闇の魔王に溺愛されています。

花波橘果(はななみきっか)

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オメガについて(3)

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「手を貸すだって?」
「そうだ。人身売買で得る莫大な利益を賄賂という形で吸い上げる一方で、取り締まりを担う役人と売人との癒着を必要以上に許している」
 カルネウスは長年かけて、上層部にまで至る癒着の全体像を秘密裏に調べてきた。そして、核心に近づくにつれて、敵にも気づかれ始めた。
「おかげで目を付けられて、今や失脚寸前というわけだ」
「それは、ステファンに力を貸せって言いたくなるな」
 動かないつもりか、と問うレンナルトに、ステファンは「今は、まだダメだ」と答えた。
「その一件だけを片付けるためだけに、クリストフェルに会うことはできない」
 豊かなはずのボーデン王国は、目に見えないひずみをいくつも抱えている。都市にも田舎にも貧しい者はたくさんいて、オメガに限らず借金のかたに子どもを手放す者は多い。奉公に出したり、花街で働かせたりすることも珍しくない。
 クリストフェルに会うなら、それらも含めて話し合わなければならないと言う。
「中でも、オメガは特にひどい扱いを受けている。貧しくなくても、子どもがオメガだとわかれば、当たり前のように手放す」
 ヒートのせいでオメガの働き口はほとんどなく、自立することが難しいからだ。
「一方で、花街の人間や特殊な嗜好を持つ一部の貴族や金持ちは、オメガを欲しがる。あんな売人たちが莫大な利益を手にするのを見逃すことは……」
「どうして、オメガは欲しがられるの?」
 フランは何気なく聞いた。
 だが、ステファンは、どこか痛むような目でフランを見つめ返したきり、言葉が見つからないかのように押し黙ってしまった。
 レンナルトが「ヒート中のオメガの渇きが、男たちを興奮させるからだよ」と静かに教えた。少し言いにくそうに、複数人での行為や性的な玩具の使用といった、普段なら忌避される遊び方が、オメガのヒート中には許されるのだと説明する。
「だから、薬を使って、わざとヒートを迎えさせたりするらしい」
 ステファンが「発情促進剤は粗悪なものばかりだ」と呟く。
「身体への負担が大きく、薬を使われたオメガは、十五年ももたずに命を落とす」
 レンナルトは驚いた顔になり、言葉を失くして視線を落とした。
(欲しいわけじゃないんだ……)
 フランはぎゅっと唇を噛んだ。
 城から少し離れたところに、豚を飼う農家があったのを思い出す。そこでは可愛い子豚が何匹も飼われていて、とても大事にされていた。けれど、あの子たちは大きくなったら売られる。市場に連れていかれ、解体される運命なのだ……。
(オメガは、あの子たちと同じなんだ……)
 もしかしたら、子豚のほうが大事にされているかもしれない。そう思ったら、マットソンの屋敷にいた頃のように、心が苦しくなった。
 オメガを売買することも奴隷のように所有することも違法なのに、それを取り締まる人がいない。偉い人が仲間にいるからだとステファンは言う。けれど……。
 それだけではない、とフランは感じていた。全部違法な行為で、それでも摘発されることがないと言った後で、ステファンはこう付け加えていた。
『みんな、そのことを知っていて、誰も何も言わない』
 オメガがどんな目に遭っていても、誰も何も言わないのだ。今のフランには、オメガだからというだけでいじめられていた理由が、なんとなくわかる。
「オメガは……、人間じゃないから、売ったり買ったりしてもいいんだ」
「フラン!」
 ステファンが椅子から立ち上がり、フランのそばまで来た。フランの椅子の横に跪き、目の高さを合わせる。
「フラン、最初に言ったはずだ。今、話していることは、おまえを傷つけるかもしれない。だが、間違っているのは周りのほうだ。おまえは何も恥じなくていい」
「でも……」
 オメガは普通の人より劣るのだ。だから、いつでもいじめていいのだ。
 泣きそうになるのをぐっと堪えていると、「おまえは何も悪くない」と頭を引き寄せられる。
「今まで、よく頑張った」
 いつものように大きな手が髪をくしゃりと撫でる。


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