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第四章:犠牲の国・ポルタ
第106話
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「お嬢様、左から来ます!」
「あぁ、もう! 私の腕は二本しかないんですのよ!?」
文句を言いつつも、サラは左から襲い来る触手群を放つ矢で射抜いた。ミーナは更に深部で触手と咎人の腕をあしらっていた。右手一本で背丈を越える巨大包丁を振り回し、左手で触手を掴み引き千切る。死に物狂いで稼ぐ一分間は、もうすぐ五十秒に達しようとしていた。
「お嬢様、クロエさんの様子は!?」
「まだドームに籠ったままですわ!」
徐々に押されつつある二人、動きにも精彩が欠き始めていた。いかな達人とは言え、本気の集中や全力全開と言う物は長くは続かない。それこそもって一分だろう。ふたりはそんな身体の限界をかけて時間を生みだしていた。
「キャッ! あ、しま――ッ!」
視界外から迫った触手がサラの弓を弾いた。転がった森林の旋風は持ち主の手から離れ宝珠の状態に戻ってしまう。
「お嬢様!? チッ! 邪魔だ、退け!」
ミーナが何とかサラの下へ駆け寄ろうとするが、それまでサラに射抜かれていた触手たちがミーナに群がった。とてもじゃないが動くことなどできない。
動けないミーナを横目に、無慈悲にも咎人の腕が振り上げられ、そしてサラへと放たれた。
「お嬢様ッ!!」
(ク、クロエさん……!)
サラが思わず目を閉じ、クロエの名を心の中で叫んだ。せめて最後は愛する人を思い出したい。そう考えて。
しかし、その拳がサラに届くことはなかった。サラ達が戦い始めてからちょうど一分、振り下ろされる咎人の腕や触手たちの動きがピタリと止まったのだ。
そして止まったのは咎人だけではない。先ほどまで獅子奮迅の動きを見せていたミーナまでもがその動きを止めていたのだ。何も時間を止められたわけではない。動きたくとも動けないのは、この大講堂に突然満ちた謎の圧迫感によるのだった。
(な、何ですこの圧迫感、いや、存在感は!? ま、まるで、この空間全てが埋もれているかのような……一体どこから?)
何とか気力で首を回したミーナの目が捉えたのは、まるで宙に溶けるように消えていくクロエの影のドーム、そして中から姿を現したクロエ本人だった。
姿を現したクロエは、変わらない傷だらけの姿だった。見た目だけならドームに籠る前と変わらない。しかし、感じる雰囲気はまるで別人だった。
(な、何ですのこの雰囲気……。でも、どこかで感じたことがあるような……。)
サラが動けないままに、しかし何とか首を上げてクロエを見つめた。厳しい目つきで咎人を睨むクロエ。すると、クロエは突然足元の影から自身の愛刀でもある鴉丸を取り出した。そしてそのまま小さく口を開き、言葉をつむぎ始める。
「――燃えろ、地獄の焔。染めろ、此《こ》の岸彼の岸、彼方の空も。我が言の葉すらも、一欠片《ひとかけら》の灰と為せ。揺らぎ、焦がせ、存在すらも。お前に、燃やせぬ物など無い……!」
クロエの呟いた言葉、それを聞いたミーナが驚きを顔に浮かべた。
(あ、あれは……完全詠唱ですか!?)
魔法の詠唱には三つの段階が存在する。速度を重視した詠唱を一切行わない「無式詠唱」。速度と威力を両立する、魔法名のみを唱える「略式詠唱」。そして言葉と共に自身の魔力を練り上げ魔法を放つ「完全詠唱」である。
(時代と共に、時間がかかるが故に廃れていった完全詠唱……確かに存在は教えましたが、なぜそれを今? いや、それよりもこの魔力の形、雰囲気は……!?)
ミーナには覚えがあった。クロエが発動しようとしている魔法の存在を。忌々しい記憶と共に思い起こされるその魔法の名は――
「――焼き尽くせ、【黒焔】。」
クロエの身体を包み込むように、漆黒の炎が立ち上がった。それは、かの魔神エリスが得意とした魔法【黒焔】だった。物質のみならず生物の精神すらも焼き尽くす、この世ならざる呪いの炎。
伝承によれば敵の魔法や精神存在すらも燃やしたと言う。そんな禁忌とも呼べる魔法を何故クロエが発動するのか、ミーナには少しも分からなかった。
(クロエさんの中に封じられている魔神の存在……。それを思えば【黒焔】の発動はまだ分かります。しかし、それを咎人にぶつけないのは何故ですか? 何故、自身を包み込むように燃やすのですか?)
ミーナの頭に混乱が広がる。しかし混乱はそこで終わらなかった。炎の中のクロエが続けて詠唱を始めたのだ。
「我が手に宿るは八咫なる翼。此の身を焦がすは闇《くら》けき炎。陰陽對いて天地人。路行き逝きて、照らさん未知を。隔てるものなどありはしない。さぁ――」
燃える漆黒の炎を突き刺すように、クロエの鴉丸が炎の中から突き出された。そして身を包む【黒焔】が更に勢いを増す。その火柱は咎人の背丈を優に越しかねない程だった。そして、爆発するように炎が拡散する。
「――示せ、『八咫烏』。」
炎が晴れた先、そこにいたクロエの姿が様変わりしていた。持っていた鴉丸は姿を変え、刃《やいば》の部分が真っ赤に燃えている。そして何よりも目を引くのはクロエの両横に浮かぶ巨大な刀、クロエの持つ刀と同じく真っ赤な刃を持つ大太刀だ。刀身から【黒焔】の炎が立ち上がる。右の大太刀は乱れ刃紋でその峰には「天 八咫烏」の刻印が、左の直刃紋の大太刀の峰には「地 八咫烏」の文字が刻印されていた。ふわふわと浮かぶそれは、まるで背後に見えない巨人が控えているかのようだ。
そしてクロエの背後に生える翼にも変化があった。いままでクロエが生み出していた翼は蝙蝠のような物だったが、いま背中にある翼は真っ黒な鴉のような羽だった。そしてそこから落ちた漆黒の羽根は、まるで相反するかのように真っ白に発行している。
どこか神聖な、しかし禍々しさすらも感じるその姿。ミーナの決して短くない生涯を通しても見覚えのないその姿に、ミーナはもとよりサラも言葉がないようだった。
「……サラさん、ミーナさん。お待たせ。後はボクに任せて、ゆっくり休んでいて。」
クロエのその言葉にサラとミーナを束縛していた圧迫感のような物がフッと消え去った。急いで咎人から距離を取る。クロエの周りはまるで火山のようで、近づく事すら難しい熱気を帯びていた。
「ごめん、まだ上手く加減できないんだ。ボクからは、少し離れていてね?」
クロエの言葉に従い、サラとミーナはクロエから少し離れた背後に控えた。それでも感じる圧迫感、そして殺気。クロエ本体は変わらぬ姿なのに、その雰囲気そして周囲は様変わりしている。まるで別人のようだった。
クロエは右手に持った刀を咎人に突きつけた。その刀身には「人 八咫烏」と刻印されている。どこまでも暗く黒い峰に輝く真っ赤な刀身。まるで刀身がどこまでも伸びて、咎人を突き刺すかのような殺気を帯びている。
「……さて、だいぶボクたちを痛めつけてくれたね。そろそろ終わりにしようか。悪いけど、手加減できそうにないよ。」
咎人が圧迫の呪縛を破った。そしてその無数の触手群をクロエに向けて恐ろしい速度で伸ばす。クロエは落ち着いて右手に持つ刀を上段に構える。左右の大太刀はそれぞれ刃を外に構えた。
触手が迫る。クロエは焦らず、それでいて触手たちが間合いに入るその瞬間を見逃さない。神速の居合で両手に持つ一刀と、左右に控える二本の大太刀が振るわれた。ただそれだけで、迫りくる触手のすべてが微塵に切り刻まれる。触手はすぐに再生しようとした。しかし、それまでと違い触手は一向に再生されない。もはや生命かどうかも分からない姿の咎人だが、まるでその姿は予定外の事態に焦っているかのようだ。
「無駄だよ。魔神の【黒焔】で燃やし切ったんだ。再生なんて出来るわけがない。ほら、もう終わりなんだ。……これで最後だよ。」
クロエが刀を体の正面で縦に構えた。そして左右の大太刀がクロエの正面少し上の辺りで切っ先をそろえる。そのまま切っ先で真円を描いた。何の原理か、空中にその軌跡が残される。
クロエの魔力が高まる。瞳を閉じて、小さく口を開いた。
「――宝珠・八咫烏、奥義・弐宝。『八咫鏡《やたのかがみ》』。」
クロエが縦に構えた刀を真円の中心に突きつけた。その瞬間、空中に残る軌跡の内部が眩く輝き、そこから巨大な魔力砲が放たれた。
放たれた魔力砲は、ただただまっすぐに咎人へと向かっていった。咎人はすんでのところでその両腕で魔力砲を受け止める。放たれたそれは闇属性の魔力の塊。咎人にとっては餌の塊だ。その両手の平からどんどん魔力を吸収する。
――はずだった。
「――ッ!?」
咎人が声にならない声を上げたような気がした。吸収できるはずの魔力砲、しかし咎人はそれを吸収できなかった。いや、正しく言えばきちんと吸収しているのだ。しかしその威力があまりに大きく、その魔力の密度があまりに高いが故に吸収しきれないのだ。
咎人の掌がどんどん燃やされていく。気がつけばあっという間に両手は燃え落ち、咎人本体に魔力砲が届いた。一瞬だけぶつかって止まった魔力砲は、すぐに咎人の身体を突き破り、そして背後の扉もそれを守る結界も破壊した。クロエが少し上を狙って放ったが故にそのまま撃ちぬかれた超長距離魔力砲、「八咫鏡《やたのかがみ》」は、大聖堂全体を包む結界すらも簡単に撃ち抜いて夜空に一本の軌跡を描くのだった。
クロエが無言で刀を横に払った。それだけで溢れる魔力砲の奔流は消え去る。そしてそのままクロエは床へ着地した。クロエの足元から【黒焔】が再び立ち上る。
すぐに消え去った炎、その向こうにあったクロエの姿はいつもと同じ小さな少女の姿だった。ステンドグラスから降り注ぐ月光の光を受ける白銀の髪が、白く眩く輝く。
振り返るクロエ。しかしその足元には今までなかった物があった。真っ赤な宝石がはめ込まれた指輪だ。シンプルな台座に宝石をはめ込んだだけの簡素な指輪。しかしそこから感じられる魔力は、まるで宝珠のようだ。
「……終わったよ。信じてくれて、ありがとう。」
疲れ切った、しかし嬉しそうな笑みでクロエはそう呟いたのだった。
―続く―
「あぁ、もう! 私の腕は二本しかないんですのよ!?」
文句を言いつつも、サラは左から襲い来る触手群を放つ矢で射抜いた。ミーナは更に深部で触手と咎人の腕をあしらっていた。右手一本で背丈を越える巨大包丁を振り回し、左手で触手を掴み引き千切る。死に物狂いで稼ぐ一分間は、もうすぐ五十秒に達しようとしていた。
「お嬢様、クロエさんの様子は!?」
「まだドームに籠ったままですわ!」
徐々に押されつつある二人、動きにも精彩が欠き始めていた。いかな達人とは言え、本気の集中や全力全開と言う物は長くは続かない。それこそもって一分だろう。ふたりはそんな身体の限界をかけて時間を生みだしていた。
「キャッ! あ、しま――ッ!」
視界外から迫った触手がサラの弓を弾いた。転がった森林の旋風は持ち主の手から離れ宝珠の状態に戻ってしまう。
「お嬢様!? チッ! 邪魔だ、退け!」
ミーナが何とかサラの下へ駆け寄ろうとするが、それまでサラに射抜かれていた触手たちがミーナに群がった。とてもじゃないが動くことなどできない。
動けないミーナを横目に、無慈悲にも咎人の腕が振り上げられ、そしてサラへと放たれた。
「お嬢様ッ!!」
(ク、クロエさん……!)
サラが思わず目を閉じ、クロエの名を心の中で叫んだ。せめて最後は愛する人を思い出したい。そう考えて。
しかし、その拳がサラに届くことはなかった。サラ達が戦い始めてからちょうど一分、振り下ろされる咎人の腕や触手たちの動きがピタリと止まったのだ。
そして止まったのは咎人だけではない。先ほどまで獅子奮迅の動きを見せていたミーナまでもがその動きを止めていたのだ。何も時間を止められたわけではない。動きたくとも動けないのは、この大講堂に突然満ちた謎の圧迫感によるのだった。
(な、何ですこの圧迫感、いや、存在感は!? ま、まるで、この空間全てが埋もれているかのような……一体どこから?)
何とか気力で首を回したミーナの目が捉えたのは、まるで宙に溶けるように消えていくクロエの影のドーム、そして中から姿を現したクロエ本人だった。
姿を現したクロエは、変わらない傷だらけの姿だった。見た目だけならドームに籠る前と変わらない。しかし、感じる雰囲気はまるで別人だった。
(な、何ですのこの雰囲気……。でも、どこかで感じたことがあるような……。)
サラが動けないままに、しかし何とか首を上げてクロエを見つめた。厳しい目つきで咎人を睨むクロエ。すると、クロエは突然足元の影から自身の愛刀でもある鴉丸を取り出した。そしてそのまま小さく口を開き、言葉をつむぎ始める。
「――燃えろ、地獄の焔。染めろ、此《こ》の岸彼の岸、彼方の空も。我が言の葉すらも、一欠片《ひとかけら》の灰と為せ。揺らぎ、焦がせ、存在すらも。お前に、燃やせぬ物など無い……!」
クロエの呟いた言葉、それを聞いたミーナが驚きを顔に浮かべた。
(あ、あれは……完全詠唱ですか!?)
魔法の詠唱には三つの段階が存在する。速度を重視した詠唱を一切行わない「無式詠唱」。速度と威力を両立する、魔法名のみを唱える「略式詠唱」。そして言葉と共に自身の魔力を練り上げ魔法を放つ「完全詠唱」である。
(時代と共に、時間がかかるが故に廃れていった完全詠唱……確かに存在は教えましたが、なぜそれを今? いや、それよりもこの魔力の形、雰囲気は……!?)
ミーナには覚えがあった。クロエが発動しようとしている魔法の存在を。忌々しい記憶と共に思い起こされるその魔法の名は――
「――焼き尽くせ、【黒焔】。」
クロエの身体を包み込むように、漆黒の炎が立ち上がった。それは、かの魔神エリスが得意とした魔法【黒焔】だった。物質のみならず生物の精神すらも焼き尽くす、この世ならざる呪いの炎。
伝承によれば敵の魔法や精神存在すらも燃やしたと言う。そんな禁忌とも呼べる魔法を何故クロエが発動するのか、ミーナには少しも分からなかった。
(クロエさんの中に封じられている魔神の存在……。それを思えば【黒焔】の発動はまだ分かります。しかし、それを咎人にぶつけないのは何故ですか? 何故、自身を包み込むように燃やすのですか?)
ミーナの頭に混乱が広がる。しかし混乱はそこで終わらなかった。炎の中のクロエが続けて詠唱を始めたのだ。
「我が手に宿るは八咫なる翼。此の身を焦がすは闇《くら》けき炎。陰陽對いて天地人。路行き逝きて、照らさん未知を。隔てるものなどありはしない。さぁ――」
燃える漆黒の炎を突き刺すように、クロエの鴉丸が炎の中から突き出された。そして身を包む【黒焔】が更に勢いを増す。その火柱は咎人の背丈を優に越しかねない程だった。そして、爆発するように炎が拡散する。
「――示せ、『八咫烏』。」
炎が晴れた先、そこにいたクロエの姿が様変わりしていた。持っていた鴉丸は姿を変え、刃《やいば》の部分が真っ赤に燃えている。そして何よりも目を引くのはクロエの両横に浮かぶ巨大な刀、クロエの持つ刀と同じく真っ赤な刃を持つ大太刀だ。刀身から【黒焔】の炎が立ち上がる。右の大太刀は乱れ刃紋でその峰には「天 八咫烏」の刻印が、左の直刃紋の大太刀の峰には「地 八咫烏」の文字が刻印されていた。ふわふわと浮かぶそれは、まるで背後に見えない巨人が控えているかのようだ。
そしてクロエの背後に生える翼にも変化があった。いままでクロエが生み出していた翼は蝙蝠のような物だったが、いま背中にある翼は真っ黒な鴉のような羽だった。そしてそこから落ちた漆黒の羽根は、まるで相反するかのように真っ白に発行している。
どこか神聖な、しかし禍々しさすらも感じるその姿。ミーナの決して短くない生涯を通しても見覚えのないその姿に、ミーナはもとよりサラも言葉がないようだった。
「……サラさん、ミーナさん。お待たせ。後はボクに任せて、ゆっくり休んでいて。」
クロエのその言葉にサラとミーナを束縛していた圧迫感のような物がフッと消え去った。急いで咎人から距離を取る。クロエの周りはまるで火山のようで、近づく事すら難しい熱気を帯びていた。
「ごめん、まだ上手く加減できないんだ。ボクからは、少し離れていてね?」
クロエの言葉に従い、サラとミーナはクロエから少し離れた背後に控えた。それでも感じる圧迫感、そして殺気。クロエ本体は変わらぬ姿なのに、その雰囲気そして周囲は様変わりしている。まるで別人のようだった。
クロエは右手に持った刀を咎人に突きつけた。その刀身には「人 八咫烏」と刻印されている。どこまでも暗く黒い峰に輝く真っ赤な刀身。まるで刀身がどこまでも伸びて、咎人を突き刺すかのような殺気を帯びている。
「……さて、だいぶボクたちを痛めつけてくれたね。そろそろ終わりにしようか。悪いけど、手加減できそうにないよ。」
咎人が圧迫の呪縛を破った。そしてその無数の触手群をクロエに向けて恐ろしい速度で伸ばす。クロエは落ち着いて右手に持つ刀を上段に構える。左右の大太刀はそれぞれ刃を外に構えた。
触手が迫る。クロエは焦らず、それでいて触手たちが間合いに入るその瞬間を見逃さない。神速の居合で両手に持つ一刀と、左右に控える二本の大太刀が振るわれた。ただそれだけで、迫りくる触手のすべてが微塵に切り刻まれる。触手はすぐに再生しようとした。しかし、それまでと違い触手は一向に再生されない。もはや生命かどうかも分からない姿の咎人だが、まるでその姿は予定外の事態に焦っているかのようだ。
「無駄だよ。魔神の【黒焔】で燃やし切ったんだ。再生なんて出来るわけがない。ほら、もう終わりなんだ。……これで最後だよ。」
クロエが刀を体の正面で縦に構えた。そして左右の大太刀がクロエの正面少し上の辺りで切っ先をそろえる。そのまま切っ先で真円を描いた。何の原理か、空中にその軌跡が残される。
クロエの魔力が高まる。瞳を閉じて、小さく口を開いた。
「――宝珠・八咫烏、奥義・弐宝。『八咫鏡《やたのかがみ》』。」
クロエが縦に構えた刀を真円の中心に突きつけた。その瞬間、空中に残る軌跡の内部が眩く輝き、そこから巨大な魔力砲が放たれた。
放たれた魔力砲は、ただただまっすぐに咎人へと向かっていった。咎人はすんでのところでその両腕で魔力砲を受け止める。放たれたそれは闇属性の魔力の塊。咎人にとっては餌の塊だ。その両手の平からどんどん魔力を吸収する。
――はずだった。
「――ッ!?」
咎人が声にならない声を上げたような気がした。吸収できるはずの魔力砲、しかし咎人はそれを吸収できなかった。いや、正しく言えばきちんと吸収しているのだ。しかしその威力があまりに大きく、その魔力の密度があまりに高いが故に吸収しきれないのだ。
咎人の掌がどんどん燃やされていく。気がつけばあっという間に両手は燃え落ち、咎人本体に魔力砲が届いた。一瞬だけぶつかって止まった魔力砲は、すぐに咎人の身体を突き破り、そして背後の扉もそれを守る結界も破壊した。クロエが少し上を狙って放ったが故にそのまま撃ちぬかれた超長距離魔力砲、「八咫鏡《やたのかがみ》」は、大聖堂全体を包む結界すらも簡単に撃ち抜いて夜空に一本の軌跡を描くのだった。
クロエが無言で刀を横に払った。それだけで溢れる魔力砲の奔流は消え去る。そしてそのままクロエは床へ着地した。クロエの足元から【黒焔】が再び立ち上る。
すぐに消え去った炎、その向こうにあったクロエの姿はいつもと同じ小さな少女の姿だった。ステンドグラスから降り注ぐ月光の光を受ける白銀の髪が、白く眩く輝く。
振り返るクロエ。しかしその足元には今までなかった物があった。真っ赤な宝石がはめ込まれた指輪だ。シンプルな台座に宝石をはめ込んだだけの簡素な指輪。しかしそこから感じられる魔力は、まるで宝珠のようだ。
「……終わったよ。信じてくれて、ありがとう。」
疲れ切った、しかし嬉しそうな笑みでクロエはそう呟いたのだった。
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