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二人の距離
#09
しおりを挟む数日後、ノイスン家から使者が訪ねて来ると、来月行われる温室のガーデンパーティーの招待状を届けに来たと言い、その話がガイルの耳に入った。
皆で朝食を取る際、ガイルは眉をひそめると、どうしてシャールも招待されたのかと聞いて来る。
「公爵、俺から説明を……」
オーディンが緊張した面持ちで、腰を上げるとガイルへと向き直る。
「ダニエルに……、どうしてもシャールへ挨拶をしたいと言われ、それを断り切れませんでした」
珍しくガイルが厳しい顔を見せ、オーディンを問い詰めた。
「……オーディン、本来なら俺は、貴方にこのような口を利く立場ではないのだが、故意にシャールの存在を周りに伝えたわけでは無いことは誓えるだろうか?」
「はい……」
「ノイスン家のガーデンパーティーなら、レオニードを護衛に入れることが出来ない。君にシャールが守れるかな?」
オーディンはちらりとシャールを見ると「守れます」と言った。
ただのパーティーなのに、二人の会話する姿からは緊張が伝わり、どうしてそんなにピリピリしているのか分からず、下唇をぐっと噛むオーディンの表情は、いつもより怖い顔だった。
朝食後、ガイルが王宮へと出向く支度をしている最中、シャールは、おずおずとガイルに近付き話しかけた。
本当はダニエルに挨拶してはいけなかったのかと聞くと。
「出来るだけ危険な人間とは接触させたくないだけだよ」
「あの子は危険なの?」
「ん、あー、危険では無いが、シャールの存在が広まるのは良くない。ノイスン家に集まる人間達は王族に近い者が多いし……、あと性格の悪い奴が多いからな」
ガイルはシャールの頭をわしゃっと撫でると、オーディンと一緒に居れば大丈夫だと言う。
けれど、そもそもパーティーと言う場所で、危険なことがあるのかな? と不思議に思う。
ガイルが良くないと言うなら、パーティーは断るべきかも知れないと思い、シャールは断る方法を教えて欲しいと伝える。
「いや、行っておいで、今更断るのはオーディンの立場が悪くなるからな」
「じゃあ、僕がするべきことはある?」
ガイルは口を緩めると「出された菓子を食べていればいい」と言い、そんな簡単なことでいいの? とシャールが首を傾げれば「特別なことはしなくてもいい」とガイルに微笑まれた。
彼に、そろそろシルヴィアが勉強部屋に来る時間だと教えられ、ふと本のことを思い出した。
「ガイル、彷徨う喪霊の宿る本が読みたい」
「……ロンベルトか」
シャールは静かにコクリと頭を縦に動かした。
彼は少し考えた後、ガイルと一緒の時ならいいと言う、なので、午後から一緒に読むことにした。
本当なら御霊使いの力を使うことなく人生を過ごして欲しい、と元気なく笑みを向けるガイルを見て、役に立てることもあるよ、とシャールが言えば……
「それだけは、やめて欲しい」
「どうして……?」
「御霊使いは死者の代弁者だからな、余計なもめごとに巻き込まれて、若いうちに死を迎えることが多いと聞いてる」
シャールの祖父が森を出ることを許さなかったのは、御霊使いの良心を踏みにじられるのが嫌だったからだよ、と祖父の話を聞かせてくれる。
ガイルが少し困ったような悲しい顔をしているのを見て、シャールの心が軋んだ。
そんな顔をさせたいわけじゃないし、本当に役に立ちたかったから、そう言っただけで、それがガイルには苦痛なら、御霊の力は使わないと告げた。
「けど、あの本は読みたい」
「そうか、そんなにあの本が面白いのか?」
「うん、良いこともたくさん書いてあるから」
それに本に書かれていることはガイルの役に立てる、と言葉を続けたかったけど、それ以上は口を噤んだ。
急にガイルがニィっと口を広げて、シャールの背後へ顎をしゃくるので、その仕草に釣られるように後ろを振り返ると、オーディンが立っていた。
「そろそろ、勉強時間だ」
珍しくオーディンに声をかけられて、シャールはびっくりした。
きょとんとしたまま動けないでいると、ガイルに「ほら行っておいで」と背中を押されて、それに頷いた。
先を歩くオーディンが、ピタリと歩みを止めると。
「公爵様と何の話をしてた?」
「え……っと、本の話をしてた」
「それだけ?」
「うん、それだけ」
何だか変な感じがして、シャールはそわそわしてしまう。
オーディンから話しかけられる時は、決まって命令口調が多かったし、一緒に行動するのは今回が初めてだった。
横を並んで歩くオーディンは、何度か大きく溜息を付くと。
「この間あげたヤツ食べたか?」
「あ、うん。綺麗だから、もったいなくて少ししか食べてない」
「……気に入ったなら、また買ってきてやる」
「え……」
どうして買って来るなんて彼が言うのか分からなくて「どうして?」と聞き返すとオーディンの顔が、ぶわっと赤くなった。
「お、お前は、気軽に外に出れないから……食べたくても買って来れないだろ」
「そっか……」
「別に、いらないなら、そう言えばいい」
「いらなくはないよ? ありがとう」
御礼を言いながらオーディンの顔を覗けば、やっぱり赤い顔をしていた。
どうして赤い顔しているのかを聞けば怒られそうだったので、そのことには触れないまま、図書室の前まで来ると、丁度シルヴィアが扉の鍵を開けている所だった。
シャールとオーディンが一緒に居るのを見て「二人で一緒に来るなんて珍しいですね」と言う。
「そこで一緒になっただけです」
とオーディンは、いつもの表情に戻るとシルヴィアに偶然だと説明をする、本当は違うのに……、と思ったけど、もしかしてオーディンはシャールと仲が良いと周りに知られるのが嫌なのかも知れないと思った。
今までも二人っきりの時なら少しは話をしてくれていたし、誰もいない時なら、話してもいいのかも? と今までのオーディンの態度を考えて結論が出る。
――そっか……、オーディンにも事情があるんだ……
貴族には貴族の規則のような物があるのだと、シャールなりに解釈した。
そんな規則があるなんて、今まで知らなかったし、シャールが気が付かなかっただけで、オーディンは仕方なく、素っ気ない態度だったのかも知れない、と少しだけ気が楽になった。
午前の勉強が終わる頃、シャールに向かってシルヴィアは次回は少し変わった授業を行いますと言う。
「どんな授業ですか?」
「年齢的にも性教育をしなくてはいけないと公爵様より言われております」
「せいきょういく?」
性教育と言う新たな言葉を聞き、反芻して言葉を返せば、シルヴィアは困った顔をした。
オーディンは言葉の意味が分かっているのか、窓の外を見ていて、退屈そうに深い吐息を漏らしている、そんな彼の様子から、これはシャールだけ理解出来てないことなのだと知る。
「シャール様、朝に下着が汚れていることは?」
「……? 僕、お漏らしなんかしません……もう十四歳です」
お漏らしするような赤ちゃんのように思われているの? とシルヴィアを見れば、くすりと笑いを溢し、そうじゃないですよ、と言われて混乱する。
オーディンは、また深い溜息を付き、シルヴィアに「もう部屋に戻ってもいいでしょうか?」と申し出をして、さっさと出て行ってしまった。
シルヴィアは「さて……」と笑みを浮かべ話を続ける。
「次回来る時、分かり易い解書を持ってまいります」
「はい……」
「身体に異変が無いのであれば、説明を聞いても理解出来ないと思いますが、知識があった方が、いざと言う時に混乱しなくて済みますので」
「異変……」
「次回お教え致します」
シャールの年齢なら当たり前のことだから心配しなくてもいいと言われて、少しだけ安心する。
大人に近付く体のために必要な知識だと言うなら、ちゃんと覚えないといけないし、後でガイルにも聞いて見る事にした。
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