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15.帰り路
しおりを挟む帰りの馬車の中でも、言葉を発しないジェイクを見つめる。
先程の令嬢とのやり取りで蕁麻疹でも出たのかな? と心配になり、ティムの方から声をかけた。
「あの、大丈夫でしょうか?」
「何がでしょう?」
「女性に囲まれたので蕁麻疹が出てしまったのでは?」
「ああ、湿疹は出てないのですが、あれだけ女性がいると流石に恐怖を感じますね」
恐怖を感じると聞いて、申し訳ない気分になった。
本当なら自分が令嬢達に、ジェイク様に近寄らないで! と牽制しなくてはいけなかったのに、すっかり病気のことを忘れていたことを反省した。
「私より、ティナの方こそ気分はどうですか?」
「あ、そういえばすっかり良くなったようです」
すみません、仮病という姑息な手を使いました……、と心の中で深々と謝罪した。
取りあえずは、無事に夜会を乗り切ったし、あとの事はジェイクが何とかするだろうと、ほっと一息つきながらティムは「そういえば――」と疑問の言葉を零した。
「今日、アッシュ様の姿が見えませんでしたね」
「ああ、彼なら国王陛下の弟に掴まってましたよ、年貢の納め時が来たというわけです」
「そうなんですね」
「悪い人間ではないのですよ。どうしようもなく女性にだらしないだけで」
友人としてはいいが、女性が関わることに関しては悪人だと言いたいのが、ジェイクの顔面にありありと現れていた。
確かにアッシュのような男は友達としては楽しい相手だ。気さくで裏表のない性格なのは話をしていてもよく分かるし、自分も友人付き合いをするならアッシュのような男がいい。
ジェイクはどちらかと言うと、友人と言うよりは本気の相手……。
――は、本気ってなに?
一瞬、ジェイクの結婚式の正装姿を想像してしまい、それを慌てて脳内から消し去る。
けど、これでもう令嬢として彼の前に立つ事は無いのだと思うと、急に手の届かない人になってしまった気がして、ついティムの口が滑る。
「ジェイク様、もし……、私に似た誰かが居たらどうしますか?」
「それはどう言う意味ですか?」
「つまりですね、えーと、例えば、私にそっくりな男とか……」
言ったそばから後悔が押し寄せるが、ジェイクはくすっと笑いながら、ティムには聞き取れない言葉を呟いたあと――、
「貴女に似た男ですか、それは、それで可愛らしいのでしょうね」
「そ、そうでしょうか」
悩殺されそうな笑みを浮かべるジェイクを見て、そのまま肖像画に残したいと思う。
もし、肖像画を描かせることが出来れば、彼に憧れているシェリ嬢が、高値で買ってくれるに違いない。結構な値段で買い取ってくれそうだな、とティムの口元がニィーと横へと緩み、顔面が崩壊しかけたが、それを必死で堪える。
「それにしても今日で貴女とお別れと言うのが寂しいですね」
言いながら顔を傾けるジェイクが、婚約破棄に関しては、責任を持って処理すると言う。それを聞き、ティムの平らな胸がチクンと痛む。
「あの、ジェイク様は、これで二度と婚約をしたりはしないのでしょうか?」
「ええ、そうだと思います。貴女が最初で最後の婚約者ですね」
そんな風に言われると、ちょっと嬉しいと思ってしまう自分に対して、もう突っ込む気も起きなかった。
だって実際ジェイクは格好いいし、品行方正で誰もが憧れる男だし、別に同じ男として憧れたっていいじゃないか? その過程で胸がきゅんすることだってあるはず! とティムは、うんうんと肯定しながら一人で納得していると――、
「ティナが望んでくれるなら、このまま婚姻をしてもいいのですが?」
「えーと、それは……」
ティムが返答に困っていると、ジェイクは口端を少し上げ軽く溜息を吐いた。
「仮初でいいと言ったのは私の方でしたから、途惑うのも当然ですね」
好意を込めた目で見られ、思わず視線が泳ぐが、途惑いは当然だと言ったジェイクの顔は、残念な様子もなく清々しさが感じ取れた。
彼はその後、婚約の話も、婚姻の話もすることはなく、差し障りのない会話を続けた。
見慣れた景色が馬車の小窓に流れると、正面に別邸が見えてくる。ついでに執事のイゼルが門前で待っているのが視界に入って来た。
きっと、彼が一番心配していたに違いないとイゼルの心情を察していると、馬車が別邸前で停まる。
ジェイクが先に降りてティムに最後のエスコートをしてくれたが、彼の手が離れた瞬間――、「またお会いしましょう」と小声で言う。社交辞令だと分かっている言葉に、ティムも「はい、また、お会いできる日を楽しみにしております」と返事をし、イゼルへと視線を移動した。
「ティナ様、お帰りなさいませ、無事に役目を果たされたようで、何よりです」
イゼルはそっと耳元で「よく頑張りましたね」と褒めてくれて、ティムは素直にコクっと頷いた。
毎日、毎日、ウエストを締め上げられ、慣れない靴でダンスをして、自分でも凄く頑張ったと思うし、珍しくイゼルが優しい言葉をかけてくれたので、思わず涙が出そうになる。
イゼルは最後の仕事と言わんばかりに、屋敷の扉を開くと、「それでは、おやすみなさいませ」と深く一礼をし、別邸を出て行った。
その途端、終わった達成感が込み上げてくる、潤む目をゴシゴシ擦りながら、エントランスの階段へ向かえば、母が待っていてくれた。
「ティナ……、お帰りなさい」
「母上……」
「立派な令嬢になって……、本当によかったわ」
涙ぐみながら、母上が聖母のように笑みを向ける。
色々と言いたいことはあるけれど、今はジェイクの婚約者という役目を、無事に成し遂げたことを、二人で祝うことにした。
「俺、もうヘトヘトだよ……」
「まあ、この子ったら……、気を抜き過ぎよ」
「今日は、本当に大変だったんだよ」
ほっとしてるのは本心だったが、少し寂しい気持ちもあった。
従僕として働くようになったら、ジェイクは雇い主になるし、会えるには会えるが、今までとは違う立場で会うことになる。
それに時が経てば、ジェイクはティナと言う令嬢がいたことも忘れてしまうのだと思うと、誰にも見向きにされない雑草になった気分だった。
「あ……、そうだ」
「どうしたの?」
今日の夜会での出来事を思い出したティムは、母にリントネン伯爵家のルドルフ・スタレッダの話をした。
「まあ、リントネン伯爵家のご令息に? 見初められたの?」
「……母上、見初められたって……、ルドルフは俺のこと知ってるし、伯爵名を名乗ったから、すぐにバレたよ」
「あら、でも、よほどティムと仲がいい子なのね」
「どうして?」
「普通、ぱっと見ただけじゃ、貴方だって気が付かないと思うわ」
確かに、化粧をすると目元が強調されていつもより、大きく見えるし、唇も母の奥の手により、ぽってりと可愛らしく仕上がっている。
毎日、見ている母なら見破れるだろうけど、殆ど話したことが無いルドルフなら、伯爵名を聞いて、ああ、妹がいたのかと思いそうなのに、直ぐに自分に気が付いたのは、勘のような物だったのかも知れないなと思う。
――しまったな、今まで表舞台に出たことの無い、隠された妹です……、とかなんとか言って乗り切れたかもなぁ……。
まあ、どちらにしても、令嬢のふりをしていたティムのことは黙っていてくれるようだし、それほど気にすることでも無いかなと思う。
「あー、ホント疲れたぁー……」
「お疲れ様、さあ、今日はもう寝なさい」
「うん」
取りあえず今夜は、全身の疲労と疲れ切った神経を労わってあげたい、与えられた自分の部屋へ戻り、本来の姿に戻るとティムは深い眠りに付いた――――。
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