白銀が征く異世界冒険記―旧友を探す旅はトラブルまみれ!?―

埋群のどか

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第四章:犠牲の国・ポルタ

第105話

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「作戦、ですの?」

 サラがクロエの方を振り向いて驚いたような顔をした。その視線の先のクロエは覚悟を決めたような顔をしている。伊達や酔狂で言ったようではないらしい。しかし、それだからこそサラは尋ねる。

「クロエさん、作戦とは一体……?」
「ごめん、サラさん。詳しく話している時間はないんだ。でも、この作戦が上手くいけばアイツを倒せる……はず。ボクに、少しだけ時間を……時間稼ぎをして欲しいんだ。」

 クロエの言葉に自信はない。クロエの言う作戦は、どうやら完全なものではないようだ。サラはその様子に心の中で悩む。

(作戦、ですの……? それが本当だったら是非ともやって欲しい所ですわ。しかしクロエさんのあの顔……確実ではないと言う事ですの? この状況でそれは不安すぎますわ、一体どうしたら……。)

「――どれくらい必要ですか?」

 悩むサラを横に、クロエの方を一切振り向かず問い尋ねた。サラはその問いかけにハッとした。ミーナは帰ってこない答えに、再び問いを繰り返した。

「クロエさん、私たちはどのくらい時間を稼げば良いのですか? 情けないですが、そう長くは稼げそうにはありませんが。」
「ミーナ!」

 サラが声を上げた。しかしミーナは咎人から視線を外さずに声を返す。

「お嬢様、正直なところ現状はジリ貧です。このまま安全策を取り続けても待つのは滅亡……。ならばクロエさんの作戦に掛けるしかないでしょう?」
「で、でも……!」

 サラが逡巡する。何もクロエの事が信用できないと言う訳ではないのだ。クロエの事が心配で、その作戦の失敗で自分への被害よりもクロエが傷つくことを恐れていた。もし自分たちが時間稼ぎを失敗したら? もし自分たちのミスでクロエに攻撃が及んでしまったら? 「負のたられば」の妄想は、相手の事を大事に思うが故に加速し大きくなっていく。それがサラの首を縦に振らすことを拒んでいた。
 すると、悩むサラにクロエが声をかけた。

「サラさん、信じられないのは分かる。でも、お願い! 今だけはボクを信じて!」
「~~ッ! ……ミーナ、残りの矢、ありったけ渡してくださいまし! クロエさん、どのくらいの時間が必要なんですの!?」

 サラが顔をふいっと逸らしてそう言った。その顔はどうやら紅潮しているようである。サラなりの照れ隠しなのだろうか。クロエは思わず笑いを漏らしてしまった。

「フフッ、ありがと、サラさん。時間は一分もあれば十分だよ。……大丈夫?」
「大丈夫ではありません。しかし、クロエさんの頼みですからね。成し遂げて見せましょう。」
「ドンと、大船に乗ったつもりでお任せですわ! あ、あとそれと……」

 サラが振り返った。その顔はカラッと晴れた笑みである。

「さっきのクロエさんの言葉、一つ訂正させてもらいますわ。私はいつもクロエさんを信じていますのよ?」
「え!? や、その……は、はぃ……」

 今度はクロエの頬が紅潮する番だった。エルフに負けず劣らない肌の白さ故に、その紅潮はとても目立つ。サラはとても良い物が見れたと言わんばかりの笑みで咎人に対峙した。
 咎人は先ほどのダメージをすでに回復し、すでに臨戦態勢だった。先ほどまでに三人が斬り落とした触手たちも再生済みである。

「あらら、すっかり元通りですの? これは一分が長いですわね?」
「大見得切った手前ですよ? やらねば年上の威厳が廃りますね。」

 サラが受け取った矢を見ながら、ミーナがブンブンと恐ろしい風切り音を鳴らしながら巨大包丁を振り回しながら軽口をたたき合う。しかしすぐに口を閉じると、無言で咎人を睨む。

「さて、」
「行きますわ!」

 二人は駆け出した。襲い来る触手に挑むのだった。


 *


「さて、ボクもやるか……!」

 二人が動き出すと同時に、クロエもまた行動を開始した。クロエはおもむろにその場に座ると、自らを囲むように球状のドームを【影創造《クリエイト》】で作り出す。咎人相手にはあってないような守りだが、これなら一度は相手の攻撃を防げる。
 クロエは自らを影で包むと、スッと瞼を閉じた。もともと真っ暗な空間だったので、瞼を閉じても世界は変わらない。
 クロエはその闇の世界で、声には出さず自らの中で呼びかけを行った。まるで、更なる闇の中へ潜らんとでも言うかのように。
 数秒か数分か、次に目を開けた目の前に広がっていたそこは、クロエが一度も訪れた事がないのに見慣れてしまった例の場所、戦火残る荒城の跡地だった。

「……ねぇ、いるんでしょ? 返事してよ、魔神エリス。」

 クロエは声をかける。返事が返ってくる保証もない。しかし、ここで会話をせねば作戦が始まらないのだ。

「聞いてる……? 時間がないんだ、どうせいるんでしょ。早く返事してよ。」
「……仮にも頼む立場のくせに態度がでかくないかの?」

 どこからともなく尊大な、そして呆れたような声が聞こえてきた。それはまるで普通の声のような、しかし耳朶を震わす音波ではないようだ。まさに不思議な声としか形容できない何かだった。しかしクロエはその声を聞いて、どこか安心したように口元を緩ませる。背後に感じる、その存在に。

「驚かせないでよ、いるんだったら早く返事して。急いでるんだから。」
「お主、しばらく会話せん内にだいぶ図々しくなっとらんか? 無茶ばかり言いおる、仮にも妾は魔神じゃぞ? お主の、大事な者を殺そうともしたのじゃ。気を許しすぎではないか?」

 クロエは返答に少し困った。しかしすぐに返事を返す。

「何となく、あの時のエリスと今のエリスは違うような気がする。だから、なのかも。」
「……ほぉ、存外鋭いのじゃな。よかろ、話を聞いてやろう。ま、何を話したいか分かってはおるのじゃがな。」
「ふぅん、なら話が早いね。エリス、あの時の取引覚えてる? お前から持ち掛けてきた、あの契約だよ。」

 クロエの問いに、エリスの声が少し止まった。そして、次に聞こえてきたその声には、先ほどまでの甘さはなくなっていた。

「……『妾の願いを叶えよ、その見返りに妾の力を授けよう』、じゃったな。覚えておるよ。しかし、お主本当に良いのか?」

 エリスが確認の言葉を取った。

「妾がどんな存在かは知っておろう? 今のままでも十分バケモノじゃと言うのに、お主真にバケモノになるぞ? それでも良いと申すか?」
「……構わない。今の現状を打破するには、魔神エリス、お前の力が必要だ。」

 クロエの言葉に、エリスの言葉が少し止まった。クロエの脳裏には不思議と顎に手を添え考え込むエリスの姿が浮かんだ。

「咎人か? あやつに闇属性は効かんと、あのメイドも言ってたじゃろうに。それでも我が力を求めると?」
「アイツが魔法を吸収するまでに、少しの時間差があった。だったら、吸収しきれないほどの力をぶつければいい。」

 不思議とエリスが呆れたような、そんな雰囲気をクロエは感じた。

「お主……見かけによらず力業か。まぁ、妾の力であれば可能じゃよ。だが、本当に良いのか?」

 エリスの言葉に力がこもった。

「忘れてはおるまいの? 『妾の願いを叶える』と言う条件。もしその願いが『お主の身体をよこせ』じゃったら、お主どうするつもりじゃ?」

 その問いかけに時間を置かず、クロエは言葉を返した。

「構わない。その時は、お前に身体を乗っ取られる前に舌でも噛み切ってやるから。」

 クロエの問いにエリスからの返答がなくなった。クロエは焦る。よもや、交渉に失敗してしまったのではないかと。しかしその心配は杞憂だった。エリスの声はすぐに聞こえてきた。しかも、それは何故か上機嫌だった。

「ククク、そうかそうか……。ハッハッハ! 良いぞ、その覚悟気に入った! 契約成立じゃ。我が力、持って行け!」

 エリスはとても上機嫌にそう言った。それが何故なのかはクロエには分からない。しかし、都合が良い事には変わらないだろう。今のクロエにできることは、この気まぐれな魔神の気分の変わらないうちに力を借りる事だけだ。

「あ、ありがと……。助かるよ。それで、貸してほしい力なんだけど……」
「よいよい、皆まで言うな。言ったじゃろう? 妾はおぬしを通して外界をある程度見ておると。万物を燃やす我が力、持って行くがよい!」

 いつもの光景、くすぶっていただけだった戦火が突如燃え盛った。まるで火の海だ。目の前に迫る火柱に、しかしクロエはひるまない。不敵な笑みすらも浮かべていた。
 なぜならそれは、クロエが望んでいた物なのだから。



 ―続く―
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