白銀が征く異世界冒険記―旧友を探す旅はトラブルまみれ!?―

埋群のどか

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第四章:犠牲の国・ポルタ

第85話

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 クロエは狼狽した。まさか影腕《アーム》が現れないなどとは予想だにしなかったのである。思わず間の抜けたような声を上げた後、しばしの間放心してしまっていた。

「…………ハッ! って、呆けている場合じゃない。でも……なんで魔法が使えないの?」

 クロエはその後もなんとか魔法を使おうと四苦八苦するも、何とも上手くいかない。途中思いついて【魔力念話《テレパス》】を使ってみたが、結果は振るわなかった。
 クロエがそろそろ不安に駆られ始めた頃、これでダメなら諦めるという覚悟で発動させた影腕《アーム》がなんとか発動した。しかしその影腕《アーム》はいつも発動される巨腕ではなく、精々クロエの腕と同じ程度の細さの、少し頼りないものだった。

「むぅ……こんなんじゃ鎖は切れても、手枷までは千切れない、か。仕方ない。とりあえず、っと。」

 クロエは影腕《アーム》で手枷から伸びる鎖をつかむと、それをまるでねじ切るかのように指ですり合わせた。数度の金属同士がこすれたような音の後、鎖が小さな音を立てて千切れた。首元にも影腕《アーム》を伸ばし、鎖を根元から千切った。

(まぁ、これで多少は動きやすくなったかな? さて、と……)

 クロエは鉄格子へと近づいた。そして扉の鍵を注視する。よく見るとその鍵はウォード錠と呼ばれるシンプルな構造の鍵だった。しかしこの世界が機械などの文明が発達していないことを鑑みれば、電子ロックなどではないことは推測されるだろう。

(よしよし、これなら影腕《アーム》の指先をかえて突っ込めば……)

 クロエは鉄格子の隙間から影腕《アーム》をのばすと、その人差し指をカギ穴へ突っ込んだ。指先はまるで泥のように柔らかく形を変え鍵穴へ入り込んでいく。
 少しの間カチャカチャと音を鳴らしていたクロエだったが、不意に眉をピクリと上げると影腕《アーム》をまるで鍵を回すかのようにひねり回した。そしてその動きと同時にガチャンと言う大きな音を立てて鍵が開いた。

「よし! それじゃあ、さっそく……」

 クロエがソロリと鉄格子を開け、そして顔だけ出して外の様子を伺った。外は牢の中よりかは多少明るい。しかし重苦しい雰囲気は変わらず、そして牢の外に人の気配はない。

 クロエは慎重に牢の外へ出た。改めて辺りを見回して、そこに先ほどの聖騎士がいない事を確認する。そして次に、辺りの牢屋を調べ始めた。
 クロエが閉じ込められていた牢のある地下室は、どうやらかなりの広さがあるようだ。牢屋の数も多く、そしてその多くには先ほどまでのクロエと同じように囚われの女性たちが意識を失った状態で牢につながれている。

(うぅ……この人たちを助けたいけれど、この人たち全員外に出して連れて行くのは無理だし……それに、もしかしたら悪い人たちかもしれないし……)

 悩みに悩んだ末、クロエはとりあえずつながれている女性たちを放っておくことにした。もしこの人たちが、クロエと同じように囚われただけの人たちならばあとで助けに来ようと決意して。
 手枷に首枷をつけた非常に動きづらい格好のクロエは、それでもなるべく足音を立てないように動き出した。行く先は先ほどの足音が消えていった先だ。

(……誰もいないな。慎重にいかなくちゃ。)

 クロエは足音を殺しゆっくりと、且つ最高速で動き出した。足枷がない分歩くのに問題はないが、如何せん手枷と首枷がある。特に手枷で両手の動きが拘束されているのは大きく、動きが妙にぎこちない物となってしまうのだ。
 クロエが慣れない動きに四苦八苦しながらもなんとか進んだ先、石造りの壁がT字路を描いていた。どうやら分かれ道のようである。
 クロエは曲がり角にしゃがみこむと、通路の先へ聞き耳を立てた。何も音は聞こえない。どうやら周りに人はいないらしい。クロエは慎重に顔を曲がり角から出すと、その先を覗き込んだ。

「うわ……まぁ、当然か。」

 クロエが落胆の声を上げたその先、そこには固く閉ざされた鉄の扉があったのだ。その扉は現在のクロエでは例え鍵が開いていたとしても、とてもじゃないが開けられそうにない。まずもって現在の手枷に囚われた両手では扉を開ける事すら叶わないだろう。

(さて、どうしようかな?)

 扉の前まで悠長に歩いてきたクロエだったが、扉の前で悩みこんでしまう。ふと思いついて扉に顔を近づけた。耳をひんやりとする扉へくっつける。すると、扉の向こうの様子が微かに聞き取れた。

『……ゥゥア…ガ……アァァ……』
『まぁ……ここ…ら……』

(ダメだ、何言っているか分かんない。でも、この先は人がいるのか……まいったなぁ。)

 扉から少し離れた場所で途方に暮れるクロエ。鍵が開いていたら影腕《アーム》で開けられたが、その先に誰かいるなら話は別だ。見つかれば牢に戻されるか、最悪その場で殺されかねないだろう。
 どうしたものかとクロエが扉を注視していると、とあることを思いついた。それは前世で読んだとあるミステリー小説のトリックである。
 クロエは思いついたアイデアの下、再び扉に近づくと大きな声を上げて扉を叩いた。

「おーい! 誰か、開けてー!」
『ウガァァッ!!』

 扉の向こうからも焦ったような声が聞こえてきた。クロエはその声を聞くとすぐさま扉の脇にその身を隠した。
 クロエが身を隠すとほぼ同時に、鉄製の扉が音を立てて勢いよく開かれた。あまりの勢いに扉が壁に当たり、再び大きな音が鳴る。

「ガァァ……グルルルル……」

 扉から出てきたのは、何とも不思議な存在だった。一言で言うならば、ゾンビだろう。血色のない肌はつぎはぎだらけで、左腕と顔の一部は欠損していた。不気味としか言いようがない。クロエは初めてこの世界に来て、こういった存在を目にしたのだった。
 そのゾンビのようなその存在は腰の剣に手をかけると、ジャラリと引き抜いた。そして辺りを伺いながら扉とは反対方向、T字路を直線方向に歩いて行った。

(……な、何なんだあれ!? ゾ、ゾンビ……? ゲームだとよく見たけど、実際に見ると……うぅ……)

 思わずこみ上げてきた吐き気を堪え、心の中で汗をぬぐったクロエは開け放たれた扉と壁の隙間、三角形の空間に隠れこんでいた。扉を見たときに扉が通路を塞ぐようにではなく、通路を塞ぐ壁の中心にあることから思いついた隠れ場所である。
 慎重に扉を押して通路へ出たクロエは、歩き去って行ったゾンビらしきものが戻ってこないことを確認して扉の先へ侵入した。どうやらそこは兵士の詰所のような場所らしい。通路とは違い比較的明るい空間だった。

「……あれ? もう一人ぐらいいたと思ったんだけど――ッ!?」
「……ん? だ、誰だ!?」

 クロエが疑問の声を上げると同時に、詰所のクロエの入ってきた扉とは逆の扉を開けて一人の聖騎士が入ってきた。どうやらクロエの予想は当たっていたらしい。部屋の中には二人いたのだ。
 クロエはその聖騎士の姿を確認するや否や即座に近づいて影腕《アーム》を展開させた。影腕《アーム》をのばし兵士の口をふさぐ。そしてそのまま兵士の右側に身体をスライドさせると、左足を軸に一回転。右足で膝裏から相手の足を刈り取るように後ろ回し蹴りを放った。
 両足を思いもよらぬ方向から刈り取られた兵士は、そのまま倒されるボウリングのピンのように地面へ頭を打ちつけた。

「グッ……!」

 いくらヘルメット型の兜を被っているとは言え、強い勢いで地面に打ち付けられてはたまったものではないだろう。短い声を上げた聖騎士はそのまま気絶してしまった。

「ふぅ、あっぶなかったぁ……」

 何故かやり切ったような笑顔を浮かべたクロエだったが、すぐにその笑顔は焦りの表情に戻る。

「アァァ? ウァ……」

 なんとクロエが入ってきた方の扉から、今度は先ほど出ていったゾンビらしきものが戻って来てしまった。しかしあれほどの大きな音を立てたのだ。不審に思い戻ってくるのも当然だろう。
 戻ってきたそれは詰所の中の倒れた聖騎士とその傍の枷を着けたクロエに気がついた。しかし気がついて行動に移ろうとした瞬間、なんと倒れていた兵士の身体が突如立ちすくむそれの方へ飛び上がったのだ。

「ガァッ!?」

 突然の事態に対処なぞ出来るはずもなく、詰所に入ってきたゾンビらしきものは何十キロもの肉の塊を一身に受けてしまった。さらにそこに鎧の重さと射出された際のエネルギーも加わる。予想以上の勢いにゾンビらしきものは引き倒され、鎧の下敷きとなりただの肉塊となって沈黙した。

「……うぷっ! ……う、うぅぅ……も、もう、嫌だよ……」

 クロエが涙目で吐き気を堪えていた。いままでモンスターや魔物を数多く倒してきたクロエだが、人型の存在をミンチにしたのは初めてである。そのストレスと視覚的暴力は凄まじかったのだ。そしてクロエの身体の横では影腕《アーム》が暢気にも指をぐっぱぐっぱと閉じたり開いたりしている。
 一体何が起きたのか。クロエは見つかった瞬間横たわっている兵士の身体の下に影を伸ばし、そして兵士の身体を押し上げるように影腕《アーム》を出現させたのだ。とっさの行動だったが、結果を見れば敵二人を無力化したので成功だろう。

「ハァッ、ハァッ……! うぅ……早く、行かなくちゃ……」

 少女の孤独な戦いは、まだ始まったばかりである。


 ―続く―
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