その悪役令嬢が私ですが?

愛野かこ

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「待ちなさい! 私だって、私だって聖女なのよ! 見ていなさい、今に奇跡を見せてやるわ!」

背後でリアナが狂ったように叫んだ。
彼女は震える手で泥まみれの聖印を掲げ、天に向かって祈り始める。

しかし、空から降り注いだのは慈悲の光ではなく、淀んだ魔力の奔流だった。
不完全な祈りが、残留していた瘴気を刺激し、周囲に再びどす黒い霧が立ち込める。

「ひっ、ひぃっ!? な、なんで!? 私はヒロインなのよ、救世主なのよ!」

「……自業自得ですわね。愛のない祈りなど、ただの空虚な叫び。そんなものが奇跡を呼ぶはずがありませんわ」

私は溜息をつきながら、再びカイル様の腕から離れて一歩前に出た。
瘴気が私の足元に絡みつくが、懐に忍ばせた特製クリームの香りがそれを霧散させる。

「カイル様、もう少しだけお力をお貸しいただけますかしら? 仕上げの掃除が必要ですわ」

「……もちろんです。あなたが望むなら、地の果てまでお供しましょう」

カイル様が私の隣に立ち、剣を正眼に構える。
その凛々しい立ち姿。ああ、やっぱり私の推しは世界一の絶景だわ。

「皆様、これを! 王都の広場にある噴水に、この抽出液を注ぎなさい!」

私はハンス商会から追加で届いたばかりの、特大のポーション瓶を騎士たちに投げ渡した。
それは銀鱗苔の成分を極限まで濃縮した、私の執念の結晶。

「これは、単なる薬ではありません。この地の土壌が、そして民の努力が育んだ『生きる意志』そのものですわ!」

私が叫ぶと同時に、カイル様が剣を一閃させた。
その剣先から放たれた衝撃波が、私の投げた瓶を空中で砕く。

飛散する銀色の液体。
それが雨のように降り注ぎ、立ち込めていた瘴気を次々と白銀の光へと変えていく。

「な、なんだ……この光は……! 暖かい……」

騎士たちが、そして街の人々が空を見上げる。
泥にまみれていたリアナも、茫然としてその光に打たれていた。

「……奇跡は、天から降ってくるものではありません。自らの足で歩き、守りたいもののために知恵を絞る。その積み重ねこそが、世界を救うのですわ」

光の雨が止む頃、空には一点の曇りもない青空が広がっていた。
瘴気は完全に浄化され、人々の心に安らぎが戻る。

「……エリシア。……君は、本当に……」

ジュリアン王子が、膝をついたまま私を仰ぎ見た。
その瞳には、かつての蔑みではなく、恐怖にも似た敬畏の念が宿っている。

「殿下。聖女が欲しければ、そこに転がっている泥人形をどうぞ。……私は、私のヒーローと共に、新しい人生を歩ませていただきますわ」

私はカイル様の腕を再び取り、最高の笑顔を見せた。
カイル様は少し照れたように視線を逸らしたが、その手はしっかりと私の腰を抱き寄せていた。

「……行きましょう、エリシア。私たちの、帰るべき場所へ」

「ええ、カイル様! 今夜は美味しいお料理を作って差し上げますわね!」

没落令嬢が起こした「科学的」な奇跡。
それは、魔法よりもずっと深く、この国の歴史に刻まれることになった。
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