闇の魔王に溺愛されています。

花波橘果(はななみきっか)

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フラン、文字を習う(1)

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「けっこう広いから、最初はふだん使う食堂と居間と、ステファンの私室の場所だけ覚えればいいからね」
 先に立ってフランを案内しながら、レンナルトは自分は一応城の「家令かれい」を任されていると言った。
「民間の屋敷で言う使用人頭みたいなもんだね」
「何て呼べばいいですか」
「レンナルトでいいよ」
 マットソンの家でも使用人頭のヤーコプは、みんなからヤーコプと呼ばれていた。フランは特に疑問を持つことなく頷いた。
「身分は伯爵で、魔力を持ってる。なかなか強い魔力だよ。目下のところ、城の維持管理に全魔力を消費してるけどね……」
 魔力というのがどんなものかはわからなかったが、暗黒城には人が寄り付かず、ほかに使用人がいないから仕方がないのだとレンナルトが嘆くので、フランは「僕、なんでもやります」と、もう一度真剣な顔で伝えた。
「頼もしいね」
 レンナルトが笑う。
「何をすればいいですか。水汲みやじゃがいもの皮むきなら、ちゃんとできます」
 力もなく、あまり器用ではないフランは、いつも失敗ばかりしている。簡単な仕事しか自信をもって口にできないのが、少し悲しい。
「そういうのは、いいよ。きみはステファンのものだから、ステファンの言うことを聞いてやって。あいつのそばにいてくれれば、それで十分」
「そばに、ですか……?」
「ああ、でも、もし嫌なことをされたら、嫌だと言っていいんだからね」
「え……っ」
 フランは驚いた。
 直接主人に仕えるだけでもおそれ多いのに、主人の言いつけを拒否していいなどとは、とうてい信じられない。
「いいんだよ。あいつ、体力あるし、けっこうしつこいし、なにしろ絶倫だから……」
「ゼツリンって、何ですか?」
「え……」
 レンナルトは詰まり、なぜか少し赤くなって「なんでもない。あとでステファンに聞いて」と言って、そそくさと廊下の先へ行ってしまった。
 フランは慌てて後を追った。
 居間と食堂の場所をしっかり覚え、あとは一通り城の中を見て回って、最後にステファンの私室に向かった。最初の部屋とは別の部屋だ。広い部屋の真ん中に魔術の実験道具らしきものがたくさん置かれ、ステファンが何か作業をしていた。
「案内したよ」
「ご苦労」
「フランの部屋は、この奥でいいんだよね」
「ああ。適当でいい」
 レンナルトが奥の扉を開けて部屋を見せる。見たこともないような立派な部屋だった。
「夫人室だよ。隣がステファンの寝室。そっちの扉はバスルーム。鍵はかかるけど、ステファンには開けられるから意味がない」
「あの、でも、こんな立派なお部屋……」
 フランは戸惑った。だが、ほかに部屋の用意はしていないと言われて何も言えなくなった。
「じゃあ、食事の支度があるから、僕はこれで失礼するよ」
「僕、手伝います」
「やめておけ」
 止めたのはステファンだった。
「あれは、ああ見えてけっこうな魔法の使い手だ。十人やそこらの人間のやることなら、目を閉じていてもできる。おまえがいても邪魔になるだけだ」
 邪魔と言われてフランはしゅんとうなだれた。
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