その悪役令嬢が私ですが?

愛野かこ

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王子を置き去りにして、私たちは修道院の奥にある静かな中庭へと逃げ込んだ。
カイル様の大きな手が、私の手を握ったまま離さない。
その熱が、私の指先から全身へと伝わって、脳が溶けてしまいそうだ。

「……カイル様。あ、の……。止まってくださいませ、心臓の準備が追いつきませんわ」

私が息を切らして呼びかけると、カイル様はようやく足を止めた。
振り返った彼の顔は、夕日に照らされているせいか、それとも別の理由か、ひどく赤らんでいる。

「……すみません。少し、強引でしたね」

カイル様は私の手を離そうとした。
けれど、私は逃がさない。今度は私の方が、彼の大きな手をギュッとしがみつくように握りしめる。

「離さないでくださいまし! それより、先ほどのお言葉……『私の妻になる方』だなんて……。あれは、その、王座を追い払うための方便ですの?」

私は潤んだ瞳で彼を見上げた。
ここで「ただの嘘です」なんて言われたら、私は今すぐ絶壁から飛び降りてしまうかもしれない。

カイル様はしばし沈黙し、視線を泳がせた後、観念したように私の目を真っ直ぐに見つめた。

「……半分は方便です。殿下があまりに身勝手な主張をされるので、牽制しなければと」

「……半分、ということは?」

「……残りの半分は……。本心、と言わざるを得ません。あなたが他の男の隣に立つのを想像しただけで、視界が真っ暗になるほど腹が立ったのです」

「……っ!!」

尊い。尊すぎて息ができない。
あの鉄壁の、モブ騎士(と私が勝手に呼んでいた)カイル様が、独占欲を剥き出しにしてくださっている!

「カイル様……! ああ、もう、大好きです! 一生あなたの家畜……いえ、愛妻として尽くさせていただきますわ!」

「家畜はやめてください。……それに、私はただのしがない騎士です。あなたは今は平民でも、この事業を成功させています。本来なら、もっと高貴な相手を……」

「そんなもの、ドブに捨ててきましたわ! 私の世界には、カイル様か、カイル様以外かしか存在しませんのよ!」

私が力説していると、遠くの方でジュリアン王子の叫び声が聞こえてきた。
『不敬だぞ!』『エリシア、戻れ!』と喚いているようだが、もはやその声は羽虫の羽音よりも気にならない。

そこへ、マリアが苦笑いを浮かべながらやってきた。

「お嬢様、お熱いところ失礼します。ジュリアン殿下ですが、村人たちが『出荷の邪魔だ』と肥溜め用の馬車をぶつけそうになったので、激怒して王都へ帰られましたわ」

「あら、それは傑作ですわね。せっかくですから、特製の『銀鱗の雫』一瓶でも送りつけてあげればよろしかったのに。もちろん、代金は十倍の請求書を添えて」

「ふふ、すでにハンス商会を通じて手配済みですわ。……それよりカイル様、殿下は王都へ戻ってさらに根回しをされるでしょう。覚悟はよろしいですか?」

マリアの問いに、カイル様は私の肩を引き寄せ、力強く頷いた。

「ええ。彼女は私が守ります。……たとえ国を敵に回しても」

「……カイル様……っ!」

私の推しが、全銀河で一番格好いい件について。
王子への「ざまぁ」はこれで終わりではないけれど、今はこの幸せな時間を一秒でも長く噛み締めていたい。

「カイル様、今日からこの修道院に泊まっていかれますわよね? お部屋、私の隣……いえ、同室でもよろしくてよ?」

「……。……別の部屋でお願いします」

カイル様の鉄壁はまだ完全には崩れていないけれど、その頬が緩んでいるのを、私は絶対に見逃さなかった。
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