業火の夜は続く

まー

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2 発火

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「どっちから行くんだ?」
 警察署の敷地から車を出しながら、吾郎はアポを取った園田に尋ねた。
「近い方からでいいだろう。大火災の遺族会代表、槍原大貴やりはらだいき33歳。火災当時は8歳で、父親が焼死し住んでいたアパートは全焼、母親の実家に身を寄せた」
 前方の信号が黄色に変わり、吾郎はゆっくりと減速して停止線の2メートル手前に停車した。
「弓野さんと元々知り合いか?」
「いや、2人が接触したのはつい最近だ。弓野さんの方から槍原さんに電話連絡して、職場の事務所に会いに行っていたらしい」
「槍原さんにとっては親の仇か?」
「どうだろうな、実際に工事を施工した男ならいざ知らず、斡旋しただけの元請けを殺したいほど憎むものかね」
 信号が青に変わると、停止したときと同じ丁寧な運転操作で、車は滑らかに加速した。
 10分ほど走って、車は関々かんかん電力の県本部の駐車場に滑り込んだ。
 関々電力は周辺の数県一帯の電気供給業務を一手に引き受ける、大手電気供給会社である。
 槍原大貴は県外の工業系大学を卒業後に帰郷し、新卒で入社して現在に至っていた。
 3年ほど前に新築されたばかりの社屋は、ガラスの面積が広く朝の日差しを反射させキラキラと輝いている。
 玄関ホールは驚くほど広く、壁には社会科見学なども意識してか、電力の作り方をわかりやすく図解したパネルが数枚貼付され、その前には発電所から電線や変電所を通じて各家庭まで配電される仕組みを表した模型が置かれていた。
 受付でおとないを告げると、しばらくして短髪の実直そうな青年がエレベーターから降りてきた。
「えーと、警察の方ですか?」
「はい、神津署の園田と堂島と申します。お仕事中にお時間をいただいて、申し訳ありません」
 園田が名乗って頭を下げると、槍原は笑顔で首を横に振って、フロアの隅にある応接ブースに2人を案内した。可動式の間仕切りで区画された3 メートル四方のスペースが2つあり、どちらも4人掛けの応接セットが置いてある。
 席に着くと、吾郎はさっそく槍原に尋ねた。
 「この男性に見覚えはありますか」
 吾郎が見せた写真をじっと見て、槍原は目を細めた。
「ああー、最近会いにきた方ですね。弓がつく名前の人」
「弓野さんといいます。どのような用件でいらっしゃったんですか?」
「再来月の慰霊祭に参列してもよいかと」
「なんと返答を?」
「どうぞ、と」
「弓野さんがどういった立場の方かはご存知で?」
「火災原因となった電気工事を斡旋した元請けさんだそうですね」
「参列を許可してもいいのですか? 彼が斡旋した電気工事士が、あの大火災を発生させたのかもしれないのに」
「さすがにそんなことで恨みませんよ」そう言って槍原は苦笑した。
「逆に、25年経ってもまだ工事を斡旋した程度のことを気に病んでいるのかと驚きましたね。まあ、慰霊祭も次が最後ですし、せっかくですのでどうぞご参列くださいと返答しました」
「慰霊祭、今年で終わりにするんですか?」
 吾郎はわずかに驚いた。槍原は静かに頷く。
「あれから25年が経って、遺族の高年齢化も進みました。私が遺族会の代表をやっているのも、おじさんおばさんたちから若さを理由に押し付けられたみたいなところがありましてね。続けるのが大変だと言うのなら、再来月の慰霊祭を二十六回忌の一区切りとして、最後の慰霊祭としようと提案しまして、色々なご意見はありましたが、市とも話し合って、最終的に遺族会で決まりました。そんなわけでこれが最後ですので、その弓野さんも一度くらい出席しておこうと思われたんじゃないですか」
「なるほど。用件はそれだけで?」
「それだけです」
 特に得るものは無かったな、と吾郎が思っていると、槍原がわずかに小首をかしげて聞いてきた。
「あのう、弓野さんどうかされたんですか?」
「ああ、はい……新聞にも載っていたのでお伝えしますが、火事で亡くなられまして」
 吾郎の返事を聞いて、一瞬目を丸くし、槍原は「ああ」と小声を漏らした。
「そうだったんですね。新聞読んでなくて……お恥ずかしい限りです」
「いえ、小さな記事でしたから」
「しかし、そうですか、火事で……やっぱり怖いですね、火は。私にとってはトラウマですよ」
 園田が神妙な顔で頷いた。
「そうでしょうね。失礼ですが、槍原さんはあの大火災でお父さんを亡くしておられるんですよね」
「はい。父はトイレの中で亡くなっていました。私と母を先に逃したあと、自分の仕事道具やら貴重品やらをまとめていたようで、いざ逃げようとしたらもう退路がなかったんでしょうね。一か八かでトイレに逃げ込んだのでしょうが、残念ながら」
「お気持ち、お察しします」
「いえ、もう25年も前の話ですから」
 穏やかに微笑む槍原に、吾郎は「もう一つだけ」と言いながら指を1本立ててみせた。
「普段お仕事に使う道具は個人で所有するものですか?」
 槍原は質問の意図がつかめず首をひねりながらも「はい」と素直に答えた。
「見せて頂いても?」
「はあ。かまいませんが」
 腰にぶら下げた道具袋を持ち上げ机の上に置くと、がしゃんと重量のある音が響く。吾郎と園田は袋の中を探り幾つかの道具を出して机に並べていく。そのうちにニッパーが2本顔を出した。両の視力が2.0ある健康優良児の吾郎は、そのニッパーの刃をじっと眺めたが、配線に谷型の傷をつけるような刃こぼれは見られなかった。
「ニッパーが何か?」怪訝そうに声をかける槍原に笑って見せると、丁寧に礼を延べ、二人は事務所を後にした。




 次に訪れたのは、4階建てビルの1階に居を構えた小さな電気屋の事務所だった。2階から上はアパートになっており、1フロアに2戸、合計6戸のこじんまりとした共同住宅だった。建物の大きさから察するに、部屋はワンルームていどの広さだろう。
「こんにちは」
 声をかけると、50代ほどの男が1人、部品棚や作業台の奥でタバコを吸っていた。古い換気扇が回る音が響く。
「はい」
 男はタバコを消して、のそりと立ち上がった。
 2人が名と身分を告げると、露骨に不満げな顔をした。
「警察の人が何? まさかまた火事でも起きた?」
「いえいえ、今日は3年前のボヤ火災の話を聞きにきたんです」
 園田が言うと、男はますます眉間に皺を寄せる。
「3年も前のことを蒸し返しにきたの?」
「別に今さら説教しに来たわけじゃなくてですね、ただ似たような事案が発生したもんですから、参考までにお話を伺いに来ました」
 園田は常に穏やかで冷静な男だ。物腰も言葉も柔らかく、取り調べの時も声を荒げたりはしないが、時に無機質に聞こえる時もある。
「3年前、新築のマンションの一室から出火、住民の手で初期消火が行われてテレビとテレビ台を焼いただけのボヤが発生しました。出火元はテレビの配線工事箇所からと断定され、テレビの搬入及び設置をしたあなたが、警察から厳重注意と改善策の提出という指導をくらっていますよね」
「あれね、当時も言ったんだけど、あんなまずい施工、俺がやるはずないんだよ。絶対違うって言い張っても、事実そうなってるじゃないかとごり押しされて、泣き寝入りだよ」
「具体的にはどういう………」
「テレビのね、主電力を通す配線を途中でぶったぎって、差込形電源コネクタでつないでたの」
 そういうと男は作業場の棚から親指の爪ほどの部品と、20cmほどの切れっ端の電線を持ってきた。部品は透明でおそらくプラスチック製だろう。
 電線の端の被覆を剥ぐと、顕になった銅線をプラスチック部品に差し込み、固定する。
「同じようにもう1本つないでやるだけでいい」
「えーと、つまり2本の電線を1本につなぐためのコネクタなんですね」と吾郎。
「そう。一方のコネクタへの差込が不十分だったから接続部で電気抵抗が増して発熱したっていうのよ。それはまあ発火のメカニズムとしてはそうなんだろうけど、そもそも何がどうなったらあんな何もない場所で配線ぶった切るのよ。素人じゃあるまいし」
「意図的に切ったものだと?」
「それはわからないけどさ」
「それをやったのがあなたではないとしたら、一体だれが」
「わからないよ、施主さんは新築マンション購入を機に、ほぼすべての家電や家具を新しく購入していたからねえ、あの数日のうちにどれだけの業者が配線工事や物の搬入のためにあの部屋に出入りしたのか……」
 園田が念を押すように確認した。
「切断したのはあなたではないんですね」
「くどいよ。プロの電気屋舐めすぎなんだよ」
 男は3年前の怒りも合わせて、強く憤慨している。
 吾郎は「すいません。おっしゃる通り」と軽く頭を下げ、それから「俺たちはもう帰ります。ただ、最後にもう一つだけ、普段現場に持っていかれる工具を見せてもらえますか」とお願いした。
 男は出入り口近くの棚に置いていた作業道具の腰ベルトを持ち上げて、その腕を突き出した。ベルトには様々な道具が下がっており、片手で持つとかなりの重量がある。
「これを腰に下げるんですか。かなり重労働ですね。俺なら3日で根をあげそうだ」
 園田が言うと、男はわずかに頬を緩めた。
「別に。それぐらい普通だよ」
 刑事2人はニッパーを見つけ出し、吾郎が肉眼で点検した。ニッパーには刃こぼれ一つなかった。
「道具を大事に使われていますね。刃こぼれ一つ無い。これはどれくらい前に購入したものですか?」
「もう1年くらいになるかな。刃がかけるような乱暴な使い方はしないけどね、そうなっちゃった時には早めに買い替えるから。俺は刃が欠けた道具なんかで仕事しないの」
「いやー、さすがです」
 そうおだてて、吾郎は言葉を続けた。
「ところで、弓野一太という男性をご存知ですか?」
「弓野さんなら、現場で何度か一緒になったことあるよ。基本的に1人親方だけど、何年か前から若いのを1人連れてたような」
「社員さんですかね」
「そうなんじゃないの」
 弓野の名を聞いた時にも、男の顔や態度には一切の動揺がなかった。おそらく弓野が死んだことも知らないのだろう。
 それを最後に、2人は事務所を辞した。
 
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