恋語り

南方まいこ

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オーディンの行方

#50

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 一瞬、自分の水晶なのかと思ったが、よく見ればひと回り小さい感じがした。
 レオニードがシャールの手に乗せると「声を聞いてください」と言う。

「……え」
「シャール様なら、声が聞えるはずです」

 どうして、それを知っているのかと思ったけれど、ガイルが信用してレオニードに御霊使みたまつかいのことを告げたのだと解釈した。
 自分の掌に乗る水晶を握り締め(我の元へ―)と思念を飛ばせば、灰色の彷徨う喪霊そうれいがふわりと現れる。忘れ形見で簡単に呼び出せたということは、持ち主であるレオニードをずっと見守っていた喪霊そうれいだということにシャールは気が付く。
 灰色の靄は自分達の周りを一周すると「シャール」と名を呼んでくれる。
 どうして名前を知ってるの? と聞けば、その喪霊は「自分が名付けたからだよ」と言い「君がどれだけ成長しても、私には直ぐに分かる」と喪霊はシャールの周りを、ふわり、ふわり、と漂う。

「レオニード……、これ……」
「声が聞えましたか? それは貴方の父親ですよ。そして私の父でもあります」
「え……、それじゃあ……」

 ずっと感じていたレオニードの暖かな手と安心感は、護衛騎士だという義務だけでは無いことくらい、シャールだって薄々気が付いてた。
 だからガイルと一緒で、女神に関係があるのかも知れないと思ったこともあったけれど、女神の話をするとレオニードの表情が曇るので、ずっと不思議に思っていた。

「じゃ……あ、レオニードは僕のお兄さんになるの?」
「そうですよ、今はたった二人の家族です」
「そうだったんだ……」
「実感湧きませんよね。私も最初はそうでしたから」
「いつから知ってたの?」

 馬車に揺られながら、レオニードは初めてシャールを見た日のことを話し出した。
 親元を離れた十三歳の時、ガイルが持つ外交部隊へ最年少で入隊し、数ヶ月後に父親の死を知ったと言う。
 それから、しばらくしてガイルに初めて言霊の森へと連れて行かれ、その道中にシャールの説明を受けた、とレオニードは話を続ける。
 森に到着した時は既に夜は更けており、祖父と会い、挨拶を交わした後、寝室で眠るシャールを紹介されたと言う。

「半分血のつながった少年は、大変可愛らしい子供で、守られるべき存在だと思いました。そして、眠っていてくれて良かったとも思いました。私は任務とはいえ、既に何人も人を殺めてましたし、血生臭い自分が純真なシャール様に対面するのは怖かったです……」
「そう……、じゃあ、じいちゃんとも話したの?」

 コクリと頭を縦に動かし、レオニードは祖父に『何もかもを失った時は、自分以外の大切な物を見つけろ』と言われたと言う。
 彼は躊躇ためらいがちに唇を動かすと、女神がシャールを産んで直ぐ、父親であるフレイが言霊の森へと連れて行き、祖父に託したことをガイルから聞き、申し訳なく思ったと言う。

「どうして?」
「私は恵まれた家庭で……、少なくとも両親から愛情を受けて育ちました。けれどシャール様は両親の顔すら知らず育ったのですから、不憫に思いました……」
「でも僕は気にしたこと無かったよ? ずっと、じいちゃんが唯一の家族だったし、それにガイルの家に来るまで、森の外に、こんなに沢山の人が暮らしてることも知らなかった」

 シャールの言葉を聞き、嘆息を吐いたレオニードは、その状況を作ったのが自分の父親だと言うことが許せないと言う。
 ふわりと漂う喪霊そうれいが「すまない」と言うのが聞えた。

「すまない……って」
「え……」
「あ、お父さんが、そう言ってる」
「ああ……、はい……」
「レオニードは嫌いなの? お父さんのこと?」
「いいえ……」

 シャールは父親の喪霊そうれいに手を伸ばし「良かったね」と声をかけた。

「でも、どうして僕のこと嫌いにならなかったの? 僕の存在はレオニードのお母さんを悲しませたのでしょう?」
「急に腹違いの弟が出来たので途惑いましたが、不思議と恨んだり、嫌いだと思うことはありませんでした」
「そう……」
 
 途惑ったと言うが、本当はそれ以上の葛藤があったと思った。
 自分の父親が他の女性との間に子を作り、いきなり弟だと紹介をされて、消化しきれない感情が、レオニードにはあったはずなのに、自分に騎士の誓を立ててくれた彼に、シャールの胸奥が熱くなる。

「まだ実感は湧かないけど、僕に大切な家族が出来たことだけは分かった」
「シャール様……」

 ふわっと心が温かくなると同時に、それを切り裂く嫌な感情が急に襲い始める。あの時、サイファの言った科白せりふを思い出し、シャールは言葉にした。

「薄汚い騎士を消す……」
「え……」
「サイファ王子は確かに、そう言ったよ。きっと、あの人がお父さんを……」

 そこまで口にすると、シャールの周りをふわりと漂っていた灰色の父の喪霊が消えてしまった。

「あ……っ」
「どうされました?」
「うん、お父さんが消えちゃった」
「ああ……、そうですか……、シャール様、私は父が誰に殺されたかは暴きたいとは思いません。消えてしまった父もそうなのでしょう。けれど、私はずっと母が毒を盛ったと思っていましたから、違うことが分かり長年の蟠りが解けました」

 清々しい表情を向けるレオニードは、シャールの瞳をじっと見つめ「ありがとうございます」と言う。

「でも……、お父さんが殺されたなら……」
「いいえ、誰が父親を殺害したのかを暴いた所で、逆に足元をすくわれ、こちらが罰せられる可能性だってあるのですから、安易な言葉を吐いてはいけません」

 彼の教えにシャールは「分かった」と頷いたが、本当は納得出来なかった――。


 見慣れた公爵家が遠目に見えて来ると、門前に大勢の召使が集まっており、執事のフランシスが泣きながら近付いて来る。
「公爵様はどうなったのですか?」と声を震わせており、既に早馬で知らせが届いてた公爵家は、どんよりと暗い影を作っていた。
 使用人も含め皆が悲しみに暮れている様子を見て、気休めかも知れないと分かっていても、シャールは自分の思うことを皆に告げた。

「大丈夫、僕が何とかする。今はサイファ王子と会えないから、何も出来ないけど……、絶対になんとかするからね」

 執事と召使いに、シャールの強い意志を伝えていると、馬車が一台公爵邸前で停まった。
 こんな時に来客なんて……、と馬車の方を見ればダニエルが駆け下りて来るのが見える。

「シャール! 大丈夫?」
「うん……、僕は大丈夫」
「公爵が捕まったって聞いたけど、何があったの?」

 ノイスン家にも情報が届いており、心配になったダニエルが駆けつけてくれたようだった。
 とにかく事情を説明する為に、応接室へとダニエルを招き入れ、主を失った使用人たちも、ガイルの心配をして訪ねて来てくれた客人をもてなしてくれた。
 早速ダニエルに神殿での出来事を話せば「そう……、そんなことが」と深い悲しみの表情を見せた。

「あのね、ガイルの剣をサイファ王子が奪い取ったのは、騎士の皆も見ていたから証言はしてもらえると思う……」
「シャール、たぶん、証言は得られないよ」
「そんな……」
 
 ダニエルに王族はそんなに簡単な存在じゃない、と厳しく言われる。見ていた騎士もサイファが黒と言えば黒と証言すると教えられ、そんな理不尽なことがあるの? とシャールは、もやもやとした感情が渦巻き始める。
 ダニエルは一呼吸置いた後、首をひねりながら「けど……」と唇を動かす。

「よく分からないな……、公爵様を失脚させても何の得もないのに……」

 ティーカップを持ち上げたまま、彼は何かを考えている。
 レオニードは一瞬こちらへ視線を向け「おそらく、狙いはシャール様かと……」と言葉を溢せば、ダニエルは当然の疑問を口にした。

「え、どうしてシャールが狙われるの?」
「たぶん女神に似ていることが理由かと……」
「そうなの?」
「公爵様がシャール様を保護している限り、自由に招くことも出来ませんので、排除したかったのだと思います」
「あ、……そういうこと……」

 この時、あれ? とシャールは思う。

「ダニエルは女神に会ったこと無いの?」
「ない、ない、女神に会えたのは一定の身分の人と、お金持ちだけだよ」

 どうやら女神に会うには多額の献金けんきんが必要で、一般の貴族や子供が会えるような人では無かったと言う。
 
「そう……、シャールは女神に似てるんだね、なるほどね、サイファ殿下が、執着する理由はそれか……」

 どうやら、サイファの性格が変わったと感じた時期があったとダニエルが言う。
 それまではオーディンとサイファは仲が良かったらしく、変わったきっかけが「女神」と言うのを聞いて、神殿での会話を思い出した。

「ねえ、ダニエル、サイファ王子は王様になるのに興味が無いって言ってた」
「あー、そうだね、と言うか、オーディンが何でも器用に熟す姿を見て、劣等感があったみたい」

 ダニエルは当時のサイファの話を続けた。
 女神に会っている時だけは劣等感が消えると言い、サイファは女神を崇拝していたと言う。

「サイファ殿下は王妃様や陛下に厳しくされていたわけじゃなかったし、自由に育てられたと思うけど、やっぱりさ……、周りがオーディンと比べるからね……」

 サイファの心の拠り所が女神だったと聞かされ、その拠り所を失ったのがきっかけで、彼は変わってしまったと教えてくれた。
 サイファの中で女神の存在がどれだけ大きかったのかを教えてもらったが、シャールには身勝手な人だとしか思えなかった。
 とにかく今はそんなことよりも、ガイルの件でサイファとは話をしないといけないし、彼の口から間違いを認めさせないと出してもらえない気がした。
 冷静になると不安な気持ちが一気に広がり始める、ガイルのこともだけど、自分の出生が知れてしまって、明日からは自分自身のことも考えて行動しなくてはけない。

「はあ、……何だか嫌なことばかり続くね……」

 落ち込んだ様子のダニエルがボソっと言う言葉に、オーディンの死も含まれていることを悟り、彼が生きているかも知れないことを伝えようか迷った。
 まだオーディンの生きてる姿を確認したわけではないし、確証は無いのに伝えるのは気が咎める。下手なことを言って混乱させるのは良くないと思い、やはり伝えない方いいとシャールは口を結んだ。
 一通りの報告と話が終わり、ダニエルは立ち上がると「助けが必要な時はいつでも言って欲しい」と言い残し、彼は帰って行った。

「シャール様、もう、お休みなられた方がいいです」
「うん……、あ、あのね……、これからは普通に? 接して欲しい……」
「……」
「だって、レオニードは僕のお兄さんなんでしょ?」
「現在、私は護衛騎士ですので、任務が終わるまでは今まで通りでお願いします」

 そう言ってレオニードは、ほんのり頬を染めると、シャールを自室に残して出て行った。
 本当に色々なことが重なり、ガイルが捕まってしまったという、新たな絶望に気持ちが追い付かなくて、シャールは眠たいのに寝付けない夜を過ごした――――。



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