その悪役令嬢が私ですが?

愛野かこ

文字の大きさ
17 / 30

17

「シスター・エリシア! 大変です、また王都から注文が届きましたわ!」

「まあ、落ち着いてちょうだい。そんなに慌てては、せっかくの美しい肌にシワが寄ってしまいますわよ?」

修道院の広間は、もはや祈りの場というよりは、活気溢れる工房のようになっていた。
かつては影が薄く、死を待つだけのような場所だったこの修道院も、今や『銀鱗の雫』の総本山。
修道女たちは皆、エリシアの指導によって「美容と経済」の喜びに目覚めていた。

「マリア、在庫の確認は?」

「完璧ですわ、お嬢様。……いえ、今は『代表』と呼ぶべきでしょうか。周辺の村からも人手を借りましたので、生産ラインは安定しています」

マリアが手元の書類をパチンと叩いて微笑む。
かつての質素な食事は影を潜め、今や食卓には新鮮な肉や果物が並んでいる。
すべてはエリシアがもたらした「知識」と「推しへの情熱」が成した業だった。

「ふふ、これでまたカイル様への軍資金……いえ、支援金が貯まりましたわ。カイル様、今頃どうされているかしら。私のクリームで、その尊いお肌を労わってくださっているかしら……」

「……お嬢様。……王都から、荷物が届いております。……差出人は、近衛騎士団のカイル・ヴァン・アシュレイ様です」

その瞬間、修道院中の空気が凍りついた。
エリシアの手から、検品中のクリーム瓶が滑り落ちそうになる。

「……え。……いま、何ておっしゃいましたの?」

「カイル様から、お返事と……何やら贈り物のようです」

「………………ッ!!!」

エリシアは猛烈な勢いでマリアから包みを奪い取った。
震える手で封を解くと、そこには一通の短い手紙と、小さな木箱が入っていた。

『拝啓、エリシア様。
連日の手紙、確かに受け取っております。
……正直に申し上げれば、少々読み進めるのが困難な量ではありますが、あなたの無事は確認できました。
匿名の支援については、あなたの仕業であると確信しております。
騎士団の皆も喜んでいますが、無理はなさらないように。
これは、王都で評判の『落ちない口紅』です。
あなたの明るい声に免じて、一つだけお贈りします。
……あまり、無茶をしないように。
カイル・ヴァン・アシュレイ』

「カ、カイル様が……私のために、プレゼントを……!?」

エリシアはその場に崩れ落ちた。
顔を真っ赤に染め、手紙を胸に抱きしめて、声を殺して身悶えする。

「お嬢様! しっかりしてください!」

「マリア……見て、見てください……! カイル様が、私の唇のことを考えてくださったのよ……! これは実質、プロポーズだわ! 今すぐ婚姻届を……あ、私、今没落中だったわ!」

「落ち着いてください。どう見てもただの『お礼』です」

マリアの冷静な突っ込みも、エリシアの耳には届かない。
彼女は木箱から取り出した紅色の口紅を、宝物のように見つめた。

「ああ……尊い。尊すぎて、つけるなんて恐れ多いわ。……いいえ、つけるわ! カイル様が選んでくださったこの色で、私はさらに美しくなってみせる! そして、いつか再会した瞬間に、彼を気絶させるほどの魅力で圧倒するのよ!」

エリシアの瞳に、新たな野望の炎が宿る。
修道院の生活は、もはや追放者のそれではない。
ここは彼女にとって、次なる戦い――「推しの妻」の座を射止めるための、最高のトレーニングセンター(別荘)へと変貌していた。

「……さて。カイル様からのレスポンスがあった以上、こちらの活動もさらにギアを上げなければなりませんわね。マリア、次の特産品開発に移るわよ!」

「……はあ。……お供いたしますわ、お嬢様」

没落令嬢の快進撃は、辺境の寒風などものともせず、さらに熱を帯びて加速していくのだった。
感想 1

あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

悪女と呼ばれた王妃

アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。 処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。 まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。 私一人処刑すれば済む話なのに。 それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。 目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。 私はただ、 貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。 貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、 ただ護りたかっただけ…。 だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。  ❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

ロザリーの新婚生活

緑谷めい
恋愛
 主人公はアンペール伯爵家長女ロザリー。17歳。   アンペール伯爵家は領地で自然災害が続き、多額の復興費用を必要としていた。ロザリーはその費用を得る為、財力に富むベルクール伯爵家の跡取り息子セストと結婚する。  このお話は、そんな政略結婚をしたロザリーとセストの新婚生活の物語。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

ついで姫の本気

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
国の間で二組の婚約が結ばれた。 一方は王太子と王女の婚約。 もう一方は王太子の親友の高位貴族と王女と仲の良い下位貴族の娘のもので……。 綺麗な話を書いていた反動でできたお話なので救いなし。 ハッピーな終わり方ではありません(多分)。 ※4/7 完結しました。 ざまぁのみの暗い話の予定でしたが、読者様に励まされ闇精神が復活。 救いのあるラストになっております。 短いです。全三話くらいの予定です。 ↑3/31 見通しが甘くてすみません。ちょっとだけのびます。 4/6 9話目 わかりにくいと思われる部分に少し文を加えました。