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ギルバートの話
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しおりを挟む「…ギルバート。なにか辛いことでもあんのか?」
呼ばれてふと顔を上げる。
まるで子どもをあやすかの様に優しい声色で語りかけるルドルフは、珍しく眉根を下げていた。
…なんだよ、その顔。
面食らってしまって、おれは首を振る。
「別に、なんにもないっすよ…」
「なんともねぇ顔してねぇから言ってんだよ」
「……」
「言いたくないなら無理にとは言わねぇけどさ、でもなんでも一人で抱え込まないで欲しいんだ。…俺の事も兄貴だと思ってほしいって、言ったろ」
微笑んで細まる目、諭すような話し方、その全てから滲んでくる優しさが、おれは苦手だ。
お前の為になにかしてあげたいんだって、
困ってるならなんでも助けるって、
そういう損得感情が一切含まれていないお人好ししさが嫌でも伝わってくる。
けれどその目がおれを介して別の存在を、同じ箇所に同じタトゥーを彫るほど仲のよかった彼の悪友を見ているのだと薄々分かっているから。
だからおれはこんなにも、兄の名のもとに向けられる彼からの善意が居た堪れないのだ。
兄の様に思って欲しいと言う彼は、悪友の弟であるおれも自動的に弟のように思えるのだろうか。もし今思えていたとしても、おれが隠している全てを知ったらどうだろう。
それでも助けたいと思えるのだろうか。
何も言えずに押し黙ることしか出来ないおれにNOの答えを見出したらしく、ルドルフは苦く笑った。
「なんて、無理な話だよな。お前の兄貴は1人だけだよ」
「や、無理っつーかそうじゃなくて。なんつーか、でもおれほんと、大丈夫なんで、だから……すみません」
「なんで謝るんだよ。お前は悪いことしてねぇだろ。気なんか使ってる暇あったらさっさと早く体調治せ。な?」
笑うルドルフが手を伸ばしてくるから、おれは無意識で身体を身構えていた。
それは反射的だったけど、確かにおれの中では自分に近づく手が兄のものと重なって見えた。首を締め上げるあのタトゥーだらけの指を思い出して、また苦しい目に会うと予感した身体が先に動いてしまったのだと思う。
だがその大きな手は、おれの首より遥か上、頭上まで持ち上げられたかと思うと、
「うわ!」
グシャグシャ!と頭を雑に撫で回された。
「ほーら、今日はもうさっさと帰ってゆっくり休め!また明日な」
楽しそうに笑うルドルフから悪意なんて一切感じないが、正直複雑な気持ちだ。だってこの撫で方、子ども扱いすらを通り越して犬とか馬にやるやつなんだから。
でも、兄と違って温かくて優しい手は何よりも落ち着いた。
人から頭を撫でられるなんて、いつぶりだろう…
撫でられるのは複雑だけど、不思議と悪い気持ちはしていない。なんて、口が裂けても言えるわけがない大人のおれは、ムッとした顔を作ってルドルフの手を払い除ける。
「…もー止めてくださいよー!ガキじゃねーんだから喜ばねっすよ」
「はは」
努めて不服げにルドルフを睨めつけ、ぐしゃぐしゃに散らかされた髪の毛をかきあげた。
瞬間、少し驚いた顔をするルドルフと目が合った。
彼が息を飲んだのに気づいて、おれのなにを見て誰を考えているのか分かってしまったから、おれは気付かないふりをして目を逸らし、何も言わなかった。
兄に似てると言われたらそれこそ、なんて返せばいいか分からないから。
「俺、もう行くよ」
きっと彼も気づかれていないと思いたいのだと思う。
おれ達の間には明らかに変な空気が流れてはいたが、お互い普通を装っていた。
ルドルフの中で兄がどのような存在なのかは分からない。兄の口からルドルフの詳しい話を聞いた事はなくて、唯一聞いたのがルドルフにも裏社会に足を突っ込んでいた時期があったという事くらいだ。
お揃いのタトゥーだって、風呂上がりに服を着ない兄と、鍛錬後の暑さに服を脱いだルドルフの身体を見ておれが気づいたものだし。
でもこういう空気に出くわす度に確実に分かるのが、道を違えた今でもルドルフにとって兄は大きな存在であるということ。
そしてそれを、おれは……
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