◯✕▢そしてニコッ△

鵜海喨

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第一章-春節「駆け出す蛇の一噛に」

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 背中に静かな温かみ。母の手が私を優しく擦る。
 服のこすれる音。

 私は、物心が形成され始められる頃から、自然が大好きだった。淡々と続く森の雰囲気や、河から漏れ出す陽気。動物や植物の協力によって形成される社会。
 当時の私は、母以外の人間をあまり知らなかった。そんな未知な人間社会を母は「森よりも複雑で難しい世界」と分厚い辞書を片手に笑っていた。狐や狸のイザコザよりも複雑な世界があるならば、私はあまり理解できないと反射的に体が強張った事を覚えている。だけど母は「知っていこうね」と頭を撫でてくれた。
 その辞書は面白かった。これは国語辞典とも言うらしい。私に知らない言葉や、知らない固有名詞、人の言い表す感情など、全てを教えてくれた。もし聖書を人を導く書物、と解釈するならば、辞書は間違いなく私の聖書。少し重いけれど大事に持ち歩いていた。

 今夜で、家での勉強は終わってしまう。でも大丈夫。私は、学校である「桜」に明日、向かうのだから。

 最初、学校という言葉に跳ね上がった。知らない事をもっと詳しく知れる素敵な場所だと知っているから。でも、考え直せば母と離れ離れになる事実が怖くて、一時、行きたくないと思っしまった。でも母の励ましもあって改めて行く事が楽しみに変わり今に至る。

「明日は早いからもう寝なさい」
 と、母は私の背中を撫で直す。
 狭い布団で一緒に寝るのもこれで最後。私は、この温もりを焼き付けるように胸に埋もれて、眠りについた。

 翌日。薄明けの空と雀の鳴き声が聞こえる。今日は特別の日。でも、世界はそんな事どうでも良いようで、いつも通りの陽気と、いつも通りの冷ややかさを振りまいている。
 でも私は違う。母に起こされることなく、今日は起きた。これだけで立派だ。胸を張れる。
 縁側と畳があるだけの四畳半。見慣れた風景だけども、しばらく見られなくなる。
 布団を畳む。親しんだ匂い。押入れに入れて襖を閉め、一息つく。
 
 惜しむ心を隠して、私は部屋を後にした。その行き先、居間では御米の炊けた匂いと、味噌の香り。
「おはよう。今日は起きられたね」
 台所に立つ母はそう言った。
 なんだか違和感。少し湿った声だった気がする。

 でも、そんな違和感は一瞬にして消えた。茶碗一杯に盛られた白米と、二切れのたくあん。それにニジマスの塩焼きに味噌汁、到底、普段では見られない豪勢な朝食がその空間を占領している。

 箸が進む。こんな贅沢はしたことがない。口に入れるとホロホロと崩れていくニジマス。淡白ながらしっとりと塩味が広がる。端的に言って美味しい。そんな幸せな時間は、簡単に過ぎていく。
「ごちそうさま」
 と、手を合わせた。そして、台所にお皿を持っていく。「ありがと」と、母は笑って皿洗いを続けた。

 私は広くなったちゃぶ台に荷物を乗せて荷物を確認する。と言っても持っていける物は招待状や財布を除き一つまで。もちろん辞書を持っていく。

 今日の朝は、いつもに増して時間が経つのが早かった。気づけば、玄関で母が、私に手を振っている。
「行ってきます」
 そんな言葉。最後では無いけど、最後のように寂しいと感じてしまう。でも、風は相変わらず草を撫でて、鳥は歌う。いつもの日。始まる日は平凡で、未来に何が起こるかなんてわからない。門出とは、たぶんそういった意味だと思う。
「行ってらっしゃい」
 母が、微笑み潤んだ声で言う。

 私は、手を振って山の坂を降りていく。陽気は変わらない。散歩みたいに、ゆっくり楽しみにしながら門をくぐり抜ける。コトコトコトと、調子の良い足音。木々がら飛び立つ小鳥達。葉音を鳴らし飛び立っていく。
 列車に乗る為の町まで数理あるけれど、今となってはどうでもいい。ただ、見慣れた風景を咀嚼したいだけ。忘れない為に一杯飲み込むんだ。

 揖斐川いびがわ長良川ながらがわ木曽川きそがわから成る三川さんせんを渡るため、船乗りに挨拶する。船に乗り川を見みて、微かに香る潮の匂い。少し前にはぜを釣ったのはいい思い出。大漁では無かったけど、天ぷらは絶品だった。

 揺れる船は揺り籠のように未来へ運ぶ。只管に、未来を願っているよう。一方で津島町は、相変わらずの様子で看板娘の声の響く明るい町だった。名古屋港も含め、多くの港が有る上に東海道の一部で、商人の集まる物品の宝庫と言われている。町長さん曰く、「津島で揃わない物はない」のだそう。半信半疑で少し笑えてしまう。
 そんな事を思っていると、佐屋川さやがわに隣接する大通りの真ん中で、女の子が泣いているのが目に映った。絹であろう立派な小袖に長くふわりとした白い髪。私より少し幼いそのは、あかだ揚げ団子の菓子の袋を片手にシクシク声を漏らしている。
 私は駆け寄ってしゃがみ、「大丈夫?」と頭を撫でた。その娘は、「小雪、道わかんない。迷子になっちゃった」と顔を拭いながら震えた声で応え、鼻をすすった。小袖には、丸いシミが沢山あってしばらくの間泣いていたことがよくわかる。

 自分を名前で呼ぶ娘のようで、名前は小雪というらしい。

 「どこに行こうとしてたの?」

 列車の時刻までまだ多少あるから、この子を案内してからでも間に合うし、いざとなれば、近くの店員に預けても良い。直感的に、目的地は近いと思う。

 「小雪、桜に行く」

 返答は意外だった。
 いわゆる、飛び級生と言われる人だろうか? 改めて見ると、確かに逸脱していると言えばしている白の髪色や、高価の御召物。準貴族のようなむすめが側近を付けずこんな場所のいるとは、ちょっと考え難い。
 首を傾げていた私に、小雪は一通の便りを見せつけた。
「ほら。桜の招待状」

 懐から出てきたそれは、確かに私の持つそれととても似ている。けど色が違った。私のは、薄桃色だけれど小雪ちゃんが持っているものは純白の白だった。お菓子の油で多少汚れているけど白だとはっきり分かる。そんな便りの中央に堂々と「特待生」と書かれ、なんだか通常と異なる事を少し納得した。

「私も桜に行くけど、一緒に行く?」

 と手を差し出す。小雪ちゃんは、そんな手をとって「うん。小雪嬉しい」と泣き止んだ顔で笑った。

 駅は佐屋川を上流へ少し歩いたところにある津島神社の直ぐ側。だけどそこまでの道程は、格子状の道ですごくわかりにくい。

 でも私は大丈夫。なんとなくだけど行きたい場所へ続く糸が見えるから、それを辿るだけ着く。今日も合ってる保証はないけど今までも大丈夫だからきっと大丈夫。なはず。
「それじゃ、いこっか」
「うん」

 手を繋ぎ、道を歩く。妹ができればこんな感じなのかな。なんて思ったりしたら、既に目的散付近まで進んでいた。「好きな食べ物は?」だとかの他愛もない話は、時間を忘れてしまう。手を繋いだ小雪ちゃんも、満足そうに「えへへ。お姉ちゃんみたい」と、にこやかな笑みを浮かべていた。

 そんな道中、何かに気付いた、小雪ちゃんが足を止める。
「小葉ちゃんあれ食べたい」
 そう言って、指さしたのは五平餅の売っている甘味処だった。
「五平餅食べたいの?」
 小雪ちゃんは、頷いて、「久しぶりに食べたい」と言い店に向かって私の手を引く。

 店に向かって歩いていると、食べ歩きの為の受取口に座っていた店のおばあちゃんが「いらっしゃい。五平餅でもいかが?」と尋ねてきた。そんな問いに小雪ちゃんの返答は迷いなく、
「五平餅二本ください」
 と元気よく言う。

「はいよ」
 とおばあちゃんが、店の中に消えていき、焼きかけの五平餅を受取口にある七輪で再度焼き始めた。
「どうせ、桜に向かう学生さんだろう。お代はいらないよ」
 と、焼き途中の五平餅に味噌ダレを塗った。その途端、味噌の焦げる奥ゆかしい香りが周囲に漂い、なんだかお腹が空いてくる。
「はい」
 とおばあちゃんが、私達に五平餅を渡す。早速、齧り付く小雪ちゃんは目を輝かせて「旨味」とつぶやいた。それに続けて私も齧り付く。
 旨味が私をぶん殴ってきた。

「これ美味しいね」と話しながら私達は、再び駅を目指した。

 その先、しばらく歩いていると、目と鼻の先に赤色の土を固めたような大きな建物が鎮座していた。明らかにただなる雰囲気を醸し出している建物はその後ろから水蒸気を出し、汽車があると体現している。
「おぉ。赤煉瓦の建物」
 そう私の手を離し、駆け出していく小雪。私も追ってその後に続いていく。何階建てとも分からない程大きく二人で見上げた。「大きい」と声が漏れる。圧倒的な圧を感じた。
「ちょいちょい。お嬢さん達」

 ふと足元で人の声が聞こえた。しかし辺りを見渡しても、人の姿は無い。

「下です。下に居ます」

 また、声が聞こえた。下?
 私達の足元に、一羽の鳩が立っていた。驚く程に近くにいる鳩が嘴開いたかと思えば、「やっと気づきましたか」と人の声がする。
「鳩が喋ってる。面白い」
 そう驚きながらも小雪ちゃんは、屈んで喋る鳩を撫で始めた。
「鳩って喋るんだ」

 そんな言葉に答えて鳩は「鳩だって喋りますとも。と言いたいところですが、桜の従業員ですから喋れます」と肩のように翼を落とした。

 小雪は「へぇー」と言いながら只管に鳩を撫でる。

「あと、あまり撫でられると、油が取れて羽が濡れるようになってしまうので、そろそろ止めていただいても?」
「あ、ごめんなさい」
 撫で止めた小雪は、変わらず不思議そうに、鳩を見つめ続けている。一方で、鳩は少し困惑した様子でキョロキョロしていた。

「なんか、そうまじまじ見られるとやり辛いですが、所で御二人は、招待状を持っていますでしょうか?」
 そして、翼を広げて「見せてもらっても?」と続ける。

 小雪ちゃんは懐から、招待状を取り出すと、鳩に見せながら歯を輝かせて笑った。
「小雪、特待生」

 言葉通りの豆鉄砲を食らった鳩ような様子をする鳩は少し動きを止めた後、目を見開いて「なんと」と言葉を漏らした。

「これはこれは、小雪様でしたか。では貴女は?」

 と、こちらを覗き込む。
 咄嗟に視線が変わった事に驚きながら、私も懐から招待状を取り出した。

「なるほど」
 
 そう言って、鳩は少し考え込む素振りを見せ、数瞬の時間が流れたかと思えば、「小雪様。客車はこの方と一緒が良いですか?」と小雪に訊いた。

「うむ。小雪、小葉と一緒がいい」
 目を輝かせて言う小雪ちゃんは、迷い無く真っ直ぐに言った。そこまで強く要望されると、こちらも照れてくる。

「分かりました。ではこちらで調整します。出発まで少々時間がありますので、駅構内の喫茶店で使える物品券を渡しておきます。そちらでお過ごしください」
 と、私に羽の形をした紙切れを四枚渡してきた。金属のような、冷ややかな触り心地で、気の所為か少し重い。
「それは、「桜」で使用されている通貨で、物品券と言います。物品券の最大は十円で最小は十銭です。今回渡したのは、一円券ですので、その分のお支払いに使用できます。お釣りは出ませんので丁度にお勘定するのがコツです」

 お釣りが出ない、つまりどういった事だろう。と少し頭を捻る。
 不思議そうな顔をしていたのか鳩は続けて、「「桜」内での経済を良く回すためですね」と説明した。

 それでも理解出来ない私の裾を引っ張った小雪ちゃんは、「小雪教えるの好き。喫茶店で教える」と言って立ち上がった。
 
「おぉ! 流石です小雪様。喫茶店はここから見えます、中央出口に入り右に曲がればございます。案内しましょうか?」
 と右翼を指代わりに指し、嬉しそうに跳ねた。そんな贔屓ファンのようにお役に立てそうな事を喜ぶ鳩に対し、「大丈夫、小雪は分かる」と胸を叩いた。内心、「でも、佐屋で迷ってたじゃん」と思いながら、鳩の調子に合わせ、私も小雪に手を叩く。
「小雪の事バカにしてる?」
 と疑う声を言うも即座に鳩は「滅相もございません。本心でございます」と返した。でも、その言葉だけでは信用できないようで、小雪は目を細めて私の顔を見上げた。私も「うんうん」と何度の頷き、小雪の頭を撫でる。
 小雪は、小馬鹿にされた事よりも撫でられたのが嬉しかったようで、花のように笑った。周りには和やかなな雰囲気すら見える。
「よし、小葉ちゃん。行こ」
 と、私の手を引いて、駅構内に向かう。

「いってらしゃいませ」
 と、鳩は私達の背中にお辞儀をして飛び去っていった。

 駅構内は、見たことのない物ばかり。「照明はロウソクではなく白熱電球と言う物」と小雪が説明するけど、私にはその白熱電球がなんなのか分からなかった。基本的に私は、私の辞書に載っているもの以外知らないのだな。と改めて自覚する。これから学びに行くんだ、桜で。と思うと、知らなかった恥ずかしさより、知る楽しみがどれだけ素晴らしいかがよく分かる。
「着いた」
 そんな声と同時に、私の手を引く小雪が止まった。知らない物ばかりで、周りばかり見ていた私は今更正面を向く。
 良く分からないけど、少なからず日本の文化とは違った店顔が、そこにはあった。硝子で出来たドアも、木の格子が付いた窓も、町では見ることのできない異世界のよう。仄かに苦くも香ばしい懐の深い匂いも香っていくる。
「珈琲の匂い」
 どうやら珈琲という物の匂いらしい。けど、やっぱり私の知識に無いもの。
 この扉に入ることに少し警戒してしまう。なんだか怖い。知らないものがあまりにも多すぎる。ここは私の知っている尾張地区なの? と体が強張る。
 そんな緊張が小雪ちゃんに伝わったのだろう。小雪ちゃんは「しゃがんで」と私に言った。しゃがんだ私の頭を小雪ちゃんが撫で始めた。小さな手が頭を這うのは心地が良い。そしてあったかい。
「小葉ちゃん。怖くないよ。小雪も居るから大丈夫」
 優しい言葉が流れ込んでくる。小雪ちゃんが、撫でる事を気にった事が良くわかった。頭が蕩けるような温かさと安心感。その両方が流れ込んでくる。

 小雪ちゃんは再び私の手を引いて、喫茶店という異世界に私を連れて行った。より一層、香ばしい香りが強くなる。そこには、図鑑でも見たことのない異様な光景。洋風の椅子や机が沢山並んで、硝子製の照明器具がぶら下がっている。そんな硝子や木の美しい調和がそこにはあった。見惚れてしまう程に美しい光景の中、一匹の文鳥が飛んできて私の頭にとまった。
「いらっしゃいませ。お二方でよろしいですか?」
 と左翼を広げてお辞儀した。頭の上でよく見えないけど。
「うむ。二人」
 と、文鳥を見上げてそう答えた。
「わかりました。では、席へ案内しますね。でも、誰も居ないので、好きな席に座ってください」
 店員としてそれでいいのか。と思いながら小雪ちゃんの選んだ席に腰を掛ける。足の生えた丸机に、足の生えた椅子。なんだか足が浮いていて落ち着かない。
「ではご注文は何にしましょう?」
 席についたばかりに、頭の上の文鳥がそう訊いてきた。けど、視界の入る場所にはお品書きらしきものは無い。
「それより先にお品書きを、お願いできますか?」
 と訊くも。
「今日のオススメは、フレンチトーストですが、どうされますか?」
 と、無視された。なんだこの鳥、店員として本当に良いのか? と心配になってくる。
「小雪、それにする。小葉ちゃんは?」
「えっ? あ、じゃあ同じものを」
 それを聞いた文鳥は、頷いて、「わかりました。フレンチトースト二つですね」と裏へ飛んでいった。注文は素直に聞き取った文鳥。やはり私の質問は意図して無視されたのかな? 普通に悲しい。

 そんな事で肩を落としていると、この店にもう一人お客さんが来た。そして、文鳥は私達と同じくそのお客さんの頭に乗っかったようで、「ぼっちですね。お好きな席へどうぞ」と案内している。「ぼっちって何よ。ただ一緒に来る人が居なかっただけよ」と、返す声が聞こえた。本当にあの文鳥、店員として良いの? とこっちが不安になってくる。

 席に座ったのだろう客は「お品書きって無いの?」と私と同じ質問を文鳥にした。でも相変わらず、その質問は無視して、「本日のオススメは、フレンチトーストです」と応える。深い溜息が聞こえた後、「それでいいわ」と諦めの声。「畏まりました」と文鳥がまた裏に飛んでいき、丁度、姿が見えなくなった頃、「何よあの鳥。次ふざけたら焼き鳥にしてやる」と怒り混じりの独り言が聞こえた。

「なんで、小葉ちゃん頷いてるの?」
 そんな言葉で自分が、無意識に頷いていることに気づく。
「ううん。なんでもない。それにしても楽しみだね」
 と、小雪ちゃんに笑いかけた。今、私はスッキリした気分で先程の粗相なんてどうでも良くなっている。あの子、友だちになれそう。そうとすら思った。

「ふーん。で、さっきの白熱電球の話!」
 机を両手でタンと叩き、少し興奮気味な小雪。
「あ、そういえば。で白熱電球ってなに?」

「白熱電球は光ってる原理は基本的にロウソクと変わらない」
「うんうん」
 とは言うものの、アレとロウソクが同じ原理で光っているとは思えないけど。

「同じ、高温発光で光ってる。ロウソクは、蝋に含まれてる炭素粒子が燃焼の熱により熱せられて、それが高温発光してる。白熱電球も、フィラメントっていう物がジュール熱、電気を流すと電気抵抗により伝導体が電量に応じて発熱する事を利用して、高温発光をさせてる。だから根本は同じ。ジュール、日本語では電量、電力に時間を乗算した数。電力は、電圧と電流を乗算した数」
 うーん? 伝導体? 電量? 電圧? 電流? 電力? ジュール熱?

「ごめんね。私にはよく分からないかな。要約してくれると嬉しい」
「小雪、要約する。料理に使う炭って赤く光る。それを電気でやってるのが白熱電球。燃えない物を熱くすると、光る。それだけ」
 なんとなく、わかった気がする。でもわかんない気もする。
 
「大変お待たせいたしました。フレンチトーストです。フレンチと言っても仏国フランスの食べ物ではなく米国アメリカのフレンチさんが開発した物となっております」
 と、小ネタを挟みながら、文鳥を肩に乗せた人形がおぼんを持ってきた。人形が動いてる?
「ふえぇ?!」
 反射的、変な声が出て体が跳ねる。人形の独特のあの冷たい感じのあるまま、動いて仕事している事が普通に怖い。顔に目も鼻のないノッペラボウだし。異様にも程がある。
「おお。赤い術。文鳥さん赤色使えるの?」
 
 小雪がそんなことを訊くも、スタスタと人形と文鳥はまた裏に帰っていった。
「小雪、無視された」
「大丈夫だよ。小雪は悪くない。それにしてもビックリした」
 まだ、驚きの余韻は残っている。でもそれが掻き消させる程に、眼の前の食べ物がら甘い香りが漂ってきた。牛乳や卵の匂いを纏う、キツネ色の焦げ目の付いたパン。その上に、苺の果肉と同じく苺の砂糖煮イチゴジャムが塗られている。当然、渡された食器は、すべて洋風の物で箸なんて無縁。金属製の、ナイフとフォークがお皿の前に座っていた。
 私は食器の使い方なんて知らないけど、眼の前に座っている小雪ちゃんの真似をしてなんとか使い熟す。右手にナイフ。左手にフォーク。フォークで刺し押さえてナイフで切る。切れたら刺さったまま左手のフォークを口元に持ってきて食べる。
 牛乳の柔らかい甘さと、焼けた卵の香ばしさ。反対に、砂糖煮の鋭い甘さや酸味。歯切れの良い果肉。今までに食べたことのない類の、甘味。今までの桜餅等の甘さとは一味違う。甘さが全面に来て、他がソレを際立たせている。素材を甘さが助けるのではなく、甘さを素材が助けているように感じた。
 より簡単に言うなら、絶品。この言葉に限ると思う。

 小雪ちゃんも、にこやかに食べて可愛らしい。そんな顔されると私も嬉しくなって、ニヤけてしまう。
「小葉ちゃん。おいしい」
 そんな、満面な笑みで笑いかけた。
 微笑ましい他ない。と思った時だった。
「えーえー。集音器確認、集音器確認。生徒の皆さんこちら車掌のにわとりでございます。乗車の準備が整いましたので、乗車受付を開始します。以上構内放送でした」
 と構内放送で連絡が入った。

「だってさ、小雪ちゃん、食べ終わったら」
 と言いかけた時、小雪ちゃんのお皿が目に入るけど、既にその場所にモノは無かった。もう完食している。
「うん。行く。けど小葉ちゃん食べ終わっていからでいい。小雪待ってる」
 と、膨れたお腹を擦っている。
「う、うん。わかったありがとう。早めに食べるね」
 そういって食器を再び握り直した。

 私達は、喫茶店から出て、駅の乗車口に向かった。ちょうど私と同じぐらいの年頃の女の子がワラワラと、溢れかえっている。そんな、ごった返しの中央に、鶏が座って名前を呼んていた。
「佐奈さんいますか? 居ませんねー。 次、小雪さんと、小葉さん居ますー? 居るならここまで来てください」
 言われて通り、女の子の壁をかき分けて鶏の、所まで歩いていった。
「小葉さんと、小雪さんでお待ちがなく?」
 と鶏が訊くので、二人で頷く。

「わかりました。では、第九客車の左側一番後方になりますので、向かってください」
 私達は、言われたと通りに手を繋いで、客車に向かった。
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