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久しぶりに訪れたこの惑星は、以前に比べて随分と埃っぽい印象に変わっていた。
かつて生活していたはずの生命体の姿はなく、抜け殻と化した街だけが虚しくそこに残存している。
(たしか、ここの住人は他所の星に移住したんだっけ…)
瓦礫の中を歩く。
人がいなくなった街というのはこんなにも寂れてしまうものなのか。
足元に注意を向けながら、かつての風景をまぶたの裏に思い浮かべた。
初めてこの惑星を訪れたのは、もうどれくらい前のことになるだろう。
当時はここで使われている言語も分からなかったし、土地も風土も母星と違って迷子のような心持ちだった。
なにより困惑したのは、この惑星の住人との『時間と記憶』に関する概念の差異だ。
私達にとっての時間と記憶の関係はちょうどそう、この星の『映画』や『テレビドラマ』に似ている。
過去や未来に関して直接時間を逆行しストーリーへ干渉するということはできないが、早送りや早戻しをして必要なものを選択し、見ることができる。
記憶は薄れるものではなく蓄積されるものだし、未来の事象はどの選択肢を選ぶとどんな未来が訪れるかというある種の未来視が誰にでも備わっている。
ライブラリと呼ばれる意識のネットワークに映像や音声が記録されていて、それを同じ星の住人同士が共有しているようなイメージというと想像しやすいだろうか。
おまけに私達の寿命はこの惑星のそれに比べたら大分長く、時間の流れはひどくゆるやかだ。
その点でいえば、彼らからすると私達の存在は時が止まって見えるのだろう。
彼らの一生を線で表すとするなら、私達にとってそれは点でしかない。
永遠を生きる不老不死。実際はそうではないのだが、そう思われることもしばしばあった。
昔はそれで争いごとに発展した例もあるらしい。
なぜ不老不死なんてものをこの惑星の人々が望んだのかは分からないが、おそらく当時、彼が私をまわりの大人から遠ざけようとしたのはそこに由来していたのだろう。
守られていたのだ。
そのことに気が付いたのは随分と後のことだった。
変化に乏しい母星の環境に慣れきっていた私には、ここの住人はあまりにも刹那的な生き物に見えた。
変化が少ないと過去や未来への執着も希薄になる。
そのせいか私は彼に比べて随分とその点に関して鈍感だったに違いない。
今にして思えば、私は時間というものが有り余っていたせいで大事にしてこなかったのだろう。
その証拠に、彼と出会うまで「自ら過去を思い返して懐かしむ」なんてこと考えたこともなかった。
というより、そもそも懐かしいなんて感情を持ち合わせてはいなかった。
いくら知識としてそういうものがあるとわかってはいても、それは机上の空論であって、体験ではない。
これから先もおそらく真に理解することは出来ないのだろうし、自分には関係のないことだ。
そう思っていた。
彼と出会うまでは。
彼に出会って、私の世界は変わってしまった。
「…間に合わなかった」
この惑星を去るときに、私はこの惑星の未来を見た。
彼自身の未来も。
何度も選択肢を変えて、見ようとした。
だけど、悲しい未来は変えられなかった。
その時、私はできるだけ早くこの地に戻ることを心に誓った。
どんな形でも良い、彼を救いたかった。
しかし、私は遅すぎた。
目の前に広がる光景はあの日見た未来と同じだった。
空っぽの街の中、私はしばらく呆然と立ち尽くしていた。
目的を失ってしまった今、どこに向かえばいいか、何をすればいいのか、わからなくなっていた。
そんな時、ふと過去の記憶が頭をよぎった。
当時は分からなかった彼の言葉が、言語を習得した今、意味を伴って蘇る。
『もし君がまたこの惑星に来ることがあったなら、僕らが初めて会った場所に来てほしい。僕はそこでずっと、君のことを待っている』
私はその言葉に導かれるようにして、フラフラと彼と初めて出会った森へ向かった。
森の中は暗く、湿った重い空気に満ちていた。足を踏み入れた人間を迷わせようと森そのものが意図しているかのように、道は幾重にも分岐し、暗闇へと続いている。
それでも私は過去の記憶をたどりながら前へ前へと進んでいった。
母星と違い、ここでは驚くほど時間の流れが早く、体力を消耗する。
慣れない環境に疲労を滲ませながら歩き続けていると、少し視界の開けた先に以前はなかった古い小屋と、彼との出会いの場所である大きな木が現れた。
私は呼吸を整えて木のそばにそっと歩み寄る。
木肌に触れると以前と何ら変わらないゴツゴツとした感触があった。
私はその時「時間は流れるものだ」という概念に自分が触れたような気がした。
変わり果てた世界の中、すべてがまったく知らないものへ姿を変えてしまうというのは、ひとりぼっちで真っ暗闇に放り出される感覚と似ている。
そういう不安の中、以前のままそびえ立つこの木の存在は大海原に灯された小さな灯台の光のようで、私に安心感を与えてくれた。
だがそれは同時に時間の経過の中で失われてしまったものを浮き彫りにする光でもあり、それらがもう二度と自分の手の届かない遠いところにいってしまったのだということをありありと知らしめてくるものだった。
ゾッとした。
呼吸が浅くなり、鼓動は急に速度をあげた。
私の内部では突如として得体のしれない奇妙なうねりが巻き起こり、あたたかさと冷たさが混ざりあう暴力的な力の波が、私を目掛け、一挙に押し寄せてくるような感覚がした。
私はぎゅうと締め付けられるように苦しくなって、胸のあたりを無意識のうちに強く握りしめていた。
今感じているものは別に物理的な痛みではない。
しかしそうせずにはいられないほど、自分にとっては耐え難い苦痛にほかならなかった。
「会いたい」
自分でも知らないうちにそんな言葉が口をついて出てきた。
当然ながら彼はもうここにはいない。待っているには、長すぎた。
森はゆっくりと時間をかけて夜に侵食されていく。
静かすぎる黒い闇は彼の喪失をさらに色濃く私に見せつけてくるようで、私の心をざわつかせた。
私は逃げ込むように、見慣れない小屋の扉を開けた。
息を整えてゆっくりと小屋の中を見回すと、小屋の中には机とベッドと幾冊かの本があり、そのどれもに埃が積もっていた。
以前は誰かが住んでいたようだが、今はもうその気配はない。
私は机の上に溜まった埃を払い除け、持参していたランタンにそっと火を灯した。
以前この惑星で手に入れたこの古いランタンは、いつも私の心にあたたかな明かりをもたらしてくれた。
しかし今日ほどそのありがたみを感じたことはなかっただろう。
机に置くと木製の板面にゆらゆらと光が揺れ、ぼうっと眺めているうちに、ようやく私の心は少しばかりの落ち着きを取り戻した。
更に気を紛らわせようと机上に積まれた本の背表紙に目をやる。
上から順に目で追うものの、小難しそうなタイトルが連なるばかりで、その内容はまだ今の自分では理解できない。
暗号のような本の山もやがて最後の一冊に差し掛かろうとした時、視界の片隅に古びた白い封筒が映り込んだ。
私はその封筒を手に取り、中を見る。
年月を経て薄汚れてしまったその分厚い封筒の中には、長々と記された手紙が入っていた。
それは、彼から私に宛てた手紙だった。
かつて生活していたはずの生命体の姿はなく、抜け殻と化した街だけが虚しくそこに残存している。
(たしか、ここの住人は他所の星に移住したんだっけ…)
瓦礫の中を歩く。
人がいなくなった街というのはこんなにも寂れてしまうものなのか。
足元に注意を向けながら、かつての風景をまぶたの裏に思い浮かべた。
初めてこの惑星を訪れたのは、もうどれくらい前のことになるだろう。
当時はここで使われている言語も分からなかったし、土地も風土も母星と違って迷子のような心持ちだった。
なにより困惑したのは、この惑星の住人との『時間と記憶』に関する概念の差異だ。
私達にとっての時間と記憶の関係はちょうどそう、この星の『映画』や『テレビドラマ』に似ている。
過去や未来に関して直接時間を逆行しストーリーへ干渉するということはできないが、早送りや早戻しをして必要なものを選択し、見ることができる。
記憶は薄れるものではなく蓄積されるものだし、未来の事象はどの選択肢を選ぶとどんな未来が訪れるかというある種の未来視が誰にでも備わっている。
ライブラリと呼ばれる意識のネットワークに映像や音声が記録されていて、それを同じ星の住人同士が共有しているようなイメージというと想像しやすいだろうか。
おまけに私達の寿命はこの惑星のそれに比べたら大分長く、時間の流れはひどくゆるやかだ。
その点でいえば、彼らからすると私達の存在は時が止まって見えるのだろう。
彼らの一生を線で表すとするなら、私達にとってそれは点でしかない。
永遠を生きる不老不死。実際はそうではないのだが、そう思われることもしばしばあった。
昔はそれで争いごとに発展した例もあるらしい。
なぜ不老不死なんてものをこの惑星の人々が望んだのかは分からないが、おそらく当時、彼が私をまわりの大人から遠ざけようとしたのはそこに由来していたのだろう。
守られていたのだ。
そのことに気が付いたのは随分と後のことだった。
変化に乏しい母星の環境に慣れきっていた私には、ここの住人はあまりにも刹那的な生き物に見えた。
変化が少ないと過去や未来への執着も希薄になる。
そのせいか私は彼に比べて随分とその点に関して鈍感だったに違いない。
今にして思えば、私は時間というものが有り余っていたせいで大事にしてこなかったのだろう。
その証拠に、彼と出会うまで「自ら過去を思い返して懐かしむ」なんてこと考えたこともなかった。
というより、そもそも懐かしいなんて感情を持ち合わせてはいなかった。
いくら知識としてそういうものがあるとわかってはいても、それは机上の空論であって、体験ではない。
これから先もおそらく真に理解することは出来ないのだろうし、自分には関係のないことだ。
そう思っていた。
彼と出会うまでは。
彼に出会って、私の世界は変わってしまった。
「…間に合わなかった」
この惑星を去るときに、私はこの惑星の未来を見た。
彼自身の未来も。
何度も選択肢を変えて、見ようとした。
だけど、悲しい未来は変えられなかった。
その時、私はできるだけ早くこの地に戻ることを心に誓った。
どんな形でも良い、彼を救いたかった。
しかし、私は遅すぎた。
目の前に広がる光景はあの日見た未来と同じだった。
空っぽの街の中、私はしばらく呆然と立ち尽くしていた。
目的を失ってしまった今、どこに向かえばいいか、何をすればいいのか、わからなくなっていた。
そんな時、ふと過去の記憶が頭をよぎった。
当時は分からなかった彼の言葉が、言語を習得した今、意味を伴って蘇る。
『もし君がまたこの惑星に来ることがあったなら、僕らが初めて会った場所に来てほしい。僕はそこでずっと、君のことを待っている』
私はその言葉に導かれるようにして、フラフラと彼と初めて出会った森へ向かった。
森の中は暗く、湿った重い空気に満ちていた。足を踏み入れた人間を迷わせようと森そのものが意図しているかのように、道は幾重にも分岐し、暗闇へと続いている。
それでも私は過去の記憶をたどりながら前へ前へと進んでいった。
母星と違い、ここでは驚くほど時間の流れが早く、体力を消耗する。
慣れない環境に疲労を滲ませながら歩き続けていると、少し視界の開けた先に以前はなかった古い小屋と、彼との出会いの場所である大きな木が現れた。
私は呼吸を整えて木のそばにそっと歩み寄る。
木肌に触れると以前と何ら変わらないゴツゴツとした感触があった。
私はその時「時間は流れるものだ」という概念に自分が触れたような気がした。
変わり果てた世界の中、すべてがまったく知らないものへ姿を変えてしまうというのは、ひとりぼっちで真っ暗闇に放り出される感覚と似ている。
そういう不安の中、以前のままそびえ立つこの木の存在は大海原に灯された小さな灯台の光のようで、私に安心感を与えてくれた。
だがそれは同時に時間の経過の中で失われてしまったものを浮き彫りにする光でもあり、それらがもう二度と自分の手の届かない遠いところにいってしまったのだということをありありと知らしめてくるものだった。
ゾッとした。
呼吸が浅くなり、鼓動は急に速度をあげた。
私の内部では突如として得体のしれない奇妙なうねりが巻き起こり、あたたかさと冷たさが混ざりあう暴力的な力の波が、私を目掛け、一挙に押し寄せてくるような感覚がした。
私はぎゅうと締め付けられるように苦しくなって、胸のあたりを無意識のうちに強く握りしめていた。
今感じているものは別に物理的な痛みではない。
しかしそうせずにはいられないほど、自分にとっては耐え難い苦痛にほかならなかった。
「会いたい」
自分でも知らないうちにそんな言葉が口をついて出てきた。
当然ながら彼はもうここにはいない。待っているには、長すぎた。
森はゆっくりと時間をかけて夜に侵食されていく。
静かすぎる黒い闇は彼の喪失をさらに色濃く私に見せつけてくるようで、私の心をざわつかせた。
私は逃げ込むように、見慣れない小屋の扉を開けた。
息を整えてゆっくりと小屋の中を見回すと、小屋の中には机とベッドと幾冊かの本があり、そのどれもに埃が積もっていた。
以前は誰かが住んでいたようだが、今はもうその気配はない。
私は机の上に溜まった埃を払い除け、持参していたランタンにそっと火を灯した。
以前この惑星で手に入れたこの古いランタンは、いつも私の心にあたたかな明かりをもたらしてくれた。
しかし今日ほどそのありがたみを感じたことはなかっただろう。
机に置くと木製の板面にゆらゆらと光が揺れ、ぼうっと眺めているうちに、ようやく私の心は少しばかりの落ち着きを取り戻した。
更に気を紛らわせようと机上に積まれた本の背表紙に目をやる。
上から順に目で追うものの、小難しそうなタイトルが連なるばかりで、その内容はまだ今の自分では理解できない。
暗号のような本の山もやがて最後の一冊に差し掛かろうとした時、視界の片隅に古びた白い封筒が映り込んだ。
私はその封筒を手に取り、中を見る。
年月を経て薄汚れてしまったその分厚い封筒の中には、長々と記された手紙が入っていた。
それは、彼から私に宛てた手紙だった。
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