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単発短編集
法事に崩じる
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「何回目だろうな」
マリウスが零した呟きは、ひどく呆気なかった。
もしかしたら実の母の法事を、彼は恒例行事としか思ってないのかもしれない。いや、それ以上に面倒にすら感じているのかも。だが冷たいのね、とは言えなかった。
今年が母親の何周忌かも分かってないなんて、几帳面なマリウスらしくない。本当は考えるまでもなく14回目だということを、彼は知ってて言っているのだ。
「こんな時じゃないと帰れないんだからいいじゃない。愛しの我が家、でしょ?」
忙しなく動き回る使用人を目で追っていたマリウスは、ゆっくり私を振り返る。人んちのカウチに凭れる私を見下ろし、家主は呆れた様に片眉を上げた。
「俺より我が家を愛しんでいるな、ナターシャ」
「アンタは逆ね。招待された客人みたい。座らないの?」
「長居するつもりはないんでな。おい、カウチに靴を乗せるな。何度言えばわかる」
「ったく…、初耳よ」
「たわけ。1年前の今日も言った。一昨年もだ」
はいはい、言われた通りに立てていた膝を床におろして座った。こんな小言、確かに一昨年もその前も言われた気がする。
こんな習慣が出来たのは、数年ぶりに再会したマリウスに誘われてからだった。それ以降、誘われずとも私から言わずとも、こうして年に1度だけ私はマリウスと共に彼の生家を訪れる。
彼の母であり、私のばあやであった人の命日に1度だけ。
いつもべったりのキースはこの日だけはマリウスと別行動を決め込む。それはマリウスに対しての気遣いなのか、それとも私になのか、はたまた両方になのかは分からないが、この日は私にとってもマリウスにとっても特別な日だからなのだろう。
そして私は、決まって息が詰まりそうになる。
私にとってばあやは母親以上に母親だった。大好きでよく甘えた、わがままだってたくさん言った。家に帰ろうとするばあやを引き止め強請り、寝るまで子守唄や本を読んでもらった。私が起きてる間はずっと隣にいて欲しかった。
そんな私は自分の事ばかり考えていて、ばあやの帰りを誰が待っていて、私が甘えてわがままを言えていた分誰が我慢しているのか、全く考えたことがなかったのだ。
ばあやの実の息子であるマリウスは、私が彼女と共にする時間をずっと一人で過ごしていた。
彼女が死んだ時も側に居たのは私で、彼女が死んだ理由も詰まるところ我が家の騒動に巻き込まれただけ。
文字通り、彼から母親を奪ったのは紛れもなく私だろう。そうマリウスは口にはしないけれど、だからといって思う事がなかったワケではない。色々言いたいはずだ、私に対して。
「ねえ前から気になってたんだけど」
「ああ、なんだ」
「なんで法事なんてするワケ?」
時が経ってもなお故人を偲ぶ法事なんて、遠く離れた一国の異なる宗教文化だ。この街のどこにも根付いていない異なる習慣の為に彼はわざわざ改宗までしているのだ。
何故そんなことを?とは誰もが疑問に思うはず。
だが、問われた本人はキョトンとしていた。
真っ赤な目を見開いた末に、ふっと小さく吹き出して。口元を黒い革手袋で隠し、くつくつ笑った。
「逆に聞きたいんだが、何故今まで来ておきながら疑問に思わなかったんだ?」
「聞いたら悪いかと思ったのよ」
「ほお、もっと悪い事をしているのにか?」
「マリウス、私」
「よせ、変に勘繰るな。日頃の話だろうが。自覚がないとは言わせない」
「でも私アンタな」
「やめろと言っているんだ」
ピシャリと言い放つそこには当主の圧すら感じた。静かながらの制止は私の喉をキュッと縮めさせ、言ってしまいたかった謝罪が引っかかって出てこない。
謝って済む話でないのは分かっているが、申し訳ない感情を伝えるには謝るしかないのだ。私は彼女の、マリウスの母の死を事故だなんて思ってない。私のわがままと私の家が殺したようなものなのだから。
「ナターシャ」
ため息をついたマリウスは、とうとう客人の様に凭れていた壁から背を離すと腰を下ろした。どかっと荒く座るせいで揺れるカウチに私の身体まで動かされる。今のは絶対わざとだ。私の座り方に顔を顰めるコイツの座り方とはいつも、静かで威厳あるものなのだから。
「昔、父の書斎で東洋についての本を見つけてな、読んだ事があった」
しばしの沈黙の末、ポツとマリウスは口を開く。
「向こうは自身の先祖を神とし崇めるらしい。死者とは親しい生者の傍でいつも見守っているんだそうだ。それを読んだ幼い俺は、例えそれが母の安眠を妨げる行為だとしても、そうあって欲しいと思ったんだ。それが法事を行う理由だ、お前にとっては生者のエゴに聞こえるだろうが」
と、罰が悪そうに笑うのは、どうやら少し恥ずかしいようだった。どこが恥ずかしいんだろう。全然わるくないじゃない。
「ふふ、どおりでね。10歳の当主が貴族社会で生き残れるなんておかしいと思ったのよ。貴族から食い物にされなかったのは、ばあや…じゃないわ、アナタのお母様の御加護ってワケね」
「何を言う。俺じゃない、お前だ」
「なにが」
「加護がだ。必要だったのはあの日全て無くしたお前の方だ、そうだろう?」
瞬きすら忘れ、食い入るように彼を見つめたのは全く理解出来なかったからだ。
「心配してくれてたっての?」
「義理とはいえ兄妹だ。いがみ合っていようが心配くらいする」
…もしかしたら彼は、私が思っている以上に中身が出来上がっているのかもしれない。嫉妬や、理不尽への怒りよりも前にコイツは、習慣を覆してまで自分の母親を独占したガキを心配してくれていたらしい。当時10歳そこらの奴の方が、今の私より考えはずっと大人だったのだ。
「なんだ、効いたか?」とマリウスは笑われ、いたたまれなくなった私は視線を逸らした。
膨らんでいた様々な想像が空気を抜けながら飛んでいく、それくらい頭がついていけずにクラクラする。
残ったのは自分の情けなさだ。
ばあやと同じ目の色のコイツは、いつも私に出来ないことをする。
「アンタってホントムカつくわ、マリウス。お陰様で、孤児院でクソまずいご飯しか食べなくてもこの通りよ」
「はは、口の悪さは救えなかったようだがな」
マリウスが零した呟きは、ひどく呆気なかった。
もしかしたら実の母の法事を、彼は恒例行事としか思ってないのかもしれない。いや、それ以上に面倒にすら感じているのかも。だが冷たいのね、とは言えなかった。
今年が母親の何周忌かも分かってないなんて、几帳面なマリウスらしくない。本当は考えるまでもなく14回目だということを、彼は知ってて言っているのだ。
「こんな時じゃないと帰れないんだからいいじゃない。愛しの我が家、でしょ?」
忙しなく動き回る使用人を目で追っていたマリウスは、ゆっくり私を振り返る。人んちのカウチに凭れる私を見下ろし、家主は呆れた様に片眉を上げた。
「俺より我が家を愛しんでいるな、ナターシャ」
「アンタは逆ね。招待された客人みたい。座らないの?」
「長居するつもりはないんでな。おい、カウチに靴を乗せるな。何度言えばわかる」
「ったく…、初耳よ」
「たわけ。1年前の今日も言った。一昨年もだ」
はいはい、言われた通りに立てていた膝を床におろして座った。こんな小言、確かに一昨年もその前も言われた気がする。
こんな習慣が出来たのは、数年ぶりに再会したマリウスに誘われてからだった。それ以降、誘われずとも私から言わずとも、こうして年に1度だけ私はマリウスと共に彼の生家を訪れる。
彼の母であり、私のばあやであった人の命日に1度だけ。
いつもべったりのキースはこの日だけはマリウスと別行動を決め込む。それはマリウスに対しての気遣いなのか、それとも私になのか、はたまた両方になのかは分からないが、この日は私にとってもマリウスにとっても特別な日だからなのだろう。
そして私は、決まって息が詰まりそうになる。
私にとってばあやは母親以上に母親だった。大好きでよく甘えた、わがままだってたくさん言った。家に帰ろうとするばあやを引き止め強請り、寝るまで子守唄や本を読んでもらった。私が起きてる間はずっと隣にいて欲しかった。
そんな私は自分の事ばかり考えていて、ばあやの帰りを誰が待っていて、私が甘えてわがままを言えていた分誰が我慢しているのか、全く考えたことがなかったのだ。
ばあやの実の息子であるマリウスは、私が彼女と共にする時間をずっと一人で過ごしていた。
彼女が死んだ時も側に居たのは私で、彼女が死んだ理由も詰まるところ我が家の騒動に巻き込まれただけ。
文字通り、彼から母親を奪ったのは紛れもなく私だろう。そうマリウスは口にはしないけれど、だからといって思う事がなかったワケではない。色々言いたいはずだ、私に対して。
「ねえ前から気になってたんだけど」
「ああ、なんだ」
「なんで法事なんてするワケ?」
時が経ってもなお故人を偲ぶ法事なんて、遠く離れた一国の異なる宗教文化だ。この街のどこにも根付いていない異なる習慣の為に彼はわざわざ改宗までしているのだ。
何故そんなことを?とは誰もが疑問に思うはず。
だが、問われた本人はキョトンとしていた。
真っ赤な目を見開いた末に、ふっと小さく吹き出して。口元を黒い革手袋で隠し、くつくつ笑った。
「逆に聞きたいんだが、何故今まで来ておきながら疑問に思わなかったんだ?」
「聞いたら悪いかと思ったのよ」
「ほお、もっと悪い事をしているのにか?」
「マリウス、私」
「よせ、変に勘繰るな。日頃の話だろうが。自覚がないとは言わせない」
「でも私アンタな」
「やめろと言っているんだ」
ピシャリと言い放つそこには当主の圧すら感じた。静かながらの制止は私の喉をキュッと縮めさせ、言ってしまいたかった謝罪が引っかかって出てこない。
謝って済む話でないのは分かっているが、申し訳ない感情を伝えるには謝るしかないのだ。私は彼女の、マリウスの母の死を事故だなんて思ってない。私のわがままと私の家が殺したようなものなのだから。
「ナターシャ」
ため息をついたマリウスは、とうとう客人の様に凭れていた壁から背を離すと腰を下ろした。どかっと荒く座るせいで揺れるカウチに私の身体まで動かされる。今のは絶対わざとだ。私の座り方に顔を顰めるコイツの座り方とはいつも、静かで威厳あるものなのだから。
「昔、父の書斎で東洋についての本を見つけてな、読んだ事があった」
しばしの沈黙の末、ポツとマリウスは口を開く。
「向こうは自身の先祖を神とし崇めるらしい。死者とは親しい生者の傍でいつも見守っているんだそうだ。それを読んだ幼い俺は、例えそれが母の安眠を妨げる行為だとしても、そうあって欲しいと思ったんだ。それが法事を行う理由だ、お前にとっては生者のエゴに聞こえるだろうが」
と、罰が悪そうに笑うのは、どうやら少し恥ずかしいようだった。どこが恥ずかしいんだろう。全然わるくないじゃない。
「ふふ、どおりでね。10歳の当主が貴族社会で生き残れるなんておかしいと思ったのよ。貴族から食い物にされなかったのは、ばあや…じゃないわ、アナタのお母様の御加護ってワケね」
「何を言う。俺じゃない、お前だ」
「なにが」
「加護がだ。必要だったのはあの日全て無くしたお前の方だ、そうだろう?」
瞬きすら忘れ、食い入るように彼を見つめたのは全く理解出来なかったからだ。
「心配してくれてたっての?」
「義理とはいえ兄妹だ。いがみ合っていようが心配くらいする」
…もしかしたら彼は、私が思っている以上に中身が出来上がっているのかもしれない。嫉妬や、理不尽への怒りよりも前にコイツは、習慣を覆してまで自分の母親を独占したガキを心配してくれていたらしい。当時10歳そこらの奴の方が、今の私より考えはずっと大人だったのだ。
「なんだ、効いたか?」とマリウスは笑われ、いたたまれなくなった私は視線を逸らした。
膨らんでいた様々な想像が空気を抜けながら飛んでいく、それくらい頭がついていけずにクラクラする。
残ったのは自分の情けなさだ。
ばあやと同じ目の色のコイツは、いつも私に出来ないことをする。
「アンタってホントムカつくわ、マリウス。お陰様で、孤児院でクソまずいご飯しか食べなくてもこの通りよ」
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