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オーディンの行方
#49
しおりを挟む来た道を戻り、王宮に来る時に見た神殿へと到着したシャールは、大きな建物を見上げた。
扉の所々にガイルが言っていた水鳥の彫り物が見える。そのまま視線を下へ降ろすと、飾り門に何重にも鍵がかけられているのが目に留まる。
王宮に仕える人間が、その鍵を外すのに悪戦苦闘しており、作業する人間達を見ながら、サイファは「こんなに厳重に封鎖する意味が分からないね」と愚痴を言う。
やっと門の鍵が外れ、大きな扉が開かれると、ガランとした神殿内に天上から光が差し込み、中央の女神像を照らす光景が飛び込んで来る。
シャールは引き寄せられるように、その女神像へ近付いた。
――おかあさん……?
胸元で手を組み、何かに祈りを捧げている女性の像は、微笑んでいる、けれど、これが母だと言う実感はシャールには湧かなかった。
横に並んだサイファが、軽やかに口を開くと「どうかな?」と言いながら、シャールの顔を覗き込んで来る。
「えっと、綺麗な人?」
「……そう、それだけ?」
「うん、後は広い場所だと思います」
「そう、ちょっと横に並んで見てくれる?」
サイファはシャールの腕を取ると、女神の横へ立たせた。
「似てると思ったけど、そうでもないのか……」
くすっと鼻を鳴らし「残念だな」とサイファは小さく呟いた。
シャールと女神像が似てないと分かり、欲求は充たされたのか、ふと彼の視線が奥へと移動した。
それに釣られるように、自分も背後へ目を向けようとしたが、ガイルが「シャール」と名を呼んだので思い留まった。
「サイファ殿下、もう満足でしょう……っ……!」
ガイルが言葉を言い終える前に、サイファがシャールを抱き抱え、背後にある祭壇へと連れて行くと「ここに女神がいつも居たんだ」と言い、装飾が煌びやかな椅子に座らされた。
入り口からは分からなかったが、中央通路を支えるように天井へと突き刺さる柱に御霊語りの言葉が書いてあり、シャールは無意識にそれを口にした。
「光の子は、全てを浄化し天へと誘う……、我が心の声は、この地に留まり真実を述べる……、っ」
ガイルが慌てて駆け寄って来るとシャールの目塞ぎ、そのままサイファから守るようにシャールの前へ立ちはだかった。
「そう、あれが読めるんだね、そうか、やっぱり君は女神の子だったか……、あの薄汚い騎士との間に生まれた……」
「殿下っ、シャールは世界中の言葉を理解しているだけです」
「……理解ね、諸国の学者を招いても、この文字が解読出来なかったのに?」
サイファは遠い目をし、何かに取り憑かれたように話し出した。
彼が子供の頃、隙を見ては神殿へ忍び込んでいたと言い、優しく美しい女神は、唯一サイファに期待をしない人間で、一緒にいると気が安らいだと、彼はポツポツと話を続ける。
「けど、オーディンは違った。何でも熟していたよ、嫌な授業も剣術もね。だから、王の座はオーディンが継承すればいいと思っていた……、私は女神さえ居てくれたらそれで良かった……」
けれど、ある日、見てしまったと言う。
騎士と抱き合い、愛を語り合うかのように寄り添い、口づけを交わす姿を見て怒りと悔しさで寝込んだと、怒りを漂わせながら、サイファは話しを続けた。
「酷いと思わないか……? 神聖な女神に、汚い手で触れ、その身を汚したんだ。だから、消してしまおうと思ったよ」
「殿下!」
「薄汚い騎士を消してしまえば、そうすれば、また清らかで優しく、自分だけのテラに戻ってくれると思った」
くすくす笑うサイファだが、穏やかな笑みでは無いことくらいシャールにだって気が付いた。なぜならガイルの背中や、自分を庇う彼の手に緊張が走っているのが分かったからだ。
向かい合っているサイファは、薄っすらと浮かべた微笑みに、憎悪を混じらせながら、小首を傾げると。
「消してしまえばいい……、実に単純な考えだ。けど当時、子供だったし、そう思っても仕方がないことだ。公爵は知っていたんだろ? 私が何をしたのか……」
サイファが近付いて来ると、ガイルの腰の剣を抜き、自身へ刃を向ける。
「殿下! 何を……?」
「まったく、騎士という存在は何処までも私の邪魔をするから嫌いだ」
そこまで言い終えると、彼は自分の腹に剣を刺して倒れた。
「殿下!」
ガイルが慌ててサイファを抱き止めると、様子を見ていた警護の兵士も走って来る。
サイファは息も途切れ途切れに「捕ら、えよ……」と言う。
「何をしている……、私は公爵に刺されたのだ、さっさと……公爵を捕らえよ……」
その言葉を残し、サイファはパタリと力を失い崩れた。
慌ただしく入って来た騎士達は、遠巻きながらにも一部始終を見ていたため、ガイルを捕らえてもいいのかと困惑していた。
彼は深い溜息を付くとシャールに「安心しろ、直ぐにレオニードが来る」そう言って微笑んだあと、挑むように周りにいる騎士へ声をかけた。
「どうした? 俺を捕らえるんだろ?」
「で、ですが、公爵様」
「かまわん、俺を連れて行け、その代わりレオニードを呼んでくれ、シャールを屋敷に帰したい」
「わ、分かりました」
シャールは言葉が何も出ず、ガタガタと震えた。
血だらけで倒れるサイファと、濡れ衣を着せられたのに笑顔を見せるガイルに、自分は何も出来ず、言葉もかけられなくて、呆然と事の経緯を見守るしか出来なかった。
――どうして、こんなこと……
床に広がる血溜まりを見つめ、サイファの言っていた言葉が脳内で木霊する『薄汚い騎士を消してしまえば……』もしかして、自分の父親はサイファに殺されてしまったの? と恐怖で震える胸を押さえていると、レオニードが駆けつけてくれた。
「シャール様! 公爵様が捕らえられたと聞きましたが、一体……」
「あのね、違うの! 僕はちゃんと見てた、サイファ王子がガイルの剣を抜いて、自分でお腹を刺したの、……、見てた、僕は……ちゃんと見てた……なのに……」
レオニードの顔を見て緊張が解け、膝が落ちた。
咄嗟に彼が支えてくれたが、足に力が入らないことを彼が悟ると、自分を抱きあげ馬車まで連れて行ってくれた。
何が起きたのか分からない彼に説明をしないといけないのに、話さなければけないことが多すぎて、何から話せばいいのか分からなくて、じっと自分の掌を見つめた。
「無理に話さなくても大丈夫ですよ。今は体と心を休めて下さい」
話さなくても大丈夫なんて、そんなわけがない、レオニードの固く結んだ手が震えているのだから、とシャールはこくりと喉を動かしながら震える唇を動かした。
「あの……ね、最初は女神の彫刻を見ていただけだったのに、僕が馬鹿だったから、秘密にしてた出生が知れてしまって……、それでサイファ王子は、僕のことを薄汚い騎士の子だって急に怒りだして……っ」
とめどなく溢れる涙で、前が見えなくなって来る、零れる涙を掬いながらレオニードが「何を馬鹿なことを」とふわりと抱きしめてくれた。
「もっと早くに伝えておくべきでした。本当はシャール様の護衛任務を終えた時に……、と思ってましたが、今が貴方にお渡しする時のようです」
そう言ってレオニードが、自身の懐から取り出した掌には、青白く光る小さな水晶が乗せられていた。
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