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中編
第49話
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明日軌は、望遠鏡用の窓から直接外を見てみた。周囲の木々と遠くの海しか見えない。
「萌子さん。その人はまだこっちに向かって来ていますか? 何人ですか?」
「はい。まっすぐ登って来てます。見た限り、一人です」
双眼鏡を覗きながら応えるオカッパ少女。
「コクマ。正面から『謎』の男性が近付いて来ます。十分注意を」
「はい」
小屋の外から返事。
「萌子さんは随時状況報告。蜜月さんは警戒」
「は、はい。男性は変わらず前進しています」
「了解。警戒します」
蜜月は窓の脇に立ち、そこからすぐに歩兵銃を撃てる様に構える。
指示しながら入口のドアまで下がった明日軌は、顔だけ外に出す。
「黒沢隊のみなさん、付近の村は避難済みですよね?」
「はい。居残りの不在確認も十分に」
「窓の方向から男性一名が接近中です。侵入者警報はここでも確認出来ますか?」
「小屋の中で小さな豆電球が点きます」
小屋の中に頭を戻した明日軌は明かりを探す。光るのならば目立つだろうが、それらしい物は無い。
「無反応の様です。本部に確認と、周囲への注意を」
「了解」
小屋の中に戻り、ベッドに腰を下ろす明日軌。
何が、安全は我々が保証します、だ。全く役に立たないではないか。
「付近の住民が居ないこの状況で近付いて来る不審人物と言えば、あの子の仲間でしょうね」
「……エンジュ、ですね。もしそうなら、最初から全力を出します」
頷き合う明日軌と蜜月。
「あれ? いきなり消えました」
萌子は望遠鏡を左右に動かし、男を探す。
「龍の目って言うのは恐ろしく勘が良いんだな」
一瞬で小屋に近付いて来た男性が、望遠鏡の窓から小屋の中を覗いた。茶色の髪を角刈りにしている。
「うわっ!」
「きゃぁ!」
驚きながらも銃口を男に向ける蜜月。
萌子は望遠鏡から離れて後退った。
「おっと、撃たないでくれよ。姫様相手に戦う気は無い」
降参と言わんばかりに両手を挙げる男性。背はエルエル程度で、がっしりした筋肉がYシャツを押し上げている。瞳の色は普通に黒い。
「エンジェのお仲間ですね?」
明日軌は立ち上がり、毅然と訊く。
「そうなるな。姫様がこっちに来ているって聞いたんで、ご尊顔を拝しておきたくてな」
左目で男を見ても何も見えない。何も頭に思い浮かべていないか、龍の目に対する何らかの対策をしているのか。
対策なんて有るのか?
目の前に居る人間に意識を集中しているのに何も見えないのは明らかにおかしいので、対策が有るのだろう。明日軌が知る常識では有り得ないと言うだけなので、人間が持っていない知恵をエンジュの仲間が持っていてもおかしくはない。
「何奴!?」
やっと男性の後ろに回るコクマ。両手に苦無を構えている。
コクマが遅れを取るとは……。
「おお、怖い怖い。散歩を装ってみたんだが、見事に大失敗だ。で、どっちが姫なんだ?」
銃を向けている蜜月と脅えている萌子を交互に見る角刈りの男。
明日軌は恍けて肩を竦める。
「姫、とは、どう言う意味です?」
「そりゃおめぇ、サクラ様のこん――」
「このバカ!」
角刈り男の側頭部にブーツの踵が減り込んだ。
「ぐわっ」
吹っ飛ぶ男。そのまま脇の林の中に突っ込んで行く。
「全く。接触は禁止だって言われてるのに」
男に飛び蹴りを食らわせたのは、軍服の少女。長い緑色の髪。
「エンジュ!」
銃を構え直す蜜月。
男が吹っ飛んだ物音に反応した黒沢隊の三人も裏手に回って来てエンジュに銃を向けた。
「ごきげんよう、フルスペックプリンセス。こちらのバカの非礼をお詫びします」
エンジュは銃口を完全に無視し、優雅に頭を下げる。軍服ではなく、洋風なドレスだったら様になっているだろう。
「黒沢隊! 一人は入口を守って!」
明日軌は失礼を承知で指示をする。ついうっかり全員が一ヶ所に集まってしまった事に気付いた黒沢隊の一人がその場を離れる。エンジュ達が本気を出したら人の壁にもならないが、伏兵を見張る事くらいの意味は有るだろう。
「どうしてこんな所に居るの?」
訊く明日軌をチラリと見るエンジュ。瞳は赤い。
続いて蜜月を見る。
「フルスペックプリンセスがこちら側に来てくれるのなら、彼女だけは全てを知る権利を持てる立場になれますが」
「オイコラ、エンジュ! 何してくれるんだ!」
立ち直った角刈り男が肩を怒らせてエンジュに歩み寄る。身体中に葉っぱや草が付いている。
「貴方、情報を漏らしたわね。それがどう言う意味か分かってる?」
「う……」
「黙っていなさい。今ならまだ大丈夫だから」
舌打ちした男は、懲りずに口を開く。
「せめてどっちが姫なのかは教えてくれ。間違いが無い様に」
男の相手をする面倒臭さにムスッとした顔になるエンジュ。年相応の可愛らしい表情だ。
「……銃を構えている、髪の長い方がフルスペックプリンセスよ」
「おう」
「あの……」
蜜月は銃を下ろして訊く。銃を向けたままでは返事を貰えないと思ったのだろう。
「フルスペックプリンセスって何? サクラ様って?」
ギロリと男を睨むエンジュ。本気で怖い目をしているが、男は意に介さない。
「今は何も答えられません。上の者に叱られますので」
「貴女達は下っ端って事?」
今度は明日軌が訊く。しかしエンジュは無視をした。蜜月以外には興味が無いとでも言いたげに。
「せめて貴女達の種族名だけでも教えて貰えませんか? 不便なので」
明日軌がしつこく訊くと、緑髪の少女は生意気そうに溜息を吐いた。
「滅びる運命の猿に答える義理は無い……と言いたいところですが」
一転、可愛らしく微笑むエンジュ。
「影で化物と呼ばれるのも不本意です。私達も人ですから。なのでこれからは真の人と。呼べますか?」
明日軌も微笑む。
「……ふざけて」
エンジュを左目で見続けているが、両親らしき顔がチラチラと見えるだけだった。二人共西洋人っぽい顔で超美人だが、瞳の色は青。深い緑や不自然な赤ではない。
龍の目への対策はされている様だが、完全な物では無いらしい。
「うふふ。猿人と樹人。生き残った方がこの星の支配種族です。わかり易いでしょう? どうかしら?」
人が仮定としている樹人と言う名称を口にするエンジュ。
明日軌が産まれる前に、明日軌ではない龍の目の持ち主がこう言い出した事が有る。『猿から進化した人間とは別の、樹から進化した人間が居る』と。
当時は妄言とされたが、視力の無い緑色の瞳の意味が分かった後に信用された。
明日軌も龍の目で樹から進化した人間を見た事が有るので、この戦いを始めたのは人間以外の存在である樹人だと思っている。
しかし龍の目を持っていない人にはそれを証明する事が出来ないので、仮定と言う形で極秘情報扱いにしてある。
その仮定は正解なので、それで呼べと言う事なのか。
「戦いを終わらせる気は無い、と受け取りました」
「ありがとう。全く。貴女が余計な具申をしたばっかりに、こんな面倒な事になって」
片眉を上げ、エンジュを訝しげに見詰める明日軌。
「余計な、具申……? この状況は、私のせいだと?」
「さて。サービスは終わりです。次に会うその時は猿人最後の時でしょう。ごきげんよう」
コクマや黒沢隊に敵意を向けられていにも関わらず雑に振り向いたエンジュは、超スピードで林の中へと走り去った。
遅れて角刈りの男も林の中に消える。
「結局、私を見に来ただけ……?」
蜜月が構えを解くと、緊迫した空気で金縛りに遭っていた萌子がペタンと尻餅を付いた。
「は、はぁぁ……こ、怖かった。何なんですか?あの人達は……」
目に涙を溜めて明日軌を見る萌子。
しかし青いセーラー服の少女も怖い雰囲気を纏っていた。
「我々の敵です」
静かにそう言った明日軌は、唇を噛みながら瞼を閉じた。
「萌子さん。その人はまだこっちに向かって来ていますか? 何人ですか?」
「はい。まっすぐ登って来てます。見た限り、一人です」
双眼鏡を覗きながら応えるオカッパ少女。
「コクマ。正面から『謎』の男性が近付いて来ます。十分注意を」
「はい」
小屋の外から返事。
「萌子さんは随時状況報告。蜜月さんは警戒」
「は、はい。男性は変わらず前進しています」
「了解。警戒します」
蜜月は窓の脇に立ち、そこからすぐに歩兵銃を撃てる様に構える。
指示しながら入口のドアまで下がった明日軌は、顔だけ外に出す。
「黒沢隊のみなさん、付近の村は避難済みですよね?」
「はい。居残りの不在確認も十分に」
「窓の方向から男性一名が接近中です。侵入者警報はここでも確認出来ますか?」
「小屋の中で小さな豆電球が点きます」
小屋の中に頭を戻した明日軌は明かりを探す。光るのならば目立つだろうが、それらしい物は無い。
「無反応の様です。本部に確認と、周囲への注意を」
「了解」
小屋の中に戻り、ベッドに腰を下ろす明日軌。
何が、安全は我々が保証します、だ。全く役に立たないではないか。
「付近の住民が居ないこの状況で近付いて来る不審人物と言えば、あの子の仲間でしょうね」
「……エンジュ、ですね。もしそうなら、最初から全力を出します」
頷き合う明日軌と蜜月。
「あれ? いきなり消えました」
萌子は望遠鏡を左右に動かし、男を探す。
「龍の目って言うのは恐ろしく勘が良いんだな」
一瞬で小屋に近付いて来た男性が、望遠鏡の窓から小屋の中を覗いた。茶色の髪を角刈りにしている。
「うわっ!」
「きゃぁ!」
驚きながらも銃口を男に向ける蜜月。
萌子は望遠鏡から離れて後退った。
「おっと、撃たないでくれよ。姫様相手に戦う気は無い」
降参と言わんばかりに両手を挙げる男性。背はエルエル程度で、がっしりした筋肉がYシャツを押し上げている。瞳の色は普通に黒い。
「エンジェのお仲間ですね?」
明日軌は立ち上がり、毅然と訊く。
「そうなるな。姫様がこっちに来ているって聞いたんで、ご尊顔を拝しておきたくてな」
左目で男を見ても何も見えない。何も頭に思い浮かべていないか、龍の目に対する何らかの対策をしているのか。
対策なんて有るのか?
目の前に居る人間に意識を集中しているのに何も見えないのは明らかにおかしいので、対策が有るのだろう。明日軌が知る常識では有り得ないと言うだけなので、人間が持っていない知恵をエンジュの仲間が持っていてもおかしくはない。
「何奴!?」
やっと男性の後ろに回るコクマ。両手に苦無を構えている。
コクマが遅れを取るとは……。
「おお、怖い怖い。散歩を装ってみたんだが、見事に大失敗だ。で、どっちが姫なんだ?」
銃を向けている蜜月と脅えている萌子を交互に見る角刈りの男。
明日軌は恍けて肩を竦める。
「姫、とは、どう言う意味です?」
「そりゃおめぇ、サクラ様のこん――」
「このバカ!」
角刈り男の側頭部にブーツの踵が減り込んだ。
「ぐわっ」
吹っ飛ぶ男。そのまま脇の林の中に突っ込んで行く。
「全く。接触は禁止だって言われてるのに」
男に飛び蹴りを食らわせたのは、軍服の少女。長い緑色の髪。
「エンジュ!」
銃を構え直す蜜月。
男が吹っ飛んだ物音に反応した黒沢隊の三人も裏手に回って来てエンジュに銃を向けた。
「ごきげんよう、フルスペックプリンセス。こちらのバカの非礼をお詫びします」
エンジュは銃口を完全に無視し、優雅に頭を下げる。軍服ではなく、洋風なドレスだったら様になっているだろう。
「黒沢隊! 一人は入口を守って!」
明日軌は失礼を承知で指示をする。ついうっかり全員が一ヶ所に集まってしまった事に気付いた黒沢隊の一人がその場を離れる。エンジュ達が本気を出したら人の壁にもならないが、伏兵を見張る事くらいの意味は有るだろう。
「どうしてこんな所に居るの?」
訊く明日軌をチラリと見るエンジュ。瞳は赤い。
続いて蜜月を見る。
「フルスペックプリンセスがこちら側に来てくれるのなら、彼女だけは全てを知る権利を持てる立場になれますが」
「オイコラ、エンジュ! 何してくれるんだ!」
立ち直った角刈り男が肩を怒らせてエンジュに歩み寄る。身体中に葉っぱや草が付いている。
「貴方、情報を漏らしたわね。それがどう言う意味か分かってる?」
「う……」
「黙っていなさい。今ならまだ大丈夫だから」
舌打ちした男は、懲りずに口を開く。
「せめてどっちが姫なのかは教えてくれ。間違いが無い様に」
男の相手をする面倒臭さにムスッとした顔になるエンジュ。年相応の可愛らしい表情だ。
「……銃を構えている、髪の長い方がフルスペックプリンセスよ」
「おう」
「あの……」
蜜月は銃を下ろして訊く。銃を向けたままでは返事を貰えないと思ったのだろう。
「フルスペックプリンセスって何? サクラ様って?」
ギロリと男を睨むエンジュ。本気で怖い目をしているが、男は意に介さない。
「今は何も答えられません。上の者に叱られますので」
「貴女達は下っ端って事?」
今度は明日軌が訊く。しかしエンジュは無視をした。蜜月以外には興味が無いとでも言いたげに。
「せめて貴女達の種族名だけでも教えて貰えませんか? 不便なので」
明日軌がしつこく訊くと、緑髪の少女は生意気そうに溜息を吐いた。
「滅びる運命の猿に答える義理は無い……と言いたいところですが」
一転、可愛らしく微笑むエンジュ。
「影で化物と呼ばれるのも不本意です。私達も人ですから。なのでこれからは真の人と。呼べますか?」
明日軌も微笑む。
「……ふざけて」
エンジュを左目で見続けているが、両親らしき顔がチラチラと見えるだけだった。二人共西洋人っぽい顔で超美人だが、瞳の色は青。深い緑や不自然な赤ではない。
龍の目への対策はされている様だが、完全な物では無いらしい。
「うふふ。猿人と樹人。生き残った方がこの星の支配種族です。わかり易いでしょう? どうかしら?」
人が仮定としている樹人と言う名称を口にするエンジュ。
明日軌が産まれる前に、明日軌ではない龍の目の持ち主がこう言い出した事が有る。『猿から進化した人間とは別の、樹から進化した人間が居る』と。
当時は妄言とされたが、視力の無い緑色の瞳の意味が分かった後に信用された。
明日軌も龍の目で樹から進化した人間を見た事が有るので、この戦いを始めたのは人間以外の存在である樹人だと思っている。
しかし龍の目を持っていない人にはそれを証明する事が出来ないので、仮定と言う形で極秘情報扱いにしてある。
その仮定は正解なので、それで呼べと言う事なのか。
「戦いを終わらせる気は無い、と受け取りました」
「ありがとう。全く。貴女が余計な具申をしたばっかりに、こんな面倒な事になって」
片眉を上げ、エンジュを訝しげに見詰める明日軌。
「余計な、具申……? この状況は、私のせいだと?」
「さて。サービスは終わりです。次に会うその時は猿人最後の時でしょう。ごきげんよう」
コクマや黒沢隊に敵意を向けられていにも関わらず雑に振り向いたエンジュは、超スピードで林の中へと走り去った。
遅れて角刈りの男も林の中に消える。
「結局、私を見に来ただけ……?」
蜜月が構えを解くと、緊迫した空気で金縛りに遭っていた萌子がペタンと尻餅を付いた。
「は、はぁぁ……こ、怖かった。何なんですか?あの人達は……」
目に涙を溜めて明日軌を見る萌子。
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