幸福の星

有村朔

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『君にこうして手紙を書くのは初めてだから、なんだか少し緊張してしまうね。離れている間、君は元気にしていただろうか。

あの頃、僕たちの間に共通の言語なんてものはなかったから、僕はいまだに君の名前すら知らないのだけど、きっと君の住んでいる惑星は文明の発達も進んでいるようだから、僕がこうして書いた手紙もいつかはきちんと意味を持って君のもとに届くだろう。
他力本願だと思うけど、まあこういうのも悪くない。そんな風に未来に思いを馳せて、僕はこれを書いている。

長くなるけれど、どうか最後まで読んでほしい。
伝えたいことは沢山あるが、まずは君との思い出について語ろうか。

勝手に書き換えたり、曖昧に薄れていったり、何かの拍子に混ざり合ってしまったり、記憶なんてものはそれほどあやふやで頼りない。

だからこそ君に書き残しておこうと思う。もしも僕が記憶違いをしていたり、都合よく勝手に作り変えたりしてしまっている部分があるなら、馬鹿だなと笑いながら間違い探しを楽しんでほしい。

それじゃ、何から話そうか。
やっぱり君との出会いから始めるべきかな。
 
 あれはそう、今から六十年以上も前の話になる。(もっとも、君がこの手紙を読んでいる頃には時間はさらに経過しているだろうけど)
僕はまだ小さな子どもだったが、君と出会ったあの夜のことは大人になった今でもはっきりと憶えている。あんなに星の綺麗な夜は生まれてはじめてだったから。

そもそも僕は何故あの日、あの森にいたかということだけど、それがまあ、なんとも間抜けな話なんだが、迷子になって帰れなくなったんだ。

あの日はちょうど、クラスの嫌な連中に追いかけ回されていた時で、僕はそれから逃れるために森の中に逃げ込んだ。
当時の僕は他の子達に比べて背も低かったし、運動も勉強も何一つろくにできなかったから、そんなことがしょっちゅうあった。

奴らのことはなんとか撒いたけど、無我夢中で走っていたものだから、今度は自分がどこから来たのか、帰り道が分からなくなってしまった。
夜を迎える森の中は、まるでこの世の終わりみたいで、ものすごく心細かったし、怖かった。

時間ばかりが流れていって、出口なんて見えなくて、僕の心はただ震え上がるばかりだった。

そんなとき、森の奥で何か白い光のようなものが見えたんだ。
いつもの僕なら絶対近づいたりはしなかった。
だけどその時は何か見えない力にでも吸い寄せられるように、その光の方へと歩を進めていった。

今振り返ると不思議なんだけど、あの時、一歩一歩地面を踏みしめて歩く度に、僕を占める感情が段々と恐怖から期待へと変化していくのがわかった。
まるで君と出会えることを予期していたみたいに。

そうしてやっと視界の開けた場所に出た時、その先に君がいた。

大きな木の下、たった一人で座りこみ、食い入るように空を見ていた。
僕はあの時、生まれてはじめての恋をした。

落ちてきそうなほどの星空をじっと眺めるその横顔が、その瞳が、くるりと弧を描く長いまつ毛が、今でも目を閉じると鮮明に思い浮かぶほど、僕に強烈な印象を残した。

どれだけ美しいと言われる星空を見ても、今はもうあれほど心が動かされることはなくて。
僕が大人になってしまって、心が錆びついてしまったからというのもあるかもしれないけど、きっと僕はあの夜に一生分の感動を使い果たしてしまったんだろうと思う。

こんな言い方をすると、もしかしたら君はいけないことのように感じてしまうかもしれないが、勘違いはしないでほしい。
それはとても幸せなことで、僕は自分をとても運のいい人間だとも思っているのだから。

話が逸れてしまったね。ともかくこうして僕らは出会い、僕は君に恋をした。
ここまではいいかな?間違ってはいないよね?』
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