その悪役令嬢が私ですが?

愛野かこ

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「……信じられません。あんな岩場の苔から、これほど芳醇で滑らかなクリームができるなんて」

修道院の一室。マリアは、出来上がったばかりの小さな陶器の瓶を掲げて感嘆の声を上げた。
中には、真珠のような光沢を放つ白いクリームが詰まっている。

「ふふん、当然ですわ。これぞ私の知識とカイル様への執念が結晶化した至高の一品、『銀鱗の雫』です!」

私は誇らしげに胸を張った。
試作段階でマリアのガサガサだった指先が、今や赤ん坊のようにしっとりしているのが何よりの証拠だ。

「それで、お嬢様。これをどのように売り出すおつもりで?」

「まずは、王都で幅を利かせている商会の伝手を使います。マリア、昔あなたが情報を流していた『ハンス商会』の若旦那、まだ辺境を回っているかしら?」

「ええ、ちょうど来週、隣の村に寄るはずです。ですが、彼はなかなかの守銭奴ですよ」

「望むところですわ。守銭奴ほど、本物の価値を見抜く力があるものですもの」

数日後。私は修道女の服に身を包みながらも、隠しきれないオーラを纏って商人のハンスと対峙した。
彼は最初、没落令嬢の道楽だと思って鼻で笑っていたが、一口クリームを手の甲に塗った瞬間、その目が色を変えた。

「……こ、これは……。お嬢さん、いえ、エリシア様。これだけの品質、王都の最高級品でも太刀打ちできません。一体どこでこれを?」

「それは企業秘密ですわ。ハンスさん、あなたにこの販売権の半分を譲ってもよろしいけれど……条件があります」

私は扇を持つように優雅に指を立て、彼の顔を覗き込んだ。

「条件……? 金貨の配分ですか?」

「いいえ。このクリームを『匿名』で王都の騎士団に寄付してちょうだい。特に、カイル・ヴァン・アシュレイ様という騎士に、重点的に届くように」

「は……? 騎士様に、ですか? 貴婦人に売れば金貨が唸るほど入るというのに」

ハンスは呆れ果てた顔をしたが、私は一歩も引かなかった。

「カイル様は日々、厳しい訓練や任務で肌を酷使されています。あの方の尊いお顔が乾燥で荒れるなんて、国益に関わる大損失ですわ! 売上はそのついでで構いません!」

「……。……分かりました。あなたのその熱意に免じて、その条件、飲みましょう」

こうして、辺境発の謎の高級クリームは、ハンスの手によって王都へと運ばれていった。
それから半月後。

王都の騎士団詰所では、奇妙な現象が起きていた。

「おい、カイル。またお前に『匿名の支援者』から高級そうなクリームが届いてるぞ」

同僚のレオンが、羨ましそうにカイルの机を指差す。
そこには、エリシアが丹精込めて作った『銀鱗の雫』の特注サイズが置かれていた。

「……。……誰だか分かりませんが、断る理由もありません。他の連中にも配っておいてくれ」

「いいのかよ? これ、今王都の貴族の間ですげえ流行ってて、金貨数枚出しても買えない代物らしいぜ」

カイルは無言で瓶を手に取った。
ふたを開けると、どこか懐かしい、けれど身に覚えのない清涼な香りが漂う。

(……この香り。あの馬車の中で、彼女が持っていたハンカチの匂いに似ている気がする……)

カイルは自分の指先に少しだけクリームを塗り込み、その異常なまでの浸透力に目を見開いた。
同時に、その日の朝に届いた「重たすぎる手紙」の一節を思い出す。

『追伸:カイル様の美しい手が荒れていないか、夜も眠れず心配しております。近々、私の愛が形を変えて届くかもしれませんわ』

「…………まさか、な」

カイルは頬を引き攣らせたが、そのクリームを共有棚には置かず、そっと自分の私物入れに仕舞い込んだ。

「……カイル? 今、ニヤけなかったか?」

「……。……気のせいだ。訓練に行くぞ」

カイルは逃げるように立ち上がったが、その心臓は、辺境から届く「愛の重さ」に少しずつ慣らされ始めていた。
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