恋語り

南方まいこ

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オーディンの願い

#24

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 朝食後に行われる図書室の授業で不思議なことを目にする。
 なぜならシャールは読み書きに関しては、大人もびっくりするほどだったからだ。
 講師であるシルヴィアは、普段は王宮の書記管理室に勤務しており、そんな彼が「ほぅ」と唸り声を上げ、優れた知識を持っているとシャールを称賛していた。
 けれど、俗世から離れた森生活をしていたのに、図書室にある全ての文字が読めることに、オーディンも驚いたし、不思議に思った。

――……祖父が学者だったのか?

 それなら納得も出来るが、学者なら森で暮らす意味が無い、ますます怪しいとオーディンが考えていると、不意に視線を感じて顔を上げた。
 窓から差し込む陽の光に照らされて輝くシャールが、じっとこちらを見ており、「何?」と言葉を溢せば「瞳が綺麗」だと言う。
 急に何を言い出した? と思ったが、どんどん頬が熱くなり、心臓も勝手に慌てふためき、自分の体から飛び出てしまいそうだった。 
 このまま授業を受ける自信がなくなり、急いで席を立ちシルヴィアに「気分が悪くなった」と伝え、そのまま逃げるように図書室を出た――。

 とにかく素直で無邪気な性格のシャールは、思ったことを直ぐに言葉に出し、オーディンの心を惑わす厄介な存在だった。
 シャールが微笑むと動悸どうきが激しくなり、感情を管理出来ず、言いたいことを素直に伝えられなくて、つい怒ってしまう。
 当然だが、ある日からオーディンのことを避けるようになった。

――……上手く行かない……。

 自業自得なのに、まるで悲劇に遭った小説の主人公のように、心の奥はうれいに沈んでいく。
 今までだって自分の願いが叶ったことなど一度も無かったし、だから、諦めることには慣れているが、シャールに関しては簡単に諦める気になれなかった。
 ただ、どうすれば距離が縮まるのか分からないし、自分の行動が空回りしているのだけは事実で、漠然ばくぜんと思うことは……。

――嫌われたくない……。

 手遅れかも知れないが、自分の願いは、嫌いにならないで欲しい、それだけだった。
 不意に自室の扉を叩く音と同時に「オーディン様」と名を呼ぶ声が聞え「入っていい」と返事をすれば、自分宛てに手紙が届いたと執事が言う。
 中を開けて見れば友人のダニエルからで、街へ買い物に行かないかと誘いの文面を見て、気晴らしには丁度良いと思い、直ぐに返事を書いて出した。

 翌日、待ち合わせの場所へ行けばダニエルは既に来ており、相変わらず元気な様子を見せていた。
 ノイスン家の四男だと言うこともあり、家督に悩むことも無ければ、婚姻に悩むこともない、要領の良い彼の行く末は第一王子の補佐官だろう。
 出来ればオーディンは自分の補佐として迎え入れたいが、近い将来、この国を追い出される身としては、望めないことだった。
 ダニエルはこちらの顔をじーっと見つめ、輪郭を確かめ終えると、口元を緩め言葉を発した。

「あれ、ちょっと太った?」
「そうかもな」
「なんか健康的になってるから、びっくりだよ」
「まあ、食べる物に困らなくなったせいだろうな」

 今ままでは、ダニエルが家から持って来てくれる簡単な食べ物を口するか、街の飲食店で食べるくらいしか出来なかったが、ガイルの屋敷では、いつでも安全な食事が出て来るのだから、太るのも当然だった。
 近況を互いに報告しつつ、足並みを揃えながら、人の少なそうな飲食店へ入ると、ほっと一息付いたダニエルが「それにしても……」と言葉を続ける。

「公爵も粋な計らいをしてくれるね」
「だな、まさか、公爵家に招待されるとは思っても見なかったけど、彼に感謝してるよ」
「うん、あ……、そう言えば! 公爵が親戚の子を引き取ったって本当?」
「……何だ、もう知ってたのか」

 興奮したようにダニエルが問い掛けて来るが、あまり話したくなかった。

「どんな子?」
「……どんなって、妖精……かな」
「は?」
「何だか、この世の人間とは思えないんだ。いつも、ふわりと漂うようにたたずんでいて清らかで……、かわ……」

 ぼーっと熱にうなされた様に感想を述べてしまい、最後の一言を言い終える寸前で口を閉じた。
 馬鹿なことを言ってると自分でも思うし、当然その言葉を聞いたダニエルは、ぽかんと間の抜けた顔をして、こちらを見ていた。

「う、そでしょ……、あのオーディンが……」
「なんだよ」
「ぼーっと僕の後ろに天使でもいるのかと思うくらい、うっとりしてた……」

 大袈裟な表現にイラっとしたが、あながち間違いでもない、だってシャールの背中には天使の羽が生えていてもおかしくないくらい、可憐なのだから……。
 けれど、まったく仲良くなれてない現状を思い出し、淡い胸の内は炭でガリガリと黒く塗りつぶされるようだった。

「それで、その妖精さんと普段何してるの?」
「……何もしてない」
「ん? え? 何も? 一緒に御茶くらいは飲むでしょ?」
「……一度も無い」
「う、ぁ……、信じられない、一緒に暮らしてるのに?」

 珍しい生き物でも見るかのようにダニエルが、こちらを見て来る。 
 自分だって、出来れば普通に接したいのに出来ないのだから、仕方がない。
 図書室の勉強の時だって、あまり見つめていると、仲良く隣に座り、書物を読み合うという妄想が先行してしまい、変な気分になるから、あまり見ないようにしているし、剣技の稽古だって、後ろから盗み見るだけで、かける言葉も出て来ない。
 現状はどう接して良いか分からないだけなのに、つい強がりを言ってしまう。

「別に、どうせ今の期間一緒にいるだけの間柄だ」

 心にもない言葉を言い、オーディンはツンと横を向いたが、すかさずダニエルに「味方は多い方がよくない?」と言われて、別に味方とかどうでもいいが、男として好感度を上げたいと言う本音を隠しつつ「……どうすればいい?」と尋ねた。
 ダニエルは大きな溜息を付き「お土産でも買って行ってあげたら?」と助言をしてくれる。
 最近出来た焼き菓子店に人気の飴菓子があるらしく「それを買ってあげたら、少しは話かけやすくなるかもね」と悪戯な笑みを向けられる。
 その表情から、絶対に面白がっていると思うのに、自分ではどうしていいか分からないので、彼の助言に従うことにした。

 人気と言うのは本当らしく、店内は大勢の客で溢れており、ダニエルが店のショーウィンドウを覗き込みながら「これが一番人気」と指を指したものは、色々な色が入った飴菓子の詰め合わせの瓶だった。
 
「喜んでくれるかな」
「……妖精さんって凄いんだね。オーディンにそんな科白セリフを言わせるなんて……」

 いちいち感心されて何だか馬鹿にされている気分になるが、とにかく今はシャールが喜んでくれそうな物を贈ってやりたい。

「これが一番人気か……」
「そうだよ、まじない飴とも言われてて、好きな相手に渡すと恋が実るらしい」
「……そんな、まじないで叶うわけないのにな、人はどこまでも愚かだな」
「でも実際上手く行くことがあるから、人気なんだよ」

 真面目な顔をして言うダニエルの言葉を聞き、本当に? とオーディンは思わず信じたくなる。
 教えてもらった一番人気だと言う飴を買う決意をし、店員へ注文をしたが、ちょうど先に注文した客に最後の一個が売れてしまい、買えなかった。

「どうする? 他の物にする?」
「……いや、明日買いに来る」
「え……」
「別に、気に入ったから買おうと思っただけで、まじないがどうとかじゃないからな」

 ふっとダニエルに鼻で笑われ「はいはい」と彼は肩を竦めて口を緩めると。

「じゃあさ、明日、僕が買って持って行ってあげるよ」
「いや、いいよ」
「どうして? わざわざ買いにここまで来るの面倒じゃない?」
「全然」
「あー、なーるーほーどー」

 実にわざとらしい口調で言葉を発すると、ダニエルはコクコクと頷いた。

「妖精さんを見せたくないわけね」
「そんなんじゃない、多分だけど、公爵の意向で屋敷にいる人間以外との接触は避けてる」
「んー、そっか……」

 実際に、シャールが屋敷から出た所を一度も見たことがない、ガイルが世間知らずなシャールを危惧して外に出さないのは理解出来るし、それならばダニエルとの接触は避けた方が無難な気がした。
 けれど、見るからに残念そうに落ち込むダニエルに絆されて、結局、飴を買って来て欲しいと、お願いした。
 偶然、屋敷内の通路でバッタリ会うくらいなら問題も無いと、この時はそう思っていた――――。



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