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第四章:犠牲の国・ポルタ

第75話

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 大通りを抜け、西区画から直線に移動。クロエたち三人は東区画のとある巨大建造物の前に来ていた。ポルタ皇国が誇る独自宗教ポルカッタ教、その総本山である大教会だ。大教会という名称は伊達ではなく、その大きさは王宮を除けば国で一番だろう。周りの二階建て、三階建ての建物を二、三個積み上げてもまだ大教会の方が大きいだろう。天を突くような尖塔が幾つもそびえ立ち、王宮と言っても過言ではないほどの荘厳さに満ちている。
 クロエは目の前にそびえ立つ大教会を見上げ、目を奪われていた。そしてそれはクロエだけ限らず、サラとミーナも同じであるらしい。二人とも感嘆の声を上げていた。

(おぉ……何だっけ、ゴシック様式、だったかな? 昔、教科書で見たケルン大聖堂みたい。)

「これは、凄いですわねぇ……たぶんですけど、依然戦った逸脱種《フリンジ》くらいはありますわよね……」
「グラン・ガラドヴルムですね。恐らくそれほどはあるでしょう。しかし、何よりも驚きなのはこの大聖堂、魔法などを使わず全て人力で建てられている点ですね。」

 ミーナはそこまで言うと、まるで感極まったかのように両手を緩やかに広げ、彼女にしては珍しく感情をむき出しにした笑みで言葉を続けた。

「この手腕、この完成度、この建築美! ほんの百年程度しか寿命を持たない短命の人類種が、世代を越えて創り上げた芸術の美しさはやはり素晴らしい……!」
「……ミーナ? その気持ちは分かりますけど、性格変わっていません?」

 ミーナのあまりの変貌ぶりに、サラとクロエは思わず一歩引いてしまっていた。ミーナは「ハッ!」と気が付いたような声を上げると、小さく咳ばらいをして居住まいを正す。

「し、失礼いたしました。私、こういった美術・芸術品の類の鑑賞に目がなくて……」
「いやいや、ミーナさんの意外な一面がみられて良かったよ。ね、サラさん?」
「ま、まぁ、そうですわね。……正直驚きで声も出ませんでしたわ(ボソッ)」

 サラのつぶやきは幸か不幸か、誰の耳にも届くことはなく消えていった。そして三人は開かれた大聖堂の大門から内部へ入る。
 大聖堂内部は外側の荘厳さとは裏腹に、木材を基調とした温かみを感じさせる内装だった。設置されているベンチやその他調度品の数々。それらは総じて年季を帯びており、この大聖堂の経た歴史を感じさせるものだった。
 クロエたちがいるのは大聖堂一階の広間だ。所々にランプが掲げられているものの、室内は薄暗い。しかし、壁にはめ込まれたステンドグラスから注がれる陽の光が大聖堂に神聖な雰囲気を届けている。

「うわぁ……これは、何と言うか……神様とか信じていないけど、なんか信心深い気持ちになるね。」
「そうですわね。内部に木材を使っているのは、個人的に好みですわ。少し懐かしい感じがしますもの。」

 一階の広間には恐らくこの国の人々だろう、多くの人たちがベンチに座り各々が信じる神に向かって祈りを捧げていた。その人数はとても多い。昼時であることを踏まえれば、この人数は少し尋常ではないだろう。
 クロエたちもその事に気が付いたようだ。辺りを見回している。

「ねぇ、ミーナさん。この国の人ってこんなに信心深いの?」
「さぁ……一概に否定はできませんが、ここまで信仰心が篤いのは珍しいですね。それこそ、宗教国家だったりなどではあり得ますが……」

 ミーナが腕を組んでいる。するとサラがミーナの腕を叩いて話しかけた。

「ミーナ、あそこにさっきと同じ聖騎士の方がいますわ。聞いてみるのが早いんじゃありませんの?」
「そうですね。こちらは観光客ですし、素直に聞きますか。」

 三人は大聖堂を警護していた聖騎士の一人に近寄った。大聖堂の中と外には多くの聖騎士らが警護に当たっていた。彼らの本拠地であるので当然と言えば当然だが。
 クロエたちが近寄ると、その聖騎士は被っていたヘルムのバイザーを上に押し上げて顔を見せた。そこにあったのは、銀のひげを蓄えた歴戦のナイスシルバーの顔である。彼はにこやかな笑顔を浮かべると、その穏やかな雰囲気に見合った優しい声で話しかけてきた。

「おや、こんにちは。その長い耳と白と褐色の肌は、ハイエルフにダークエルフの方ですかな?」
「ご明察です。我々は今日この国を訪れました旅の者でございます。少し、お尋ねしたいのですが……」
「ハッハッハ、儂のような老骨に答えられることならば何なりとお答えしましょう。」

 どうやらかなりの好々爺であるらしい。人を安心させるような笑みと声に三人の気持ちもほぐされた。

「この大聖堂にはかなり多くの方がいらっしゃいますが、これはこの国では当たり前の光景なのですか? 失礼ですが、他の国ではあまり見慣れない光景でしたので。」

 ミーナの質問に、老騎士はとても答えにくそうな、少し困ったような表情を浮かべた。そしてきれいに整えられた口ひげを撫でつけると、眉尻を下げた笑みを浮かべながら質問に答え始めた。

「……いや、この国でもこの光景は尋常ではありません。実はこの国には現在、とある危機が迫っておりましての。」
「とある危機、ですか?」

 クロエが反応した。その声に気が付いた老騎士は優し気な笑みを浮かべると、クロエの目線に合わせるために膝を曲げかがみこんで話し出した。

「そうじゃよ、お嬢ちゃん。その危機のせいで、この国の人たちは凄く困っておるのじゃ。お嬢ちゃんには分からないかもしれんが、それこそ神様に頼らなければならないほどにのぅ。」
「その危機の内容、私たちに教えて頂くことは出来ませんの?」

 サラが老騎士にそう尋ねる。老騎士は先ほどよりも困ったような表情を浮かべたが、少し考えた後で立ち上がり話し始めた。

「あなた方にも、無関係ではないですしの。お答えいたしましょう。この国を出た東側の森、そこで取れる食物の類は口にしない事をお勧めします。」
「それは、何故ですの?」
「……原因不明の疫病です。国内での感染例は確認されていないものの、それも時間の問題でしょう。国民は日夜その恐怖に怯えているのです。ここに集まっているのは、そんな不安を少しでも和らげようと来た、熱心な信者たちなのです。」

 老騎士は視線をクロエたちからそらし、祈りを捧げる人々へ向けた。その眼差しには悲しみと、そして何か悔しさが感じられた。

(たぶん、悔しいんだろうな。この人、すごい責任感とか強そうだし。)

 クロエが老騎士の心情を推し量っていると、ミーナが深々と頭を下げて礼を言った。

「……そうでしたか。貴重なお話、ありがとうございました。」
「いえいえ、この国はあまり観光に向いていない国ですが、それでも良い国です。どうか少しでもごゆっくりしていってください。」

 クロエたちはそれぞれ一礼して老騎士の下を離れ、大聖堂を後にした。大聖堂内の予想を超えた人の数もあるが、それ以上に観光と言う気分ではなくなってしまったからだ。
 大聖堂を後にした三人は、再び中央区画へとやって来た。先ほどと変わらないはずの光景なのだが、老騎士の話を聞いた後だとその光景もどこか陰りを感じられずにはいられない。

「……疫病、ですか。ミーナさん、この世界ではよくある事なんですか?」

 クロエが周りに聞こえない程度に抑えた声でミーナに問いかけた。クロエのいた前世の世界、特に彼女の住んでいた国では疫病など過去の話だった。にわかには信じられない話だったのである。

「全くない訳ではありません。あまり文明の進んでいない国では時折あるそうですし、発展した国でも原因不明の病はあります。しかし、一度発生すれば多くの命が失われることになります。……私も、過去の旅で幾度か目にしたことがありますから。」

 ミーナも少し沈んだような表情で答えた。彼女が旅をした時代は、今よりも世界の文明全体が発展していなかっただろう。疫病の発生に伴う被害も現代の比ではなかったのだろう。
 暗くなってしまった雰囲気に耐えかねたのか、サラが両手をパンと鳴らして雰囲気を変えた。

「はい! 暗い雰囲気は終わりですわ! せっかくこうして訪れた国なんですもの。もっと楽しみましょう。」
「……フフッ、お嬢様も変わりましたね。それではクロエさん、お嬢様。とりあえず北区画の騎士団詰所へ向かい、魔結晶の換金へ参りましょう。せっかくですし、今夜は美味しいものを食べますか。」
「いいね、楽しみだよ!」

 笑みを浮かべた三人は、中央区画を抜け北区画へと向かうのだった。

 ―続く―
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