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オーディンの願い
#26
しおりを挟む――触れた唇が熱い……、どうして、こんなことに……?
自分の行動すら制御出来ず、こんなことしては駄目だ、と思うのに止められなかった。
ことの発端は――。
昼食時にシルヴィアから性教育を教わらなくても自分が教えるから、と説得するためにシャールを自分の部屋に誘ったことが始まりだった。
何の疑いも持たず「わかった」と、こちらの言うことをすぐに聞いてしまうシャールのことが逆に心配になる。
オーディンはコクリと喉を鳴らし、手始めにシャールの気持ちについて聞くことにした。
「お前って公爵が好きなのか?」
そうだと言われたら、ガイルが相手なら仕方がない気もしてくるし、そもそも、どうしてそんな確認を自分がしなくてはいけないのかと、オーディン自身も、よく分からない不安な気持ちと戦っていると「好き?」と逆に尋ねられ、その様子から何となく察しが付いた。
オーディンは急に気が楽になり、シャールの隣へと腰を落とし「森で暮らしてたんだろ?」と言葉をかけると。
「うん、今は冬だから、すごく寒いけど綺麗な湖が近くにあってね、それからね……」
一生懸命、森で生活していたことを話し出すシャールが可愛い、ただ、その様子を見て、本当は森に帰りたいのでは? と感じた。
ひとりで暮らすのが大変だから、ガイルが屋敷に招き入れたのは本当だと思う。
けど、楽しそうに、嬉しそうに話す姿を見れば、森に帰りたいと思っている気がして、おかしな考えが浮かぶ。
自分は王室なんて嫌いだし、もしシャールが森に帰りたいと言うのなら、一緒に暮らすのもいい……、そこまで考えて、はっとした。
馬鹿なことだと考えを改める、シャールが自分と一緒に森で暮らす選択をするわけがないし、現実にはありえないのに、そうなればいいと想像して、頭の中で勝手に盛り上がる。
つい「行って見たいな……」とオーディンの口から零れた言葉がシャールの耳に届くと。
「じゃあ、大人になったら一緒に遊びに行く?」
――え……、本当に……?
まさか、そんなことを言ってくれるとは思ってもいなかった。
顔面の筋肉が解けて、しまりのない顔を晒してる自覚はあったが、嬉しい物は嬉しいのだから仕方ない、今はどんな顔を晒していようが別にどうでも良かった。
シャールが大人になったら一緒に森に行こうと約束をしてくれて、オーディンは嬉しさのあまり、飛び跳ねたい衝動に駆られた。
そんな衝動と興奮を堪えていると、じっとシャールが顔を覗き込んで来る、顔が熱くなると言うことは、自分の顔はきっと赤いはず……、恥ずかしさで、つい「見るな」と言ってしまう。
「ごめんなさい……」
しゅんと顔を下に向け、落ち込んで謝罪するシャールを見て、またやってしまった、とオーディンも落ち込む。
せっかく歩み寄ってくれたのに、今までの時間が一瞬で無駄になった気がした。
ぐっとシャールの手を握り「謝らなくていい、怒ってるわけじゃない」と言えば。
「怒ってないの?」
「ああ、別に怒ってるわけじゃない」
「そうなんだ……、怒ってる気がした」
何とかしてシャールの機嫌を直したいが、何も思いつかないので、仕方なく本題である性教育の話をしたが、やはり夢精すらしたことが無いシャールは、一度も下着が汚れたことが無いと言う。
確かに性欲なんて持ってなさそうだとは思うが、けれど、男の体は欲とは別に成長の証として、体から精を放出しなくてはいけないように出来ている。
どちらにしても、今はまだ教えるような段階では無い気がして、下着が汚れたら教えると言えば、シャールは分かり易くつまらなさそうな顔をした。
「これで終わり? もう帰ってもいい?」
「……」
オーディンは、もっと一緒に居たいと思うのに、シャールは早く部屋に帰りたがっていると知って、そんなに早く帰りたいのかと胸が苦しくなる。
ぎゅぎゅっと手を握り、まだ帰らないで欲しい、一緒に居たいんだ……、と切ない想いを掌から伝えてみるが、そんな思いが伝わるわけも無く、シャールに「どうして手を握っているの?」と疑問を持たれてしまう。
「目……瞑って、それから質問は禁止だ!」
シャールが大きな目を向けて「なぜ?」とか「どうして?」と尋ねられるとオーディンは上手く話せなくなってしまう、だから目を瞑ってもらったが、余計に何も言えなくなってしまった。
そっと腰を上げて、ぴったりとシャールの横へ近付けば、長い睫毛がピクリと反応して、薄紅色の頬がぷるんと揺れた。
もっと近くで見たくて、ただ触れたくて、それだけだったのに……。
気が付けば、唇を重ねていた。
びっくりしたシャールが目を開けて、後ろへ逃げようとするが、腰を抱き込んで捕まえるた。「今のは何?」と聞かれて、咄嗟に「挨拶だ」と答えたが、こんな言い訳が通じるのは、シャールか十歳に満たない子供くらいだろう。
一応、納得はしてくれたようだが、違う問題が発生した。
挨拶だと教えられて、それなら他の人ともしなくてはいけないと、シャールがとんでもないことを言うので、オーディンは「俺とだけの秘密の挨拶だ」と約束をさせた。
もちろん罪悪感を感じるが、それに関しては仕方が無い、こんなことガイルの耳に入ったら、間違いなくオーディンは殺されるからだ。
けれど、どうしよう? と自分の中の焦りも感じる。
――こんな事するつもりなかったのに……。
単純に仲良くなりたいと思っていたけど、その思いは、知らぬ間に恋心へ変わっていたことに気が付いた瞬間だった。
いくら自分が好意を抱いているとしても、こんな一方的なことをして良いわけが無いし、とにかく、今はこの体制をどうするべきか考えないといけない。
自分の腕の中にいるシャールを見下ろせば、自身の唇をぷにぷにと触り、頬をほわっと緩ませていた。
その仕草があまりにも愛らしくて、オーディンの胸が激しく揺さぶられる。
きっと、初めてする口づけを不思議に思っているのだと感じて、喉を嚥下させながら聞いて見る。
「もう一回する……?」
「うん、してもいいよ?」
可愛く首を傾げながら返事するシャールの姿を見て、潔く先程の思いを撤回する、もうガイルにバレて殺されてもいいと思った。
直ぐに唇を重ねて啄む、柔らかなのは唇だけではなく、触れる場所の全てが柔らかくて、強く抱きしめたら潰れてしまいそうな気がした。
ほんのり染まった頬や、少し開けた胸元も、自分とはまったく違う体の作りを凝視してしまう。
――今だけは自分の物……
そう思うとなかなか手放せなくて、身を委ねて来るシャールに何度目かの口づけを交わしていると、扉が叩かれる音が聞え、オーディンは慌てて飛び起きた。
そろそろ気が変になる所だったこともあり、助かったと思うが、口からは「誰だよ」と本音が飛び出る。
文句を言いながら扉へ向かえば、執事が手紙を持って来てくれた。
――またダニエルからか……
今度は何の用だと封蝋を見れば、普段使っている蝋の色の半分が黒い、それは悪い知らせだということを表しており、封を切るのを躊躇ったが、読まないわけにはいかないよな……、と封蝋を見つめていると、シャールの気配に気が付いた執事がニコっと微笑み、口の端を緩めた。
「シャール様もいらっしゃったのですね。御茶のおかわりを、お持ちしましょうか?」
「えっと、僕、もう自分の部屋に戻るから……オーディンの分だけ?」
そう言ってシャールは自分の部屋へと戻って行った。
先程まで一緒に居た長椅子にオーディンは腰掛け、シャールが座っていた位置にあるクッションへ顔を埋める。
「オーディン様、どうかなさいましたか?」
「大丈夫だから気にしないで……」
嬉しくてニヤケた顔が元に戻らない、口が勝手につり上がり、はたから見れば何がそんなに面白いんだ? と眉を顰められそうだ。
ぐりぐりと顔面をクッションに擦り付けていると、執事から「良かったですね」と言われてしまい、オーディンはガバっと顔をあげ「な、何が?」と、どもりながら聞いた。
「シャール様と仲良くなられたのでしょう?」
「あ、……うん、そ、うかも」
くすくすと執事は笑い、御茶を淹れ終わると部屋を出て行った。
誰もいなくなったのを確認して「は……」と疲労感にも似た吐息を吐き、先程もらったダニエルの手紙の封を切った。
内容は兄のサイファが、ガーデンパーティーに出席する知らせだった。
何となく予想はしていたが、それが的中してしまい、軽い眩暈がオーディンを襲う、絶対にシャールに危害を加えさせないようにしないといけない、とシャールが座っていた場所を見つめながら、オーディンは誓いを立てた――――。
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