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31.父を探して
しおりを挟む次の日、仕事を片付けて屋敷に戻って来たジェイクと一緒に遊戯街へと足を運んだ。
王都の中でも端の方に位置する遊戯街は華やかな場所で、洒落た店が立ち並んでいる、その中でも賭博場の付近は卓抜していた。
「ティム……」と彼が歩みを止め、顎で指し示した方向を見れば、道化の恰好をした父親が客寄せをしていた。
――え、ヤダ、似合う! じゃなくって、父上、何してるんだ!
だぶっとした下服にピチピチの上着を羽織り、頭にかぶっている小さめのポーラー帽子は、今にもずり落ちそうだ。
あれが自分の父親とは思いたくは無いが、ティムは現実を受け入れることにした。
ジェイクに「行きましょう」と声をかけられ父親の元へと向うと、こちらに気が付いた父親は顔面を引き攣らせ、あわあわと口を動かしている。
「父上……」
「ティム……」
目を伏せ、こじんまりと両手を前で組む父親の姿が、どうにもこうにも切ない気分にさせる。話を聞けばティムと母親が人攫いに遭ったと聞き、心配で王都に来たが、お金も無く知らない人ばかりで、どうしていいか分からないでいると、親切な男に仕事を紹介してもらったと嬉しそうに言う。
それを聞いて呆れて言葉も出て来なかった。
元々、武力に長けた人で、頭の方は少し幼い部分があるのを差し引いても、かなり駄目人間だと思う。ティムの後ろに立っているジェイクへと父の目線が動いたので、改めて紹介した。
「父上、こちらはヴェルシュタム伯爵家のジェイク様です」
「えっと、懐かしいですね……?」
父は眩しそうにジェイクを見つめている。あれ、こんな美男だったっけ? と思っているに違いないとティムは心情を察した。
「初めてお会いした時は確か……」と父が昔を思い出すように視線を彷徨わせていると、ジェイクが口を開いた。
「ご子息が五歳になった時でした。私は当時十六になったばかりで、地方の環境保護に無関心で生意気な若者でした。当時の御無礼をお許しください」
「あ、いえ、とんでもないです」
どうやら、ブーケディに滞在していた時に、何度か交流があったようだった。
考えて見れば五歳のティムにして見れば、貴族同士の情報交換など分かるわけも無いし、爵位名だって名乗っていたとしても覚えているはずもないが、父とジェイクなら覚えていることも多いのだろう。
どちらにしても、父を救出しなくてはいけないので、雇い主の元へ向かえば、既にアッシュが取り締まりを行っている最中だった。
「一体、これは……?」
「アッシュに違法な労働の取り締まりをお願いしました」
側に来たジェイクに説明を受けたティムは、ツル付きの眼鏡がずれないように、アッシュの方を見た。普段が軽薄だからだろうか、部下に的確に指示を出す姿は、何となく恰好良く見えた。
どうやら、父を雇っていた人物は、正当な給金を支払わず人を働かせていたらしく、他にも被害者がいるとのことだった。
どこまでも騙されやすい父親は、慣れているのか特に落胆するでもなく、「あっ、そうなんだ」と楽観的に受け止めていた。
「父上、俺は情けないです!」
「そうだよねぇ……、あっ、カミラはどうしている?」
「母上のことは心配ないです。何なら最近は生き生きしてます。捨てられる覚悟しておいた方がいいのでは?」
「う……っ」
実際はそんな心配はいらない程、母はこの父親のことが好きなのだが、ちょっとは危機感という物を植え付けたいとティムは思う。
諸々の手続きを済ませた後、母と対面した父は土下座をしたが、何処までも情けない父に目を伏せながら、ティムはジェイクに感謝を述べた。
「旦那様、本当にありがとうございました」
「いいえ、これでようやく貴方も肩の荷が下りたでしょう?」
「はい、正直、もう父親は死んでいると思っていました」
ティムの発言に後ろの父が「えー!」と声を上げるが、それを無視して話を続けた。
「あんな父親のために子爵の爵位まで授けて下さり、本当にありがとうございます」
「いえいえ、さあ、まだ終わりではありません、参りましょう」
「え……?」
まだ何かあるの? とティムの疑問を打ち消すように、家族揃って馬車へと乗せられ、辿り着いた場所は流街から程近い屋敷だった。
屋敷の大きさは別邸とほぼ同じくらいあり、年代物の建物だが風格があって威厳が感じられる。門前にはイゼルが待機しており、「ラディーチェ様、お久しぶりです」と声をかけられ父は、ハッとした顔を見せた。
たぶん、ティムの身売りに関してのことを思い出したのだろう。チラっとこちらを気にして、気まずそうにする父親を見て「父上、過ぎたことですので」と若干、恨みの籠った声で言うと。
「……別にお前を売り物にするつもりはなかったんだ、イゼル執事が困ってるって言うから助けてあげようかなーって思っただけで……」
「分かってますし、怒ってません」
今となっては感謝していることを父に伝え、ジェイクに促されるまま年代物の建物へ足を入れると、入った瞬間、見慣れた家財が玄関フロアに置いてあった。これは目の錯覚? とティムはゴシゴシ目を擦っているとイゼルが口を開いた。
「取り戻した家財品です。ご確認を……、ただ、一部は既に取り戻せない場所へ渡ってしまいました」
言いながらイゼルが母へと目を這わせた。
「もしかして宝石類かしら?」
「左様でございます」
どうやら母が保有していた宝石は、価値の高い年代物が多く、名のある侯爵家へと渡ってしまったようだった。
母はコロコロ笑いながら「私には宝石よりも価値のある物があるからいいわ」と父を見つめた。
一体、どんな薬を飲ませたら、母にそんな科白を言わせることが出来るのかとティムは首を傾げ、母上、目を覚まして! 絶対に宝石の方が価値があるよ! と盛大に心の中でティムは叫んだ。
懐かしい私物に目を向けた後、どうして自分達の家財がここにあるのか疑問に思い、イゼルに尋ねた。
「あの、イゼル執事、どうしてここに家財が置いてあるのでしょう」
「……旦那様が、ラディーチェ様のために、この屋敷を贈呈することにされたそうです」
「えぇ⁉」
あんぐりと口を開けながらティムは振り返り、ジェイクを見つめれば「大丈夫です。ちゃんと働いてもらいますので」と、にっこり微笑む様子は、何処かの執事そっくりだった――。
翌朝、昨日の件で疲れてしまい、ティムは朝寝坊をした。
いくら子爵になったからとはいえ、あの屋敷が手に入るほどの働きをしているわけではないので、親子でヴェルシュタム伯爵家に仕え、精算をする方向になった。
きっと一生働いても返せない気がして、白髪になってもイゼルに怒られる自分の将来を思い浮かべ、げんなりしたが、好きな人と一緒に過ごせることの方が重要だったので、ジェイクの側にいられるのだから仕方ないと諦める。
――あ、早く行かないと!
そろそろ彼が仕事に出かける時間なので、ティムは急いで支度をし、見送りのために玄関ホールへ向かえば、昨日、世話になったアッシュがロビーでジェイクを待っていた。
一瞬どうしようか躊躇ったが、昨日の御礼をちゃんと言えてなかったことを思い出し、彼へと歩みを進めた。
「アッシュさん、おはようございます。昨日はありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして……、君、ティナちゃんの双子のお兄さんなんだって?」
え、誰がそんなことを言ったんだ? と思ったが、これはイゼルに違いないなと思った。
また必要な時は令嬢にさせられるんだろうな、とイゼルの思惑を感じ取り、ぶるっと寒気が走る。こちらの心情など知る由もないアッシュは腕を組み、考え深く口を開くと。
「ふぅん、眼鏡っ子もいいね、君くらい可愛ければ男もいける気がするな、良かったら今度……ッ」
話の途中で、んぐっと喉を詰まらせたアッシュは、顔面がひきつっている。ティムは自分の背後から近付いてくる気配に気が付き、ああ、と納得した。
振り返れば、いつもと変わらぬ見目麗しい姿で現れた男は、ティムに向かって軽やかに口を和らげた。
「ティム、今日はお休みしても良かったのですよ?」
「大丈夫です。ちょっと寝坊してしまいましたが、ちゃんと働いて恩返しします」
それを聞いて、くすりと微笑した彼は、ひょいとティムの後頭部を撫でてくる。
「相変わらず、寝癖がサマになってますね」
「ありがとうございます……」
コホンと咳払いをしたアッシュがニタリと笑みを浮かべて、こちらを見ている。それを見てキリっと顔を引き締めたジェイクは「では仕事に行って来ます」と言い、アッシュの腕を引っ張ると慌てて屋敷を出て行った。
二人を見送り、くるりと振り返れば、仁王立ちしたイゼルが待ち構えていた。
「さて、貴方には言いたいことが山のようにあります」
「はい……」
「いいですか! だいたい――」
この後、永遠と続くイゼルのお説教を聞きながら、令嬢より従僕の方が大変だ……、とティムは大きく嘆息したのだった――――。
可憐な従僕と美しき伯爵~END.
※本編はこれで終わりです。その後の二人~「眠れない夜は」R18ストーリーとなっております。
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