Under the Rose ~薔薇の下には秘密の恋~

花波橘果(はななみきっか)

文字の大きさ
49 / 118

【11】-2

しおりを挟む
 その日を境に、清正の帰りが遅くなった。
 引継ぎなどで忙しいらしく、朝も一人で先に出かける。

 汀と公園に行く日が増えて、それだけでどっと疲れきってしまう光は、清正の帰りを待たずに寝落ちする日が続いた。

 月末近くなった頃、「やっと引継ぎ、なんとかなりそう」と清正が言い、とりあえず朝だけは普通に出ていくようになった。三人で一緒に出かける習慣も復活した。

 駅までの道を並んで歩きながら、「おふくろ、春まで向こうにいるって」と清正が言った。

「あったかくなったら、一度戻ってきて荷物を整理するって、昨日、連絡があった」
「ずっとあっちに住むってこと?」
「ああ。新幹線代出すから、汀を連れて遊びに来いとか言ってた」

 本当に決めたのだ。
 思ったより早い決断だった。

 十分ほどで駅に着いた。階段を上り、開店前の花屋のシャッターの前を通り、すでに人が並んでいるパン屋と弁当屋の前を通り過ぎて改札を抜ける。
 なるべく混んでいない後ろの車両に乗るために、長いホームを三人で歩いた。

「光、今度の木曜日、汀を駅まで連れてきてくれるか?」
「木曜日?」
「ああ。汀の誕生日だろ。朱里が会いたいって言うんだ」

 一日付ついたちづけで異動になる清正は、確実に休みが取れるかわからないらしい。

「いいよ。駅に連れてくればいいのか?」
「階段上がってすぐのところに花屋があるだろ。あの前で朱里が待ってる。汀がわかるから」

 汀の小さな手を握りしめて「わかった」と頷いた。

 汀は『かみさわ』と駅名が書かれた白い板を熱心に見ていた。二つ目の文字を指差して「み……」と小さく呟いた。

「え? すごいじゃん」

 光が頭を撫でると、汀は二コリを笑って顔を見あげてきた。続けて「さ」を指差して「き」と言った。

「惜しい。それは『さ』だな。サトちゃんの『さ』な」

 A駅で降りる時「今日のお迎え、俺が行くわ」と清正が言った。
 早く帰れるらしく、表情が明るかった。

 最近の清正は、ずいぶんすっきりした顔をしている。
 もともとどんよりしていたとか、暗かったとかいうわけではないが、何か悪い憑き物が落ちたように、なんというか、爽やかだ。

 仕事の迷いが消えたせいだろうか。

 人混みに消えてゆく、まわりより頭一つ背の高い後ろ姿を見送って、ふと唇に手を当てた。
 トクンと、心臓が小さく鳴る。
 
 さすがに今度のキスは夢ではなかった。けれど、どうして清正がキスをしたのかがかわからなかった。

 恋愛経験がなさすぎて、自分の性癖を判断するのは難しいが、清正がヘテロなのは知っている。
 同性との経験はないと明言していたし、結婚もしていた。
 汀という子どももいる。

 清正はゲイではない。
 なのに、どうして……。

 唇に、まだ感触が残っているような気がする。冗談や悪戯でしたなら絶対に許さないぞと思い、そう思うそばから泣きたくなった。
 
 やはりまだ、考えるのはよそう。
 光は心に蓋をした。

「ひかゆちゃん?」

 汀に手を引かれて、はっとした。

「あ、悪い。行こう」

 保育所のある四階まで上がり、混雑するエレベーターホールに立って汀を見送る。入口に向かって駆けていく小さな背中を確かめ、邪魔にならなるのを避けて、早々に下りのエレベーターに乗り込んだ。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

流れる星は海に還る

藤間留彦
BL
若頭兄×現組長の実子の弟の血の繋がらない兄弟BL。 組長の命で弟・流星をカタギとして育てた兄・一海。組長が倒れ、跡目争いが勃発。実子の存在が知れ、流星がその渦中に巻き込まれることになり──。 <登場人物> 辻倉一海(つじくらかずみ) 37歳。身長188cm。 若い頃は垂れ目で優しい印象を持たれがちだったため、長年サングラスを掛けている。 組内では硬派で厳しいが、弟の流星には甘々のブラコン。 中村流星(なかむらりゅうせい) 23歳。身長177cm。 ストリートロックファッション、両耳ピアス。育ててくれた兄には甘えん坊だが、兄以外の前では──。 表紙イラストは座頭狂様に描いて頂きました✨ ありがとうございます☺️

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~

みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。 成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪ イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

女子にモテる極上のイケメンな幼馴染(男)は、ずっと俺に片思いしてたらしいです。

山法師
BL
 南野奏夜(みなみの そうや)、総合大学の一年生。彼には同じ大学に通う同い年の幼馴染がいる。橘圭介(たちばな けいすけ)というイケメンの権化のような幼馴染は、イケメンの権化ゆえに女子にモテ、いつも彼女がいる……が、なぜか彼女と長続きしない男だった。  彼女ができて、付き合って、数ヶ月しないで彼女と別れて泣く圭介を、奏夜が慰める。そして、モテる幼馴染である圭介なので、彼にはまた彼女ができる。  そんな日々の中で、今日もまた「別れた」と連絡を寄越してきた圭介に会いに行くと、こう言われた。 「そーちゃん、キスさせて」  その日を境に、奏夜と圭介の関係は変化していく。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

【R18+BL】ハデな彼に、躾けられた、地味な僕

hosimure
BL
僕、大祇(たいし)永河(えいが)は自分で自覚するほど、地味で平凡だ。 それは容姿にも性格にも表れていた。 なのに…そんな僕を傍に置いているのは、学校で強いカリスマ性を持つ新真(しんま)紗神(さがみ)。 一年前から強制的に同棲までさせて…彼は僕を躾ける。 僕は彼のことが好きだけど、彼のことを本気で思うのならば別れた方が良いんじゃないだろうか? ★BL&R18です。

処理中です...