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中編
第48話
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「はぁ、はぁ、はぁ」
この辺りで一番高い山の天辺が目的地と言われたが、しょせんは名前の無い低い山。ひょいひょいっと登れるだろう。
そう思っていたのだが、結構きつい。坂道は狭くて歩き難いし、昼過ぎの熱気と湿気が体力を奪って行くし。
ただ、息を切らしているのは明日軌だけだった。
弾薬の詰まった重い鞄を背負った妹社の二人は無限の体力を持っているから当然として、道案内の黒沢自警団の男性三人も平然と歩いている。
非戦闘員の人数が増えても意味が無いからと案内役の山本の同行を断わって正解だった。事務官である彼女の体力も明日軌と似た様な物だろう。案内にならない。
「休憩なさいますか?」
コクマが心配そうに女主人の顔を覗く。当然、黒メイドも汗ひとつ掻いていない。
「はぁ。運動不足がこんな所で仇になるとは……。山登りなんか、貴女達を迎えに行った時以来だわ」
よたよたと歩を進める明日軌の言葉を聞いたコクマが、一瞬だけ視線を地面に落とした。
双子の忍者は、最初から雛白家に仕えていた訳ではない。元々は忍の里を拠点とした、情報収集要員として働いていた。
身分としては下っ端で、全国を繋いでいた情報網の一部だった。
昔は重宝された情報網だったが、通信機が発達した最近では、そんなに重要視されなくなった。忍は歴史の影に消えて行く存在ではないのかと言う空気は、里の者なら全員が肌で感じていた。
しかし、その時は突然訪れた。忍の里に蛤石が現れたのだ。
当時はこの国に神鬼が現れる事がほとんど無く、一部の人しか蛤石の存在を知らなかったので、里は瞬時に滅びた。
双子の忍者は、蛤石の情報を集める仕事で里の外に出ていた為、運良く生き残った。
元々歯車の一部だった二人は、他の歯車の所在や生死を調べる術を持っていなかった。情報の遣り取りは、その機密性を保つ為に、顔を隠したり声を変えたりして行っていたからだ。良く会う人の素性を知らない事が当然だったのだ。
途方に暮れた双子は、生きる場所を求めて野をさ迷う事になった。その末に雪山で遭難し、命が尽き掛けた時に明日軌に発見されて保護された。当時の明日軌は左目に映る雛白家に役立つ人間探しに腐心していた為に、二人は生き延びたのだ。
それから二人は明日軌に忠誠を誓い、雛白家の役に立つ死を約束した。
「あれから、もう三年か。戦闘時以外は書類とにらめっこだから、体力も落ちる訳ね」
「長い様な、短い様な。いえ。明日軌様がそれだけひ弱になられたのなら、とても長い時間なんですね」
「もう」
真顔で皮肉を言われた明日軌は、頬を伝う汗を袖で拭いながら足を止める。
「すみません。ちょっと休憩を挟みましょう」
「了解」
黒沢自警団の男達が同時に応えて足を止めた。一行の先頭に二人、殿に一人立ち、周囲を警戒している。
「無理に進む事も出来ますが、何が起こるか分からないので、体力を回復して置きましょう」
丁度良い石に座る明日軌。そして呼吸を整える。
「飲み物をどうぞ」
コクマが竹筒の水筒を差し出してくれる。
「ありがとう」
温い水だが、美味しかった。
一息吐いた後、龍の目で周囲を見渡してみる。気になる物は見えない。
蜜月と萌子も気を抜かずに歩兵銃をチェックしている。
「萌子さんは――」
「あ、はい!」
ビックリした風に小さく跳ねるオカッパ少女。
「年の近い女の子同士ですから、そんなに緊張しなくても良いですよ」
「は、はぁ……」
にっこり微笑んだ明日軌は、運動靴を脱いで篭っていた熱を逃がし、自身の足をマッサージする。
「萌子さんは、敵に寝返った蝦夷の妹社をどう思いますか?」
「え? えっと……」
何かを考えている様だが、言葉は出て来ない。
「難しくて良く分かりませんか?」
「あ、その……。はい……」
申し訳無さそうに頷く萌子。
緊張しているせいかも知れないが、頭の回転は遅そうだ。戦士としては頼りないと言う評価をせざるをえない。
「それはそれで良いですよ。万が一蝦夷の妹社と戦う事になったら、無心になれば良いのです。出来ますか?」
「無心……」
萌子は自信無さそうに俯く。
無理そうだな。妹社同士がぶつかる戦闘になったらさくっと負けそうだ。
しかし彼女がこの地で倒れたら、左目の風景が変わるだろう。勿論誰にも死んで欲しくはないが、戦闘での生死は誰にも制御出来ない。
いや、待てよ?
蝦夷の妹社と戦う事になり、萌子が倒れる未来が運命なら、左目の風景は最初から違っていただろう。何故なら、将来萌子が明日軌の街に来るからこそ、萌子の顔をした謎の樹が蛤石の場所に生えているのだろうから。
なら、萌子は蜜月とエンジュが戦う最後の時まで生き残りそうだ。
それとも、この認識自体が違うのか?
分からない。
ともかく、萌子はまだ死にそうじゃないので、ここで蝦夷の妹社と戦う可能性は低いと思う。だが覚悟はして貰っておいても損は無い。
「さて。休憩終わり。出発しましょう」
靴を履いて立ち上がる明日軌。
「了解」
周囲を警戒していた男達は、気を付けをして返事をした。ちょっと堅苦しいなと思う明日軌だが、他の家の事だから口には出さなかった。
それから頂上まではあっと言う間だった。目的地付近で休憩してしまったらしい。
もう少しで着きますよ、と言ってくれれば良かったのに。
まぁ、運動不足の明日軌が悪いのだが。
目的地は小さな丸太小屋で、切り口が新しかった。監視用に急遽作った物だと一目で分かる。庭と呼べる空間は無く、森の中に紛れ込んでいる。
「我々は小屋の周りを警戒します」
敬礼しながら言う男三人。
「宜しくお願いします」
明日軌は小さく頭を下げた。
その間にコクマが小屋の扉を開け、中をチェックする。
「小屋自体に問題は存在しません。私も外で警戒します」
開けたままのドアを手で押さえながら言うコクマ。
「お願い」
明日軌が小屋に入り、妹社の二人も続く。
「閉めます」
コクマがドアを閉めると、小屋の中は薄暗くなった。
広さは六畳程で、窓は正面にひとつ。
星を見るタイプの脚付き望遠鏡が窓の外を向いている。
雰囲気は蛤石監視所と同じ感じだ。
壁の棚には乾パンの袋が数個置かれていて、反対側の壁際に木で出来たベッドがひとつ有る。
ここで大型の作る橋を二四時間監視しようとしたのだが意味が無かったので放棄した、と出発前に枡田が説明した。
確かに、この小屋を龍の目で見ても何も見えない。意識を持った生物の記憶が何も残っていない。
「早速現場を見てみましょうか」
明日軌は、まず右目で望遠鏡を覗く。視界には緑の葉っぱしか無かった。
望遠鏡の胴体に手を添え、適当に視界を移動させる。
青い海が見えた。
視線を横にずらすと、黒い煙が見えた。
慎重に煙の元を探す。
「お。あれが大型、ですか」
よつんばいの茶色の巨人が、海に出来た土の橋の上に居た。頭が無い身体のあちこちで爆発が起こっている。
「確かにただ前進しているだけ、ですね。砲撃を受けて身体が崩れても、全く気にしていません」
「小型みたいですね」
蜜月が言う。
「そうですね。確実に主力ではないですね」
砲撃を受けている大型の遥か後方で、次のよつんばい大型が橋の上を進んでいる。
望遠鏡を覗く目を左に変える。視力が0なので、何も見えない。この小屋を見た時と同じく、龍の目の能力が発揮されていない。それはその風景が過去から何も変わっていない事を示している。確かにあんな物を監視しても意味は無い。
明日軌は望遠鏡から離れ、ベッドに腰を下ろす。
戦場の状況が分かったので得た物は有ったが、無駄足感は拭えない。
我慢していた疲れが表面に出て来た。ハンカチで額や首筋の汗を拭う。
「あの、私も見て良いですか?」
「どうぞ」
子供みたいな無邪気さで望遠鏡を覗く蜜月。萌子も覗きたい様で、順番待ちしている。
さて、これからどうするか。
小屋の中には少女しか居ないので、明日軌は行儀悪くベッドに寝転ぶ。
手詰まりだ。
向こうの出方も分からない。
このまま黒沢家に戻って動きを待つか?
しかしそれではわざわざ東北に来た意味が無い。龍の目で何かを発見し、敵の情報を得られるのではと思ったからこそ、こうして足を伸ばした訳だし。
明日軌は、丸太で組まれた天井を見ながら考えを巡らす。
そもそも、神鬼はどこにでも現れる。わざわざ橋を作っている事が意味不明なのだ。
黒沢部隊を街と海岸に分断させ、息切れを待っているにしても、街の方に神鬼が現れない事が分からない。
ただ、国民の血税で購入している弾薬を湯水の様に使っているので、この国の経済には重大な影響が有るかも知れない。
しかし、やはりそれでは気が長過ぎる。急がないと冬が来て、その間に全国の部隊の防衛力が回復するからだ。
橋を作る意味を無理矢理考えるとしたら、蝦夷に居る、橋を使わなければこちらに来れない存在を渡す為しか無い。
普通に考えるなら、人が居なくなった蝦夷で育った敵をこちらに渡すつもりなのだろう。ただ、それだと寝返った妹社が動けない。敵は人型の物なら見境無く攻撃するからだ。
とすると、神鬼を思い通りに操れる知的存在が来るのか?
それはつまりエンジュの事だが、アレみたいなのが何人も渡って来たら凶悪な大型が現れるより手強い。
だが、それが出来るなら最初からしている。
新しい情報が無いので、エンジュについては以前の考えとほぼ同じだ。
彼女が本気になれば、一人でも街ひとつ潰せる。蛤石がひとつでも無防備になれば、この国みたいな小さい国ならあっと言う間に落ちるのに、どうして来ないのだろうか。
まぁ、現実にユーラシア大陸が落ち、他の大国の方も厳しいので、大きな国を先に落とすつもりなのは確かだ。小さい島国を後回しにするのは不自然な選択じゃない。
もしそうなら、神鬼の生産力には上限が有ると言う事になるが……。
敵側の視点になって考えてみよう。
この戦いを人間側の視点で言えば、自分達の街を守る為の害獣駆除行為でしかない。ちょっと害獣の数が多く、しかも手強いので、死傷者が絶えない事が問題なのだ。
この状態を敵はどう考えているのか。
……分からない。情報が欲しい。
「あれ。あの人、なんだろ」
望遠鏡を覗きながらぽつりと呟く萌子。考え事をしている間に蜜月と交代していた様だ。
「どうしたのですか?」
明日軌は上半身を起こす。
「男の人がこちらに来ます」
この辺りで一番高い山の天辺が目的地と言われたが、しょせんは名前の無い低い山。ひょいひょいっと登れるだろう。
そう思っていたのだが、結構きつい。坂道は狭くて歩き難いし、昼過ぎの熱気と湿気が体力を奪って行くし。
ただ、息を切らしているのは明日軌だけだった。
弾薬の詰まった重い鞄を背負った妹社の二人は無限の体力を持っているから当然として、道案内の黒沢自警団の男性三人も平然と歩いている。
非戦闘員の人数が増えても意味が無いからと案内役の山本の同行を断わって正解だった。事務官である彼女の体力も明日軌と似た様な物だろう。案内にならない。
「休憩なさいますか?」
コクマが心配そうに女主人の顔を覗く。当然、黒メイドも汗ひとつ掻いていない。
「はぁ。運動不足がこんな所で仇になるとは……。山登りなんか、貴女達を迎えに行った時以来だわ」
よたよたと歩を進める明日軌の言葉を聞いたコクマが、一瞬だけ視線を地面に落とした。
双子の忍者は、最初から雛白家に仕えていた訳ではない。元々は忍の里を拠点とした、情報収集要員として働いていた。
身分としては下っ端で、全国を繋いでいた情報網の一部だった。
昔は重宝された情報網だったが、通信機が発達した最近では、そんなに重要視されなくなった。忍は歴史の影に消えて行く存在ではないのかと言う空気は、里の者なら全員が肌で感じていた。
しかし、その時は突然訪れた。忍の里に蛤石が現れたのだ。
当時はこの国に神鬼が現れる事がほとんど無く、一部の人しか蛤石の存在を知らなかったので、里は瞬時に滅びた。
双子の忍者は、蛤石の情報を集める仕事で里の外に出ていた為、運良く生き残った。
元々歯車の一部だった二人は、他の歯車の所在や生死を調べる術を持っていなかった。情報の遣り取りは、その機密性を保つ為に、顔を隠したり声を変えたりして行っていたからだ。良く会う人の素性を知らない事が当然だったのだ。
途方に暮れた双子は、生きる場所を求めて野をさ迷う事になった。その末に雪山で遭難し、命が尽き掛けた時に明日軌に発見されて保護された。当時の明日軌は左目に映る雛白家に役立つ人間探しに腐心していた為に、二人は生き延びたのだ。
それから二人は明日軌に忠誠を誓い、雛白家の役に立つ死を約束した。
「あれから、もう三年か。戦闘時以外は書類とにらめっこだから、体力も落ちる訳ね」
「長い様な、短い様な。いえ。明日軌様がそれだけひ弱になられたのなら、とても長い時間なんですね」
「もう」
真顔で皮肉を言われた明日軌は、頬を伝う汗を袖で拭いながら足を止める。
「すみません。ちょっと休憩を挟みましょう」
「了解」
黒沢自警団の男達が同時に応えて足を止めた。一行の先頭に二人、殿に一人立ち、周囲を警戒している。
「無理に進む事も出来ますが、何が起こるか分からないので、体力を回復して置きましょう」
丁度良い石に座る明日軌。そして呼吸を整える。
「飲み物をどうぞ」
コクマが竹筒の水筒を差し出してくれる。
「ありがとう」
温い水だが、美味しかった。
一息吐いた後、龍の目で周囲を見渡してみる。気になる物は見えない。
蜜月と萌子も気を抜かずに歩兵銃をチェックしている。
「萌子さんは――」
「あ、はい!」
ビックリした風に小さく跳ねるオカッパ少女。
「年の近い女の子同士ですから、そんなに緊張しなくても良いですよ」
「は、はぁ……」
にっこり微笑んだ明日軌は、運動靴を脱いで篭っていた熱を逃がし、自身の足をマッサージする。
「萌子さんは、敵に寝返った蝦夷の妹社をどう思いますか?」
「え? えっと……」
何かを考えている様だが、言葉は出て来ない。
「難しくて良く分かりませんか?」
「あ、その……。はい……」
申し訳無さそうに頷く萌子。
緊張しているせいかも知れないが、頭の回転は遅そうだ。戦士としては頼りないと言う評価をせざるをえない。
「それはそれで良いですよ。万が一蝦夷の妹社と戦う事になったら、無心になれば良いのです。出来ますか?」
「無心……」
萌子は自信無さそうに俯く。
無理そうだな。妹社同士がぶつかる戦闘になったらさくっと負けそうだ。
しかし彼女がこの地で倒れたら、左目の風景が変わるだろう。勿論誰にも死んで欲しくはないが、戦闘での生死は誰にも制御出来ない。
いや、待てよ?
蝦夷の妹社と戦う事になり、萌子が倒れる未来が運命なら、左目の風景は最初から違っていただろう。何故なら、将来萌子が明日軌の街に来るからこそ、萌子の顔をした謎の樹が蛤石の場所に生えているのだろうから。
なら、萌子は蜜月とエンジュが戦う最後の時まで生き残りそうだ。
それとも、この認識自体が違うのか?
分からない。
ともかく、萌子はまだ死にそうじゃないので、ここで蝦夷の妹社と戦う可能性は低いと思う。だが覚悟はして貰っておいても損は無い。
「さて。休憩終わり。出発しましょう」
靴を履いて立ち上がる明日軌。
「了解」
周囲を警戒していた男達は、気を付けをして返事をした。ちょっと堅苦しいなと思う明日軌だが、他の家の事だから口には出さなかった。
それから頂上まではあっと言う間だった。目的地付近で休憩してしまったらしい。
もう少しで着きますよ、と言ってくれれば良かったのに。
まぁ、運動不足の明日軌が悪いのだが。
目的地は小さな丸太小屋で、切り口が新しかった。監視用に急遽作った物だと一目で分かる。庭と呼べる空間は無く、森の中に紛れ込んでいる。
「我々は小屋の周りを警戒します」
敬礼しながら言う男三人。
「宜しくお願いします」
明日軌は小さく頭を下げた。
その間にコクマが小屋の扉を開け、中をチェックする。
「小屋自体に問題は存在しません。私も外で警戒します」
開けたままのドアを手で押さえながら言うコクマ。
「お願い」
明日軌が小屋に入り、妹社の二人も続く。
「閉めます」
コクマがドアを閉めると、小屋の中は薄暗くなった。
広さは六畳程で、窓は正面にひとつ。
星を見るタイプの脚付き望遠鏡が窓の外を向いている。
雰囲気は蛤石監視所と同じ感じだ。
壁の棚には乾パンの袋が数個置かれていて、反対側の壁際に木で出来たベッドがひとつ有る。
ここで大型の作る橋を二四時間監視しようとしたのだが意味が無かったので放棄した、と出発前に枡田が説明した。
確かに、この小屋を龍の目で見ても何も見えない。意識を持った生物の記憶が何も残っていない。
「早速現場を見てみましょうか」
明日軌は、まず右目で望遠鏡を覗く。視界には緑の葉っぱしか無かった。
望遠鏡の胴体に手を添え、適当に視界を移動させる。
青い海が見えた。
視線を横にずらすと、黒い煙が見えた。
慎重に煙の元を探す。
「お。あれが大型、ですか」
よつんばいの茶色の巨人が、海に出来た土の橋の上に居た。頭が無い身体のあちこちで爆発が起こっている。
「確かにただ前進しているだけ、ですね。砲撃を受けて身体が崩れても、全く気にしていません」
「小型みたいですね」
蜜月が言う。
「そうですね。確実に主力ではないですね」
砲撃を受けている大型の遥か後方で、次のよつんばい大型が橋の上を進んでいる。
望遠鏡を覗く目を左に変える。視力が0なので、何も見えない。この小屋を見た時と同じく、龍の目の能力が発揮されていない。それはその風景が過去から何も変わっていない事を示している。確かにあんな物を監視しても意味は無い。
明日軌は望遠鏡から離れ、ベッドに腰を下ろす。
戦場の状況が分かったので得た物は有ったが、無駄足感は拭えない。
我慢していた疲れが表面に出て来た。ハンカチで額や首筋の汗を拭う。
「あの、私も見て良いですか?」
「どうぞ」
子供みたいな無邪気さで望遠鏡を覗く蜜月。萌子も覗きたい様で、順番待ちしている。
さて、これからどうするか。
小屋の中には少女しか居ないので、明日軌は行儀悪くベッドに寝転ぶ。
手詰まりだ。
向こうの出方も分からない。
このまま黒沢家に戻って動きを待つか?
しかしそれではわざわざ東北に来た意味が無い。龍の目で何かを発見し、敵の情報を得られるのではと思ったからこそ、こうして足を伸ばした訳だし。
明日軌は、丸太で組まれた天井を見ながら考えを巡らす。
そもそも、神鬼はどこにでも現れる。わざわざ橋を作っている事が意味不明なのだ。
黒沢部隊を街と海岸に分断させ、息切れを待っているにしても、街の方に神鬼が現れない事が分からない。
ただ、国民の血税で購入している弾薬を湯水の様に使っているので、この国の経済には重大な影響が有るかも知れない。
しかし、やはりそれでは気が長過ぎる。急がないと冬が来て、その間に全国の部隊の防衛力が回復するからだ。
橋を作る意味を無理矢理考えるとしたら、蝦夷に居る、橋を使わなければこちらに来れない存在を渡す為しか無い。
普通に考えるなら、人が居なくなった蝦夷で育った敵をこちらに渡すつもりなのだろう。ただ、それだと寝返った妹社が動けない。敵は人型の物なら見境無く攻撃するからだ。
とすると、神鬼を思い通りに操れる知的存在が来るのか?
それはつまりエンジュの事だが、アレみたいなのが何人も渡って来たら凶悪な大型が現れるより手強い。
だが、それが出来るなら最初からしている。
新しい情報が無いので、エンジュについては以前の考えとほぼ同じだ。
彼女が本気になれば、一人でも街ひとつ潰せる。蛤石がひとつでも無防備になれば、この国みたいな小さい国ならあっと言う間に落ちるのに、どうして来ないのだろうか。
まぁ、現実にユーラシア大陸が落ち、他の大国の方も厳しいので、大きな国を先に落とすつもりなのは確かだ。小さい島国を後回しにするのは不自然な選択じゃない。
もしそうなら、神鬼の生産力には上限が有ると言う事になるが……。
敵側の視点になって考えてみよう。
この戦いを人間側の視点で言えば、自分達の街を守る為の害獣駆除行為でしかない。ちょっと害獣の数が多く、しかも手強いので、死傷者が絶えない事が問題なのだ。
この状態を敵はどう考えているのか。
……分からない。情報が欲しい。
「あれ。あの人、なんだろ」
望遠鏡を覗きながらぽつりと呟く萌子。考え事をしている間に蜜月と交代していた様だ。
「どうしたのですか?」
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