闇の魔王に溺愛されています。

花波橘果(はななみきっか)

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エミリアの本棚(2)

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『本当に、ただの笛だ。魔力でもあればいいが、生憎、そんな便利な魔法はこの国には存在しない』
 世間で使われているように、ただ合図を送ることしかできない。城の中で聞こえる気まぐれな声はあまり当てにならないから、吹く時は思い切り吹けとフランに言い聞かせた。
『暗黒城までやってくる人間など滅多にいないだろうが、わざわざ来るとしたら、そいつにはそれなりの目的があるということだ。しかも、たいていは悪い目的だ。用心するに越したことはない』
 それにしては、道具がしょぼいとアマンダが揶揄した。
『魔族の末裔ともあろうお方が、もう少しなんとかならないの?』
 ステファンは『魔法というのは、本来なら封じられたはずの過去の力だからな』と言った。この国にだけその力が残っているほうがおかしいのだと。
『それも、ひどく中途半端な形で残っている。限られた一部の血筋にしか受け継がれず、その力の強さも不安定だ』
 何のために残っているのか不思議なくらいだと言った。
 アマンダは『その力を便利に使いこなしているあなたが言っても、なんだか説得力に欠ける』と言って肩をすくめていた。
「どうかしたか」
 ステファンの声にはっとする。なんでもないと首を振って、ステファンが用意してくれた計算問題に取り掛かった。
 石筆を動かしながら、けれど、フランは少しだけ、魔法とか魔力とかの存在について考えてしまう。
 魔法は、本当は封じられていなければいけない力なのだろうか。
 マットソンの屋敷にいた時には魔法など見たことはなかった。だぶん、ベッテやヤーコプ、マットソン、ほかのみんなも見たことはないと思う。
 けれど、ものを知らないフランでも、世の中に魔法と呼ばれる力があることは知っていた。人の言葉の端々や、時々見かける絵物語の絵などから、魔法が使える人間がいることや、それがとても身分の高い人であることや、その数がとても少ないことなどをぼんやり感じ取っていたのだ。
 魔法はこの世に存在するけれど、普通は一生見ることのないもの。王様や神様や精霊などと似たようなもの。そんなふうに思っていた。
 王様と神様や精霊は少し違うことを今は知っているけれど、その頃はまだよくわかっていなくて、とにかくフランには縁のない何か高貴なもののように思っていた。
 ステファンの城に来るまでは……。
 城で暮らすようになってからは、魔法はすっかり日常のものになってしまった。
 けれど、フランはこの頃、魔法とは何だろうとよく考える。魔族の末裔である王と、その血を継ぐ者たちに宿るという力。その力は、ステファンが言うように本当は封じられたはずの、あってはならない力なのだろうか。
 だったら、どうしてその力は残っているのだろう。
(ステファンの、魔力……)
 人が恐れ、時に憎むほどの強い魔力が、どうして残っているのだろう。
 フランがそんなことを考えるようになったのは、レムナからの帰り道で古い噂のことをアマンダから聞いたからだ。ステファンが黒の離宮に送られることになった十八年前に、王宮の奥深くでひそかに囁かれたという恐ろしい噂……。
 アマンダは、レンナルトに聞いていた。
『先代の王の死にステファンが関わってるって噂……、あの噂について、あなたはどの程度知ってるの?』

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