レトロミライ

宗園やや

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中編

第47話

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「あいたたた……」
 軍用車が駐車場に止まると同時に、四人の女性が腰を押さえながら地面に降りた。
「く、車って、こんなに揺れましたっけ……」
 少しでも身体を軽くしようと鏡の鎧の胸当て部分を外している蜜月がうーんと唸りながら伸びをした。
 黒沢家の軍用車の乗り心地は最悪だった。走っている間中、道路のデコボコが身体で分かるくらい車体が振動し続けていた。蛤石監視所は黒沢邸からすぐだったので気にならなかったが、長時間のドライブはかなり堪えた。乗り慣れてる萌子も、あのコクマでさえも顔を歪めている。
「雛白の車両は植杉が手を加えていますからね。自動車自体が最新の技術なのに、それを更に進化させているのです」
 黒眼鏡の明日軌も腰を擦りながら言う。
「植杉さんの凄さが、改めて身に染みました。ジープの乗り心地が良い事に感謝しなきゃ」
 四人共若いので、ちょっとした柔軟体操をしたらすぐに立ち直った。
 車から降りた時から、太鼓みたいな音が遠くで鳴り続けている。
「あれが遠距離砲の音ですね」
 軍用車の荷台から狙撃銃を取り出したコクマが言う。余りにも車が揺れたので、調整が狂っていないか確かめなければならないだろう。
「ええ。音の感じでは、現状維持、でしょうか。危機感は有りませんね」
 耳を澄ましている青いセーラー服姿の明日軌の許に一人の女性が駆け寄って来た。一行の前で足を止めた軍服女性は、格好良く敬礼をした。
「黒沢部隊事務官、山本由美です」
「雛白明日軌です」
 あえて敬礼は返さず、黒眼鏡を外して笑みで応える明日軌。
 そしてすぐ眼鏡を掛け直す。
「雛白の皆様は全員女性と言う事で、私が案内させて頂く事になりました」
「……私は黒沢妹社隊ですけど……」
 鏡の鎧を着け直した蜜月と一緒に弾薬が入った鞄を荷台から下ろしている萌子が呟く。しかし今は雛白の助っ人なので、その主張は意味が無い。だからそれ以上は何も言わなかった。
「よろしくお願いします、山本さん。では、行きましょう」
「はい」
 山本を先頭に駐車場を後にする一行。
 辺りは疎らに民家が有るだけなのに、背の低い山や丘の多い地形のせいで妙に視界が悪い。
 そんな民家のひとつに入る。昔話の農家そのものな質素な家の中は、見た目に似合わない機械類が山積みになっていた。雛白で使っている物より世代が古い型の通信機器なので、妙に嵩張っている。ガソリンで動く発電機が家の裏で唸りを上げていてうるさい。
 そんな機械類を守る位置で座っていた軍服の男達が、突然現れた一行を警戒した目で見た。しかし客が来る事を知らされていたからか、すぐに立ち上がって気を付けをした。
 履物を脱ぎ、土間から板間に上がる女性達。何十本ものコードを跨ぎながら短い廊下を進む。
「大隊長! 雛白様がご到着されました!」
 大声で言う山本。
「おーう」
 家の奥の方から野太い声が返って来た。それからすぐに奥の間の襖が開き、身長百九十センチ以上は有る軍服の大男が現れた。
「初めまして。自分が黒沢部隊大隊長の枡田猛です。お? 萌子ちゃんも来てたのか」
 四角い顔で笑う大男。
「はい。雛白様を無事にお帰しする為に」
「そうかそうか。相変らず黒沢さんは用心深いな」
「あ、あの。雛白明日軌です。初めまして。よろしくお願いします」
 大男を見上げながら言う。
 一行の中で一番背が高いのはコクマだが、彼女も顎を上げて見上げている。
「貴女が龍の目の持ち主ですか。黒眼鏡は目の保護の為ですかな?」
 枡田の威圧感に圧倒され、黒眼鏡を外すのを忘れていた。
 慌てて眼鏡を外す明日軌。
「おっと、失礼しました。早速この地の状況をお教えください」
 枡田の視線が一瞬だけ明日軌の左目に向いた。明日軌の顔を見る人が良くする仕草なので、気にしない事にしている。
「ああ、眼鏡はそのままでも宜しいですよ。では、昼飯を食いながら話をしましょう。まだですよね?」
「ええ。たった今到着したばかりなので」
 笑顔で応えながら黒眼鏡をセーラーに挿す明日軌。
「では、移動しましょう」
 枡田と共に民家から出た一行は、すぐ隣りの民家に入った。玄関付近以外の襖が外されていて風通しが良い。
「こっちは会議室兼隊長クラスの食堂です。向こうは機械が有って調理が出来ないとかで、わざわざ分けてあります」
「なるほど。機械には水気や塩気が厳禁ですものね」
 夏なので火が点いていない囲炉裏を囲んで座る一行。
 明日軌は上座に座らされる。一応遠慮はしたが、身分的にはここに居る全員の中で一番上なので、仕方無く大隊長に従った。
 コクマはメイドの格好なので、使用人らしく壁際に座る。その位置からなら部屋全体を見渡せるので、怪しい動きが無いかと目を光らせている。
「こちらの状況は一切変わっていません。黒沢さんに話を伺ったと思いますが、その話以上に伝えられる事は有りませんな」
 座っても大きい枡田がアグラの膝に手を置いて言う。
「そうですか。大型の橋はどう言った状況ですか?」
 明日軌が訊いている間にも、遠くから聞こえる砲撃の音。注意して聞かないとセミの声に掻き消されてしまう。
「大型の死体で砂の山が出来ています。海のド真ん中に山ですよ? よくもまぁあれだけの大型が居るもんだ」
 軍服にエプロンと言う不思議な格好の男達が膳を運んで来た。
「ろくな物が出せなくて済みませんな。なにしろここは前線なもんで」
 山菜を炊き込んだご飯に、山菜の味噌汁。そしてキュウリの漬物。
「いえいえ。十分なご馳走ですわ。頂きます」
「いただきます」
 明日軌が箸を取ってから、他の全員も箸を取る。
「浮遊型の神鬼とか、蝦夷の妹社が海を泳いで渡るとか、色々な可能性を警戒しているのですが、まだ何も」
 食べながら喋る枡田。
「それが逆に不気味ですね……」
 明日軌も、言ってから汁を啜る。
 妹社達とコクマは無言で食事を取っている。
「ふむ……」
 緑色の左目に不穏な影は映らない。この民家が崩れる未来も見えない。
 東北が落ちるかも知れないと言う不安は杞憂だと思える。
 しかし、砲撃で大型の侵攻を止めると言う作戦はいつまでも続けられる訳では無い。弾薬の生産が間に合わなくなるくらい長期化したら負ける。終りの見えない戦いが長く続けば、どんなに強い精神力を持った部隊でも心が折れるだろう。それが命の掛かった戦いなら尚更だ。
 事実、それでいくつもの国が滅びている。
 今まで通りの、倒しても倒しても沸いて出て来る神鬼の力押しで街を蹂躙する作戦かも知れない。
 しかし、それでは気が長過ぎる。
 今までなら長期戦を素直に受けていただろう。雪が降れば神鬼は攻めて来なくなるからだ。それまで耐えれば、今年の戦いは人間の勝ちだ。ここは東北で冬の到来は早い方だろうから、無茶な作戦ではない。
 だが、蝦夷の地には裏切った妹社が居る。彼等がのんびりと冬を待ち、神鬼と一緒に冬眠に入る訳がない。
 エンジュの姿を実際に見た明日軌は、この侵攻の裏を疑ってしまう。絶対に一筋縄ではない。
「ごちそうさま。さて。双眼鏡で海の方を見たいと思っているのですが、良い場所は有りますか?」
「雛白様はせっかちですな。疲れを取られてからでも宜しいのでは?」
 全員に食後のお茶が配られている。
「なるべく先手を取って思考を巡らせたいのです」
「流石ですな。誹謗も聞こえていたのですが、所詮噂は噂と言う事ですか」
 コクマは瞳だけを動かして素直に感心している枡田を見る。
 龍の目を持った金持ちの小娘が好い気になって部隊を動かしている、と言う中傷が囁かれている事は女主人本人も知っている。そんな事を本人を目の前にして言うか? とコクマは思ったが、枡田と言う男は嘘や隠し事が出来ない質なんだろう。
 良く言えば裏表の無い真っ直ぐな男、と言う奴か。
 悪く言えば脳味噌筋肉野郎だが。
「ここらで一番高い山の頂上に監視用の展望小屋が有ります。若い奴に案内をさせましょう」
 言いながら手を上げた枡田は、控えている軍服の男に指示を出す。
「ありがとうございます」
 明日軌は礼儀正しく頭を下げた後、一瞬だけコクマに視線を送った。
 頷くコクマ。
「特殊な訓練を受けたメイドを先行させて安全の確認をする許可をください」
「安全は我々が保証します。ご安心を」
「何事にも用心を、と言う思いだけです。なにしろここは前線。どんな伏兵が居るか分かりませんからね」
「確かにそうですが。しかし展望小屋は陣地内。敵が居れば警報が鳴っているでしょう。我々は信用出来ませんか?」
 ポニーテールの頭を横に振る明日軌。
「滅相も無い」
 男はこれだから困る。変なプライドを誇示したがる。
 まぁ、命より侍魂の方が大切なこの国の美徳が悪いと思って諦めるか。
 一口お茶を啜る明日軌。
「……分かりました。信用します。案内を宜しくお願いします」
「お任せください。では行きましょうか」
 話と食事が終わったので、全員が一斉に立ち上がった。
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