その悪役令嬢が私ですが?

愛野かこ

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王都、第一王子の執務室。
そこには、かつての凛々しさを失い、眉間に深いシワを刻んだジュリアン王子の姿があった。

「ジュリアン様! 聞いてくださいまし! あのおしろい、ちっとも肌に馴染みませんわ。もっとこう、魔法のようなクリームはないのですか?」

ソファにふんぞり返り、わがままを連ねるのは聖女リアナだ。
彼女が「聖女」として召喚されてから数ヶ月。
奇跡を期待されていた彼女だったが、実際には大した力も見せず、ただ贅沢を貪るばかりだった。

「……リアナ。今、国境付近の魔物被害についての報告を受けている最中だ。少し黙っていてくれ」

「ひどい! 私の美しさは、この国の希望なのでしょう? それを維持するのも公務ではありませんか!」

ジュリアンは、ズキズキと痛むこめかみを押さえた。
かつて、エリシアを「傲慢だ」と切り捨てた自分。
けれど、今目の前にいる聖女の無邪気な残酷さに比べれば、エリシアはどれほど理性的だっただろうか。

「……失礼いたします、ジュリアン殿下。例の『銀鱗の雫』についての調査報告です」

入室してきた側近の言葉に、ジュリアンは顔を上げた。
今、王都の社交界で最も話題になっている奇跡の保湿クリーム。
それを手に入れるために、貴婦人たちは目の色を変えている。

「あ、それですわ! それが欲しいんです! 早く手配してちょうだい!」

リアナが身を乗り出すが、側近の表情は硬い。

「……それが、殿下。このクリームの製造元を辿りましたところ、意外な事実に突き当たりました。この製品、辺境の『静寂の修道院』にて、シスターたちの手で作られているようです」

「修道院? あそこは、確か……」

ジュリアンの脳裏に、数ヶ月前に自分が追放した婚約者の姿が浮かぶ。

「はい。現在、その修道院の経営と技術指導を担っているのは……エリシア・ヴァン・クロムウェル様、その人であるとのことです」

「なっ……!?」

ジュリアンは椅子を蹴るようにして立ち上がった。
あの、贅沢三昧だったはずの公爵令嬢が、泥にまみれて祈るはずの場所で、国を揺るがす商売を始めているというのか。

「さらに、彼女は修道院周辺の貧しい村々を雇用し、独自の経済圏を築き上げているとか。領民たちは彼女を『辺境の女神』と崇めているそうです」

「女神……エリシアがか?」

信じられなかった。
自分の前から消え、絶望の中で枯れていくと思っていた女が、自分がいなくなった場所でより鮮やかに花開いている。

「ふん、どうせ汚い苔か何かで人を騙しているんですわ! ジュリアン様、あんな女、早く捕まえて処罰すべきです!」

リアナの声が、今のジュリアンにはひどく耳障りに響いた。

「……黙れ、リアナ」

「え……?」

「彼女は、私が思っていたような無能な女ではなかったのかもしれない。……いや、私が彼女の真の価値を見誤っていたのか……」

胸の奥に、不快な焦燥感――「後悔」という名の毒が広がっていく。
エリシアが手に入れた富、そして名声。
それを自分の隣に戻せば、今のガタついている王宮の威信も取り戻せるのではないか。

「……馬の用意を。辺境へ向かう」

「殿下!? 公務はどうされるのですか!」

「これは公務だ。……私の『婚約者』を、迎えに行くのだからな」

ジュリアンの瞳には、独善的な光が宿っていた。
彼の中ではまだ、エリシアが自分を愛しているという根拠のない自信が、醜く鎌首をもたげていた。
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