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2 発火
十
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指令台画面の隅に表示されているデジタル表示の時計が、深夜1時を示した。
急病人の発生は時と場合を選ばないが、それでも昼間よりは夜間の方がぐっと少なくなる。
約30分前に高熱の5歳児のために救急出動をかけて以降は、着信音はピリとも鳴らず、指令室にはまったりとした空気が流れている。
指令台は横に4台並んでおり、それが2列あるため合計8台が稼働する。だが、深夜帯は交代で仮眠を取るため、今この部屋には通信員が3人居るだけだった。
前列の一番左に座っている若い男性通信員が、あくびをしながら両手を上に突き出し伸びをした時だった。けたたましい着信音が鳴る。
通信員は条件反射的に通話のボタンをターンと音を立てて叩くように押した。
「はい、119番消防です。火事ですか、救急ですか」
〈あのー、ちょっとお尋ねしたいんですけど〉
のんびりとした高齢男性の声が聞こえてきた。
「はい、なんでしょうか」
〈わたし柴町に住んでるんですけど、今この辺停電してますか?〉
「電気つかないんですか?」
〈はい〉
「ブレーカー落ちてるんじゃなくて?」
〈違います。窓の外も街灯とか消えてるみたいなんですが〉
へえ、そうなのかと通信員は思ったが、停電が起きているにしろそうでないにしろ、提供できる情報など何もなかった。
「申し訳ないですが、こちらでは何もわからないですね。電気会社に直接聞いてもらうしかないと思いますよ」
〈代表電話にかけても繋がらないものだから〉
「この時間ですからね。まあとにかく、ここでは何もわかりませんね」
通報者は少し落胆したようだったが、おとなしく電話は切れた。
119は火災や事故、急病の際に助けを求めるためのダイヤルであるが、このような明らかに業務外と思われる電話も珍しいことではない。
電気や水道、交通等のライフラインに関する問い合わせや故障時の対応などについて、何故か119にかけてくる者がいる。
家の水道が止まらないのだが止め方を知らないかと尋ねる通報に、いったい消防隊に何の知識と技術を期待しているのかと呆れることもある。
しかしまあ、せっかく得た情報だ、少し調べてみるかと、通信員は関係者だけが知る、関々電力の24時間繋がるホットラインに電話をかけてみる。
数回のコール音のあと、静かな男性の声が応じた。
〈はい、関々電力です〉
「お忙しいところすいません、消防局の者ですが、今市内で停電が起きていますか」
〈あー、すいません、実はそうなんです……今原因を確認中でして〉
「範囲はどの辺りですか」
〈市内でも東寄りの地区ですね。朝までには対処できると思います。ひょっとして、消防さんの方に何かクレームでもきましたか〉
「いえ、問い合わせの電話があったので、確認だけさせてもらおうと思いまして。私どもの方に問題はありません。これで失礼します」
電話を切る前にお互いすいませんと言い合って、通話は終わった。
停電が長引けば、それを理由に患者の受け入れを断る病院も出てくるかもしれない。だが、朝までには復旧すると電力会社が受け合う以上、今は様子見をするしかないと、通信員は再び両腕と背中をぐーっと伸ばした。
「おー、お疲れ。昨日あんまり寝られなかったのか?」
堂島吾郎は出勤してすぐ、昨夜当番で夜勤に就いていた同僚に、労いの言葉をかけた。同僚は目をしょぼしょぼとさせながら、こくりとうなずく。
「夜中に停電が起きてな。まあ、主要な医療機関や行政施設は発電機があるから短時間の停電なら特に問題ないんだが、明け方に関々電力から、変電施設への不法侵入の可能性について通報があって。東寄りの場所だったから隣の署の管轄だと思ったんだが、ギリギリうちでなあ」
「じゃあ停電の原因は」
「ああ、なんのことはない、遮断器が下ろされて送電が遮断されていただけだ」
当該変電所は、白い壁の無機質な箱のような外観で、住宅街の一角にぽつんと建っている。
停電が起きて真っ先に変電所を見に行った職員が、遮断器が断になっているのを確認した。配電に異常が発生した場合には遮断器は自動で作動するが、データをいくら調べても、電気供給の状態に異常は発見できなかった。
そうなれば、何者かが意図的に遮断したとしか考えられず、電力会社は内部犯行または不法侵入の可能性があると警察に届け出た。
急ぎ刑事と鑑識が変電所内を調べたところ、道路面から見ると裏側の壁1階上部に設置された、50センチメートル四方の換気扇の枠に無理矢理こじ開けたような変形があり、侵入経路はおそらくここだろうと推測される。だが狭い穴を通り抜けたわりには、服の繊維が付着していることはなく、よほど慎重な犯人だと考えられた。
賊が換気扇を外して侵入したとして、夜中に停電を起こすことになんの意味があるのかは計りかねるものの、ライフラインへの攻撃は、交通や医療に、ひいては市民生活に重大な影響を及ぼしかねない。
どちらを優先ということではないが、おのずと変電所侵入事件にも人員を割かなければならなくなり、弓野の変死事件は吾郎と園田2人が担当となる形で続けることとなった。
急病人の発生は時と場合を選ばないが、それでも昼間よりは夜間の方がぐっと少なくなる。
約30分前に高熱の5歳児のために救急出動をかけて以降は、着信音はピリとも鳴らず、指令室にはまったりとした空気が流れている。
指令台は横に4台並んでおり、それが2列あるため合計8台が稼働する。だが、深夜帯は交代で仮眠を取るため、今この部屋には通信員が3人居るだけだった。
前列の一番左に座っている若い男性通信員が、あくびをしながら両手を上に突き出し伸びをした時だった。けたたましい着信音が鳴る。
通信員は条件反射的に通話のボタンをターンと音を立てて叩くように押した。
「はい、119番消防です。火事ですか、救急ですか」
〈あのー、ちょっとお尋ねしたいんですけど〉
のんびりとした高齢男性の声が聞こえてきた。
「はい、なんでしょうか」
〈わたし柴町に住んでるんですけど、今この辺停電してますか?〉
「電気つかないんですか?」
〈はい〉
「ブレーカー落ちてるんじゃなくて?」
〈違います。窓の外も街灯とか消えてるみたいなんですが〉
へえ、そうなのかと通信員は思ったが、停電が起きているにしろそうでないにしろ、提供できる情報など何もなかった。
「申し訳ないですが、こちらでは何もわからないですね。電気会社に直接聞いてもらうしかないと思いますよ」
〈代表電話にかけても繋がらないものだから〉
「この時間ですからね。まあとにかく、ここでは何もわかりませんね」
通報者は少し落胆したようだったが、おとなしく電話は切れた。
119は火災や事故、急病の際に助けを求めるためのダイヤルであるが、このような明らかに業務外と思われる電話も珍しいことではない。
電気や水道、交通等のライフラインに関する問い合わせや故障時の対応などについて、何故か119にかけてくる者がいる。
家の水道が止まらないのだが止め方を知らないかと尋ねる通報に、いったい消防隊に何の知識と技術を期待しているのかと呆れることもある。
しかしまあ、せっかく得た情報だ、少し調べてみるかと、通信員は関係者だけが知る、関々電力の24時間繋がるホットラインに電話をかけてみる。
数回のコール音のあと、静かな男性の声が応じた。
〈はい、関々電力です〉
「お忙しいところすいません、消防局の者ですが、今市内で停電が起きていますか」
〈あー、すいません、実はそうなんです……今原因を確認中でして〉
「範囲はどの辺りですか」
〈市内でも東寄りの地区ですね。朝までには対処できると思います。ひょっとして、消防さんの方に何かクレームでもきましたか〉
「いえ、問い合わせの電話があったので、確認だけさせてもらおうと思いまして。私どもの方に問題はありません。これで失礼します」
電話を切る前にお互いすいませんと言い合って、通話は終わった。
停電が長引けば、それを理由に患者の受け入れを断る病院も出てくるかもしれない。だが、朝までには復旧すると電力会社が受け合う以上、今は様子見をするしかないと、通信員は再び両腕と背中をぐーっと伸ばした。
「おー、お疲れ。昨日あんまり寝られなかったのか?」
堂島吾郎は出勤してすぐ、昨夜当番で夜勤に就いていた同僚に、労いの言葉をかけた。同僚は目をしょぼしょぼとさせながら、こくりとうなずく。
「夜中に停電が起きてな。まあ、主要な医療機関や行政施設は発電機があるから短時間の停電なら特に問題ないんだが、明け方に関々電力から、変電施設への不法侵入の可能性について通報があって。東寄りの場所だったから隣の署の管轄だと思ったんだが、ギリギリうちでなあ」
「じゃあ停電の原因は」
「ああ、なんのことはない、遮断器が下ろされて送電が遮断されていただけだ」
当該変電所は、白い壁の無機質な箱のような外観で、住宅街の一角にぽつんと建っている。
停電が起きて真っ先に変電所を見に行った職員が、遮断器が断になっているのを確認した。配電に異常が発生した場合には遮断器は自動で作動するが、データをいくら調べても、電気供給の状態に異常は発見できなかった。
そうなれば、何者かが意図的に遮断したとしか考えられず、電力会社は内部犯行または不法侵入の可能性があると警察に届け出た。
急ぎ刑事と鑑識が変電所内を調べたところ、道路面から見ると裏側の壁1階上部に設置された、50センチメートル四方の換気扇の枠に無理矢理こじ開けたような変形があり、侵入経路はおそらくここだろうと推測される。だが狭い穴を通り抜けたわりには、服の繊維が付着していることはなく、よほど慎重な犯人だと考えられた。
賊が換気扇を外して侵入したとして、夜中に停電を起こすことになんの意味があるのかは計りかねるものの、ライフラインへの攻撃は、交通や医療に、ひいては市民生活に重大な影響を及ぼしかねない。
どちらを優先ということではないが、おのずと変電所侵入事件にも人員を割かなければならなくなり、弓野の変死事件は吾郎と園田2人が担当となる形で続けることとなった。
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