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アヘン事件、誰もが痛みを覚えて口にする今世紀最大の虐殺事件である。他人を意のままに操れる薬が使われた事件。そして俺には、そのアヘン事件に加担した容疑がかけられた。
濡れ衣だった。
だが、俺の意思をどう証明するのか。俺の行動が自身の意思か他人の意思か、なんていうのは人の真意を計り知れない事と同じで結局が俺自身しか知り得ないのだから。特殊指定薬物の効力を証明するなんて術はなかったのだ。
よって、罪を証明づけるのは俺の証言ただ一つとなり、首を縦に振れば一生牢屋、首を横に振れば縦に振るまで牢屋という選択肢か残されなかった。どうにしろ容疑をかけられた時点で俺の結末は決まっていた。
だが事は急転した。
司法取引がもちかけられたのだ。
俺より幾つか若い生活安全課長、ナターシャ・ウィンザーと司法取引をし、俺は二度と出られないと思っていた牢から出ることが出来た。
条件は彼女と共に新設された"特殊魔薬取締班"に配属する事。魔薬が使われた事件を専門に捜査する組織である。そこでアヘン事件の真相に辿り着き、無実を証明して見せろ、とは言うが、未知で危険な仕事を常人に任せられないだけだろう。
それが許されるのも、この身体に変な薬が投与されたせいだと思う。俺は警察が唯一押収した魔薬、"猫になる薬"の再現したものを強制的に投与され、服用者にさせられた。
よって警察という立場がなくなれば、容疑者ではなく服用者として、罪人として裁かれる人間となってしまったのだ。いや、人間ですらなくなった、か。
その自覚はなかったが、刑事課に取り調べられ痛みを伴った傷がすぐに癒えていくのを見て薄々悟らざるを得なかった。
悪魔の薬の実態を。
悪魔を屠れるのは悪魔、そういうことなのだろう。
「ナターシャさん」
呼ぶと彼女は不思議そうに振り返る。マトリのオフィスは新しく、よく陽の当たる部屋だった。
大きな机で書類と睨み合いをしている彼女は、容疑者として詮議を受けていた俺に対して特に何も思っていないようだった。他人と同等に扱っている、それが逆に不思議だった。
「食堂の昼食時間が終わりますが、如何なさいます」
「そうね。なら休憩にしましょ」
お腹がすいた時に言えばいいのに、と彼女は言う。
どうやら遠慮して言い出せなかったのだと思われたらしいが、実の所は牢屋の中で3食出た試しがないのだから、胃は自然と小さくなっていたのだ。
わざわざ言うことでもないだろうと、何も返す言葉はなかったが。
だが確かに、遠慮というか彼女との距離感は難しいものであった。職務上の上司であり、俺としては地上に戻してくれた恩人でもある、だがその恩を受ける謂れがないのだ。
彼女とは面識がなくお互いを知らない。アヘン事件の容疑者を再び世に放つというのは異常である。国家転覆を目論んだテロリストを世に放つということだ。
それ程の事をする理由が、その目的が分からなかった。
そして危険人物である俺を何故傍に置くのだろう。
その疑問は常に頭にあった。この行動には裏があるのではないかと。感謝とは裏腹に疑念が芽生えていた。
謎は小さい背中を見ていても解決することは無い。
彼女の数歩後に続き、食堂へと向かう道すがら。通り過ぎる警官達の視線はあまりにもずけずけと、遠慮がなかった。
あの人、
ちょっと!やだどうして
アヘン事件のだろ?
なんで牢屋に居ないんだよ
人殺し!
彼女が司法取引したらしいよ
四方八方から向けられるのは、奇異な者への興味と怒りに恐怖、飛んでくる言葉は罵詈雑言が多かった。慣れてしまいはしたが。
世の中の認識とはそれが普通なのだ。彼女だけが異常なだけで。
俺から話題はすり変わり、前を歩く彼女へ向けられた悪態もあった。署長のコネだのなんだのと。
それは彼女にも聞こえているはずなのに、彼女はやはりどこ吹く風。全く顔を下げることは無かった。
「私の傍に居た方がいいわよ、アレン。署長の義妹に誰も強くは出れないわ。アンタも身を守るには権力の傘を上手く使わないと」
と軽口を叩く始末。
確かに1人で歩けば、容疑者を建前に平然と、正義の名のもとに暴力的行為が許されるのだろう。だが彼女の傍にいれば、言葉だけで済んでいる。
彼女の傘の中にいるからだ。お陰で彼女は俺の分だけ濡れている。
……何故、この人は俺を助けたのだろう。
他人に白い目を向けられてまで、そうする意味は?
容疑の晴れない俺を信用する根拠は?
聞けばいい。何故助けたのか。
だが聞けない自分が居る。
それは彼女の行為が善意の元であって欲しいと、どこか期待しているのだろう。
この世界にも彼女の様に俺の無実を信じてくれるのだと、そんな淡い期待を持って生きたかったのだと思う。
濡れ衣だった。
だが、俺の意思をどう証明するのか。俺の行動が自身の意思か他人の意思か、なんていうのは人の真意を計り知れない事と同じで結局が俺自身しか知り得ないのだから。特殊指定薬物の効力を証明するなんて術はなかったのだ。
よって、罪を証明づけるのは俺の証言ただ一つとなり、首を縦に振れば一生牢屋、首を横に振れば縦に振るまで牢屋という選択肢か残されなかった。どうにしろ容疑をかけられた時点で俺の結末は決まっていた。
だが事は急転した。
司法取引がもちかけられたのだ。
俺より幾つか若い生活安全課長、ナターシャ・ウィンザーと司法取引をし、俺は二度と出られないと思っていた牢から出ることが出来た。
条件は彼女と共に新設された"特殊魔薬取締班"に配属する事。魔薬が使われた事件を専門に捜査する組織である。そこでアヘン事件の真相に辿り着き、無実を証明して見せろ、とは言うが、未知で危険な仕事を常人に任せられないだけだろう。
それが許されるのも、この身体に変な薬が投与されたせいだと思う。俺は警察が唯一押収した魔薬、"猫になる薬"の再現したものを強制的に投与され、服用者にさせられた。
よって警察という立場がなくなれば、容疑者ではなく服用者として、罪人として裁かれる人間となってしまったのだ。いや、人間ですらなくなった、か。
その自覚はなかったが、刑事課に取り調べられ痛みを伴った傷がすぐに癒えていくのを見て薄々悟らざるを得なかった。
悪魔の薬の実態を。
悪魔を屠れるのは悪魔、そういうことなのだろう。
「ナターシャさん」
呼ぶと彼女は不思議そうに振り返る。マトリのオフィスは新しく、よく陽の当たる部屋だった。
大きな机で書類と睨み合いをしている彼女は、容疑者として詮議を受けていた俺に対して特に何も思っていないようだった。他人と同等に扱っている、それが逆に不思議だった。
「食堂の昼食時間が終わりますが、如何なさいます」
「そうね。なら休憩にしましょ」
お腹がすいた時に言えばいいのに、と彼女は言う。
どうやら遠慮して言い出せなかったのだと思われたらしいが、実の所は牢屋の中で3食出た試しがないのだから、胃は自然と小さくなっていたのだ。
わざわざ言うことでもないだろうと、何も返す言葉はなかったが。
だが確かに、遠慮というか彼女との距離感は難しいものであった。職務上の上司であり、俺としては地上に戻してくれた恩人でもある、だがその恩を受ける謂れがないのだ。
彼女とは面識がなくお互いを知らない。アヘン事件の容疑者を再び世に放つというのは異常である。国家転覆を目論んだテロリストを世に放つということだ。
それ程の事をする理由が、その目的が分からなかった。
そして危険人物である俺を何故傍に置くのだろう。
その疑問は常に頭にあった。この行動には裏があるのではないかと。感謝とは裏腹に疑念が芽生えていた。
謎は小さい背中を見ていても解決することは無い。
彼女の数歩後に続き、食堂へと向かう道すがら。通り過ぎる警官達の視線はあまりにもずけずけと、遠慮がなかった。
あの人、
ちょっと!やだどうして
アヘン事件のだろ?
なんで牢屋に居ないんだよ
人殺し!
彼女が司法取引したらしいよ
四方八方から向けられるのは、奇異な者への興味と怒りに恐怖、飛んでくる言葉は罵詈雑言が多かった。慣れてしまいはしたが。
世の中の認識とはそれが普通なのだ。彼女だけが異常なだけで。
俺から話題はすり変わり、前を歩く彼女へ向けられた悪態もあった。署長のコネだのなんだのと。
それは彼女にも聞こえているはずなのに、彼女はやはりどこ吹く風。全く顔を下げることは無かった。
「私の傍に居た方がいいわよ、アレン。署長の義妹に誰も強くは出れないわ。アンタも身を守るには権力の傘を上手く使わないと」
と軽口を叩く始末。
確かに1人で歩けば、容疑者を建前に平然と、正義の名のもとに暴力的行為が許されるのだろう。だが彼女の傍にいれば、言葉だけで済んでいる。
彼女の傘の中にいるからだ。お陰で彼女は俺の分だけ濡れている。
……何故、この人は俺を助けたのだろう。
他人に白い目を向けられてまで、そうする意味は?
容疑の晴れない俺を信用する根拠は?
聞けばいい。何故助けたのか。
だが聞けない自分が居る。
それは彼女の行為が善意の元であって欲しいと、どこか期待しているのだろう。
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