業火の夜は続く

まー

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2 発火

十三

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 夜10時をわずかに回った頃、東消防署に火災出動の指令が入った。仕事帰りの通行人が、一軒家の外壁から火が出ているのを発見して119通報をしたのだ。
 署隊が赤色灯とサイレンをがんがん鳴らして現場に駆けつけると、先着した出張所小隊がちょうど放水を始めた頃だった。
 水をかけられた炎は、大量の水蒸気を発生させながら、それでもまだ消えてなるものかと訴えるように、身をくねらせてなお天を目指して燃え上がろうとする。
 到着したばかりの第2小隊がもう一線ホースを伸ばそうとした時だった。
 無線機が新たな出動指令を吐き出す。
 場所は、今居る現場から、直線距離で50メートル程度しか離れていない。
 大隊長は、ほんの数秒逡巡した。だが方針は瞬時に決まった。
「第2小隊は新しい現場に向かってくれ! 本部、こっちに小隊を1隊応援求む」
 第2小隊は下ろしたホースを再びポンプ車に乗せて、脱兎のごとく走り去って行った。
 中隊長が、大隊長に向かって言った。
「放火でしょうか」
 徒歩圏内の近距離で続け様に火の手があがれば、当然に放火が疑われる。
「さあな、まあそのあたりは警察さんに任せる」
 消防隊の任務は、まずは火を制圧することにある。幸いにしてこのまま火がおさまれば、部分焼程度で済むだろうと、大隊長はふうと息をついた。


 

 居酒屋せんごろうで約束を交わした2日後、吾郎と園田は、またぞろ消防局の調査課を訪れていた。
 主任である米山茂勝が便宜をはかってくれることもさることながら、警察に協力を惜しまない調査課長にも丁寧に挨拶をして、2人は前回同様、書庫の隣にある相談室で25年前の火災調査書を開く。
「うわ、これ気をつけないと簡単に破れるぞ」
 珍しく園田が慌てた声をあげた。25年分劣化した紙は、黄色く変色し、古い紙特有のカビ臭さを漂わせる。折り曲げられた図面を広げる際には特に注意を払わなければ、ちょっとした衝撃でピリと裂ける音が聞こえてきそうだ。
「すげえ、手書き」吾郎が呟いた。
 調査書は手書きとワープロ印字が半々だった。実況見分書が何十枚にもわたって手書きで記されており、その字は少し右上がりの癖はあるが、基本的には達筆で読みやすかった。
「昔の人は大変だよな」
 そう言って、吾郎は原因判定書の最後のページを開く。
 火災原因は“不明”となっていた。
「電気配線から漏電しての出火じゃないのか?」
 吾郎は首をひねる。
「出火元は配線だったとして、原因は不明ということだろう」と園田。
「俺たちと違って、直前に電気工事があったことはあんまり考慮しないのかな」
 吾郎が呟いたとき、茂勝が部屋に入ってきた。
「どうだ、何かわかったか」
 と言いながら、缶コーヒーを2本、窓の枠に置いた。調査書を広げた机の周囲で飲むなよと暗に告げている。
「いえ、そもそもダメ元で見させてもらってるだけなんで」
 吾郎はそう答え、それから茂勝に原因判定書を差し出した。
「米山さん、警察では電気工事に伴う漏電という線も疑っていたらしいんですが、消防さんは電気工事についてはほとんど記載がありません。これ、なんの差でしょうかね」
 茂勝は受け取った原因判定書をぺらぺらとめくり読んでいった。異様に読むのが早く感じるのは、おそらく要点だけに目を通しているのだろう。
 しばらく無言で読み続けたのち、おもむろに口を開く。
「確かに電気工事を行ったあたりの焼けが強いのは事実のようだが、仮に工事による漏電として、施工した翌日に発火することは考えづらい。漏電した電気が建築物に使われた釘等の金具を熱し、その熱が周囲の木ずりを暖めて、ついに出火するんだ。それなりの時間はかかるさ。警察さんは事件を疑えばどんなに小さな可能性でも丁寧に潰していかないといけないんだろう。そうして答えを出さないといけないんだろう。だが、うちは社会通念上矛盾があると思ったら、その可能性はさくっと排除する。最終的に判定が不明となったとしても、それはそれでいいんだ」
 調査官としては悔しさは残るかもしれないが、そもそも何もかもが燃え尽きた現場から、砂場で金を探すかのごとく事実を拾い上げ見分し、判定を下すのだ。原因が不明になることは珍しいことではない。
「つまり、電気工事からの漏電というのは、消防的には突き詰めて調べるほどの可能性もなかったと」と吾郎。
「まあそう言ってしまうのは少し乱暴かもしれないが。少なくとも、警察さんほどは重要視してなかったんだろうさ」
 吾郎は黄ばんだ調査書を見つめて考え込んだ。
 電気工事による可能性は極めて低かった。にも関わらず、自殺した電気工事士を追い詰めたのは、警察の任意同行とそれを面白おかしく書き立てたマスコミだ。
 もちろん、任意同行が悪いことだとは思っていない。可能性を潰すために必要があってやったことだ。報道雑誌にしても、放火だなんだと書くことは思考を発展させ過ぎだとは思うが、警察にしょっ引かれたことは、事実を書いたまでだろう。
 だが、その結果が、一つの家族を壊したのだとしたら。
 吾郎は自分が選んだ仕事が、大いなる責任を負っているのだと改めて実感した。
 茂勝は「さすがにボロいなあ」と呟きながら、パラパラとページをめくり、しばらく読み耽っていたが、「ああ、これだ。この前話してたやつ」と言って、吾郎に見えるように、開いたファイルを机の上に置いた。
「なんですか?」
「飛び火で2カ所めが燃え出したと言っただろう。そのアパートの見分書だよ」
 吾郎は渡されたファイルを読み始める。茂勝は「じゃ、頑張れよ」と言い置いて退室しようとした。
「あ、米山さん!」
 その背中に園田が声をかける。
「先日の夜に起きた、2カ所同時多発火災は外部からの放火じゃなかったようですね」
 茂勝はドアを半開きにしたまま園田に向き直った。
「そうらしいな。まあ俺は担当じゃないからよく知らないが。異常電圧による家電からの出火の可能性とかなんとか……お? なんか最近よく聞く単語だなあ、電圧とか家電とか。まあそっちの鑑識さんが洗いざらい調べるだろ。っていうか、そんなことは自分とこの鑑識から聞けよなぁ」
「すいません、俺たちも担当じゃないもんで。でもまあ、これが外部放火だったら、俺たちもこんなのんびりしてないって話ですよね」
「だろうな」
 そう答えて、茂勝は今度こそ部屋を後にした。
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