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side story 父と子 ヴィルゴ・ジュビエの回想 2
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アイツと同じ…。
私は慌ててアルベールを追いかけようと部屋を出たが、立ち尽くした。
少し行った先の廊下で、泣いているアルベールの前に屈み込んで何か言ったモントンに息子は両腕を差し出した。
モントンはにこりと笑うとアルベールを抱き上げて背中をポンポンと叩いている。
モントンは見つめていた私に気がつくと咎めるような視線を送って来たが、そのままアルベールを抱いて部屋の方向へ歩いて行った。
アルベールは自分が役に立た無いと言って泣いたが、私の方がもっと酷い役立たずだ。
私は自室に戻るとメイド長を呼んで髪を短く切ってもらい、それを持って街に出た。
職人にその髪の毛で付け毛を作ってもらえるように依頼した。
貴族は長髪が正装の一部として見られるからだ。
仕事をしている以上、王宮に行くので長髪は必要なのだ。
その後、眼鏡を買いに行った。
色のついた眼鏡は売ってなかったが、レンズが薄っすらと黄色く変色した廃棄用の物を無理を言って売ってもらった。
これではそんなに瞳の色は変わらないかも知れないが、少しでも目立たなくなればいいだろう。
シャルトーズの好きな花を買って、好きな菓子を買った。
アルベールにも何か買ってやろうと思ったのに好きなものが解らない。
思えば、息子の部屋に入ったことも無かった。
私は仕方なくその店で一番値段の高い万年筆を買うことにした。
私の仕事は外交だが他国への外遊は全て副大臣に任せて、王宮の外務大臣執務室とタウンハウスの往復で時が経っていく。
結局、証拠がないのに現王に対して直接問いただすことは出来なかった。
父の命令とは言え、強制的に従わされたとはいえ、兄上の妻とずっと閨を共にしていたのだから。
そのうえ、私の種の子を自分の子として育てなければならないのだ。
兄上は何かで私に仕返しがしたかったのだろう。
それで私の愛する者に、シャルトーズに暴力という形で傷を付けたのだ。
流産は意図したことではないはずだとは思うが。
シャルトーズもその歪な王家の問題の犠牲になってしまったのだ。
私が髪を切り、眼鏡を掛けた姿を見たアルベールは特に何も言わなかった。
シャルトーズは時々、私を見て微笑むことが出来るようになった。
そうしているうちにアルベールが入学する日が来た。
私は結局、入寮を許してしまった。
アルベールは出立の前に私の部屋を訪れた。
「父上、今日学院に入学いたします。寮に入る手続きありがとうございました。」
「入学式には保護者が行くものだ。本当に私が行かなくてよかったのか。」
「はい。」
「そうか、しっかり勉学に励み侯爵家の嫡男として恥ずかしくない振舞いを心掛けるように。近いのだから何時でも帰ってくればいい。」
アルベールが手に持っていた封筒を差し出した。
「俺は公爵家の次期当主として、決して恥ずかしいと人から思われるような行動は取りません。良い学生がいたら友人になってもらうように努力します。悪い学生がいたら必ず罰を与えてもらうようにします。必ずです。」
そう言ってアルベールは感情のない目を私に向けて一礼し、モントンに付き添われて出て行った。
アルベールから渡された封筒の中身を机の上に出す。
1つはシャルトーズの診断書だった。
私が医師に尋ねていたのは主に精神面のことだった。
流産をして打撲もあったが外傷は酷くはないと言うことだったので、主に今後の対応を尋ねていたのだった。
診断書には『流産の原因は腹部への殴打と妊娠初期の無理な性交による精神的負荷』『無理な性交による心的原因で今後の夫婦間での性交にも支障が出ると思われる』
といった私が知らなかった事が記載されていた。
性交?兄上は不能だったはずだ…。
でも、無理な性交…強姦か?クソ犯人は兄上ではないのか?
帰ってきてからは夫婦間の性交など考えていなかったが、今後もずっとシャルトーズに触れることが出来ないかも知れないのか…。
それでは子どもはもう望めないのか?
1つは小さなカードに書かれた短い文章だった。
『ヴィルゴのことで至急、内密に伝えたいことがある。別邸の部屋を用意するように』
この文字には覚えがある、兄は美しい文字を書くのだ。
これは証拠になるだろう。
アルベールが悪い奴には必ず罰を与えると言った言葉が頭をよぎる。
最後の1つは少し皺が出来た便箋。
ぱっと見て、何が書かれているか分からなかったがよく見ると属国語のようだった。
文面は単語の羅列のようだったが文字は乱れていた。
裏を見ると『事件の後に母上が言ったこと』と書かれてあった。
アルベールがシャルトーズから母国語を習っているとは聞いたことがあったが単語を書くことまで出来るとは賢い子だ。
『裏切った』『寝た』『夫』『姉』『子ども』『帰ってこない』『酷い』『夫、王妃』『先に獲った』『痛い』『兄』『笑った』『襲われた』『酷い』『悲しい』『嫌い』『帰る』『痛い』
私は思わず紙をグシャリと握りしめ、また震える手でゆっくりと開いた。
シャルトーズは兄から全てを知らされたのか。
必死に書き残した言葉の意味をアルベールは調べただろう…。
また、アルベールの会話が思い起こされた。
「決して公爵家の嫡男として恥ずかしい振舞いはしない。」
これは私に向けた言葉だったのだ。
兄がどう言ったのかは分からないが、私が先に寝取ったから自分もやり返すと言ったのだろう。
それなのに私はシャルトーズに許しを請うこともなく、妻を労る夫として纏わりついていたのだ!
アルベールも父が浮気をしたせいで母が仕返しの犠牲になったと思ったはずだ。
だから私が本当に犯人を捜しているのかと何回も聞いたのだ。
兄を罰するつもりはあるのかと。
そして結局未だに何もできない口だけの私に見切りをつけたのだ。
出て行ってしまった。
私は慌ててアルベールを追いかけようと部屋を出たが、立ち尽くした。
少し行った先の廊下で、泣いているアルベールの前に屈み込んで何か言ったモントンに息子は両腕を差し出した。
モントンはにこりと笑うとアルベールを抱き上げて背中をポンポンと叩いている。
モントンは見つめていた私に気がつくと咎めるような視線を送って来たが、そのままアルベールを抱いて部屋の方向へ歩いて行った。
アルベールは自分が役に立た無いと言って泣いたが、私の方がもっと酷い役立たずだ。
私は自室に戻るとメイド長を呼んで髪を短く切ってもらい、それを持って街に出た。
職人にその髪の毛で付け毛を作ってもらえるように依頼した。
貴族は長髪が正装の一部として見られるからだ。
仕事をしている以上、王宮に行くので長髪は必要なのだ。
その後、眼鏡を買いに行った。
色のついた眼鏡は売ってなかったが、レンズが薄っすらと黄色く変色した廃棄用の物を無理を言って売ってもらった。
これではそんなに瞳の色は変わらないかも知れないが、少しでも目立たなくなればいいだろう。
シャルトーズの好きな花を買って、好きな菓子を買った。
アルベールにも何か買ってやろうと思ったのに好きなものが解らない。
思えば、息子の部屋に入ったことも無かった。
私は仕方なくその店で一番値段の高い万年筆を買うことにした。
私の仕事は外交だが他国への外遊は全て副大臣に任せて、王宮の外務大臣執務室とタウンハウスの往復で時が経っていく。
結局、証拠がないのに現王に対して直接問いただすことは出来なかった。
父の命令とは言え、強制的に従わされたとはいえ、兄上の妻とずっと閨を共にしていたのだから。
そのうえ、私の種の子を自分の子として育てなければならないのだ。
兄上は何かで私に仕返しがしたかったのだろう。
それで私の愛する者に、シャルトーズに暴力という形で傷を付けたのだ。
流産は意図したことではないはずだとは思うが。
シャルトーズもその歪な王家の問題の犠牲になってしまったのだ。
私が髪を切り、眼鏡を掛けた姿を見たアルベールは特に何も言わなかった。
シャルトーズは時々、私を見て微笑むことが出来るようになった。
そうしているうちにアルベールが入学する日が来た。
私は結局、入寮を許してしまった。
アルベールは出立の前に私の部屋を訪れた。
「父上、今日学院に入学いたします。寮に入る手続きありがとうございました。」
「入学式には保護者が行くものだ。本当に私が行かなくてよかったのか。」
「はい。」
「そうか、しっかり勉学に励み侯爵家の嫡男として恥ずかしくない振舞いを心掛けるように。近いのだから何時でも帰ってくればいい。」
アルベールが手に持っていた封筒を差し出した。
「俺は公爵家の次期当主として、決して恥ずかしいと人から思われるような行動は取りません。良い学生がいたら友人になってもらうように努力します。悪い学生がいたら必ず罰を与えてもらうようにします。必ずです。」
そう言ってアルベールは感情のない目を私に向けて一礼し、モントンに付き添われて出て行った。
アルベールから渡された封筒の中身を机の上に出す。
1つはシャルトーズの診断書だった。
私が医師に尋ねていたのは主に精神面のことだった。
流産をして打撲もあったが外傷は酷くはないと言うことだったので、主に今後の対応を尋ねていたのだった。
診断書には『流産の原因は腹部への殴打と妊娠初期の無理な性交による精神的負荷』『無理な性交による心的原因で今後の夫婦間での性交にも支障が出ると思われる』
といった私が知らなかった事が記載されていた。
性交?兄上は不能だったはずだ…。
でも、無理な性交…強姦か?クソ犯人は兄上ではないのか?
帰ってきてからは夫婦間の性交など考えていなかったが、今後もずっとシャルトーズに触れることが出来ないかも知れないのか…。
それでは子どもはもう望めないのか?
1つは小さなカードに書かれた短い文章だった。
『ヴィルゴのことで至急、内密に伝えたいことがある。別邸の部屋を用意するように』
この文字には覚えがある、兄は美しい文字を書くのだ。
これは証拠になるだろう。
アルベールが悪い奴には必ず罰を与えると言った言葉が頭をよぎる。
最後の1つは少し皺が出来た便箋。
ぱっと見て、何が書かれているか分からなかったがよく見ると属国語のようだった。
文面は単語の羅列のようだったが文字は乱れていた。
裏を見ると『事件の後に母上が言ったこと』と書かれてあった。
アルベールがシャルトーズから母国語を習っているとは聞いたことがあったが単語を書くことまで出来るとは賢い子だ。
『裏切った』『寝た』『夫』『姉』『子ども』『帰ってこない』『酷い』『夫、王妃』『先に獲った』『痛い』『兄』『笑った』『襲われた』『酷い』『悲しい』『嫌い』『帰る』『痛い』
私は思わず紙をグシャリと握りしめ、また震える手でゆっくりと開いた。
シャルトーズは兄から全てを知らされたのか。
必死に書き残した言葉の意味をアルベールは調べただろう…。
また、アルベールの会話が思い起こされた。
「決して公爵家の嫡男として恥ずかしい振舞いはしない。」
これは私に向けた言葉だったのだ。
兄がどう言ったのかは分からないが、私が先に寝取ったから自分もやり返すと言ったのだろう。
それなのに私はシャルトーズに許しを請うこともなく、妻を労る夫として纏わりついていたのだ!
アルベールも父が浮気をしたせいで母が仕返しの犠牲になったと思ったはずだ。
だから私が本当に犯人を捜しているのかと何回も聞いたのだ。
兄を罰するつもりはあるのかと。
そして結局未だに何もできない口だけの私に見切りをつけたのだ。
出て行ってしまった。
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