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side story 父と子 ヴィルゴ・ジュビエの回想 1
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私はシャルトーズを襲った犯人が何となくわかったような気がした。
襲われた後、初めて彼女の部屋に行った時、私を怯えたような瞳で見たから。
だが、あり得ないだろう。まさかあの兄上がこんな事をするはずが無い。
しかし、我騎士たちがやすやすと賊を通してしまうのか?
でも…嫌、国王だぞこんな馬鹿なことをする訳が無い。
すると賊は今まで私が追いやってきた政敵か外交で関わった国の者たちか…。
何か特殊な訓練を受けた強者が私を狙って来たのか?
私が居なかったから妻に矛先が向かったのでは?
彼女の受けた体の傷はゆっくりと治っていったが心の傷はそうはいかなかった。
別邸のあの部屋を隅々まで探したが、犯人に繋がるような証拠は何一つ無かった。
家令を呼びつけ事件の経緯を聞いたがあやふやな受け答えが多かった。
犯人は知らない顔だったと。
その人物は私が深刻なトラブルに合っているとシャルトーズに面会を希望したそうだ。
私からの連絡が暫く無かったために心配していた妻は別邸で会うことに了承した。
別邸に通したのは先方が強く、秘密裏に話をしたいと要望したからだった。
黒いマントを目深に被った男達が3人いたが、明らかに貴族だとわかる立ち振舞だったと言う。
妻と会ったのはその内の一人だった。
ジマールは私に説明をした後、失踪した。
翌日、気が付き直ぐに騎士に命じたのに見つからなかった。
医師からはシャルトーズの精神状態が不安定なので、事件の事は暫くは尋ねるべきではないと忠告を受けた。
勿論、私もそんな事をするつもりはない。
アルベールに何か知らないか聞いてみたが「お父様が捕まえて」と言うだけだった。
アルベールが私に向ける瞳はいつも怒りに満ちているように見えた。
事件から1月が経ったがシャルトーズは私が少しでも触れるとビクッとして手が震える。
食事は殆ど食べれず、夜も突然悲鳴をあげて起きた。
体の傷は治っているのだがベッドから出れなかった。
ある日、アルベールが従者と共にシャルトーズの見舞いに来た時、彼女は急にシクシクと泣き始めた。
どうやら襲われた後に彼女を部屋に運んだのがモントンだった。
医師に相談したら事件に関わった人を見ると記憶が蘇り苦しむのだという。
私はアルベールにその事を伝えてモントンに退職してもらうつもりだと言った。
彼は若いし優秀だから紹介状を持たせて退職金も多く払うつもりだと。
途端に、アルベールの瞳から光が消えた。
「父上は俺のたった一人の家族と呼べる人を奪うのですか?俺から。俺と小さい頃から今もずっと一緒にいてくれたのはモントンだけなのに、酷すぎる!」
「すまない、でもシャルトーズに少しでも、良くなってもらいたいだろう?」
「そんな事を言っても信用出来ないよ!事件のことを知ってるからモントンを殺すつもりなんだ!」
「何をバカなことを言うのだ!そんな事は考えていない。」
「知っているよ!父上と話した後ジマールは居なくなった。昨日、川から死体が見つかったんだよね。首に切り傷があったって!」
「お前…どうして…。」
「父上は殆ど家にいなかったから知らないだろうけど、俺は子供だけどこの家で起きたことは全部俺に知らされるようになっているんだ。俺がそうしたから。あなたがいない間は嫡男の俺がここを守らないといけないから。」
確かにジマールの遺体が上がったと彼の息子夫婦が知らせに来た。
彼から託された遺書を持って。
彼は主君の妻をみすみす危険に晒したことを非常に悔いて責任を取って自死すると書いてあった。
「それに怪我をした母上を運ぶようにって言ったのは俺だ。母上が襲われた後、直ぐにあの部屋に走って行ったし、ボロボロの母上をずっと見てた。だから俺だってモントンといっしょだろ!」
アルベールはとうとう大声で泣き出した。
私はシャルトーズしか見てなかった。
襲われた直後の母親を目の当たりにして、幼い息子は酷いショックを受けただろうに。
それなのに一人で何とか母親を元気にしようと頑張っていたのに。
いつまでも帰ってこない私を待ちながら。
アルベールだって何かの拍子に思い出して泣いていたかも知れないのに。
私は帰ってきてからアルベールと話すことはあったのか?
侯爵家嫡男として早くから親と離されて生活の全てが勉強だったアルベール。
愛する人から産まれた私たちの子供なのに、いつの間にか公爵の嫡男としか見ていなかったのか?
兄や私が父からそうされていたように。
私が自問自答している間にアルベールは泣き止んだ。
「母上はまだベッドから出られないだろ。俺とモントンは母上の部屋に行かない。後、もう少ししたら入学だし、寮に入るからモントンは世話係として一緒に行く。それでいいだろ!」
「嫌、お前に母に会うなとは言っていない。現にシャルトーズはお前を見ても怖がったりしていない。すまない。父が性急すぎた。確かにモントンが辞める必要など無い。会わなければいいだけだった。」
アルベールは私を睨みつけた。
子どもとは思えない目で。
「それで…犯人は捕まったの?」
「いや、まだだ。」
「本当に犯人を探してるの?」
「勿論だ。」
何故、アルベールはそんな事を聞くのだ?
表に出ないように少人数で密かに探っているが成果がないだけだ。
「さっき言った事はもう決めています。モントンと一緒に学院の寮に入る。手続きをお願いします。書類はもう揃っていますから。」
「屋敷から近いのにそんな必要は無いだろう。」
「俺はここにいたくない。嫌だ。」
私は先程言ったことでアルベールを酷く傷つけたと思った。
外ではペラペラ話すのに今、息子にかける言葉が見つからない。
「それなら犯人捕まえて。罰を与えてよ。」
「っ、捕まえると言っただろう。」
アルベールは声を荒げた私の目をじっと見つめた。
それは、もう私には期待していないと言っているようだった。
「俺はここにいたら、父上を見たら、見る度に犯人を捕まえてって何回も言う。犯人に罰を与えるまで父上のことを信じられないし許せない。泣いている母上を見たくない。俺では役に立たなかった。だから、母上を元気にしたいなら父上が傍にいてあげてよ。もう、どっかに行ってないでずっとここに居て母上の看病をしてよ!!!外国から連れてきたんだろ。母上を一人ぼっちで置いとかないで!」
声を荒げているのにアルベールの顔には全く表情が無く、彼も何か精神的に危うい状態にあるのではないかと感じる。
アルベールはくるりと向きを変えるとドアに手を掛けた。
「そうだ。父上の金色の長い髪の毛どうにかしたほうがいいよ。色眼鏡も必要かもね。アイツと同じだから。そうじゃないと母上はきっと治らない。今でも父上を怖がったりするのでしょう?」
こちらを見ることもなくアルベールはそう言って出て行った。
アイツと同じ…。
襲われた後、初めて彼女の部屋に行った時、私を怯えたような瞳で見たから。
だが、あり得ないだろう。まさかあの兄上がこんな事をするはずが無い。
しかし、我騎士たちがやすやすと賊を通してしまうのか?
でも…嫌、国王だぞこんな馬鹿なことをする訳が無い。
すると賊は今まで私が追いやってきた政敵か外交で関わった国の者たちか…。
何か特殊な訓練を受けた強者が私を狙って来たのか?
私が居なかったから妻に矛先が向かったのでは?
彼女の受けた体の傷はゆっくりと治っていったが心の傷はそうはいかなかった。
別邸のあの部屋を隅々まで探したが、犯人に繋がるような証拠は何一つ無かった。
家令を呼びつけ事件の経緯を聞いたがあやふやな受け答えが多かった。
犯人は知らない顔だったと。
その人物は私が深刻なトラブルに合っているとシャルトーズに面会を希望したそうだ。
私からの連絡が暫く無かったために心配していた妻は別邸で会うことに了承した。
別邸に通したのは先方が強く、秘密裏に話をしたいと要望したからだった。
黒いマントを目深に被った男達が3人いたが、明らかに貴族だとわかる立ち振舞だったと言う。
妻と会ったのはその内の一人だった。
ジマールは私に説明をした後、失踪した。
翌日、気が付き直ぐに騎士に命じたのに見つからなかった。
医師からはシャルトーズの精神状態が不安定なので、事件の事は暫くは尋ねるべきではないと忠告を受けた。
勿論、私もそんな事をするつもりはない。
アルベールに何か知らないか聞いてみたが「お父様が捕まえて」と言うだけだった。
アルベールが私に向ける瞳はいつも怒りに満ちているように見えた。
事件から1月が経ったがシャルトーズは私が少しでも触れるとビクッとして手が震える。
食事は殆ど食べれず、夜も突然悲鳴をあげて起きた。
体の傷は治っているのだがベッドから出れなかった。
ある日、アルベールが従者と共にシャルトーズの見舞いに来た時、彼女は急にシクシクと泣き始めた。
どうやら襲われた後に彼女を部屋に運んだのがモントンだった。
医師に相談したら事件に関わった人を見ると記憶が蘇り苦しむのだという。
私はアルベールにその事を伝えてモントンに退職してもらうつもりだと言った。
彼は若いし優秀だから紹介状を持たせて退職金も多く払うつもりだと。
途端に、アルベールの瞳から光が消えた。
「父上は俺のたった一人の家族と呼べる人を奪うのですか?俺から。俺と小さい頃から今もずっと一緒にいてくれたのはモントンだけなのに、酷すぎる!」
「すまない、でもシャルトーズに少しでも、良くなってもらいたいだろう?」
「そんな事を言っても信用出来ないよ!事件のことを知ってるからモントンを殺すつもりなんだ!」
「何をバカなことを言うのだ!そんな事は考えていない。」
「知っているよ!父上と話した後ジマールは居なくなった。昨日、川から死体が見つかったんだよね。首に切り傷があったって!」
「お前…どうして…。」
「父上は殆ど家にいなかったから知らないだろうけど、俺は子供だけどこの家で起きたことは全部俺に知らされるようになっているんだ。俺がそうしたから。あなたがいない間は嫡男の俺がここを守らないといけないから。」
確かにジマールの遺体が上がったと彼の息子夫婦が知らせに来た。
彼から託された遺書を持って。
彼は主君の妻をみすみす危険に晒したことを非常に悔いて責任を取って自死すると書いてあった。
「それに怪我をした母上を運ぶようにって言ったのは俺だ。母上が襲われた後、直ぐにあの部屋に走って行ったし、ボロボロの母上をずっと見てた。だから俺だってモントンといっしょだろ!」
アルベールはとうとう大声で泣き出した。
私はシャルトーズしか見てなかった。
襲われた直後の母親を目の当たりにして、幼い息子は酷いショックを受けただろうに。
それなのに一人で何とか母親を元気にしようと頑張っていたのに。
いつまでも帰ってこない私を待ちながら。
アルベールだって何かの拍子に思い出して泣いていたかも知れないのに。
私は帰ってきてからアルベールと話すことはあったのか?
侯爵家嫡男として早くから親と離されて生活の全てが勉強だったアルベール。
愛する人から産まれた私たちの子供なのに、いつの間にか公爵の嫡男としか見ていなかったのか?
兄や私が父からそうされていたように。
私が自問自答している間にアルベールは泣き止んだ。
「母上はまだベッドから出られないだろ。俺とモントンは母上の部屋に行かない。後、もう少ししたら入学だし、寮に入るからモントンは世話係として一緒に行く。それでいいだろ!」
「嫌、お前に母に会うなとは言っていない。現にシャルトーズはお前を見ても怖がったりしていない。すまない。父が性急すぎた。確かにモントンが辞める必要など無い。会わなければいいだけだった。」
アルベールは私を睨みつけた。
子どもとは思えない目で。
「それで…犯人は捕まったの?」
「いや、まだだ。」
「本当に犯人を探してるの?」
「勿論だ。」
何故、アルベールはそんな事を聞くのだ?
表に出ないように少人数で密かに探っているが成果がないだけだ。
「さっき言った事はもう決めています。モントンと一緒に学院の寮に入る。手続きをお願いします。書類はもう揃っていますから。」
「屋敷から近いのにそんな必要は無いだろう。」
「俺はここにいたくない。嫌だ。」
私は先程言ったことでアルベールを酷く傷つけたと思った。
外ではペラペラ話すのに今、息子にかける言葉が見つからない。
「それなら犯人捕まえて。罰を与えてよ。」
「っ、捕まえると言っただろう。」
アルベールは声を荒げた私の目をじっと見つめた。
それは、もう私には期待していないと言っているようだった。
「俺はここにいたら、父上を見たら、見る度に犯人を捕まえてって何回も言う。犯人に罰を与えるまで父上のことを信じられないし許せない。泣いている母上を見たくない。俺では役に立たなかった。だから、母上を元気にしたいなら父上が傍にいてあげてよ。もう、どっかに行ってないでずっとここに居て母上の看病をしてよ!!!外国から連れてきたんだろ。母上を一人ぼっちで置いとかないで!」
声を荒げているのにアルベールの顔には全く表情が無く、彼も何か精神的に危うい状態にあるのではないかと感じる。
アルベールはくるりと向きを変えるとドアに手を掛けた。
「そうだ。父上の金色の長い髪の毛どうにかしたほうがいいよ。色眼鏡も必要かもね。アイツと同じだから。そうじゃないと母上はきっと治らない。今でも父上を怖がったりするのでしょう?」
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