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8話
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「店長、何してるんですか?」
突如、厨房の奥に響いた桜田の声が、空気を鋭く裂いた。
音に驚き、真鍋はしゃがんだ姿勢のまま振り向いた。
その手のひらには、ほんの5ミリほどの青年――明石が、恥ずかしそうにちょこんと座っている。
「あ、桜田さん。ちょっとね、青山くんがいたから、お話してたの」
真鍋は、あくまで自然なトーンで返した。どこか余裕すら感じさせる声音だった。
「……って、あれ……ほんとにいるし!?」
桜田の目が見開かれ、その口元にはすぐに悪戯っぽい笑みが浮かんだ。彼は屈んで顔を近づけ、小さな明石を覗き込む。
「もしかして……また胸で楽しんでたんじゃないの~? 青山、やるねぇ~」
その一言に、明石は顔を真っ赤に染め、即座に否定の声を上げた。
「ははは……!」
だが、その声は小さすぎた。まるで蚊の羽音のようで、聞こえたとしても弁明になっていない。何より、今の明石の姿がすべてを物語っていた。
真っ赤になった頬。縮こまる肩。視線は渚 真鍋の指の上から外せず、まるで言葉以上に全身で「図星です」と叫んでいた。
「ふふっ」
渚は微笑んだ。控えめなその笑みには、ほんの少しだけ“わかってる”という確信が滲んでいた。
けれど、その柔らかな時間はタブレットの通知音であっさり打ち破られる。
「ピコン、ピコン……」
画面には、次々と新しい注文が表示されていた。小さな厨房に、再び“現実”の空気が流れ込む。
「あっ、いけない……こんなことしてる場合じゃなかったわ」
真鍋は小さく息を吐き、少し慌てた様子で立ち上がろうとする。その途中で、手のひらの明石にふと視線を戻した。
「……とりあえず、落ち着くまでそこにいてね?」
その言葉と同時に、渚は自分のシャツの第二ボタンを器用に外した。
ゆるんだ布地の間からは、柔らかそうな谷間が静かに顔を覗かせる。
(ま、まさか……!?)
思考する暇もなかった。渚は、ごく自然な手つきで明石の小さな身体をつまみ、胸の谷間へと滑り込ませていく。
「ちょっ、おお……!」
明石は、ふわりと白い肌と布に包まれ、やがて完全にシャツの中に収まっていった。
シャツの隙間から僅かに差し込む光が、柔らかな丘のような胸のカーブをぼんやりと照らす。空気はほんのりと温かく、わずかに甘い香りが漂っていた。ハーブティーの香りと、渚自身の柔らかな匂いが混じっている。
(……これ……やばい……)
シャツ越しに感じる渚の体温は、じんわりと彼の小さな体に染みこんでくる。
鼓動が近い。深く、安定した音が、包まれた空間に静かに響いていた。
どくん、どくん、と。まるで、母胎の中に戻ったかのような錯覚。
(落ち着くわけない……落ち着くわけないだろ……)
けれども、抗えない。
明石の身体は、無意識にその谷間の柔らかさに身を預けてしまっていた。
あたたかく、なめらかで、ほどよい弾力。包み込むような静寂と、密やかな心音。
それは、日常の喧騒とはまるで別世界だった。
(いや、一時的な避難だからしょうがない!)
必死にそう言い聞かせるが、内心ではもう理性が崩壊しかけている。
「はい、じゃあ、いい子でね。わたし、仕事に入るから」
真鍋の声が、胸の奥からほのかに響く。
距離は近いはずなのに、布と肉のクッションにより、声がくぐもって甘く聞こえた。
そして次の瞬間、真鍋
が軽く足を踏み出した。
「ピコンッ!」
さらにもう一つ通知音が鳴った。渚がちらりとタブレットを見ると、そこには今までとは違う注文内容が表示されていた。
「えーっと……ファーストクラス・プレミアムセットが二つ、ティーセットがひとつ……あ、旅するデリセットも……」
注文の質が明らかに変わっていた。ランチピークを終えた後の、午後の“ご褒美タイム”に突入したのだ。
渚はふっと笑って、トレイを引き寄せた。
「よし、じゃあフライト気分でいってみよっか!」
その明るい掛け声とともに、彼女はまたしても一歩を踏み出した。
(うっ、また動いた……!)
明石は再び、真鍋の胸の中でふわりと跳ねる。ティーセットやスイーツの準備は、熱々の鉄板仕事よりも動きが繊細だが、それでもキビキビとしたステップは相変わらずだ。
「まずは、機長の黒ごまジェットパンっと……あ、綺麗に焼けてる。スモークサーモンサラダは……うん、ちょっとディル足してみよ」
彼女がサラダを手際よく仕上げるたび、胸に包まれた明石は優しくも予測不能な“波”に翻弄されていた。
ちょっと前傾になれば、谷間の底へとじわじわ沈み込む。立ち上がればふわりと浮き、また重力が全身を包む。
(これ、絶対バカにされるやつだ……!)
胸の中では視界も限られ、ただ耳から入る真鍋の鼻歌と、スチームの音、包丁のリズム、そして心音だけが彼の世界だった。
その中に、ほんのりとラベンダーとピスタチオの甘い香りが混ざり始める。
「ピスタチオデニッシュ、あたためよっと……あ、ラテアートも忘れずに。今日は……飛行機の絵にしようかな」
(なんでそんな余裕あるんだ……この人……)
温かなスチームがラテに注がれ、フォームミルクが渚の手元でくるくると描かれる。そのたびに、彼女の胸がふわりと膨らみ、明石の身体をさらに柔らかく包み込んだ。
(ちょ、ちょっと……これは……!)
ラテの仕上げとともに、ふと真鍋が胸元を押さえるように手を添えた。
「うん、大丈夫。落ち着いてきたね、青山くん」
(な、なんでわかる!?)
声には出せないツッコミを胸の中で全力で入れるが、真鍋は穏やかな笑みを浮かべたまま、客席へと料理を運び始めた。
「ファーストクラス・プレミアムセットできたからよろしくね」
トレイを運ぶたびに、彼女の体が再び揺れ、明石は谷間の中で再度ふわりと跳ねる。笑顔のサービス中でも、明石にとってはまさに空中乱流。
(いや、プレミアムって俺にとってはサバイバルセットなんだが!?)
ふと、別の注文が入る。
「機内サービス・ティーセット、紅茶ポット提供で!」
真鍋はくるりと踵を返して厨房へ戻ってくる。そのとき、胸元に添えた手が明石をかばうように軽く包む。
「大丈夫、あとちょっとよ。頑張って」
(……はい)
振り回されながらも、なぜかその一言に救われる気がして、明石は真鍋の心音に耳を澄ませた。
ほんのり甘い、温かい、そしてちょっぴり過酷な午後の厨房。
ファーストクラスのようで、まるで乱気流の空中飛行のようなひとときが、静かに続いていた。
厨房の空気は、次第に忙しさを増していた。
油のはねる音、タブレットの電子音、器のぶつかる音。
そのすべてが交錯する中、真鍋は一見、何事もないように動いていた。
フライパンを振る手も、盛り付けの動きも正確だ。だが――
(……ふふっ、いるわよね)
真鍋はシャツの内側、胸の奥にひそむ“秘密の居候”に、そっと意識を向けた。
(明石くん、まだ静かにしてるかな……?)
不意に、彼女はしゃがみこみ、低い棚からソースの瓶を取り出した。
その瞬間、胸がふわりと上下に揺れ、谷間の中にわずかな圧迫が走る。
(……!)
明石の体がきゅっと縮こまり、思わず声を漏らしそうになる。
(やば……っ、今の……く、くすぐった……)
谷間の中は密閉空間だ。
わずかな動きすら全身に伝わる。ましてや、真鍋の胸が揺れれば、それは津波のような衝撃になる。
そして――真鍋は、その“事実”を、よくわかっていた。
しゃがんだ姿勢のまま、彼女はわざと上体を左右に傾けてみた。
ゆっさ、ゆっさ――。
シャツの内側で、柔らかな肉の壁が波打つ。
(ま、また……! な、なにこれ……こ、これ絶対わざとだろ……っ!)
明石は必死に身をかがめてしがみつく。だが、布と肌に押し包まれて、それもままならない。
真鍋の肌は温かく、しっとりとしていて、心音が近い。だからこそ、どんな揺れも逃れようがなかった。
そして追い打ちをかけるように、渚がにっこりと笑った。
「……あら? なんだか胸がムズムズするなぁ」
小さく、呟くように言ったその声。だが、確実に胸の中の明石に届いていた。
(っ……!?)
彼女が、自分の存在を認識していながら“何もしてないふり”をしていることが、明石にはわかった。
「……もしかして、虫でも入ったのかなぁ?」
真鍋はくすりと笑い、シャツの上から軽く指先で谷間をぽんぽん、と叩いた。
(ひゃっ――!?)
まるで雷が落ちたかのように、明石の体がびくんと跳ねる。
胸の中の空気がわずかに揺れ、彼は無意識に声を押し殺した。
必死に息をひそめるが、鼓動は逆にどんどん速くなる。
真鍋は料理をしながら、そんな様子を楽しんでいた。
まるで、自分だけの“おもちゃ”を忍ばせているような、そんな背徳感と優越感を、密やかに味わっていた。
「……大丈夫。誰にも見つからないから。安心してね?」
そう言いながら、真鍋はもう一度だけ、シャツの上から指先でそっと撫でた。
その一撫でには、優しさと、ほんの少しのいたずら心が混じっている。
明石は、何も言えなかった。
ただ、彼女の胸の奥で、火照る顔を布地に押しつけ、耐えるしかなかった。
外の世界では、いつものランチタイムが流れている。
だが、真鍋の胸の中では、誰にも知られない“秘密の時間”が静かに続いていた――。
そして、昼の部が終わった。
静まり返った厨房に、ようやく一息つく空気が流れる。
谷間の奥で半ば放心していた明石は、渚の指に摘まれ、ふわりと持ち上げられる。
「はい、お疲れさま、青山くん」
真鍋の穏やかな声とともに、彼はやさしくテーブルの上に降ろされた。木の天板の感触が足の裏に伝わる。
明石がふらつく視界を持ち上げると、テーブルの向こう側に座る二人の女性の姿が目に入った。
「お昼はお疲れさま。夜の部も、また頑張りましょうね」
真鍋は麦茶の入ったコップを口元に運びながら、やさしく微笑んだ。
その隣では、桜田が背筋を伸ばして答える。
「はい、店長」
いつも通り、落ち着いた声色。だが、どこか芯のある響きが印象的だった。
明石は小さな体を揺らしながら、そのやり取りを黙って眺めていた。
そしてふと、視線を胸元へ――いや、**「膨らみ」**へと向けてしまう。
(……やっぱり、圧倒的だな……)
真鍋渚の胸は、言うまでもなく豊かで柔らかく、あの谷間に包まれた感覚はいまだに肌に残っているほどだった。
一方の桜田はというと、きっちりとした制服を着こなし、引き締まった身体が逆に凛々しさを引き立てていた。
胸元の膨らみは控えめで、もしあのとき**“着地した先”**がこちらだったなら――
と、そんなことをぼんやり考えていた瞬間だった。
「――っ!?」
上から、何かが勢いよく落ちてきた。金属質の塊。
反射的に明石は身を翻して跳ねのける。
ガシャンッ!
それはテーブルの上に鈍く音を立てて転がった。
「ちょ、ちょっと桜田さん! いきなり何するんですかっ!」
明石が怒気混じりに叫ぶと、桜田は涼しい顔で椅子にもたれ、口元に怪しげな笑みを浮かべた。
「いやー、義手が勝手に動いちゃって。最近、調子が悪くてさ」
彼女の左腕――肘から先に装着された銀色の義手が、かすかに動いていた。
「いやいやいや……義手にそんな“狙って落とす”機能ないですよ! 明らかにピンポイントだったでしょ!」
「でも本当に、動きがおかしいのは確かです。ね、店長?」
桜田は視線を横に送る。真鍋は笑いをこらえるように口元を押さえながら、
「うん、確かにこのところ、ちょっと変な動きしてるのは見たわね」
と、曖昧に同意する。
「――というわけで、今はこの子にメンテナンスしてもらってる最中なんですよ」
桜田はさらりと言いながら、義手を明石の前に差し出した。
「じゃあ、よろしく頼むね。ちっちゃい方の“青山エンジニア”さん」
「まったく……そんな呼び方……」
明石はため息をつきつつ、自分のバッグから精密ドライバーを取り出した。彼は元の大きさに戻っていた。
「とにかく……どこがどう不調なのか、詳しく教えてください。無駄に威嚇モードになったら困りますから」
義手の掌部分を持ち上げると、細かな回転軸やサーボモーターの挙動が確認できる。
ゆっくりとパネルを外し、内部基板を覗き込む。
「ふむ……この軸、明らかに動きにズレがあるな……。桜田さん、最近、接触センサーあたりで誤動作は?」
「あるある。あと、グーで握手しようとしちゃう。あと物を掴むとき、力加減が変。さっきの青山くんだったら潰せるよ」
「……冗談じゃないですよ……」
(ほんとにこの人、悪気ないのか、それともあるのか……)
それでも明石は真剣な顔で、細い工具を操りながら義手の内部に向き合う。
義手に宿る精密な機械と、少女の不穏な微笑。その両方に囲まれながら。
その光景を、真鍋は静かに、温かい視線で見つめていた。
突如、厨房の奥に響いた桜田の声が、空気を鋭く裂いた。
音に驚き、真鍋はしゃがんだ姿勢のまま振り向いた。
その手のひらには、ほんの5ミリほどの青年――明石が、恥ずかしそうにちょこんと座っている。
「あ、桜田さん。ちょっとね、青山くんがいたから、お話してたの」
真鍋は、あくまで自然なトーンで返した。どこか余裕すら感じさせる声音だった。
「……って、あれ……ほんとにいるし!?」
桜田の目が見開かれ、その口元にはすぐに悪戯っぽい笑みが浮かんだ。彼は屈んで顔を近づけ、小さな明石を覗き込む。
「もしかして……また胸で楽しんでたんじゃないの~? 青山、やるねぇ~」
その一言に、明石は顔を真っ赤に染め、即座に否定の声を上げた。
「ははは……!」
だが、その声は小さすぎた。まるで蚊の羽音のようで、聞こえたとしても弁明になっていない。何より、今の明石の姿がすべてを物語っていた。
真っ赤になった頬。縮こまる肩。視線は渚 真鍋の指の上から外せず、まるで言葉以上に全身で「図星です」と叫んでいた。
「ふふっ」
渚は微笑んだ。控えめなその笑みには、ほんの少しだけ“わかってる”という確信が滲んでいた。
けれど、その柔らかな時間はタブレットの通知音であっさり打ち破られる。
「ピコン、ピコン……」
画面には、次々と新しい注文が表示されていた。小さな厨房に、再び“現実”の空気が流れ込む。
「あっ、いけない……こんなことしてる場合じゃなかったわ」
真鍋は小さく息を吐き、少し慌てた様子で立ち上がろうとする。その途中で、手のひらの明石にふと視線を戻した。
「……とりあえず、落ち着くまでそこにいてね?」
その言葉と同時に、渚は自分のシャツの第二ボタンを器用に外した。
ゆるんだ布地の間からは、柔らかそうな谷間が静かに顔を覗かせる。
(ま、まさか……!?)
思考する暇もなかった。渚は、ごく自然な手つきで明石の小さな身体をつまみ、胸の谷間へと滑り込ませていく。
「ちょっ、おお……!」
明石は、ふわりと白い肌と布に包まれ、やがて完全にシャツの中に収まっていった。
シャツの隙間から僅かに差し込む光が、柔らかな丘のような胸のカーブをぼんやりと照らす。空気はほんのりと温かく、わずかに甘い香りが漂っていた。ハーブティーの香りと、渚自身の柔らかな匂いが混じっている。
(……これ……やばい……)
シャツ越しに感じる渚の体温は、じんわりと彼の小さな体に染みこんでくる。
鼓動が近い。深く、安定した音が、包まれた空間に静かに響いていた。
どくん、どくん、と。まるで、母胎の中に戻ったかのような錯覚。
(落ち着くわけない……落ち着くわけないだろ……)
けれども、抗えない。
明石の身体は、無意識にその谷間の柔らかさに身を預けてしまっていた。
あたたかく、なめらかで、ほどよい弾力。包み込むような静寂と、密やかな心音。
それは、日常の喧騒とはまるで別世界だった。
(いや、一時的な避難だからしょうがない!)
必死にそう言い聞かせるが、内心ではもう理性が崩壊しかけている。
「はい、じゃあ、いい子でね。わたし、仕事に入るから」
真鍋の声が、胸の奥からほのかに響く。
距離は近いはずなのに、布と肉のクッションにより、声がくぐもって甘く聞こえた。
そして次の瞬間、真鍋
が軽く足を踏み出した。
「ピコンッ!」
さらにもう一つ通知音が鳴った。渚がちらりとタブレットを見ると、そこには今までとは違う注文内容が表示されていた。
「えーっと……ファーストクラス・プレミアムセットが二つ、ティーセットがひとつ……あ、旅するデリセットも……」
注文の質が明らかに変わっていた。ランチピークを終えた後の、午後の“ご褒美タイム”に突入したのだ。
渚はふっと笑って、トレイを引き寄せた。
「よし、じゃあフライト気分でいってみよっか!」
その明るい掛け声とともに、彼女はまたしても一歩を踏み出した。
(うっ、また動いた……!)
明石は再び、真鍋の胸の中でふわりと跳ねる。ティーセットやスイーツの準備は、熱々の鉄板仕事よりも動きが繊細だが、それでもキビキビとしたステップは相変わらずだ。
「まずは、機長の黒ごまジェットパンっと……あ、綺麗に焼けてる。スモークサーモンサラダは……うん、ちょっとディル足してみよ」
彼女がサラダを手際よく仕上げるたび、胸に包まれた明石は優しくも予測不能な“波”に翻弄されていた。
ちょっと前傾になれば、谷間の底へとじわじわ沈み込む。立ち上がればふわりと浮き、また重力が全身を包む。
(これ、絶対バカにされるやつだ……!)
胸の中では視界も限られ、ただ耳から入る真鍋の鼻歌と、スチームの音、包丁のリズム、そして心音だけが彼の世界だった。
その中に、ほんのりとラベンダーとピスタチオの甘い香りが混ざり始める。
「ピスタチオデニッシュ、あたためよっと……あ、ラテアートも忘れずに。今日は……飛行機の絵にしようかな」
(なんでそんな余裕あるんだ……この人……)
温かなスチームがラテに注がれ、フォームミルクが渚の手元でくるくると描かれる。そのたびに、彼女の胸がふわりと膨らみ、明石の身体をさらに柔らかく包み込んだ。
(ちょ、ちょっと……これは……!)
ラテの仕上げとともに、ふと真鍋が胸元を押さえるように手を添えた。
「うん、大丈夫。落ち着いてきたね、青山くん」
(な、なんでわかる!?)
声には出せないツッコミを胸の中で全力で入れるが、真鍋は穏やかな笑みを浮かべたまま、客席へと料理を運び始めた。
「ファーストクラス・プレミアムセットできたからよろしくね」
トレイを運ぶたびに、彼女の体が再び揺れ、明石は谷間の中で再度ふわりと跳ねる。笑顔のサービス中でも、明石にとってはまさに空中乱流。
(いや、プレミアムって俺にとってはサバイバルセットなんだが!?)
ふと、別の注文が入る。
「機内サービス・ティーセット、紅茶ポット提供で!」
真鍋はくるりと踵を返して厨房へ戻ってくる。そのとき、胸元に添えた手が明石をかばうように軽く包む。
「大丈夫、あとちょっとよ。頑張って」
(……はい)
振り回されながらも、なぜかその一言に救われる気がして、明石は真鍋の心音に耳を澄ませた。
ほんのり甘い、温かい、そしてちょっぴり過酷な午後の厨房。
ファーストクラスのようで、まるで乱気流の空中飛行のようなひとときが、静かに続いていた。
厨房の空気は、次第に忙しさを増していた。
油のはねる音、タブレットの電子音、器のぶつかる音。
そのすべてが交錯する中、真鍋は一見、何事もないように動いていた。
フライパンを振る手も、盛り付けの動きも正確だ。だが――
(……ふふっ、いるわよね)
真鍋はシャツの内側、胸の奥にひそむ“秘密の居候”に、そっと意識を向けた。
(明石くん、まだ静かにしてるかな……?)
不意に、彼女はしゃがみこみ、低い棚からソースの瓶を取り出した。
その瞬間、胸がふわりと上下に揺れ、谷間の中にわずかな圧迫が走る。
(……!)
明石の体がきゅっと縮こまり、思わず声を漏らしそうになる。
(やば……っ、今の……く、くすぐった……)
谷間の中は密閉空間だ。
わずかな動きすら全身に伝わる。ましてや、真鍋の胸が揺れれば、それは津波のような衝撃になる。
そして――真鍋は、その“事実”を、よくわかっていた。
しゃがんだ姿勢のまま、彼女はわざと上体を左右に傾けてみた。
ゆっさ、ゆっさ――。
シャツの内側で、柔らかな肉の壁が波打つ。
(ま、また……! な、なにこれ……こ、これ絶対わざとだろ……っ!)
明石は必死に身をかがめてしがみつく。だが、布と肌に押し包まれて、それもままならない。
真鍋の肌は温かく、しっとりとしていて、心音が近い。だからこそ、どんな揺れも逃れようがなかった。
そして追い打ちをかけるように、渚がにっこりと笑った。
「……あら? なんだか胸がムズムズするなぁ」
小さく、呟くように言ったその声。だが、確実に胸の中の明石に届いていた。
(っ……!?)
彼女が、自分の存在を認識していながら“何もしてないふり”をしていることが、明石にはわかった。
「……もしかして、虫でも入ったのかなぁ?」
真鍋はくすりと笑い、シャツの上から軽く指先で谷間をぽんぽん、と叩いた。
(ひゃっ――!?)
まるで雷が落ちたかのように、明石の体がびくんと跳ねる。
胸の中の空気がわずかに揺れ、彼は無意識に声を押し殺した。
必死に息をひそめるが、鼓動は逆にどんどん速くなる。
真鍋は料理をしながら、そんな様子を楽しんでいた。
まるで、自分だけの“おもちゃ”を忍ばせているような、そんな背徳感と優越感を、密やかに味わっていた。
「……大丈夫。誰にも見つからないから。安心してね?」
そう言いながら、真鍋はもう一度だけ、シャツの上から指先でそっと撫でた。
その一撫でには、優しさと、ほんの少しのいたずら心が混じっている。
明石は、何も言えなかった。
ただ、彼女の胸の奥で、火照る顔を布地に押しつけ、耐えるしかなかった。
外の世界では、いつものランチタイムが流れている。
だが、真鍋の胸の中では、誰にも知られない“秘密の時間”が静かに続いていた――。
そして、昼の部が終わった。
静まり返った厨房に、ようやく一息つく空気が流れる。
谷間の奥で半ば放心していた明石は、渚の指に摘まれ、ふわりと持ち上げられる。
「はい、お疲れさま、青山くん」
真鍋の穏やかな声とともに、彼はやさしくテーブルの上に降ろされた。木の天板の感触が足の裏に伝わる。
明石がふらつく視界を持ち上げると、テーブルの向こう側に座る二人の女性の姿が目に入った。
「お昼はお疲れさま。夜の部も、また頑張りましょうね」
真鍋は麦茶の入ったコップを口元に運びながら、やさしく微笑んだ。
その隣では、桜田が背筋を伸ばして答える。
「はい、店長」
いつも通り、落ち着いた声色。だが、どこか芯のある響きが印象的だった。
明石は小さな体を揺らしながら、そのやり取りを黙って眺めていた。
そしてふと、視線を胸元へ――いや、**「膨らみ」**へと向けてしまう。
(……やっぱり、圧倒的だな……)
真鍋渚の胸は、言うまでもなく豊かで柔らかく、あの谷間に包まれた感覚はいまだに肌に残っているほどだった。
一方の桜田はというと、きっちりとした制服を着こなし、引き締まった身体が逆に凛々しさを引き立てていた。
胸元の膨らみは控えめで、もしあのとき**“着地した先”**がこちらだったなら――
と、そんなことをぼんやり考えていた瞬間だった。
「――っ!?」
上から、何かが勢いよく落ちてきた。金属質の塊。
反射的に明石は身を翻して跳ねのける。
ガシャンッ!
それはテーブルの上に鈍く音を立てて転がった。
「ちょ、ちょっと桜田さん! いきなり何するんですかっ!」
明石が怒気混じりに叫ぶと、桜田は涼しい顔で椅子にもたれ、口元に怪しげな笑みを浮かべた。
「いやー、義手が勝手に動いちゃって。最近、調子が悪くてさ」
彼女の左腕――肘から先に装着された銀色の義手が、かすかに動いていた。
「いやいやいや……義手にそんな“狙って落とす”機能ないですよ! 明らかにピンポイントだったでしょ!」
「でも本当に、動きがおかしいのは確かです。ね、店長?」
桜田は視線を横に送る。真鍋は笑いをこらえるように口元を押さえながら、
「うん、確かにこのところ、ちょっと変な動きしてるのは見たわね」
と、曖昧に同意する。
「――というわけで、今はこの子にメンテナンスしてもらってる最中なんですよ」
桜田はさらりと言いながら、義手を明石の前に差し出した。
「じゃあ、よろしく頼むね。ちっちゃい方の“青山エンジニア”さん」
「まったく……そんな呼び方……」
明石はため息をつきつつ、自分のバッグから精密ドライバーを取り出した。彼は元の大きさに戻っていた。
「とにかく……どこがどう不調なのか、詳しく教えてください。無駄に威嚇モードになったら困りますから」
義手の掌部分を持ち上げると、細かな回転軸やサーボモーターの挙動が確認できる。
ゆっくりとパネルを外し、内部基板を覗き込む。
「ふむ……この軸、明らかに動きにズレがあるな……。桜田さん、最近、接触センサーあたりで誤動作は?」
「あるある。あと、グーで握手しようとしちゃう。あと物を掴むとき、力加減が変。さっきの青山くんだったら潰せるよ」
「……冗談じゃないですよ……」
(ほんとにこの人、悪気ないのか、それともあるのか……)
それでも明石は真剣な顔で、細い工具を操りながら義手の内部に向き合う。
義手に宿る精密な機械と、少女の不穏な微笑。その両方に囲まれながら。
その光景を、真鍋は静かに、温かい視線で見つめていた。
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