その悪役令嬢が私ですが?

愛野かこ

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王宮の地下牢、というにはあまりに清潔で立派な部屋。
私はそこに、たった一晩だけ収容されていた。

公爵令嬢という身分を剥奪され、国外追放――のはずが、なぜか隣国の修道院へ送られることに決まったらしい。
本来なら絶望して泣き崩れる場面なのだろうけれど。

「おはようございます、カイル様! 今日も銀髪が朝露のように輝いていますわね!」

「……おはようございます。朝からお元気そうで何よりです、エ、エリシア様」

鉄格子の向こう側に立つカイル様の姿を見て、私のテンションは最高潮に達した。
昨夜、あれだけ醜態(告白)を晒したというのに、彼は今日もしっかりと私の護衛任務に就いてくれている。

「様、は不要ですわ。私はもう公爵令嬢ではありませんもの。呼び捨てで構いませんわよ?」

「職務中ですので、そうはいきません。……さあ、馬車が用意されています。参りましょう」

カイル様は一切表情を変えず、淡々と扉を開けた。
その無愛想な横顔がまた、彫刻のように美しくて溜息が出る。

私は彼に促されるまま、窓に格子が嵌められた移送用の馬車に乗り込んだ。
驚いたことに、護衛としてカイル様も同じ馬車の中に座るという。

狭い車内。
向かい合わせに座る推し。
膝が触れそうな距離。

(……これ、前世でいうところの『ご褒美イベント』じゃないかしら!?)

「あの、カイル様。一つ伺ってもよろしいですか?」

「……何でしょうか。命乞いなら無駄ですよ。王子の決定は覆りません」

「いいえ、そんなこと。あなたのその、騎士服の第二ボタン。少し緩んでいませんか? 私が縫い直して差し上げたいのですが」

「は?」

カイル様が自分の胸元に手をやる。
もちろんボタンは完璧に留まっている。

「冗談ですわ。隙のないあなたも素敵だと思っただけです」

「……あなたは、自分がこれからどんな目に遭うか分かっているのですか? 一生、不自由な生活を強いられるのですよ」

カイル様の声には、困惑と、少しばかりの憐れみが混じっていた。
彼はきっと、私がショックで頭がおかしくなったのだと思っているに違いない。

「分かっていますわ。でも、そんなことは些細な問題です」

私は身を乗り出し、彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。

「昨日も言いましたが、私はあなたに恋をしています。没落して自由になった今、ようやく自分の気持ちに正直になれたのです」

「……昨日、お会いしたばかりでしょう。私はただの、名もない騎士です」

「いいえ。あなたは、私が世界で一番欲しかった輝きそのものですわ」

そう、ゲームの画面越しではなく、今こうして目の前で呼吸をしている彼が。
不器用そうに視線を逸らす彼が、愛おしくてたまらない。

カイル様は深く溜息をつき、窓の外を見遣った。

「……やはり、少しお疲れのようですね。国境までは数日かかります。今のうちに眠っておきなさい」

「ええ。では、お言葉に甘えて。……カイル様の夢が見られると嬉しいですわ」

私はわざとらしく微笑んで、目を閉じた。
心臓の音がうるさくて、実際には眠れるはずもないけれど。

視界を遮ると、車輪の音に混じって、彼が小さく「……信じられん」と呟くのが聞こえた。

その声が、ほんの少しだけ震えていたのは気のせいだろうか。
私の没落人生、案外悪くないスタートかもしれない。
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