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第三章:蒸奇の国・ガンク・ダンプ
第56話
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場所は変わり、コロッセオの地下。選手専用の休憩室へ続く廊下を、クロエは一人歩いていた。すでに試合後のメンテナンスなどは終わっており、後は次の試合を待つだけの身の上である。
(……ふぅ、何とか勝てた……相手の人が油断してたから何とか勝てたけど、結構危なかったな。決勝が誰になるかはわからないけど、誰であれ楽勝って訳にはいかないだろうね……)
つらつらとそんな事を考えながら廊下を歩いていると、ふとその先に誰かが立っているのをクロエは発見した。人外の、人類種よりほんの少しだけ良い視力を活用して注視する。
「あ……ルウさん。」
「クロエ殿! お疲れ様であります! ささ、こちらをどうぞ。」
主人を見つけた忠犬のように、ルウガルーはクロエをその視界に認めると小走りに近づいてきた。そしてその手に握られた缶入りの飲み物を差し出してくる。薄い金属で形成されたその入れ物は、クロエの前世に当たる世界のアルミ缶とどこかよく似ているものだった。
「あ、ありがとうございます。」
「いえ! 戦いを終えた兵士を労うのも、また兵士の役割であります。」
くぴくぴとのどを鳴らし飲み物を飲むクロエを、なぜか嬉しそうにニコニコ見つめるルウガルー。まるで役に立てたこと自体が嬉しくてたまらないと言ったその様子は、傍から見ると忠犬のそれである。
「ぷは……ふぅ。ごちそうさまでした。それにしても、こうもタイミングよく差し入れをしてくれるだなんて……ルウさんは気が利きますね。」
「滅相もない。先ほどの試合は、モニター越しの自分ですら息をのみ手に汗握る戦いでありましたから。実際に戦ったクロエ殿なら喉もたいそう乾いているだろうと思っただけであります。」
「流石……何と言うか、軍人が天職という感じですね。」
クロエの言葉にルウガルーは笑みを浮かべた。だが、その笑顔は付き合いの短いクロエであってもどこか違和感を覚える、どこか無理をしたような笑顔だった。
「あ……ごめんなさい。軍人が天職って言われてあんまり好い気はしないですよね。」
「へ? あ、あぁ……こちらこそ申し訳ないであります。クロエ殿に気を遣わせるようなことを……」
お互いに少し気まずい雰囲気が流れる。そこまで狭くない廊下であるが、雰囲気のせいか少し息苦しさを感じてしまうほどだった。
試合を次に控える身として、また決勝を待つクロエを気遣ったのだろう。ルウガルーが何か決心したような目でクロエを見つめ、口を開いた。
「クロエ殿……自分の控室はすぐそこであります。自分の試合までまだ時間もありますし、少し話をしたいのでありますが……」
「話、ですか……? ルウさんが構わないのであれば、ボクは一向にかまわないですけど……」
クロエの返事にルウガルーは是非にと返事を返す。そしてそのままクロエを先導し、自身の控室へと案内した。
廊下を少し進んだ先にルウガルーの控室があった。また、近くにはほかの選手の控室もある。クロエの控室は一番奥に、ルウガルーの控室は一番手前であった。
扉に手をかけ、ルウガルーはクロエを部屋の中へ招き入れる。クロエが扉をくぐりルウガルーも部屋へ入った。扉が閉まると自動で部屋の鍵がしまる。
「そこの椅子に掛けてください。何か飲み物を用意するであります。」
そう言い残すと、ルウガルーは水場のある隣の部屋へ姿を消した。先ほどの気まずい雰囲気を残す中、手伝いを申し出ることのできなかったクロエはどこか居心地悪そうに部屋の中を見渡すしかない。
(とは言っても控室だし、ボクの控室と変わらないよね……あ~あ、言葉選び失敗しちゃったかな……)
今の気まずさを形成するに至った発端である自身の言葉。過去の過ちを思い、気を重くするクロエである。
さほど時間をかけずルウガルーは戻ってきた。先ほどクロエに手渡した冷たい缶飲料ではなく、軽く湯気の立つ温かい飲み物をその両手に携えている。
「どうぞ。クロエ殿はおそらく飲んだことがないと思うのでありますが……」
「あ、ありがとうございます。えっと、これは何ですか?」
受け取ったカップの中、覗き込んだクロエの視線の先には、少し茶色がかった赤色の液体が注がれていた。見た目は紅茶に近いが、その香りは今まで嗅いだことのないものである。
「この国周辺に自生しているサボテンを、乾燥させ砕いたもので入れるお茶であります。ガンク・ダンプでは一般的でありますが、材料が材料なのであまり他国ではなじみがないようでありまして。」
クロエを安心させるためか、自らが率先して口をつけるルウガルー。クロエは別段毒などを疑っていたわけではないが、ゴクッと一気に飲み込んだその姿につられ同じように口に含んだ。
「んぐっ……!? ん……んぅ……ぷはっ! に、苦い……!」
「フフフ……やはりクロエ殿にとっては苦いようでありましたか。」
涙目のクロエをみて笑いをこらえるルウガルー。その様子に、クロエはまったく怖くない睨み顔を向けて抗議をする。
「ひ、ひどいですよルウさん!」
「も、申し訳ないであります。このお茶のくだりは、何も知らない他国の方へやるのが慣習と言うか、何と言うか……しかし、やはり見た目通り苦いものはお嫌いのようでありますな。」
「こ、これでも前世では苦い物なんて平気なオトナだったんですよ! う、嘘じゃないです!」
苦い物が平気なことが即ち大人であることの証明になるのかは定かではないが、子供ではないことを必死にアピールするクロエ。その様子につられ、ルウガルーの表情も先ほどの廊下よりも明るいものとなる。いつしか、二人の間に流れていた気まずい雰囲気は霧散してしまっていた。
「あの、ルウさん。先ほどは、すみませんでした。軽率な言葉でした。」
だからであろう、クロエは自然と先ほどの自らの言葉に対しルウガルーへ謝罪できていた。ルウガルーも特に気にすることもない様子でそれに応える。
「いえ、クロエ殿が謝ることではありません。むしろ、軍人であるならば先ほどの言葉は喜ぶべきでありましょう。ですが、自分は情けないことに、それを手放しで喜べなくて……」
「……良かったら、訳を話してくれませんか? まだ時間は大丈夫ですよね?」
ルウガルーの様子に、クロエは少し踏み込んでいった。もしかしたら、ルウガルーにとってそれは禁忌なのかもしれない。だが、知らない仲でもない相手のその表情を見て見ぬふりできる程、クロエは薄情でもなかったのだ。
クロエの言葉に少し驚いたように目を見開くルウガルー。だが、すぐにその表情を笑みに変えると、頬をポリポリと指でかきながら話し出した。
「ま、まぁ、そこまで深刻でもないのでありますが……むしろ情けない理由と言いますか……えっと、クロエ殿は人狼族をご存知ですか?」
「いえ……あまり馴染みはないです。」
「簡単に言えば、狼型の獣人……厳密にいえば違うのでありますが、まぁそんな存在であります。自分の祖先にあたるその人狼族は、実を言うと過去の大戦でほぼ絶滅したのでありますよ。大魔王に従うことを良しとせず、ほぼ皆殺しにされたとか……」
「え!?」
ルウガルーの言葉に思わず声を上げるクロエ。自分が行ったことではないとは言え、その身に宿す大魔王、いや魔神の過去の所業は他人事には思えないようだ。
クロエの疑問の声を別段不審に思わなかったのか、ルウガルーは構わずに話を続けてきた。
「自分の先祖に当たる者は、その大戦前に国を出た一族のようであります。流れ流れてこのガンク・ダンプにたどり着き、そこからおよそ百年以上、この国で軍職に就いてきたのであります。」
「そ、そうだったんですか……」
「そして、自分がクロエ殿の言葉を素直に喜べなかったのは、まさにそこにあるのであります。自分は生まれた頃からこの国の軍に貢献すべく育てられてきたのであります。この話し方も、女であることでなめられないようにと躾けられた結果であります……自分は、自分には、何もない……」
俯きながら話すルウガルーの言葉には、それまであった力強さがなかった。いや、その力強さすら作られた物なのかもしれない。クロエはルウガルーにかける言葉も見つからず、ただただ吐露させる言葉を受け止めていた。
「自分には友人も、趣味も、好きな歌も、好きな食べ物も、何もかも用意されたモノでありました。自分で得た物なんて、何も……自分は、自分は……いや、私は……!」
そこまで言葉を続けたルウガルーは不意に顔を上げた。その瞳には薄く涙がたまっている。
「私だって友達と遊びたかった!! 毎日毎日辛い訓練ばかり! 甘い物だって食べたかったし、オシャレだってしたかった! 初めて夢見た将来の夢を父に話したら、立てなくなるまで殴られ続けた!! 貴女に……貴女にそれが分かるのですかっ!!?」
今まで押し隠していたであろう感情を爆発させて、心情を吐き出すルウガルー。だが、ふと正気に返ったのであろう。しまったとばかりに顔を青ざめさせると、瞳を腕でこすり声のトーンを落として話し出した。
「も、申し訳ない……つい熱くなってしまったであります……」
「いえ、謝ることなんてないですよ。むしろ、ようやく本当のルウさんに会えた気がします。」
「ク、クロエ殿……」
驚いたような、照れたような表情でそう呟くルウガルー。二人の間に、先ほどまであったような気まずい雰囲気はもはやなく、どこか暖かい時間が流れていた。
しかし、その時は無情にも試合開始時刻が近づいたことを知らせるアナウンスで遮られてしまう。アナウンスを聞いたルウガルーは自分とクロエのカップを台所へ運ぶと、不意にクロエの方を向いて笑った。
「ど、どうしたんですか?」
「いえ、本当にクロエ殿は不思議な方だなと思いまして。何と言うか、貴女の傍にいると、自分が抑えられないと言うか、つい本音が漏れてしまいそうと言うか……先ほどのような告白など、隊長にしかしたことがないのでありますのに……」
照れたようにはにかみながら、顔を横に逸らすルウガルー。その表情に触発されたのか、クロエはあることを聞いた。
「ねぇ、ルウさん。その、こんな事聞いて良いか分からないけど……ルウさんのその、将来の夢って、なんだったの?」
今までの敬語をいつの間にか無くし、つい素の言葉で尋ねるクロエ。その言葉にルウガルーも疑問を覚えず返答する。
「……旅人、です。世界に、もはや数少ないでしょうが、いるであろう同族を探して、会ってみたい。そう思っていたんです。って、やっぱり気恥ずかしいでありますな! うぅむ……やはりあなたと話していると、調子がくるってしまう……」
困ったような表情の中にも、隠し切れない喜びを抱えた表情を浮かべながら、ルウガルーは部屋を出て、自らの試合の場へと足を進めるのであった。
―続く―
(……ふぅ、何とか勝てた……相手の人が油断してたから何とか勝てたけど、結構危なかったな。決勝が誰になるかはわからないけど、誰であれ楽勝って訳にはいかないだろうね……)
つらつらとそんな事を考えながら廊下を歩いていると、ふとその先に誰かが立っているのをクロエは発見した。人外の、人類種よりほんの少しだけ良い視力を活用して注視する。
「あ……ルウさん。」
「クロエ殿! お疲れ様であります! ささ、こちらをどうぞ。」
主人を見つけた忠犬のように、ルウガルーはクロエをその視界に認めると小走りに近づいてきた。そしてその手に握られた缶入りの飲み物を差し出してくる。薄い金属で形成されたその入れ物は、クロエの前世に当たる世界のアルミ缶とどこかよく似ているものだった。
「あ、ありがとうございます。」
「いえ! 戦いを終えた兵士を労うのも、また兵士の役割であります。」
くぴくぴとのどを鳴らし飲み物を飲むクロエを、なぜか嬉しそうにニコニコ見つめるルウガルー。まるで役に立てたこと自体が嬉しくてたまらないと言ったその様子は、傍から見ると忠犬のそれである。
「ぷは……ふぅ。ごちそうさまでした。それにしても、こうもタイミングよく差し入れをしてくれるだなんて……ルウさんは気が利きますね。」
「滅相もない。先ほどの試合は、モニター越しの自分ですら息をのみ手に汗握る戦いでありましたから。実際に戦ったクロエ殿なら喉もたいそう乾いているだろうと思っただけであります。」
「流石……何と言うか、軍人が天職という感じですね。」
クロエの言葉にルウガルーは笑みを浮かべた。だが、その笑顔は付き合いの短いクロエであってもどこか違和感を覚える、どこか無理をしたような笑顔だった。
「あ……ごめんなさい。軍人が天職って言われてあんまり好い気はしないですよね。」
「へ? あ、あぁ……こちらこそ申し訳ないであります。クロエ殿に気を遣わせるようなことを……」
お互いに少し気まずい雰囲気が流れる。そこまで狭くない廊下であるが、雰囲気のせいか少し息苦しさを感じてしまうほどだった。
試合を次に控える身として、また決勝を待つクロエを気遣ったのだろう。ルウガルーが何か決心したような目でクロエを見つめ、口を開いた。
「クロエ殿……自分の控室はすぐそこであります。自分の試合までまだ時間もありますし、少し話をしたいのでありますが……」
「話、ですか……? ルウさんが構わないのであれば、ボクは一向にかまわないですけど……」
クロエの返事にルウガルーは是非にと返事を返す。そしてそのままクロエを先導し、自身の控室へと案内した。
廊下を少し進んだ先にルウガルーの控室があった。また、近くにはほかの選手の控室もある。クロエの控室は一番奥に、ルウガルーの控室は一番手前であった。
扉に手をかけ、ルウガルーはクロエを部屋の中へ招き入れる。クロエが扉をくぐりルウガルーも部屋へ入った。扉が閉まると自動で部屋の鍵がしまる。
「そこの椅子に掛けてください。何か飲み物を用意するであります。」
そう言い残すと、ルウガルーは水場のある隣の部屋へ姿を消した。先ほどの気まずい雰囲気を残す中、手伝いを申し出ることのできなかったクロエはどこか居心地悪そうに部屋の中を見渡すしかない。
(とは言っても控室だし、ボクの控室と変わらないよね……あ~あ、言葉選び失敗しちゃったかな……)
今の気まずさを形成するに至った発端である自身の言葉。過去の過ちを思い、気を重くするクロエである。
さほど時間をかけずルウガルーは戻ってきた。先ほどクロエに手渡した冷たい缶飲料ではなく、軽く湯気の立つ温かい飲み物をその両手に携えている。
「どうぞ。クロエ殿はおそらく飲んだことがないと思うのでありますが……」
「あ、ありがとうございます。えっと、これは何ですか?」
受け取ったカップの中、覗き込んだクロエの視線の先には、少し茶色がかった赤色の液体が注がれていた。見た目は紅茶に近いが、その香りは今まで嗅いだことのないものである。
「この国周辺に自生しているサボテンを、乾燥させ砕いたもので入れるお茶であります。ガンク・ダンプでは一般的でありますが、材料が材料なのであまり他国ではなじみがないようでありまして。」
クロエを安心させるためか、自らが率先して口をつけるルウガルー。クロエは別段毒などを疑っていたわけではないが、ゴクッと一気に飲み込んだその姿につられ同じように口に含んだ。
「んぐっ……!? ん……んぅ……ぷはっ! に、苦い……!」
「フフフ……やはりクロエ殿にとっては苦いようでありましたか。」
涙目のクロエをみて笑いをこらえるルウガルー。その様子に、クロエはまったく怖くない睨み顔を向けて抗議をする。
「ひ、ひどいですよルウさん!」
「も、申し訳ないであります。このお茶のくだりは、何も知らない他国の方へやるのが慣習と言うか、何と言うか……しかし、やはり見た目通り苦いものはお嫌いのようでありますな。」
「こ、これでも前世では苦い物なんて平気なオトナだったんですよ! う、嘘じゃないです!」
苦い物が平気なことが即ち大人であることの証明になるのかは定かではないが、子供ではないことを必死にアピールするクロエ。その様子につられ、ルウガルーの表情も先ほどの廊下よりも明るいものとなる。いつしか、二人の間に流れていた気まずい雰囲気は霧散してしまっていた。
「あの、ルウさん。先ほどは、すみませんでした。軽率な言葉でした。」
だからであろう、クロエは自然と先ほどの自らの言葉に対しルウガルーへ謝罪できていた。ルウガルーも特に気にすることもない様子でそれに応える。
「いえ、クロエ殿が謝ることではありません。むしろ、軍人であるならば先ほどの言葉は喜ぶべきでありましょう。ですが、自分は情けないことに、それを手放しで喜べなくて……」
「……良かったら、訳を話してくれませんか? まだ時間は大丈夫ですよね?」
ルウガルーの様子に、クロエは少し踏み込んでいった。もしかしたら、ルウガルーにとってそれは禁忌なのかもしれない。だが、知らない仲でもない相手のその表情を見て見ぬふりできる程、クロエは薄情でもなかったのだ。
クロエの言葉に少し驚いたように目を見開くルウガルー。だが、すぐにその表情を笑みに変えると、頬をポリポリと指でかきながら話し出した。
「ま、まぁ、そこまで深刻でもないのでありますが……むしろ情けない理由と言いますか……えっと、クロエ殿は人狼族をご存知ですか?」
「いえ……あまり馴染みはないです。」
「簡単に言えば、狼型の獣人……厳密にいえば違うのでありますが、まぁそんな存在であります。自分の祖先にあたるその人狼族は、実を言うと過去の大戦でほぼ絶滅したのでありますよ。大魔王に従うことを良しとせず、ほぼ皆殺しにされたとか……」
「え!?」
ルウガルーの言葉に思わず声を上げるクロエ。自分が行ったことではないとは言え、その身に宿す大魔王、いや魔神の過去の所業は他人事には思えないようだ。
クロエの疑問の声を別段不審に思わなかったのか、ルウガルーは構わずに話を続けてきた。
「自分の先祖に当たる者は、その大戦前に国を出た一族のようであります。流れ流れてこのガンク・ダンプにたどり着き、そこからおよそ百年以上、この国で軍職に就いてきたのであります。」
「そ、そうだったんですか……」
「そして、自分がクロエ殿の言葉を素直に喜べなかったのは、まさにそこにあるのであります。自分は生まれた頃からこの国の軍に貢献すべく育てられてきたのであります。この話し方も、女であることでなめられないようにと躾けられた結果であります……自分は、自分には、何もない……」
俯きながら話すルウガルーの言葉には、それまであった力強さがなかった。いや、その力強さすら作られた物なのかもしれない。クロエはルウガルーにかける言葉も見つからず、ただただ吐露させる言葉を受け止めていた。
「自分には友人も、趣味も、好きな歌も、好きな食べ物も、何もかも用意されたモノでありました。自分で得た物なんて、何も……自分は、自分は……いや、私は……!」
そこまで言葉を続けたルウガルーは不意に顔を上げた。その瞳には薄く涙がたまっている。
「私だって友達と遊びたかった!! 毎日毎日辛い訓練ばかり! 甘い物だって食べたかったし、オシャレだってしたかった! 初めて夢見た将来の夢を父に話したら、立てなくなるまで殴られ続けた!! 貴女に……貴女にそれが分かるのですかっ!!?」
今まで押し隠していたであろう感情を爆発させて、心情を吐き出すルウガルー。だが、ふと正気に返ったのであろう。しまったとばかりに顔を青ざめさせると、瞳を腕でこすり声のトーンを落として話し出した。
「も、申し訳ない……つい熱くなってしまったであります……」
「いえ、謝ることなんてないですよ。むしろ、ようやく本当のルウさんに会えた気がします。」
「ク、クロエ殿……」
驚いたような、照れたような表情でそう呟くルウガルー。二人の間に、先ほどまであったような気まずい雰囲気はもはやなく、どこか暖かい時間が流れていた。
しかし、その時は無情にも試合開始時刻が近づいたことを知らせるアナウンスで遮られてしまう。アナウンスを聞いたルウガルーは自分とクロエのカップを台所へ運ぶと、不意にクロエの方を向いて笑った。
「ど、どうしたんですか?」
「いえ、本当にクロエ殿は不思議な方だなと思いまして。何と言うか、貴女の傍にいると、自分が抑えられないと言うか、つい本音が漏れてしまいそうと言うか……先ほどのような告白など、隊長にしかしたことがないのでありますのに……」
照れたようにはにかみながら、顔を横に逸らすルウガルー。その表情に触発されたのか、クロエはあることを聞いた。
「ねぇ、ルウさん。その、こんな事聞いて良いか分からないけど……ルウさんのその、将来の夢って、なんだったの?」
今までの敬語をいつの間にか無くし、つい素の言葉で尋ねるクロエ。その言葉にルウガルーも疑問を覚えず返答する。
「……旅人、です。世界に、もはや数少ないでしょうが、いるであろう同族を探して、会ってみたい。そう思っていたんです。って、やっぱり気恥ずかしいでありますな! うぅむ……やはりあなたと話していると、調子がくるってしまう……」
困ったような表情の中にも、隠し切れない喜びを抱えた表情を浮かべながら、ルウガルーは部屋を出て、自らの試合の場へと足を進めるのであった。
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