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「シスター・エリシア! 大変です、また王都から注文が届きましたわ!」
「まあ、落ち着いてちょうだい。そんなに慌てては、せっかくの美しい肌にシワが寄ってしまいますわよ?」
修道院の広間は、もはや祈りの場というよりは、活気溢れる工房のようになっていた。
かつては影が薄く、死を待つだけのような場所だったこの修道院も、今や『銀鱗の雫』の総本山。
修道女たちは皆、エリシアの指導によって「美容と経済」の喜びに目覚めていた。
「マリア、在庫の確認は?」
「完璧ですわ、お嬢様。……いえ、今は『代表』と呼ぶべきでしょうか。周辺の村からも人手を借りましたので、生産ラインは安定しています」
マリアが手元の書類をパチンと叩いて微笑む。
かつての質素な食事は影を潜め、今や食卓には新鮮な肉や果物が並んでいる。
すべてはエリシアがもたらした「知識」と「推しへの情熱」が成した業だった。
「ふふ、これでまたカイル様への軍資金……いえ、支援金が貯まりましたわ。カイル様、今頃どうされているかしら。私のクリームで、その尊いお肌を労わってくださっているかしら……」
「……お嬢様。……王都から、荷物が届いております。……差出人は、近衛騎士団のカイル・ヴァン・アシュレイ様です」
その瞬間、修道院中の空気が凍りついた。
エリシアの手から、検品中のクリーム瓶が滑り落ちそうになる。
「……え。……いま、何ておっしゃいましたの?」
「カイル様から、お返事と……何やら贈り物のようです」
「………………ッ!!!」
エリシアは猛烈な勢いでマリアから包みを奪い取った。
震える手で封を解くと、そこには一通の短い手紙と、小さな木箱が入っていた。
『拝啓、エリシア様。
連日の手紙、確かに受け取っております。
……正直に申し上げれば、少々読み進めるのが困難な量ではありますが、あなたの無事は確認できました。
匿名の支援については、あなたの仕業であると確信しております。
騎士団の皆も喜んでいますが、無理はなさらないように。
これは、王都で評判の『落ちない口紅』です。
あなたの明るい声に免じて、一つだけお贈りします。
……あまり、無茶をしないように。
カイル・ヴァン・アシュレイ』
「カ、カイル様が……私のために、プレゼントを……!?」
エリシアはその場に崩れ落ちた。
顔を真っ赤に染め、手紙を胸に抱きしめて、声を殺して身悶えする。
「お嬢様! しっかりしてください!」
「マリア……見て、見てください……! カイル様が、私の唇のことを考えてくださったのよ……! これは実質、プロポーズだわ! 今すぐ婚姻届を……あ、私、今没落中だったわ!」
「落ち着いてください。どう見てもただの『お礼』です」
マリアの冷静な突っ込みも、エリシアの耳には届かない。
彼女は木箱から取り出した紅色の口紅を、宝物のように見つめた。
「ああ……尊い。尊すぎて、つけるなんて恐れ多いわ。……いいえ、つけるわ! カイル様が選んでくださったこの色で、私はさらに美しくなってみせる! そして、いつか再会した瞬間に、彼を気絶させるほどの魅力で圧倒するのよ!」
エリシアの瞳に、新たな野望の炎が宿る。
修道院の生活は、もはや追放者のそれではない。
ここは彼女にとって、次なる戦い――「推しの妻」の座を射止めるための、最高のトレーニングセンター(別荘)へと変貌していた。
「……さて。カイル様からのレスポンスがあった以上、こちらの活動もさらにギアを上げなければなりませんわね。マリア、次の特産品開発に移るわよ!」
「……はあ。……お供いたしますわ、お嬢様」
没落令嬢の快進撃は、辺境の寒風などものともせず、さらに熱を帯びて加速していくのだった。
「まあ、落ち着いてちょうだい。そんなに慌てては、せっかくの美しい肌にシワが寄ってしまいますわよ?」
修道院の広間は、もはや祈りの場というよりは、活気溢れる工房のようになっていた。
かつては影が薄く、死を待つだけのような場所だったこの修道院も、今や『銀鱗の雫』の総本山。
修道女たちは皆、エリシアの指導によって「美容と経済」の喜びに目覚めていた。
「マリア、在庫の確認は?」
「完璧ですわ、お嬢様。……いえ、今は『代表』と呼ぶべきでしょうか。周辺の村からも人手を借りましたので、生産ラインは安定しています」
マリアが手元の書類をパチンと叩いて微笑む。
かつての質素な食事は影を潜め、今や食卓には新鮮な肉や果物が並んでいる。
すべてはエリシアがもたらした「知識」と「推しへの情熱」が成した業だった。
「ふふ、これでまたカイル様への軍資金……いえ、支援金が貯まりましたわ。カイル様、今頃どうされているかしら。私のクリームで、その尊いお肌を労わってくださっているかしら……」
「……お嬢様。……王都から、荷物が届いております。……差出人は、近衛騎士団のカイル・ヴァン・アシュレイ様です」
その瞬間、修道院中の空気が凍りついた。
エリシアの手から、検品中のクリーム瓶が滑り落ちそうになる。
「……え。……いま、何ておっしゃいましたの?」
「カイル様から、お返事と……何やら贈り物のようです」
「………………ッ!!!」
エリシアは猛烈な勢いでマリアから包みを奪い取った。
震える手で封を解くと、そこには一通の短い手紙と、小さな木箱が入っていた。
『拝啓、エリシア様。
連日の手紙、確かに受け取っております。
……正直に申し上げれば、少々読み進めるのが困難な量ではありますが、あなたの無事は確認できました。
匿名の支援については、あなたの仕業であると確信しております。
騎士団の皆も喜んでいますが、無理はなさらないように。
これは、王都で評判の『落ちない口紅』です。
あなたの明るい声に免じて、一つだけお贈りします。
……あまり、無茶をしないように。
カイル・ヴァン・アシュレイ』
「カ、カイル様が……私のために、プレゼントを……!?」
エリシアはその場に崩れ落ちた。
顔を真っ赤に染め、手紙を胸に抱きしめて、声を殺して身悶えする。
「お嬢様! しっかりしてください!」
「マリア……見て、見てください……! カイル様が、私の唇のことを考えてくださったのよ……! これは実質、プロポーズだわ! 今すぐ婚姻届を……あ、私、今没落中だったわ!」
「落ち着いてください。どう見てもただの『お礼』です」
マリアの冷静な突っ込みも、エリシアの耳には届かない。
彼女は木箱から取り出した紅色の口紅を、宝物のように見つめた。
「ああ……尊い。尊すぎて、つけるなんて恐れ多いわ。……いいえ、つけるわ! カイル様が選んでくださったこの色で、私はさらに美しくなってみせる! そして、いつか再会した瞬間に、彼を気絶させるほどの魅力で圧倒するのよ!」
エリシアの瞳に、新たな野望の炎が宿る。
修道院の生活は、もはや追放者のそれではない。
ここは彼女にとって、次なる戦い――「推しの妻」の座を射止めるための、最高のトレーニングセンター(別荘)へと変貌していた。
「……さて。カイル様からのレスポンスがあった以上、こちらの活動もさらにギアを上げなければなりませんわね。マリア、次の特産品開発に移るわよ!」
「……はあ。……お供いたしますわ、お嬢様」
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