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第三章:蒸奇の国・ガンク・ダンプ

第58話

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「……やっぱり、凄いとしか言いようがないですね。」

 今までの戦いを息をのむように黙って見ていたクロエが、考え込むような声色でそう呟いた。その言葉にサラも反応を返す。

「ええ。はじめ見たときは蒸奇装甲スチームアーマーを展開させないので不審に思ったのですけど、まさかあのように必要な時に必要なところを部分展開させて戦うとは思いもよりませんわよね。」

 サラも感心したような声を上げる。その驚きはそこまで大きいものではなかったが、その反対にこの国の住人であるオトミは初めてルウガルーの蒸奇装甲スチームアーマーを見たときはとても驚いていた。

「それもあるが、あのの凄いところは実生活への貢献蒸奇装甲スチームアーマー期待できるところさね。蒸奇装甲スチームアーマーを軍事目的以外で使うとなれば、重いモンを運ぶってのがメインだ。この国は通路が狭いからね。でも、蒸奇装甲スチームアーマー自体そこまで小さなもんじゃないから結局使いどころは限られてんだよ。でも、ああして部分展開が可能ならば話は変わるだろうさね。」

 オトミがクロエにもわかるように説明を重ねる。軍事目的においての活用の幅もありそうだが、この国の住人としては生活の向上の方面に期待するのだろう。

「でも、ふと思ったんですけど、この国って義手とかの技術も発達してますよね? そういうのを使えば重たい物とか平気なんじゃないですか?」

 クロエがふと思いついたように疑問の声を上げた。この国へ滞在しておよそ一週間強。その間にこの国では他国に比べ多くの者が義手などの義体を装着していた。その技術は素人目から見ても発達しており、人々は生活にまったく困ってはいなさそうだったのである。
 そんなクロエの質問へはミーナが答えを返した。

「クロエさんの疑問も尤もですが、実はこの国には義手などの義体の出力を制限する法律があるのです。」
「あ、そうなんですか?」
「はい。主に犯罪抑止の意味が強いですね。強力な力を持つ義体を使った犯罪を防止するために一定のラインで出力は制限され、その機能も義体の範疇を大きく超えないように定められています。ですが、それでも普通に生活する限りにおいては意識することのないレベルの制限です。」

 なぜ部外者のミーナがここまで一国の法律に詳しいのかは誰も知る由がないが、もはやそのような些事を気にするほどではないのだろう。クロエとサラはただ純粋に感心していた。

「まぁ、メイドさんの言うとおりだよ。義体は生活に困らないレベルとは言え制限されている。だが、蒸奇装甲スチームアーマーにはそんな制限がない。だからこそ重いもんを運んだりとかでは重宝するのさ。」

 オトミがまとめるように口を開いた。ルウガルーの見せたその新技術はガンク・ダンプの生活の向上に役立つものなのだろう。そう言った意味ではこの大会の目的は十分に果たされているのであろう。

「……と、もうそろそろボクは行きますね。決勝の前にいろいろメンテナンスしなくちゃいけないみたいなんで。」

 そう言ってクロエが立ち上がった。その言葉にそれぞれが激励の言葉をかける。最後にサラが立ち上がり、クロエの手を握りながら話しかけた。

「クロエさん、私はここからしか応援できませんけど、それでも心は一緒ですわ。頑張ってください!」
「はい、力いっぱい戦ってきます。」

 クロエはそう言って笑うと観客席を後にした。関係者専用のゲートをくぐり、目指すはメンテナンス場、そして決勝のフィールドである。










 ルウガルー・ヴォルケンシュタインは人狼族ウェアウルフである。
 人狼族はいわゆるオオカミ型の獣人だと思われているが、その実それは間違いである。獣人の多くが獣が魔力を得て人型をとった先祖を持つか、もしくは人との交配種であるのに対し、人狼族ウェアウルフは元々神や精霊に近い存在だったのだ。人々の深い森や夜の闇、襲い来る獣への恐怖や畏れが魔力と融合し具現化した存在である。
 そんな存在であるからこそ、その身体能力や魔力は他の獣人とは比べ物にならないほどであった。一時は吸血鬼や悪魔などと肩を並べるほどの恐怖であった。

(だけど、私たちの先祖は滅んでしまった。)

 過去の人と魔物の大戦、その大戦において大魔王の軍勢に加わらなかった人狼族ウェアウルフは、大魔王の手ずからその多くが滅ぼされていった。国などを作らず各地で中規模程度の集落で暮らしていた人狼族ウェアウルフは、その圧倒的な力の前に抵抗むなしく衰退の一途をたどった。

(私の祖先はそうなる前に集落を離れ、そしてこのガンク・ダンプへたどり着いた。)

 ルウガルーの先祖は長い放浪の果てにこのガンク・ダンプへたどり着いた。この国の軍部に拾われ、献身的な介護を受けた。すでに大戦は終わっており、人々はボロボロの人狼族ウェアウルフを暖かく迎え入れた。

(私の先祖は誓った。この身を、この国の為に捧げようと。)

 恩義を感じたルウガルーの先祖はこの国の軍隊へ入隊した。そして子々孫々と同じように軍に入り、この国の守護者たらんとしてきたのである。

(だけど、私は出来損ないだった。本来なら高い魔力を持つはずなのに、私はほとんど魔法が使えない。お父様はそんな私を見下した。私はそれでも認めてもらおうと努力した。いろいろな物を犠牲にして、軍に入った。そして、軍部期待の特別編成部隊の副隊長となった。)

 特別編成隊は蒸奇装甲スチームアーマーを主武装とするガンク・ダンプ国軍の中でも比較的新しい、しかしもはや主力となりつつある花形部隊であった。そこへの配属はルウガルー自身喜ばしいものであったし、また自身の力量を認められているように感じるものであった。

(だけど、納得がいかなかった。私が副隊長なのはいい。だが、その上官が私よりも若い異世界人なのは納得できなかった。)

 ルウガルーの配属と同時ごろに同じく特別編成隊の大隊長に任ぜられたヒフミの事を、ルウガルーは最初認めていなかった。むしろ見下していたかもしれない。異世界人であると言うだけで軍部の興味を誘ったと思い込んでいた。また、その整った外見からいかがわしい手段を取ったのではないかと偏見を持った。犠牲と努力を重ねてきたルウガルーにとってヒフミはまさに憎しみの対象だった。

(しかし、それは間違いだった。隊長は確かな実力とこの国への貢献、そして私のような部下を気遣い受け止めてくれる素晴らしいお方だった。)

 様々な衝突を重ねたルウガルーとヒフミだったが、その衝突のおかげなのか今では心の底から信頼しあえる仲間となっていた。ある日ルウガルーがふと漏らした自身の過去の話に、ヒフミはまるで我が事のように涙を流し慰めた。

(その日から、私の忠誠は父でもなく国でもなく軍でもなく、隊長へと向かった。他の何物のためでもなく、隊長のため。彼女の為ならばこの命、惜しくはない。)

 控室にて一人考え込むルウガルーの耳に、試合準備のアナウンスが届いた。上着を羽織り、控室の扉に手をかける。

(隊長……無事であるのでしょうか……)

 特殊任務へと向かったヒフミの姿を思い浮かべながら、ルウガルーは決勝のフィールドへと足を運ぶのであった。

―続く―
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