16 / 30
16
「……信じられません。あんな岩場の苔から、これほど芳醇で滑らかなクリームができるなんて」
修道院の一室。マリアは、出来上がったばかりの小さな陶器の瓶を掲げて感嘆の声を上げた。
中には、真珠のような光沢を放つ白いクリームが詰まっている。
「ふふん、当然ですわ。これぞ私の知識とカイル様への執念が結晶化した至高の一品、『銀鱗の雫』です!」
私は誇らしげに胸を張った。
試作段階でマリアのガサガサだった指先が、今や赤ん坊のようにしっとりしているのが何よりの証拠だ。
「それで、お嬢様。これをどのように売り出すおつもりで?」
「まずは、王都で幅を利かせている商会の伝手を使います。マリア、昔あなたが情報を流していた『ハンス商会』の若旦那、まだ辺境を回っているかしら?」
「ええ、ちょうど来週、隣の村に寄るはずです。ですが、彼はなかなかの守銭奴ですよ」
「望むところですわ。守銭奴ほど、本物の価値を見抜く力があるものですもの」
数日後。私は修道女の服に身を包みながらも、隠しきれないオーラを纏って商人のハンスと対峙した。
彼は最初、没落令嬢の道楽だと思って鼻で笑っていたが、一口クリームを手の甲に塗った瞬間、その目が色を変えた。
「……こ、これは……。お嬢さん、いえ、エリシア様。これだけの品質、王都の最高級品でも太刀打ちできません。一体どこでこれを?」
「それは企業秘密ですわ。ハンスさん、あなたにこの販売権の半分を譲ってもよろしいけれど……条件があります」
私は扇を持つように優雅に指を立て、彼の顔を覗き込んだ。
「条件……? 金貨の配分ですか?」
「いいえ。このクリームを『匿名』で王都の騎士団に寄付してちょうだい。特に、カイル・ヴァン・アシュレイ様という騎士に、重点的に届くように」
「は……? 騎士様に、ですか? 貴婦人に売れば金貨が唸るほど入るというのに」
ハンスは呆れ果てた顔をしたが、私は一歩も引かなかった。
「カイル様は日々、厳しい訓練や任務で肌を酷使されています。あの方の尊いお顔が乾燥で荒れるなんて、国益に関わる大損失ですわ! 売上はそのついでで構いません!」
「……。……分かりました。あなたのその熱意に免じて、その条件、飲みましょう」
こうして、辺境発の謎の高級クリームは、ハンスの手によって王都へと運ばれていった。
それから半月後。
王都の騎士団詰所では、奇妙な現象が起きていた。
「おい、カイル。またお前に『匿名の支援者』から高級そうなクリームが届いてるぞ」
同僚のレオンが、羨ましそうにカイルの机を指差す。
そこには、エリシアが丹精込めて作った『銀鱗の雫』の特注サイズが置かれていた。
「……。……誰だか分かりませんが、断る理由もありません。他の連中にも配っておいてくれ」
「いいのかよ? これ、今王都の貴族の間ですげえ流行ってて、金貨数枚出しても買えない代物らしいぜ」
カイルは無言で瓶を手に取った。
ふたを開けると、どこか懐かしい、けれど身に覚えのない清涼な香りが漂う。
(……この香り。あの馬車の中で、彼女が持っていたハンカチの匂いに似ている気がする……)
カイルは自分の指先に少しだけクリームを塗り込み、その異常なまでの浸透力に目を見開いた。
同時に、その日の朝に届いた「重たすぎる手紙」の一節を思い出す。
『追伸:カイル様の美しい手が荒れていないか、夜も眠れず心配しております。近々、私の愛が形を変えて届くかもしれませんわ』
「…………まさか、な」
カイルは頬を引き攣らせたが、そのクリームを共有棚には置かず、そっと自分の私物入れに仕舞い込んだ。
「……カイル? 今、ニヤけなかったか?」
「……。……気のせいだ。訓練に行くぞ」
カイルは逃げるように立ち上がったが、その心臓は、辺境から届く「愛の重さ」に少しずつ慣らされ始めていた。
修道院の一室。マリアは、出来上がったばかりの小さな陶器の瓶を掲げて感嘆の声を上げた。
中には、真珠のような光沢を放つ白いクリームが詰まっている。
「ふふん、当然ですわ。これぞ私の知識とカイル様への執念が結晶化した至高の一品、『銀鱗の雫』です!」
私は誇らしげに胸を張った。
試作段階でマリアのガサガサだった指先が、今や赤ん坊のようにしっとりしているのが何よりの証拠だ。
「それで、お嬢様。これをどのように売り出すおつもりで?」
「まずは、王都で幅を利かせている商会の伝手を使います。マリア、昔あなたが情報を流していた『ハンス商会』の若旦那、まだ辺境を回っているかしら?」
「ええ、ちょうど来週、隣の村に寄るはずです。ですが、彼はなかなかの守銭奴ですよ」
「望むところですわ。守銭奴ほど、本物の価値を見抜く力があるものですもの」
数日後。私は修道女の服に身を包みながらも、隠しきれないオーラを纏って商人のハンスと対峙した。
彼は最初、没落令嬢の道楽だと思って鼻で笑っていたが、一口クリームを手の甲に塗った瞬間、その目が色を変えた。
「……こ、これは……。お嬢さん、いえ、エリシア様。これだけの品質、王都の最高級品でも太刀打ちできません。一体どこでこれを?」
「それは企業秘密ですわ。ハンスさん、あなたにこの販売権の半分を譲ってもよろしいけれど……条件があります」
私は扇を持つように優雅に指を立て、彼の顔を覗き込んだ。
「条件……? 金貨の配分ですか?」
「いいえ。このクリームを『匿名』で王都の騎士団に寄付してちょうだい。特に、カイル・ヴァン・アシュレイ様という騎士に、重点的に届くように」
「は……? 騎士様に、ですか? 貴婦人に売れば金貨が唸るほど入るというのに」
ハンスは呆れ果てた顔をしたが、私は一歩も引かなかった。
「カイル様は日々、厳しい訓練や任務で肌を酷使されています。あの方の尊いお顔が乾燥で荒れるなんて、国益に関わる大損失ですわ! 売上はそのついでで構いません!」
「……。……分かりました。あなたのその熱意に免じて、その条件、飲みましょう」
こうして、辺境発の謎の高級クリームは、ハンスの手によって王都へと運ばれていった。
それから半月後。
王都の騎士団詰所では、奇妙な現象が起きていた。
「おい、カイル。またお前に『匿名の支援者』から高級そうなクリームが届いてるぞ」
同僚のレオンが、羨ましそうにカイルの机を指差す。
そこには、エリシアが丹精込めて作った『銀鱗の雫』の特注サイズが置かれていた。
「……。……誰だか分かりませんが、断る理由もありません。他の連中にも配っておいてくれ」
「いいのかよ? これ、今王都の貴族の間ですげえ流行ってて、金貨数枚出しても買えない代物らしいぜ」
カイルは無言で瓶を手に取った。
ふたを開けると、どこか懐かしい、けれど身に覚えのない清涼な香りが漂う。
(……この香り。あの馬車の中で、彼女が持っていたハンカチの匂いに似ている気がする……)
カイルは自分の指先に少しだけクリームを塗り込み、その異常なまでの浸透力に目を見開いた。
同時に、その日の朝に届いた「重たすぎる手紙」の一節を思い出す。
『追伸:カイル様の美しい手が荒れていないか、夜も眠れず心配しております。近々、私の愛が形を変えて届くかもしれませんわ』
「…………まさか、な」
カイルは頬を引き攣らせたが、そのクリームを共有棚には置かず、そっと自分の私物入れに仕舞い込んだ。
「……カイル? 今、ニヤけなかったか?」
「……。……気のせいだ。訓練に行くぞ」
カイルは逃げるように立ち上がったが、その心臓は、辺境から届く「愛の重さ」に少しずつ慣らされ始めていた。
あなたにおすすめの小説
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
悪女と呼ばれた王妃
アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。
処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。
まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。
私一人処刑すれば済む話なのに。
それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。
目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。
私はただ、
貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。
貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、
ただ護りたかっただけ…。
だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるい設定です。
❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。
10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定
ロザリーの新婚生活
緑谷めい
恋愛
主人公はアンペール伯爵家長女ロザリー。17歳。
アンペール伯爵家は領地で自然災害が続き、多額の復興費用を必要としていた。ロザリーはその費用を得る為、財力に富むベルクール伯爵家の跡取り息子セストと結婚する。
このお話は、そんな政略結婚をしたロザリーとセストの新婚生活の物語。
最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。
幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係
紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。
顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。
※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)
ついで姫の本気
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
国の間で二組の婚約が結ばれた。
一方は王太子と王女の婚約。
もう一方は王太子の親友の高位貴族と王女と仲の良い下位貴族の娘のもので……。
綺麗な話を書いていた反動でできたお話なので救いなし。
ハッピーな終わり方ではありません(多分)。
※4/7 完結しました。
ざまぁのみの暗い話の予定でしたが、読者様に励まされ闇精神が復活。
救いのあるラストになっております。
短いです。全三話くらいの予定です。
↑3/31 見通しが甘くてすみません。ちょっとだけのびます。
4/6 9話目 わかりにくいと思われる部分に少し文を加えました。