていました。まさに攻撃特攻型だそうです。」
「ふぅん……と言うことは、今回アイツらは本気でこの大会を勝ちに来てるんさねぇ。今までは妹のカンナに合わせてデチューンしていたらしいが、今回はAランクの白銀が装着者だから遠慮なしって訳だ。」
「さすが私のクロエさんですわ!」

 サラがまたも我が事のように胸を張った。その表情は本当に嬉しそうである。ミーナとオトミはその様子をやれやれといった様子で見守るのであった。
 三人がそんな会話を続けている間にも試合は順調に続いていった。第一試合のクロエの試合が一瞬で決まったのは本来異例な事であり、予選を勝ち抜いてきた挑戦者同士の試合はそれなりに白熱した試合となっている。
 それぞれの機体は各々のチームの色が強く出た個性的な物ばかりであった。それぞれが独自の戦闘スタイルや武装、機体を競い合わせている。この様子を伺う限り、蒸奇装甲スチームアーマーの技術向上というこの大会の真の目的であろうものは十二分に達成されているようだ。
 朝から始まった戦技大会は太陽が直上に来て国内に日が届くころ、つまり昼になるころには全第一試合が終了していた。大会は昼休憩である。観覧席に座るサラ達の下にクロエとゲンノウら三兄弟がやってきた。

「お待たせしました。」
「あ、クロエさん! お疲れ様ですわ……って、どうしたんですの? 何か、顔色が悪いようですけど……」

 声をかけてきたクロエの様子にサラが疑問を覚える。見事な初戦勝利を飾ったにしてはその様子に喜びは見られず、むしろ少し青ざめた様子であったからだ。そこまで暑くないにもかかわらず額からは汗が流れている。
 そのことを指摘されたクロエは慌てた様子で表情を笑みにすると、少し無理をしたような声色で話し始めた。

「だ、大丈夫です! ちょっと、あの、何と言うか……そう! 酔っちゃったんですよ、蒸奇装甲スチームアーマーに。ね? ゲンノウさん。」
「お、おぉ……そ、そうだな。ま、まぁ少し休んだから問題ないと思うぞ。」

 ゲンノウも少し言葉に詰まりながらもなんとかそう語った。その言葉にサラが少し不審そうにしながらもそれ以上の言葉を続けられなくなる。
 クロエたちはそれぞれの思いを抱えながらも、続く試合に備え休憩をとるのであった。










 一方その頃、ガンク・ダンプから離れた砂漠地帯のある場所にて。

「諸君、よくぞ集まってくれた。今日の作戦は決して光当たるものではなく、その功績は決して表には出ないだろう。だと言うのにこの作戦にこうして参加してくれることに、心から感謝する。ありがとう。」

 大勢のガンク・ダンプ国軍、鉄血蒸奇軍アームストロングスチーマーの隊員を前にヒフミが演説をして頭を下げる。そして顔を上げると覚悟を決めたような表情を掲げ、簡易作戦本部の天幕から遠く地平の先を睨みつけた。
 その視線の先、地平線の境には山があった。いや、山ではない。それは遠くにあるから分かりにくいが確かに動いている。はるか遠くにありながらもまるでこちらにその体動を轟かせんばかりの存在感。
 地竜レッサードラゴンの最下種、リントブルムの逸脱種フリンジ。グラン・ガラドブルムがその天を衝かんほどの巨躯を蠢かせていた。

「諸君、見えるだろうか。あれだ。あれが此度の作戦の標的だ。あれを倒さない限りガンク・ダンプに迫る危機はなくなりはしない。転生者である私だが、ガンク・ダンプの為ならばこの命、惜しくはない。」

 ヒフミの言葉に感情がこもる。静かにそれを聞く隊員たちも静かにその闘志を高ぶらせていた。ヒフミが腰にいた軍刀を抜き放ち、その切っ先を敵へ向け叫んだ。

「――諸君! 出撃だ!!」
「「「ハッ!!」」」

 ―続く―
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