闇の魔王に溺愛されています。

花波橘果(はななみきっか)

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エリンの球根(1)

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 アマンダはオメガではないとステファンが認めた数日後、レンナルトがなぜフランと自分が仲よくするのを嫌がるのかを知ったアマンダは、「どうして直接聞かないの」と呆れたようにレンナルトに聞いた。レンナルトは「レディに第二性や年齢を聞くことは失礼に当たると、母から教わったんだ」と憮然と呟いていた。
 城の前庭に三人で集まっている時に、ひょんなことからアマンダがその時のことを蒸し返した。「別にいいのにね」と笑って、本当は自分はベータだし、年は二十四歳だと教えてくれた。
「二十四か。エミリアと同じ年だ」
 魔法で煉瓦をひょいひょい飛ばして積み上げながら、レンナルトが懐かしそうに目を細める。エルサラのヘーグマン邸で暮らすたった一人の妹に、もう三年も会っていないのだと言ってため息を吐いた。
 きょうだいの話になり、アマンダは、自分には年の離れた兄が三人いると教えてくれた。一番上の兄は遠いところにいってしまったけれど、あとの二人は結婚して子どももいるのだと話し続ける。
 外壁に沿って、銀色のシャベルで穴を掘っていたフランは、少し羨ましくなった。早くに母親と死に別れたフランには、父親やきょうだいについての記憶がない。マットソンの家の使用人だったという母親のことも、ぼんやりとしか覚えていなかった。
「フラン、こんな感じでどうだ」
 前庭の中央に魔法で煉瓦を積み上げていたレンナルトが、フランを振り返って聞いた。立ち上がってそちらに目を向けたフランは、綺麗な丸い形に整えられた花壇を見て、にこりと頷いた。
 石が敷かれただけのだだっ広い前庭を、馬車が向きを変えられる余裕を残して少し見栄えのいいものにしようと言い出したのはレンナルトだった。レンナルトが言うには、庭に興味がなかったわけではなく、他にやることがありすぎて後回しにしていただけなのだそうだ。
 フランにはまだ中庭の作業が残っているとアマンダが言うと、前庭は自分が責任をもって仕上げると言った。アマンダが馬の世話をしてくれるので余力があるのだと胸を張っていたのに、だんだんと「フランにも、少しは手伝ってもらうかもしれない」などとと言い始め、いつの間にか、アマンダと三人で作業をすることになっていた。
「馬の世話や庭造りに没頭することになるとは、思ってなかったわ」
 フランの隣で球根の入った袋を抱えて、アマンダが苦笑する。
「こんな任務は初めてよ」
 物問いたげに目を向けたフランに、自分は一番上の兄の影響でカルネウスと知り合い、密かに手を貸すようになったのだと告げた。中央で敵の多いカルネウスには、水面下で彼を支える組織がある。カルネウスが命じて作ったわけではなく、彼の世話になった者たちが自然と集まってできた組織だと教えてくれた。
「フランとレンナルトには全部話していいって言われたから」
 フランの掘った穴に球根を一つずつ置きながら、まるで世間話でもするように、穏やかに呟く。
「ラーゲルレーヴ公爵が薬を作ってることを教えてくれたのも、カルネウスを支持する人たちの一人よ」
 ステファンが完全に世を捨てたわけではないことを知って、カルネウスは喜んでいたという。カルネウスの元に集まる人々は、誰もステファンを恐れていないと聞いて、フランは嬉しくなった。
 けれど、アマンダの横顔はどこか沈んでいた。
「やっぱり、説得できなかった……」
 アマンダの役目は、ステファンに会って、カルネウスと手を組むよう説得することだった。さらに、ステファンの近況を探り、どういう考えを持っているかをカルネウスに伝える役目も担っていたらしい。
「ラーゲルレーヴ公爵には、私たちよりも深い考えがあるみたい。一か八かのやり方には賛成できないって言われたわ。自分が悪く言われることには慣れているけれど、正面から王と対立すれば、犠牲になる者も多く出るだろうって」
 最初から、ステファンは協力を拒んではいなかった。けれど、王と敵対する覚悟もあるカルネウスに対して、それではダメだと、最後まで首を縦に振らなかったのだ。
「何を待っているのかしら……」
 独り言のようにアマンダが呟く。「今はダメだ」と言うステファンは何かを待っているような気がするのだと続ける。
「それとも、探しているのかしら」
 フランにはよくわからなかった。
「いずれにしても、ラーゲルレーヴ公爵は、この国のことを考えてくれている。もしかすると私たち以上に考えてくれているかもしれないわ。それがわかったから、希望は捨てないでおくわね」
 日差しを受けて黒く輝く城壁を見上げ、不意にアマンダは笑った。
「そろそろ引き上げ時かな」
 驚いて顔を上げたフランに「もう九月だし」と言って肩をすくめる。
「一ヶ月も滞在する予定じゃなかったのよ」
 困ったようにもう一度笑い、それから少し真面目な顔に戻って、フランの青い目をじっと見つめた。
「フラン、何があっても、公爵のそばから離れちゃダメよ」
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