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季節は変わる
#31
しおりを挟むシャールに会える当日、色々な意味でオーディンは周りに迷惑をかけた。剣術の授業にぼーっとしていたせいで、手合わせしていた相手の木剣が頭部に直撃し、そのまま倒れたり、狩りの仕掛けの授業では、自分の指を罠に巻き込んで怪我をした。
とにかく普段のオーディンからは考えられない出来事に、周りは「オーディン殿下はどうされたのだろう、ご病気なのでは?」と口々に噂される始末。
「あらら……、今日のオーディン殿下はどうされたのでしょうね」
くすっと微笑するダニエルが、拳を作ると口元を抑える。
「別に、ちょっと調子が悪いだけで……」
「調子が悪いと言うよりは浮足立ってるが正しいと思うよ」
揶揄うようにダニエルに言われて、オーディンも確かにちょっと浮ついてるかもな、と自分でも思う。
とにかく何をしても漫ろになってしまい、ふとした時にチラ付くシャールの姿を遮断するのに一苦労した――。
午後の授業が終わりを迎える頃、出来れば今日は会いたくないと思っていた相手にバッタリ出会う。
「オーディン、今日はずっと上の空だった見たいだけど、何かあったのかな?」
兄のサイファは何かを探るような視線を投げながら、今日のオーディンの様子を聞き、何かあったのかと聞いて来る。
もちろん馬鹿正直に答える必要はないので「昨晩、遅くまで読書をして寝不足なだけです」と適当な言い訳をした。
「読書か、そういえば昔からオーディンは書を読むのが好きだったね」
意外な言葉だった。確かに子供の頃は、よく二人で王宮図書室に入り浸っていたが、自分が幼い頃のことを覚えていても、兄が覚えているとは思っても見なかった。意外な言葉を聞きオーディンは瞠目するようにサイファへ視線を向けた。
「どうした?」
「あ、いえ、幼い日のことを覚えているとは思っても見ませんでした」
「……幼い頃の方が良く覚えている」
サイファの顔が、昔を懐かしむような表情に変わったのを見て、オーディンは聞いて見たいと思っていたことを聞いて見る。
「兄上は……、女神のことが好きだったのでしょうか?」
「好き? まさか、そんな感情は持って無いよ」
否定の言葉を吐く様子を見て、昔のサイファの顔を思い出す。
頬を染めて女神を見つめていた彼は、恋焦がれているように見えたが、オーディンの勘違いだったのだろうか? それとも最初からそんな感情は無かったのか。どちらにしても、これ以上サイファと会話を続けていると、シャールの話題になりそうだと感じて、オーディンは「そろそろ失礼します」と言い残し、その場を去った――。
先に門前で待っていたダニエルと合流すると。
「オーディン、ちょっと買い物してから行こう」
「ん? ああ、お土産か」
「そそ、シャールにね」
「お前が買うのは変だろ」
「え、何で」
「何でって……、それは……」
ダニエルが目を細め「あー、そーう? へぇー」と対応に面倒な顔を、こちらに向けて来る。
実にくだらないと思うが、ダニエルがシャールに好感度を得るのはちょっと癪にさわる。なんて心の狭い男なんだと自分でも自覚をしつつ、 取りあえず、オーディンはいつもの飴を買ったが、ダニエルは出店で乾燥した草花を買うと満足な顔を見せる。
――それが土産か……?
何だか奇妙な物を買っているが、それを渡されてシャールが喜ぶわけが無いのに……、とセンスの無い土産を見て、オーディンは肩を竦めると、二人で乗り合いの馬車へ乗り込んだ――。
公爵家の手前で馬車を降り、裏山向かう通路へ向かう。
狭い路地を抜けて裏山付近まで来ると、ダニエルとオーディンはしばし固まり、口の端から「え……」と疑問の吐息が零れた。
何故なら、見慣れた男が目の前にいるからだった。
「おや? オーディン殿下、こんな所で何を?」
それ以上は広がらないだろうと思えるほど、口を両端一杯に広げ、ガイルがニヤっと笑みを浮かべる。
その表情で、オーディン達がシャールに会う約束をしていることがバレているのだと察した。
ここまで来たら仕方ないと思い、正直に「シャールに会わせて欲しい」とオーディンは伝えた。
「いいですよ」
「え……本当ですか……?」
ツンと鼻を鳴らすガイルの横で、側近の従者らしき人間が「ぷっ」と吹き出し笑う。
その従者から話を聞けば、昨日から、そわそわと様子のおかしいシャールを見て、ガイルが問い詰めたらしく、今日会うことを知ったと言う。
「大変だったんですよ、シャール様はオーディン殿下に会えないなら、森に帰ると駄々を捏ねられて、それはもう……、っ」
そこで笑いを堪える従者を見て、ガイルが根負けして折れたのだと知る。彼は顎髭を揺らし威厳を保ちつつ、コホっと咳払いをすると。
「と、とにかく、少しだけですよ」
「公爵、ありがとう」
「だから、仕方なく、です……」
ガイルが自分の主張を曲げるなど珍しい、国王の命令にさえも自分の意思を通すというのに、シャールの我儘に負けたと聞き、オーディンも思わず吹き出し笑いが出そうになった。
ガクっと肩を落としながら、ガイルは裏山から公爵家に通じる森への道順を教えてくれる。裏山の荒れた道を突き進めれば、急に木々が少なくなり、視界が一気に明るくなった。
「そろそろ、入り口かも?」とダニエルが言うのを聞き、更に明るくなった前方を見れば、遠目に人影がぼんやりと見えてくる。
こちらに気が付いた人影が走り出すと大きな声で名を呼んだ。
「オーディン!」
あの日、ガーデンパーティーで倒れた日から、久しぶりに会うシャールが眩しくて、オーディンの胸がドクンと跳ね上がる。
元気のいい姿はもちろんだが、少し大人っぽくなった気がして、途惑いながらもシャールへ手を伸ばし、飛びついてくる体を抱きとめた。
「……オーディン会いたかった」
「ああ……」
「あのね、えーと……」
シャールは何かを言いかけるが、言葉が詰まってしまったようで「ん……」と小さな声を出し、視線を彷徨わせた。
話したいことが沢山あるのはオーディンも同じだったが、不思議と言葉は出て来なかった。
「あのー、僕もいるんだけど……」
背後から聞こえるダニエルの声で、はたとなり、抱きしめていたシャールを引き剥せば、どうして離れるの? と不思議な顔をされた。
どうやらシャールは、恥ずかしいと思う感情が欠けているようで「変なの……」と言い、少し不貞腐れていた。
そのままオーディンの背後にいたダニエルへ向かって、シャールは笑みを浮かべると。
「ダニエル、オーディンを連れて来てくれてありがとう」
「どういたしまして、嬉しそうな顔が見れて良かったよ」
くふふ、と二人して仲が良さそうな雰囲気を出され、オーディンは自分の方が不貞腐れたくなる。
オーディンはレオニードに、シャールと二人で話がしたいと申し出ると、ダニエルと二人顔を見合わせ、含みのある笑顔を見せながら「ごゆっくり」と、二人は距離を取ってくれた。
「シャール、こっちに」
「うん」
近くに設置された木で作られた腰掛けへと誘導し、二人で座ると、早速と言わんばかりにシャールが口を開いた。
「あのね、僕、ずっと謝りたかった」
「何を?」
「パーティーの時、僕がちゃんと待ってなかったせいで、オーディンが王宮に戻って大変な目に遭ったって聞いたから……」
「ああ、そんなことか……、別に大変じゃない、元はと言えば俺の責任だしな」
シャールは何か言いたげに、もごもごと口を濁らせ「オーディンは悪くない」と言う。
「もうやめよう、終わったことだし、どっちも悪かったってことでいいだろ?」
「うん……」
「あ、そうだ。手出して見ろ」
買って来た飴の包みをシャールへ手渡せば、嬉しそうに「ありがとう」と言い「一緒に食べる?」と首を傾げ覗きん込んで来る。
以前は叶わなかった出来事が簡単に出来るようになり、成長した自分が誇らしくなってくるが、ガイルに忠告を受けた言葉が頭を過った。
もしかするとオーディンは年内にこの国を去るのに、今以上に親しくなってシャールの悲しみを深くさせるのか、と厳しいことを言われたことを思い出し。
「シャール、俺が、この国からいなくなったら、寂しいか?」
「うん」
「……なんか、軽いな、この国を出たら二度と会えなくなるんだぞ?」
「え……、会えないの?」
婚姻相手の国へ渡れば、当然のように国務に追われるし、それに婿入り候補の国は片道だけでも移動に数十日以上かかる。そうそう国を留守には出来ないんだ、と伝えるとシャールの瞳が揺れた。
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