恋語り

南方まいこ

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オーディンの願い

#25

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 約束通り、ダニエルはシャールへの土産の品である飴を届けに来てくれた。
 前日に執事やガイルへ、友人の訪問を伝えたが、オーディンが思っていた通り、シャールのことは、そっとしておくようにと釘を刺される。
 大切にしていることは十分に理解していたが、急にその理由が気になった。

――もしかして……公爵の隠し子か?

 一番最初に、頭を過ったのは隠し子と言う疑惑だった。
 けど、それなら、なぜ親戚の子だと言うのだろう? もしガイルの子供なら、公表した方がシャールに財産を残せるだろうし、妙な憶測や噂など立てられることも無いのに……、どこか釈然としない。
 
――まさか……。

 ザーっと全身の血が心臓へと集まり始め、耳鳴りに近い心音がドクドクと頭の中を駆け巡る。
 どうして今まで気が付かなかったのだろう、シャールがガイルへ特別な思いを寄せている可能性だってある。
 ガイルは、女だけではなく男だって憧れるような人物だし、今はシャールとの年齢差を気にして、取りあえず親戚として受け入れているだけで、そのうち、恋人として愛を育む可能性だってある。
 確かに我が国は同性婚は出来ないが、交際自体は自由な国だし、国外から自由を求めてこの国へ逃げて来る者も多い……、そんなことを考えていると、何だか妙に落ち着かなくなる。

「ねー、オーディン、僕、妖精さんに会いたいー」

 ダニエルのふざけた言葉を聞き、我に返った。

「駄目だって言っただろ」

 部屋に招き入れたダニエルは、暢気にそんなことを言うが、ガイルに忠告されている身としては、あまり勝手なことは出来ない。
 通路でバッタリ会うのを期待しろと言えば「そんな偶然って今まで何回あったの?」と聞かれ、五日に一回くらいならあったと答えた。

「じゃあ、会える可能性はゼロに等しいじゃないか……」
「仕方ないだろ……」
「せっかく飴を買って来たのになぁ……、あーあー、友達に酷い仕打ちだよねー」

 ダニエルはぷくっと頬を膨らませる。
 しばらくして執事と使用人が、もてなし用の茶菓子を持ってくると、執事のフランシスに向かって「シャールに挨拶がしたいのだけど」とダニエルは癖毛を揺らし首を傾げる。
 どうすればいいのか。と執事はオーディンの方へ顔を向けるので、仕方なくシャールを連れて来るように伝えた。
 厳重にシャールを隠すことに疑問を抱くダニエルは「はぁ……」と小さく溜息を零すと。

「ねぇ、挨拶もさせてくれないなんて、おかしいよね?」
「……だから連れて来るって……」

 ただ、一言だけオーディンは忠告した。

「公爵が大切にしてる子だから、あまり変なこと言ったりするなよ」
「変なことって何?」
「例えば、俺のことや兄上のことだよ。できれば巻き込みたくない」

 すっかり忘れていた様子で「あ……、うん、気を付ける」と言いながらダニエルはカリっと眉の端を指で搔いていた。

 しばらくするとシャールが部屋にやってくる。
 ダニエルはぴょんと長椅子から立ち上がると、淡々とシャールと会話を交わし、互いに笑顔を見せる。

――俺には絶対に見せないのに……。

 シャールの嬉しそうに、はにかんだ顔が眩しくて、ダニエルが羨ましくて、二人の会話に気が付くのが遅れた。
「今度、僕の伯母がお茶会を開くんだけど、君も来ない?」とシャールを誘っているのを聞いて、まずいと思った。
 二人の間を割くように割り込めば、途端にシャールの表情が沈んだ。

「もう部屋に戻れ」

 苛ついたようにオーディンが声を出せば、落ち込んだようにシャールは「うん……」と小さな声で返事をした。
 寂しそうに、とぼとぼ帰って行く姿に、胸が締め付けられるように苦しくなる。
 シャールが出て行ったあと「あーあー」と後ろからダニエルの溜息が聞える。

「オーディン……? そんな態度じゃ仲良くなれないと思うよ」

――そんなこと、言われなくても分かってる……。

 ダニエルに飴の入った包みを、背中に押し当てられ「渡しておいでよ」と促されて、その包みを手に取り、急いでシャールの後を追いかけた。
 呼び止めれば、驚いた顔で目をくるくると動かして、怯えた態度を見せる。それは何時ものことだが、好かれていないことをオーディンは改めて実感した。
 本当なら、美味しい飴を買ってきたから一緒に食べよう、と言いたかったのに、やっぱり言えず「忘れ物だ。後で食べろ」と渡すのが精一杯だった。
 強引に飴の入った包みをシャールに渡し終え、急いで自分の部屋へ戻れば、ニヤ付いたダニエルの顔が、腹立たしく感じて、そっぽを向いた。

「ちゃんと渡した?」
「渡した」
「で?」
「……?」
「だから、渡してどうしたの?」
「どうって……、渡しただけ」

 ぽかんと口を開け、一旦口を閉じた後ダニエルは「信じられない」と言い、心の底から駄目男を見るような目を向ける。

「一緒に食べようって、誘ったら良かったじゃない」 
「い、言おうと思ったけど……、言えなかったんだよ」

 シャールを前にすると気持ちばかり焦ってしまうし、これ以上嫌われたくない……、とオーディンは落ち込む。
 けれど飴を渡せただけでも良かったと思う、明日、味の感想を聞けるし、その時に自分も食べたいと言えば、一緒に過ごせる。
 いつだって頭では簡単にシャールを誘えるのに、実物を目にすると上手く行かなかった。

「シャールと仲良くなりたいなら、努力しないと」
「努力はしてる。けど嫌われているんだから、奇跡でも起きないと仲良くなれないだろ……」
「分かって無いね……、そもそも、奇跡って言うのは努力するものなの! 努力して頑張った人にしか奇跡は起きないの!」

 なんだか、わけが分からなくなって来たが、奇跡は努力、努力は奇跡と何度も刷り込まれ、とにかく努力をしろと言う話だった――。
 
 それから数日後、事件が起きた。
 オーディンがダニエルに忠告するのを忘れていたせいで、ノイスン家から正式なガーデンパーティーの招待状がシャール宛てに届くと、ガイルにどういうことなのか、と聞かれる。
 正直に挨拶をしたいと言うダニエルの申し出を断り切れなかったことを伝えれば、ガイルは厳しい目を緩めることなく「君にシャールが守れるか?」と言われ、当然「守る」と返事をした。
 
――決して危険な目には遭わせない。
 
 とオーディンは自分に誓いを立てた。
 
 その日の朝食後、シャールがガイルの後を追いかけて行くのが見えて、無性に二人の関係が気になり、自分もあとを追った。
 見つからないように、そっと柱の隙間から覗き見ていると、ガイルに直ぐ気付かれしてしまい、彼がニターっと大人げない意地悪な笑みを向けて来る。
 バレてしまったのは仕方ないと思い、そのままシャールに声をかけ、一緒に図書室へ行くことにした。

「あのさ、飴……食べた?」
「あ、うん。綺麗だから、もったいなくて少ししか食べてない」

――かわいい……。

 嬉しそうに答えるシャールの姿に、きゅんとオーディンの胸が鳴る。並んで歩くのも初めてで、普通に会話をするのも今日が初めてだった。
 自分より頭一つ背が小さいシャールを横目で見れば、いつも通り少し怯えているような気がして「気に入ったなら、また買ってきてやる」と言えば、驚いた顔をした。

「……なんだよ。いらないなら、そう言えばいいだろ」

――あ……。

 つい、キツイ言い方をした。
 カーッと顔が熱くなり、自分の下心がシャールに伝わっている気がして、急に恥ずかしくなる。
 少し間を置いてから、シャールは可愛らしい唇を動かし「いらなくないよ。ありがとう」と微笑んでくれた。
 今までのことを考えると夢のような出来事で、あの飴の、まじないは本物だったとオーディンは思った。
 けれど、あっと言う間に図書室に辿り着いてしまい、一気に残念な気分になる。しかも次回の授業で、性教育を教えるとシルヴィアがシャールに伝えているのが聞え、オーディンは腹の奥から不快な感情が湧き出てしまう。

 今まで気が付かないフリをしてきたが、どう考えてもシルヴィアはシャールをおかしな目で見ている。
 ベタベタと肩に触れたり顔を寄せたり、オーディンは自分ですら触ったことが無いというのに、羨ましい気持ちと、苛立つ気持ちが混在して、いつも叫び声を上げたくなっていた。
 絶対阻止しなければ、と勝手に誓いを立て、昼食の時間に思い切ってシャールに「部屋に来る?」と声をかけた――――。


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