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一度上沢の家に戻って荷物を置き、郊外のショッピングモールに出かけた。
手芸専門店に寄って、汀のリュックに使う生地を選ぶ。明るいブルーのキルティングと縁を飾る幾何学柄の綿ブロードを買った。
ラ・ヴィ・アン・ローズを覗くと、キューブと名付けられた照明器具はすでに撤去されていた。堂上の指示だろう。
松井やショップ担当者にどう説明したのかは知らないが、堂上のすることなので心配はしなかった。
メインの売り場には桜をイメージした小物類が置かれていた。
一見華やかだが、どれもありきたりなデザインだ。同じようなものがどこにでもある。
無料だったり安価だったり、金を使わずに手に入るものが、今の世の中には溢れている。いくらでも転がっている。
職人やデザイナーや店舗スタッフの給料。それらを支払った上で利益が出る価格でモノを売るのは、頭で思うほど簡単ではないはずだ。
それだけの対価を払っても欲しいと思うもの、品質やデザインに信用が置けるもの、本当に気に入ったものにしか、人は高い金を払わない。
帰宅するとすぐにスケッチブックを開いた。
店で見た商品が頭にちらつき、あれではダメだという焦りが鉛筆を持つ手を急がせる。
何枚もデザインを描いて、ようやく心を落ち着けた。
安易な方向に逃げるな。
楽をすることを、恐れろ。
本当に掴みたいものを掴むまで、一切の妥協を捨てて己と向き合え……。
小さな汀が、湿った砂を求めて深く穴を掘るように、求めるものに辿り着くまで手を動かし続けるしかないのだ。
気がつくと外は暗くなっていた。慌てて時間を確認すると、それを待っていたように清正が声をかけた。
「飯だぞ」
「清正、いつ帰ってきたの?」
「三十分くらい前」
「全然、気付かなかった。言ってくれればいいのに……」
「呼んだけど、おまえ返事しないし」
「え……」
相変わらずだと言われて「ごめん」と呟いた。
テーブルの上には、人参や筍の色合いが綺麗な煮物とほうれん草の胡麻和え、アジの開きと豆腐とワカメの味噌汁が、正しい配置で並んでいた。
清正は本当になんでもできる男だなと感心する。
出汁の効いた煮物は「料亭かよ」と呟くほど美味だった。
「汀、人参も食べてみな」
光が促すと、汀は清正の顔をちらりと見る。
光には最高の煮物も、汀はあまり好きではないようだ。
清正がほぐしてやったアジの身と、麦と雑穀が混ざったご飯ばかり口に運んでいる。
「残していいから、一つだけ口に入れてみな」
清正が言った。
「残していいのか?」
聞いたのは光だ。
ふだんから、しつけもきっちりしている清正にしては意外だったのだ。
「残さないで食べられれば、そのほうがいいけどな」
清正は、小さいうちはカロリーが高いものを本能的に旨いと感じるらしいと言った。だから、野菜は苦手で当たり前。無理に食べさせて嫌いになるより、味だけ覚えておけばいいと思ってると続ける。
「大人になって身体が要求した時に、あれが食べたいなと思い出せればそれでいい」
味を知らないものは、どんなに頑張っても選択肢に上らない。
ハンバーガーしか口にしないで大きくなれば、年を取って身体に合わなくなっても、ハンバーガーしか思いつかないと言った。
「一つでも口にしておけば、十分意味がある」
「へえ……」
そんなことまで考えて食事を作っているのか。
ちょっとびっくりだ。
手芸専門店に寄って、汀のリュックに使う生地を選ぶ。明るいブルーのキルティングと縁を飾る幾何学柄の綿ブロードを買った。
ラ・ヴィ・アン・ローズを覗くと、キューブと名付けられた照明器具はすでに撤去されていた。堂上の指示だろう。
松井やショップ担当者にどう説明したのかは知らないが、堂上のすることなので心配はしなかった。
メインの売り場には桜をイメージした小物類が置かれていた。
一見華やかだが、どれもありきたりなデザインだ。同じようなものがどこにでもある。
無料だったり安価だったり、金を使わずに手に入るものが、今の世の中には溢れている。いくらでも転がっている。
職人やデザイナーや店舗スタッフの給料。それらを支払った上で利益が出る価格でモノを売るのは、頭で思うほど簡単ではないはずだ。
それだけの対価を払っても欲しいと思うもの、品質やデザインに信用が置けるもの、本当に気に入ったものにしか、人は高い金を払わない。
帰宅するとすぐにスケッチブックを開いた。
店で見た商品が頭にちらつき、あれではダメだという焦りが鉛筆を持つ手を急がせる。
何枚もデザインを描いて、ようやく心を落ち着けた。
安易な方向に逃げるな。
楽をすることを、恐れろ。
本当に掴みたいものを掴むまで、一切の妥協を捨てて己と向き合え……。
小さな汀が、湿った砂を求めて深く穴を掘るように、求めるものに辿り着くまで手を動かし続けるしかないのだ。
気がつくと外は暗くなっていた。慌てて時間を確認すると、それを待っていたように清正が声をかけた。
「飯だぞ」
「清正、いつ帰ってきたの?」
「三十分くらい前」
「全然、気付かなかった。言ってくれればいいのに……」
「呼んだけど、おまえ返事しないし」
「え……」
相変わらずだと言われて「ごめん」と呟いた。
テーブルの上には、人参や筍の色合いが綺麗な煮物とほうれん草の胡麻和え、アジの開きと豆腐とワカメの味噌汁が、正しい配置で並んでいた。
清正は本当になんでもできる男だなと感心する。
出汁の効いた煮物は「料亭かよ」と呟くほど美味だった。
「汀、人参も食べてみな」
光が促すと、汀は清正の顔をちらりと見る。
光には最高の煮物も、汀はあまり好きではないようだ。
清正がほぐしてやったアジの身と、麦と雑穀が混ざったご飯ばかり口に運んでいる。
「残していいから、一つだけ口に入れてみな」
清正が言った。
「残していいのか?」
聞いたのは光だ。
ふだんから、しつけもきっちりしている清正にしては意外だったのだ。
「残さないで食べられれば、そのほうがいいけどな」
清正は、小さいうちはカロリーが高いものを本能的に旨いと感じるらしいと言った。だから、野菜は苦手で当たり前。無理に食べさせて嫌いになるより、味だけ覚えておけばいいと思ってると続ける。
「大人になって身体が要求した時に、あれが食べたいなと思い出せればそれでいい」
味を知らないものは、どんなに頑張っても選択肢に上らない。
ハンバーガーしか口にしないで大きくなれば、年を取って身体に合わなくなっても、ハンバーガーしか思いつかないと言った。
「一つでも口にしておけば、十分意味がある」
「へえ……」
そんなことまで考えて食事を作っているのか。
ちょっとびっくりだ。
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