恋語り

南方まいこ

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オーディンの願い

#27

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 ガーデンパーティーの前日、オーディンはガイルの部屋に呼ばれた。
 重厚な部屋の雰囲気に飲まれそうになりながら、オーディンは促された椅子へと腰かけると、書類に目を向けたままのガイルから、ピリっとした空気の冷気が漂う。
 流石に居心地の悪さを感じ、ガイルから視線を逸らせば、パタンと閉じる引き出しの音が聞え、ようやく彼の口が動いた。

「ガーデンパーティーにサイファ殿下も来るそうだ」
「……はい、知ってます」
「お目当てはシャールだろう」
「そうでしょうか」
「もちろん、貴方への嫌がらせも兼ねているだろう、シャールが俺の親戚だという話は皆に知れ渡ってしまったようだし、サイファ殿下も含め、欲深い貴族達の餌食になるだろう」

 険しい顔を見せるガイルに、オーディンは「責任を持って守ります」と宣言すれば、くすりと笑みを溢した後、ガイルは目をすがめる。

「それはありがたいよ。見ての通り世間知らずの子供だしね……、悪い虫が付かないように見守ってくれるとありがたい。まあ、実際には貴方が一番の悪い虫・・・のような気がするけど」
「……ッ」

 何となくシャールとの秘め事がバレている気がして、視線を逸らせば、オーディンの視界の隅に入るガイルの肩が揺れている気がした。

「まあ、可愛い子だから、気にはなるだろうし、構いたくもなるのは分かる。だが、貴方は第二王子だ。年内に婚姻が決まれば、この国を出て行く、だからシャールを悲しませないと約束して欲しい」

 つまり、これ以上、深い付き合いはするなと警告されているのだと解釈したが、オーディンは黙って頷くことは出来なかった。

「あの……、俺、初めてなんです」
「……は?」

 ガイルは驚いた顔をして立ち上がる。
 その勢いにオーディンも驚くが、先に自分の正直な気持ちを打ち明けることにした。

「嫌われたくないとか、一緒に居たいとか……、初めて思ったんです。今まで俺の境遇は散々で、だから別に誰にどう思われても構いませんでした。だから、今だけでいいので……」
「は……、今だけでいい? 随分と自分勝手なことを……」
「……」
「あの子が貴方に信頼を寄せるようになった時、どうするつもりです? その時になって『結婚しなきゃいけないから、もう会えないサヨナラ』と……、言うつもりですか?」
 
 ガイルの厳しい言葉がオーディンへと直撃する。
 保護者として彼の投げた言葉は正しい、婚姻の申し出を相手が承諾すれば、自分は国を出ることになり、そうなれば、シャールに会えるのは何時になるか分からない。
 あまり情を通わせるのは、お互い得策じゃないことくらいオーディンにだって理解は出来る。ただ、ここで疑問を抱いたのは、シャールが悲しいと思ってくれるだろうか? だった。
 確かに仲良くはなったが、オーディンと会えなくなって寂しいとシャールが思ってくれるとは思えず。

「シャールは、俺がいなくなっても悲しみません……、彼は人に対してあまり興味がないです。普通なら持っていて当たり前の感情が、シャールにはありませんから……」

「好き」と言う感情が分からないとシャールは言っていた。
 それは相手に執着しないと言っているような物で、例外なく自分にも適応されるだろうとオーディンは思った。
 こちらの話を静かに聞いていたガイルが眉を歪せ、ストンと椅子へ腰を落とすと。

「確かに、あの子は……、愛情を知らないし、人との付き合い方も分からない子だ。だからと言って何も感じないわけじゃない、人は変わるし、あの子だって少しずつ変わろうとしている」

 無感情なら、オーディンとどうすれば仲良くなれるのかと悩んだりしない、と言われて、シャールも同じように、屋敷に来たばかりの時は、どう接して良いか分からず悩んでいたことを打ち明けられる。

「申し訳ないが、ガーデンパーティーが終わったら、王宮に戻って頂きたい、俺の方から陛下に話を通しておくよ」

 鈍器で頭を割られるような痛みが脳天を貫いた。
 ガイルにシャールの側にいることを禁じられ、改めてオーディンは、自分がどれだけ小さな存在かを知る。

――何もしてやれない。

 シャールに何を与えることが出来る? 城を建ててやれるわけでも、一生困らない生活を確保してやることも、何一つ与えることが出来ない。

――友人として接することも出来ない……。

 既に自分が抱いている感情は恋心だと自覚しているし、今更、シャールを友人として見るのは困難なことだった。
「失礼します」とガイルの部屋を出て、自室へと戻ったが、気分がスッキリせず、剣を手に取ると、裏庭へと足を運んだ。

 ザっと剣を振り、空気を切り裂きながら思うのは、やはりシャールのことだった。
 この屋敷を出れば会うことも無くなる、そう考えるだけで、心が空虚にむしばまれて行く気がして切なくなる。
 剣をトンと地面に突き立て、深い溜息を吐いていると「お邪魔して宜しいですか?」と、いつの間にか背後にいたレオニードが声をかけて来る。

「どうぞ、俺はもう帰ります」
「あ、いえ、お話しがありまして……」
「俺にですか…?」

 どうやらガイルが明日の注意事項として、兄のことやオーディンが第二王子であることをシャールに教えたと言うが、けれど、それは大した問題では無く。

「シャール様は純粋ですので、オーディン様とサイファ殿下を仲良くさせたいと仰ってました」
「は……?」
「もちろん、ちゃんと忠告しておきました。他人の家庭の問題に首を突っ込んではいけないと」
「……気を遣わせてしまったようですね」

 レオニードは首を横に振りながら、とんでもないと言いながら微笑むと「オーディン様のことを大切に思っているようです」とシャールがいつも自分の話をレオニードにしていると聞き、体温が上昇してくる。
 嬉しいはずなのに、ガイルに忠告された言葉が脳裏に浮かび上がり、心が沈む。

「明日のガーデンパーティーが終わったら、俺は王宮へ帰ります。なので、シャールのこと守ってやって下さい」
「はい、私はシャール様の護衛騎士ですし、それが仕事です」
「そうでしたね」

 少し顎を引きながらレオニードは、純粋なシャールがノイスン家で問題に巻き込まれないか心配だと言う「あの家に集まる者は、ろくな人間がいませんから」と口を尖らせた。

「ああ、そういえば、貴方は次女のルイーズ嬢とご婚約されていましたね」

 ぐっ、とレオニードは喉を詰まらせる。

「子供の頃の話です。あの家のしきたりのせいで、私は騎士の道を諦めさせられる所でしたから、破棄出来て良かったです」
 
 珍しく感情が顔に出ており、瞳を揺らしながら、そんなことを言うレオニードを見つめていると、腹に手を置き、騎士の振る舞いを見せながら彼は言葉を続ける。

「もし、私の手助けが必要な時は、いつでもお申し付け下さい」
「ありがとうございます」

 自分がいなくなっても、レオニードが護衛で居てくれる限り大丈夫だろう、と去って行く彼の後姿を見つめた――――。



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