幸福の星

有村朔

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彼が恋をしていた?私に?

思ってもいなかった言葉に私はすっかり驚いてしまって、まだ序章でしかないであろうそこまでの手紙を何度も何度も読み返してしまった。

あの時の私はただ、この惑星から自分の母星を見たらどんな風に見えるのだろうと、広大な星の海の中、たったひとつの砂金を探り当てるように、途方も無い思いで空を見上げていただけだった。

何か深い考えがあったわけでも、物思いに耽っていたわけでもない。
彼と出会ったとき、彼がどんな風に私を見ていたかなんて想像もしていなかったが、まさかそんなことを考えていたなんて。

言葉が通じていたのなら、あの時もっと彼を理解できたのだろうか。
私の母星には当時もう他惑星の言語を翻訳できる技術は当たり前のように浸透していたが、私がこの惑星に来たのは留学の一種だったので、あえて私はその装置を持ってこなかった。

今になってそのことをこんなにも後悔するなんて誰が予想できただろう。

ため息をつきながら、私はさらに手紙を読み進める。

『君と初めて対峙した時、君は心の底から驚いた顔をしていたね。
綺麗な瞳をまんまるに見開いて、少し怯えたような様子で、僕のことをじっと観察していた。

僕は敵意はないんだと伝えたかったけど、話しかけても君はビクリと身体を強張らせるばかりで、「ああ、多分言葉は通じないんだな」ってその時すぐに理解した。

僕は君から目をそらさずに、ゆっくりと君に近付いて、逃げられるくらいの余白を残しながら、慎重に両手を差し出した。
そのままじっと動かずにいると、君の方もようやく僕を敵ではないと判断したのか、小さく小首をかしげながらも僕の両手をとってくれた。

君の手は驚くほど冷たくて、だけど同時にあたたかかった。
僕らはそのまま手を握り、見つめ合ったままでいた。
言葉はかわさなかったけど、それだけでも満たされるような思いがしていた。

僕らは手を握りあったまま、地面に寝転がって、一緒に星空を眺めたね。
君が最初にそうしていたように。
君は何かを探していたようだったけど、あの時、探しものは見つかったのかな。

僕はというと、君のことが気になりすぎて、ちっとも星空のことなんて見ていられなかった。
あんまり見つめすぎてしまうとまた怖がらせてしまうかもしれないから、僕はちらちらと君の横顔をのぞき見ながら、この子の名前はなんていうのだろうとか、この子はどんなものが好きなんだろうとか、何を見てきれいだと思い、何を見て嫌な顔をするのだろうとか、そんなことばかり考えていた。

ずっとこのまま一緒にいられたらいいのに、そんなことを願って、流れ星を探したりもした。

しばらくして、森の深い闇の中から、大人達の声が聞こえてきた。
君はバッと身体を起こして、初めて僕を見たときと同じような顔をした。
君が僕の手を放した瞬間に僕は夢から覚めたような気持ちがした。

大人たちは帰ってこない僕を探しに来たようで、僕の名前を大きく叫びながらだんだんと近付いてくるようだった。

僕は君と大人達を会わせたくなかった。
君が何者なのかも僕には分からなかったし、今でもそれはわからないけど、僕と君とのこの時間だけは誰にも汚されたくはなかった。

綺麗で純な記憶のまま、大事に守り抜かなければならない。
そう強く感じていた。
だから僕は君の手を握り、通じないはずの言葉で訊いた。

「ねえ、ぼくら、また会えるかな?」

君は不安そうに僕の目を見て、戸惑っているようだった。
なんだかもう二度と会えないような気がしていた。
それは森の中をさまよっていたときに感じたものとは逆の予感めいたもので、避けられない事実のように思えた。

だから僕は君の手をぎゅっと握り、もう一度だけ言葉をかけた。
今度は問いかけではなく、いつかの君のために残す言葉を伝えるために。

「もし君がまたこの惑星に来ることがあったなら、僕らが初めて会った場所に来てほしい。僕はそこでずっと、君のことを待っている」

君はやはり意味が分からずに首をかしげていた。
大人達の声はもうすぐそこまで近付いていた。

「僕はもう、行かなくちゃ」

僕が手を放した時、君は何かを見ていたように思う。
そして歩き出そうとする僕を引き止めて、なぜか君は泣いたんだ。
いやいやと首を横に振りながら、やけに悲しそうに、泣いたんだ。
僕は君の涙を止めたくて、君にそっとキスをした。

今思えば自分がそんな大胆な行動をとったのはあとにも先にもあの一度きりだったと思う。
それくらい僕にとって君の存在はとても大きなものになっていた。
ほんのわずかな時間しか共有していなかったというのに、その時すでに、一生を共にしたんじゃないかと錯覚してしまうくらい君は僕の中に深く根付いてしまっていたんだ。

僕は君のもとからいくらか離れた場所で、大人達に向かって声を上げた。
君から遠ざけるように、何度も何度も声を上げた。
大人達は僕の声に気がついて、すぐに僕を見つけてくれた。
騒ぎ立てるような声もなかったところをみると、きっと君は大丈夫だったのだろう。

駆けつけた大人達からはこっぴどく叱られてしまったのだけど、僕はあまり気に留めなかった。
君とのことは僕だけの秘密であり、僕と君とのこの秘密がある限り、僕は大丈夫な気がしていた。

翌日になって僕はまた、あの森に行ってみた。
だけどもう君はいなくて、僕達はそれっきり会うことはなかった。

君はきっと自分の住んでいた場所に帰っていったんだろうね。
寂しいけれど、それはとても正しいことなんだと思う。
だから僕は、君とまた会える日を願い、待ち続けることにした。

君が知っているだろう事実はここまでだね。
ここからはその後の僕の人生の話だ』
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