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転生コバエ、蜜香に酔う空の旅
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目を覚ました瞬間、そこは――濃厚な甘い香りに満ちた、奇妙な空間だった。
(……な、なんだここは?)
俺は確かに、ブラック企業の徹夜帰りにトラックにはねられて死んだはずだ。
だが目覚めた今、俺の体は数ミリ。手も足も透明の膜のような羽になっていた。
……いや、待てよ。これ、コバエじゃねぇか!?
「お客様、お飲み物は何になさいますか?」
心臓が止まりそうになった。
――天使。いや、CAだ。
彼女は長身でスレンダーなプロポーション、すっと伸びた首筋と、完璧に整えられたお団子ヘア。
ほんの数センチ先に、彼女の豊かな胸元を包む制服のボタンが視界を圧倒する。
(でかっ……っていうか、近い……近すぎる……)
俺は今、彼女の制服の襟元、つまり胸元と首の境目にある香水の香りゾーンに、偶然着地していた。
汗と香水、そしてシャンプーの香りが入り混じった、**人間の頃には絶対に嗅げなかった“生の香り”**が俺を包む。
(これが……CAの匂い……!?)
その瞬間、彼女が動いた。胸が上下に揺れ、俺の体がふわっと跳ねる。
(おいおい、俺、揺れる胸に乗ってるってことか!?)
彼女が一歩進むたび、俺はバランスをとるのに必死だった。
眼前に迫る、肌着のラインが透けるシャツの布地。その中では、薄く汗ばんだ滑らかな肌が、じんわりと呼吸している。
(ああ……このまま、もう少しだけ……)
俺は意識を集中させ、そっとシャツのボタンの隙間から中をのぞいた――。
……ボタンの隙間から差し込む機内の光が、布の内側を透かしていた。
コバエになった俺の複眼には、淡い肌色のカーブと、その内側に微かに走る青白い血管までもが映り込む。
(これが、人間だった頃は決して見られなかった世界……!)
わずかに汗ばんだ肌が、シャツ越しにほんのり光を反射している。
その温かさが、空気を通じて伝わってきた。
「ん……」
彼女が首をかしげ、軽くストレッチをする。
その動きで、シャツの襟元がふわりと開き、俺の立つ場所が襟の裏から直接肌に触れる領域へと変わった。
(やばい、落ちる……!)
瞬間、俺は反射的に飛び立った――
だが狙いはただの逃走ではない。
目の前に広がるその空間へ、飛び込んだのだ。
シャツの中へ。
機内の空調が生む柔らかな風が、シャツの裾をわずかにふくらませていた。
俺はその隙間から、スルリと彼女の身体の内側へ――
シャツと肌のわずかな空間。そこに漂うのは、制汗剤と体温の混じった濃密な香り。
(っ……これが、リアルな“体温”の世界か……)
内側から見るシャツは、まるで白い天幕のようだ。
そこに落ちる彼女の髪の影がゆらめき、まるで別世界に迷い込んだような錯覚を覚える。
「はぁ……暑いな……」
彼女が袖をまくる。
シャツの内側に風が流れ込み、俺の視界に――彼女の脇の下と、ブラのストラップが浮かび上がる。
(……直視していいのか?でも今の俺は虫だ。問題ない。たぶん)
汗の粒が光る白い肌。そこを伝って流れる一滴の汗が、まるで宝石のように見える。
俺はその汗の匂いに引き寄せられるように、ゆっくりと接近していく。
羽を震わせながら、香りの強まるポイント――彼女の脇の下へ、ふわりと着地した。
(柔らかい……あったかい……なんだこれ……!)
皮膚は思った以上に弾力があり、微かに粘り気を感じる汗が、羽や脚にまとわりつく。
脈打つ血管の鼓動が、足元からじんわりと伝わってくる。
「……あれ? なんか……痒っ」
(やばい!バレた!?)
指が近づく。美しい指先が、俺のいる場所を叩こうとして――
ドン!
……間一髪で、俺は跳び上がった。
その衝撃で、シャツの内側から飛び出し、彼女の耳元あたりにふわりと着地する。
耳の裏。香水の香りが濃く残り、うなじの肌がすぐそばにある。
彼女の声が、すぐ目の前で響く。
「……もー、またコバエ? 機内に入っちゃったのかなぁ」
(バレてない。けど……すぐそこに“あの声”がある……!)
彼女の唇がゆっくりと動くたび、俺の全身が震えるような感覚に包まれた。
それは、かつて人間だったときには到底得られなかった、**“体感するセクシーさ”**だった――。
羽音を殺しながら、俺は彼女の耳の後ろに着地していた。
香水の香りがこの近辺だけ濃く、甘く、そして少しだけスパイシーに感じる。
香りの奥にあるのは、彼女の地肌そのものの匂い。
髪の毛がかすかに触れるたび、微細な静電気が羽に伝わってくる。
(こんな距離で……女性の香りを感じられるなんて……)
ほんの少し下に目を向けると、そこにはうなじから肩へと滑らかに流れる曲線。
シャツの襟が少しずれて、肌が直に見える隙間が生まれていた。
その時、彼女がふっと笑った。
「ふぅ……メイク直そっかな」
立ち上がる彼女。俺はバランスを崩したが、慌てて羽ばたいて肩の上にソフトランディング。
(肩の上……この位置なら安全だ)
そう思った矢先――
彼女は手鏡を開き、唇にリップクリームを塗り始めた。
その瞬間、俺の目の前で、柔らかそうな唇がゆっくりと上下に動いた。
(……っ! 目の毒すぎる……!)
瑞々しいピンク色の唇が、ほんの少し開いた状態でツヤを増していく。
その合間から、かすかに歯の白さや舌の動きまでもが垣間見える。
(人間の頃だったら、ここまで接近するのにどれだけ勇気が必要だったか……)
だが今の俺は、虫――
彼女の息が直接吹きかかる距離にいても、怒られることはない。
唇にリップが塗られるたびに、ほんのりとしたベリー系の香りが鼻をかすめる。
そのたびに、俺の全身が痺れるような感覚に襲われる。
(この香り……この艶……たぶん、ナチュラグラッセのやつだ)
そんな無駄な記憶がよぎったとき――彼女はくるりと体を回転させた。
俺はふっと宙に浮き、次に着地したのは――
彼女の胸元、スカーフの奥。
(ま、またこの場所かよ……でも、ここは……!)
スカーフの裏地は柔らかく、そこに包まれるようにしてシャツの谷間へと滑り込んだ俺の体は、わずかに震えていた。
彼女の胸が上下に動くたび、スカーフの布地と胸の柔らかな感触に包まれて揺れる世界。
(ぬくい……香りも、音も……全部彼女そのものだ……)
ドクン、ドクン……
彼女の心臓の鼓動がすぐ近くで響いてくる。
「んっ……? なにか……」
彼女が胸元に手を差し入れようとする――!
(やばっ、次で終わりかも……)
けれど逃げる気にはなれなかった。
この場所はあまりにも心地よくて、あまりにも“彼女”だったから。
「んっ……ちょっと着替えようかな」
機内の業務が一段落し、彼女はギャレー(乗務員専用スペース)へと歩き出した。
俺は、胸元のスカーフに包まれたまま、揺れる胸の谷間の中にいた。
歩くたびに、柔らかなクッションに上下左右へと揉まれる。
制服の内側からほんのり立ち上る女性特有の体温と、香水の奥にある地肌の匂いが、俺の羽や脚をくすぐった。
そして、ついに——彼女はロッカー前で制服のボタンを外し始めた。
(っ……! 今、脱ごうとしてる……!?)
胸元が開き、スカーフの布がふわりと緩む。
そのまま俺は、制服と一緒にスカートの内側へと滑り落ちていった。
……そこは、まるで別世界だった。
(ああ……これが、太ももの世界……)
シルクのようになめらかな太ももの肌。
そこに1匹のコバエが、静かに着地する。
香りは微かにフローラル系。
だがそれ以上に、**人肌が持つ甘く濃密な“熱気”**が、視界を霞ませるように漂っていた。
彼女が軽くストレッチする。
その瞬間、俺は振動に弾かれ、滑るようにして内腿の奥へと転がり込んでしまった。
(ま、まずい……このままじゃ……)
と思いつつも、そこはあまりにも柔らかく、温かく、湿度すら心地いい。
目の前にはレースの縁取りが施された、彼女の下着のラインがあり、それはまるで境界線のように輝いて見えた。
(……あれが“国境線”か)
その向こうには踏み込んではいけない禁忌の領域がある。
だが、コバエになった今の俺に、理性などどれほど残っているだろうか。
そっと、一歩だけ前に進んだ。
その時——
「わっ、揺れた……!」
飛行機が突然気流に入ったのか、大きく揺れた。
彼女の体がふわりと浮き、その拍子に俺の体も無重力のように宙へと放り出された。
(っ、まさかこんな……!)
ふわり――
俺はゆっくりと、下着のレースの奥、ほんの一瞬だけ開いた布の隙間へと吸い込まれていった。
(柔らかい……甘い匂い……)
そこは、まるで体温で満たされた**“人間の中の楽園”**だった。
真っ暗だが、外からの光が下着越しにほんのりと差し込み、内部の輪郭をぼんやりと映し出す。
その全てが柔らかく、わずかに湿り気を帯びていて、微細な振動が内側から伝わってくる。
(心臓の音……呼吸の音……全部がすぐそばにある……)
——その時。
「……痒っ?」
彼女の指が、するりとスカートの中に差し込まれた。
(終わった……でも、本望だ)
指が触れそうになる、その瞬間。
ブォン!
突如起こった機体の振動が、俺の体を下着の外側へと押し戻した。
紙一重で危機を脱した俺は、ふらふらと宙を舞いながら太ももと下腹部の境目に着地した。
そこはまだ、**熱気と香りが漂う“最前線”**だった。
(生きてる……けど……やばい……この場所、居心地よすぎる……)
フライト終盤、深夜の機内。
照明は落とされ、乗客たちもまどろんでいた。
ギャレーの奥、CAたちの待機スペース。
その片隅で、彼女はそっと座り、目を閉じていた。
「少しだけ……寝よ」
柔らかな声とともに、彼女の体が背もたれに寄りかかる。
制服のボタンを緩め、ネクタイ代わりのスカーフをほどくと、首元がふんわりと緩む。
(チャンス……!)
俺はすかさず舞い上がり、彼女の鎖骨から首筋にかけてのラインへと着地した。
そこはまるで、天国だった。
うっすら汗ばみ、温かく、肌はきめ細かくてなめらか。
鎖骨のくぼみには、光沢のある汗の粒がうっすらと浮かび、肌の息づかいがすぐ下から伝わってくる。
(これが……寝ている女性の体温か)
彼女の口元がゆっくりと上下し、寝息が静かに流れ出す。
ほんのり甘く湿った空気が、風のように頬を撫でていく。
その呼吸に乗って、彼女の唇の動きがかすかに見える。
ほんのわずかに開いた唇の隙間から、舌の先が時折のぞき、肌と空気と唾液が作り出す、静かな官能の波が伝わってくる。
(……吸い込まれそうだ)
俺はそっと、彼女の耳の後ろから耳たぶの下へと滑り込み、耳の窪みに身を寄せた。
そこは香水とシャンプー、そして素肌の匂いが交じる、密室のような香りの小部屋。
彼女の鼓膜越しに、心音がふんわりと響いてくる。
(眠ってるのに、こんなに……“感じてる”世界があるなんて……)
と、そのとき。
「……ん……んぅ……」
彼女が寝返りを打つように、首をかしげる。
その拍子に俺はスルリと滑り落ち、今度は胸元の谷間と首の境目あたりへと落ちてしまった。
――そして。
「……なにか……くすぐった……」
彼女の細く長い指が、眠ったままそっと胸元に触れた。
その動きは無防備で、あまりにも色っぽい。
(……まずい、けど……逃げない)
俺は彼女の指の影にそっと身を寄せ、肌のくぼみに潜り込む。
まるで“香りの波に抱かれて眠る”ような感覚。
呼吸、脈動、体温、そして寝言。
そのすべてが、俺の世界を包んでいた。
(虫として終わるなら……このままでも、悪くない……)
そう思ったその時――
「……誰?」
突然、彼女が目を開け、囁くようにつぶやいた。
(っ!? まさか俺の存在に……!?)
しかし、彼女はただ、遠くを見るように目を細めると、胸元の布を軽く押さえ、微笑んだ。
「……夢の中にいたのかも……」
そしてまた、彼女は目を閉じた。
「……誰?」
彼女が目を開けた瞬間、俺の世界は一瞬、止まった。
彼女のまぶたはまだ重く、まどろみの中にある。
それでも、俺の存在を感じ取ったように、ゆっくりと胸元から指を離し、指先で空をなぞるような動きを見せた。
「夢の中に……いるような気がしたの」
その言葉と共に、彼女の手のひらがふわりと胸元に降りてきた。
俺の体はちょうど、彼女の指先に触れるところにいて、そのまま――
やさしく包まれた。
(……触れてる。彼女の、体温……直接、だ)
虫である俺の体を、彼女は眠ったまま、まるで小さな宝石か何かを撫でるようにそっとなでていた。
その手のひらの温もり。
微細な皮膚の線、香り立つハンドクリームの匂い。
そして、ゆっくりと鼓動が伝わってくるリズム。
(これが……人間だったら、どんな感触なんだろうな)
俺は、彼女の指と指の隙間に身を委ねた。
まるで、眠る恋人の掌の中で息を潜めるように。
飛行機は、着陸のために降下を始めていた。
機体が沈む。
微かな揺れ。
そして、窓の外に朝焼けの光が差し込む。
「……ねぇ、誰か……そこにいるの?」
彼女が、夢の中で囁いた。
その瞬間だった。
俺の体に、微かに“何か”が走った。
光の粒のようなものが、体の内側からゆっくりと溢れ出す。
(え……体が……)
コバエだったはずの俺の体が、ほんの少しずつ、人の形を取り戻しはじめていた。
しかしそれは、完全な人間ではない。
手のひらに収まるほどの、数センチのミニチュアのような姿。
だが、ちゃんと声が、思考が、彼女に届くくらいの存在に――。
「……ありがとう。君に出会えてよかったよ」
そう呟いた俺の声が、ほんのかすかに、彼女の鼓膜に届いたかもしれない。
彼女は夢の中で、ふっと微笑んだ。
「また、夢に来てね……」
そして彼女は、そっと手のひらを開いた。
俺の小さな体はそこから、やさしく舞い上がり、
朝日が差し込む窓の光の中へと、飛んでいった。
まるで一匹の小さな妖精のように。
(……な、なんだここは?)
俺は確かに、ブラック企業の徹夜帰りにトラックにはねられて死んだはずだ。
だが目覚めた今、俺の体は数ミリ。手も足も透明の膜のような羽になっていた。
……いや、待てよ。これ、コバエじゃねぇか!?
「お客様、お飲み物は何になさいますか?」
心臓が止まりそうになった。
――天使。いや、CAだ。
彼女は長身でスレンダーなプロポーション、すっと伸びた首筋と、完璧に整えられたお団子ヘア。
ほんの数センチ先に、彼女の豊かな胸元を包む制服のボタンが視界を圧倒する。
(でかっ……っていうか、近い……近すぎる……)
俺は今、彼女の制服の襟元、つまり胸元と首の境目にある香水の香りゾーンに、偶然着地していた。
汗と香水、そしてシャンプーの香りが入り混じった、**人間の頃には絶対に嗅げなかった“生の香り”**が俺を包む。
(これが……CAの匂い……!?)
その瞬間、彼女が動いた。胸が上下に揺れ、俺の体がふわっと跳ねる。
(おいおい、俺、揺れる胸に乗ってるってことか!?)
彼女が一歩進むたび、俺はバランスをとるのに必死だった。
眼前に迫る、肌着のラインが透けるシャツの布地。その中では、薄く汗ばんだ滑らかな肌が、じんわりと呼吸している。
(ああ……このまま、もう少しだけ……)
俺は意識を集中させ、そっとシャツのボタンの隙間から中をのぞいた――。
……ボタンの隙間から差し込む機内の光が、布の内側を透かしていた。
コバエになった俺の複眼には、淡い肌色のカーブと、その内側に微かに走る青白い血管までもが映り込む。
(これが、人間だった頃は決して見られなかった世界……!)
わずかに汗ばんだ肌が、シャツ越しにほんのり光を反射している。
その温かさが、空気を通じて伝わってきた。
「ん……」
彼女が首をかしげ、軽くストレッチをする。
その動きで、シャツの襟元がふわりと開き、俺の立つ場所が襟の裏から直接肌に触れる領域へと変わった。
(やばい、落ちる……!)
瞬間、俺は反射的に飛び立った――
だが狙いはただの逃走ではない。
目の前に広がるその空間へ、飛び込んだのだ。
シャツの中へ。
機内の空調が生む柔らかな風が、シャツの裾をわずかにふくらませていた。
俺はその隙間から、スルリと彼女の身体の内側へ――
シャツと肌のわずかな空間。そこに漂うのは、制汗剤と体温の混じった濃密な香り。
(っ……これが、リアルな“体温”の世界か……)
内側から見るシャツは、まるで白い天幕のようだ。
そこに落ちる彼女の髪の影がゆらめき、まるで別世界に迷い込んだような錯覚を覚える。
「はぁ……暑いな……」
彼女が袖をまくる。
シャツの内側に風が流れ込み、俺の視界に――彼女の脇の下と、ブラのストラップが浮かび上がる。
(……直視していいのか?でも今の俺は虫だ。問題ない。たぶん)
汗の粒が光る白い肌。そこを伝って流れる一滴の汗が、まるで宝石のように見える。
俺はその汗の匂いに引き寄せられるように、ゆっくりと接近していく。
羽を震わせながら、香りの強まるポイント――彼女の脇の下へ、ふわりと着地した。
(柔らかい……あったかい……なんだこれ……!)
皮膚は思った以上に弾力があり、微かに粘り気を感じる汗が、羽や脚にまとわりつく。
脈打つ血管の鼓動が、足元からじんわりと伝わってくる。
「……あれ? なんか……痒っ」
(やばい!バレた!?)
指が近づく。美しい指先が、俺のいる場所を叩こうとして――
ドン!
……間一髪で、俺は跳び上がった。
その衝撃で、シャツの内側から飛び出し、彼女の耳元あたりにふわりと着地する。
耳の裏。香水の香りが濃く残り、うなじの肌がすぐそばにある。
彼女の声が、すぐ目の前で響く。
「……もー、またコバエ? 機内に入っちゃったのかなぁ」
(バレてない。けど……すぐそこに“あの声”がある……!)
彼女の唇がゆっくりと動くたび、俺の全身が震えるような感覚に包まれた。
それは、かつて人間だったときには到底得られなかった、**“体感するセクシーさ”**だった――。
羽音を殺しながら、俺は彼女の耳の後ろに着地していた。
香水の香りがこの近辺だけ濃く、甘く、そして少しだけスパイシーに感じる。
香りの奥にあるのは、彼女の地肌そのものの匂い。
髪の毛がかすかに触れるたび、微細な静電気が羽に伝わってくる。
(こんな距離で……女性の香りを感じられるなんて……)
ほんの少し下に目を向けると、そこにはうなじから肩へと滑らかに流れる曲線。
シャツの襟が少しずれて、肌が直に見える隙間が生まれていた。
その時、彼女がふっと笑った。
「ふぅ……メイク直そっかな」
立ち上がる彼女。俺はバランスを崩したが、慌てて羽ばたいて肩の上にソフトランディング。
(肩の上……この位置なら安全だ)
そう思った矢先――
彼女は手鏡を開き、唇にリップクリームを塗り始めた。
その瞬間、俺の目の前で、柔らかそうな唇がゆっくりと上下に動いた。
(……っ! 目の毒すぎる……!)
瑞々しいピンク色の唇が、ほんの少し開いた状態でツヤを増していく。
その合間から、かすかに歯の白さや舌の動きまでもが垣間見える。
(人間の頃だったら、ここまで接近するのにどれだけ勇気が必要だったか……)
だが今の俺は、虫――
彼女の息が直接吹きかかる距離にいても、怒られることはない。
唇にリップが塗られるたびに、ほんのりとしたベリー系の香りが鼻をかすめる。
そのたびに、俺の全身が痺れるような感覚に襲われる。
(この香り……この艶……たぶん、ナチュラグラッセのやつだ)
そんな無駄な記憶がよぎったとき――彼女はくるりと体を回転させた。
俺はふっと宙に浮き、次に着地したのは――
彼女の胸元、スカーフの奥。
(ま、またこの場所かよ……でも、ここは……!)
スカーフの裏地は柔らかく、そこに包まれるようにしてシャツの谷間へと滑り込んだ俺の体は、わずかに震えていた。
彼女の胸が上下に動くたび、スカーフの布地と胸の柔らかな感触に包まれて揺れる世界。
(ぬくい……香りも、音も……全部彼女そのものだ……)
ドクン、ドクン……
彼女の心臓の鼓動がすぐ近くで響いてくる。
「んっ……? なにか……」
彼女が胸元に手を差し入れようとする――!
(やばっ、次で終わりかも……)
けれど逃げる気にはなれなかった。
この場所はあまりにも心地よくて、あまりにも“彼女”だったから。
「んっ……ちょっと着替えようかな」
機内の業務が一段落し、彼女はギャレー(乗務員専用スペース)へと歩き出した。
俺は、胸元のスカーフに包まれたまま、揺れる胸の谷間の中にいた。
歩くたびに、柔らかなクッションに上下左右へと揉まれる。
制服の内側からほんのり立ち上る女性特有の体温と、香水の奥にある地肌の匂いが、俺の羽や脚をくすぐった。
そして、ついに——彼女はロッカー前で制服のボタンを外し始めた。
(っ……! 今、脱ごうとしてる……!?)
胸元が開き、スカーフの布がふわりと緩む。
そのまま俺は、制服と一緒にスカートの内側へと滑り落ちていった。
……そこは、まるで別世界だった。
(ああ……これが、太ももの世界……)
シルクのようになめらかな太ももの肌。
そこに1匹のコバエが、静かに着地する。
香りは微かにフローラル系。
だがそれ以上に、**人肌が持つ甘く濃密な“熱気”**が、視界を霞ませるように漂っていた。
彼女が軽くストレッチする。
その瞬間、俺は振動に弾かれ、滑るようにして内腿の奥へと転がり込んでしまった。
(ま、まずい……このままじゃ……)
と思いつつも、そこはあまりにも柔らかく、温かく、湿度すら心地いい。
目の前にはレースの縁取りが施された、彼女の下着のラインがあり、それはまるで境界線のように輝いて見えた。
(……あれが“国境線”か)
その向こうには踏み込んではいけない禁忌の領域がある。
だが、コバエになった今の俺に、理性などどれほど残っているだろうか。
そっと、一歩だけ前に進んだ。
その時——
「わっ、揺れた……!」
飛行機が突然気流に入ったのか、大きく揺れた。
彼女の体がふわりと浮き、その拍子に俺の体も無重力のように宙へと放り出された。
(っ、まさかこんな……!)
ふわり――
俺はゆっくりと、下着のレースの奥、ほんの一瞬だけ開いた布の隙間へと吸い込まれていった。
(柔らかい……甘い匂い……)
そこは、まるで体温で満たされた**“人間の中の楽園”**だった。
真っ暗だが、外からの光が下着越しにほんのりと差し込み、内部の輪郭をぼんやりと映し出す。
その全てが柔らかく、わずかに湿り気を帯びていて、微細な振動が内側から伝わってくる。
(心臓の音……呼吸の音……全部がすぐそばにある……)
——その時。
「……痒っ?」
彼女の指が、するりとスカートの中に差し込まれた。
(終わった……でも、本望だ)
指が触れそうになる、その瞬間。
ブォン!
突如起こった機体の振動が、俺の体を下着の外側へと押し戻した。
紙一重で危機を脱した俺は、ふらふらと宙を舞いながら太ももと下腹部の境目に着地した。
そこはまだ、**熱気と香りが漂う“最前線”**だった。
(生きてる……けど……やばい……この場所、居心地よすぎる……)
フライト終盤、深夜の機内。
照明は落とされ、乗客たちもまどろんでいた。
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「少しだけ……寝よ」
柔らかな声とともに、彼女の体が背もたれに寄りかかる。
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(チャンス……!)
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そこはまるで、天国だった。
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鎖骨のくぼみには、光沢のある汗の粒がうっすらと浮かび、肌の息づかいがすぐ下から伝わってくる。
(これが……寝ている女性の体温か)
彼女の口元がゆっくりと上下し、寝息が静かに流れ出す。
ほんのり甘く湿った空気が、風のように頬を撫でていく。
その呼吸に乗って、彼女の唇の動きがかすかに見える。
ほんのわずかに開いた唇の隙間から、舌の先が時折のぞき、肌と空気と唾液が作り出す、静かな官能の波が伝わってくる。
(……吸い込まれそうだ)
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(眠ってるのに、こんなに……“感じてる”世界があるなんて……)
と、そのとき。
「……ん……んぅ……」
彼女が寝返りを打つように、首をかしげる。
その拍子に俺はスルリと滑り落ち、今度は胸元の谷間と首の境目あたりへと落ちてしまった。
――そして。
「……なにか……くすぐった……」
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その動きは無防備で、あまりにも色っぽい。
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呼吸、脈動、体温、そして寝言。
そのすべてが、俺の世界を包んでいた。
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そう思ったその時――
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突然、彼女が目を開け、囁くようにつぶやいた。
(っ!? まさか俺の存在に……!?)
しかし、彼女はただ、遠くを見るように目を細めると、胸元の布を軽く押さえ、微笑んだ。
「……夢の中にいたのかも……」
そしてまた、彼女は目を閉じた。
「……誰?」
彼女が目を開けた瞬間、俺の世界は一瞬、止まった。
彼女のまぶたはまだ重く、まどろみの中にある。
それでも、俺の存在を感じ取ったように、ゆっくりと胸元から指を離し、指先で空をなぞるような動きを見せた。
「夢の中に……いるような気がしたの」
その言葉と共に、彼女の手のひらがふわりと胸元に降りてきた。
俺の体はちょうど、彼女の指先に触れるところにいて、そのまま――
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(……触れてる。彼女の、体温……直接、だ)
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(これが……人間だったら、どんな感触なんだろうな)
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そして、窓の外に朝焼けの光が差し込む。
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彼女が、夢の中で囁いた。
その瞬間だった。
俺の体に、微かに“何か”が走った。
光の粒のようなものが、体の内側からゆっくりと溢れ出す。
(え……体が……)
コバエだったはずの俺の体が、ほんの少しずつ、人の形を取り戻しはじめていた。
しかしそれは、完全な人間ではない。
手のひらに収まるほどの、数センチのミニチュアのような姿。
だが、ちゃんと声が、思考が、彼女に届くくらいの存在に――。
「……ありがとう。君に出会えてよかったよ」
そう呟いた俺の声が、ほんのかすかに、彼女の鼓膜に届いたかもしれない。
彼女は夢の中で、ふっと微笑んだ。
「また、夢に来てね……」
そして彼女は、そっと手のひらを開いた。
俺の小さな体はそこから、やさしく舞い上がり、
朝日が差し込む窓の光の中へと、飛んでいった。
まるで一匹の小さな妖精のように。
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青春
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主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
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