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14.ご令嬢達に挨拶を
しおりを挟むダンスで火照った身体を夜風で冷ましていると、ジェイクが「喉が渇いたでしょう、こちらをどうぞ」と冷たい飲み物を手渡してくれた。
彼も同じように飲み物を片手に持ち、ティムの隣に立つと「先程の男性は友人ですか?」と聞かれた。
「あ、え……っと」
「ティナと同じ出身地の方で、それに歳も同じくらいでしょう?」
そこまで分かっているなら、逆に知らない顔をする方が変だと思い、ルドルフとは何度か地方のパーティーで会ったことがあると答えた。
「そうですか、それなら彼は、私の知らないティナを知っていると言うことですね」
「そ、そうですね、けれど、彼とは今までお話したことがありませんでした」
「それは何故ですか?」
「見ての通り、彼は優秀な青年ですし、……私など相手にされません」
そう言葉を溢すと「ティナは謙虚ですね」と言い、今まで大勢の令嬢を見て来たが、そんなふうに言う令嬢はいなかったと言う。誰も皆、自分がどれだけ完璧な令嬢かを説明してくれたそうだ。
「ティナのような令嬢は珍しいです」
「そうですか……」
それはそうだろう、彼の元へ集まる令嬢達は本気なのだから、ティムのように最初から偽りの令嬢なら自分を誇示する必要もないが、普通の貴族令嬢ならば、ジェイクのような男は喉から手が出るほどの相手だ。
もし自分が本当に令嬢だったなら、様々なことを執行したと思う。残念ながら、どれだけ努力しても本質である男と言う部分は消せないし、だから、そんな自分をもどかしく感じる。
――いやいや、もどかしくなるなよ……。
おかしな方向へと思考が移動しそうになるのを修正していると、ジェイクはティムの頬に唇がくっ付きそうなほど近付き「珍しいから興味があるわけじゃないんですよ」と囁いてくる。甘い声と美顔で迫られ、ティムの腰が、ふにゃりと落ちかける。
彼の声がティムの全身を撫でまわしているような感覚に陥り、うっとりと身を委ねてしまいそうになるのを寸前で防ぎ、「ジェイク様、ちょっと近いです!」と慌てて離れた。
「貴女に誤解をされたのかと思いまして、心配になりました。これだけは、どうしても言っておきたいのですが、珍しいから貴女に興味があるのではないのです」
「そ、うですか」
彼からの好意を感じて、何故、自分は令嬢じゃないんだ、と己を呪いたくなるほど、胸がきゅうと締め付けられていた。
いやいや、今は令嬢の格好をしているから、心も女だと錯覚を起こし、胸がときめいてしまっているだけ、と自分に言い聞かせ、落ちかけた腰を何とか持ちこたえる。
けど、これ以上ジェイクに迫られたら、確実におかしなことを口走ってしまいそうな自分がいるのも確かで、こうなったら具合が悪くなった作戦を決行し、さっさと会場を出て本来の自分を取り戻すしかないと思う。
ティムは額に手をあてると、ふらりと頭を揺らした。
「ジェイク様、わたし……人に酔ってしまったのかしら、気分が悪いのです」
「それはいけませんね、馬車の用意をしてきましょう」
ジェイクが側を離れて行くのを見届け、ほっと一息付いたのも束の間、遠巻きに見ていた令嬢達が、わらわらと近付いて来る。
きっと『私の方が伯爵様の婚約者に相応しいわ!』的な何かが始まる気がして、そわそわ、わくわくしていると。
「初めまして、私、レガナード伯爵家のミリアン・ペナレスと申します」
「あ、はい、初めまして、私は、ラディーチェ伯爵家のティナ・グラエイドです」
「…………」
挨拶を交わした後、ミリアンと名乗った令嬢は、石像のように微動だにせず固まっている。
固まっている理由を知りたいような、知りたくないような? とミリアンが次の言葉を放つのを待っていると、ガシっとティムの手を取り。
「まあ、何て可愛らしい御方なの! 実は、お兄様から聞いておりましたの……」
「お兄様?」
「ええ、わたしの兄、アッシュ・ペナレスが、ティナ様にお会いしたと自慢なさるので、羨ましくて仕方なかったのです」
「あ……、アッシュ様の……」
コクリと頷くミリアンを見て、言われて見れば確かにアッシュに似ていた。ローズ色の髪は彼女の方が鮮やかで、瞳の色は少し薄めだが、華やかな顔立ちをしている。都会の令嬢の洗練された仕草に、ほぅ……、と感心していると。
「ヴェルシュタム伯爵家のジェイク様が、ご婚約をなさったと聞き、どのような方なのか、気にしておりましたが、ティナ様のように可愛らしいご令嬢なら皆も納得ですわ」
キラキラと瞳を輝かせたミリアンに納得したと言われ、ティムは複雑な心境になりながら「そんな事ございません」と謙虚に返事をしていると、何人かの令嬢がミリアンの背後に立った。
その中の一人が「私は納得出来ません」と言葉を発したのを聞き、うんうん、とティムは頷いた。
今まで遠目に、令嬢達の戦いを見かけたことはあるが、実際に自分が体験できる貴重な瞬間だ。次に何を言われるのかと、わくわくしながら待っていると「まあ、シェリ嬢!」とミリアンが割って入った。
「ジェイク様がお選びになった婚約者様に失礼でしょう、大体、先にご挨拶をなさるのが礼儀です」
「わ、私は、ジェイク様をずっとお慕いしていたのです。それを……、聞いたこともない田舎の令嬢が、いきなり現れて婚約だなんて納得出来るわけがありません!」
口を尖らせるシェリと呼ばれた令嬢をティムは見つめ、分かるわ、その調子よ、頑張って、と心の中で両手を叩きパチパチと声援を送る。
しかし、こちらのご令嬢も、なかなか美しく華やかな美貌を持っている。それと押しの強そうな雰囲気が幼馴染のエリスに似ていて、何故か微笑ましく感じた。
――そう言えば、エリス元気かな……。
いつも、エリスに学友の噂話を聞かされ、毎回、髪型のチェックをされたり、匂いを嗅がれたり、それから、知りたくもない流行の香油を教えてくれた。
何目線で見られているのか謎でしか無かったな――。と学校に行ってた頃のことを思い出し、懐かしがっていると、ジェイクが真っすぐこちらへ向かってくるのが見える。
「ティナ、お待たせして申し訳ありません」
「あ、いえ」
「ご令嬢達とお話中でしたか?」
「はい、ご挨拶をしておりました」
それを聞き、ジェイクはツっと目を眇めると、令嬢達に向かって「私の婚約者と仲良くしてくれて、ありがとう」と微笑む。その途端「きゃっ……」と小さな悲鳴が聞こえ、先程、啖呵を切っていたシェリと呼ばれていた令嬢が、ふらっと倒れそうになっているのが視界に入る。
微笑んだだけで、令嬢が気を失いかけるなんて凄いな、と自分も同じ状態を何度か経験しているくせに、まるで他人事のように感心していると「お久しぶりです。ジェイク様」と軽やかにミリアンがジェイクに挨拶をした。
「誰かと思えば、ミリアンだったのですね。ティナの相手をしてくれてありがとう」
「いいえ、とんでも御座いませんわ、こんな可愛らしい方を残して、離れるなんてジェイク様は随分と自信があるのですね」
くすりとミリアンが微笑み、ジェイクへ嫌味を言う。
「本当に、あなた方は似た者兄妹ですね。アッシュとミリアンくらいですよ。私を揶揄うなんて……」
ジェイクは整った眉を歪めながら、ミリアンと周りにいる令嬢へ順番に視線を動かし、ティムの手を取ると「それでは、私共はこれにて失礼させて頂きます」と言い残し、二人で会場を後にした。
意外と強引なエスコートに驚いたが、ふと彼の奇病を思い出した。
――そっか、あんなに沢山の令嬢に囲まれたら蕁麻疹が出ちゃうよな……。
病気のことを思い出し、ジェイクを見れば何だか具合が悪そうに見えた。
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