恋語り

南方まいこ

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僕に出来ることを

#51

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 数十日が経ち、シャールが毎日のように王宮へ届けている手紙は、無念にも公爵家に送り返されていた。

「また、封も開けられてない……」
「それとは別に、本日はこちらが送られてきました……」

 執事のフランシスは、もう片方の手に持つ手紙をシャールへと差し出した。
 見覚えのある金色のリボンと青い色の封蝋、王宮の誰からなのかは、直ぐに気が付いたが、開けるのを躊躇ためらった。 
「サイファ王子から?」とシャールが言葉を発すると、執事はコクリと顎を縦に揺らした。
 手紙の内容を見れば、面会できるようになったので、シャールに王宮へ一人で来て欲しいと書いてある。
 その内容を聞き、背後にいたレオニードは、こちらへ一歩近付くと……

「シャール様、一人で行かせるわけには行きません」
「でも行かないと……」

 逃げていても解決はしない。
 それに公爵家が不安定なことを知っていながら、各貴族がお見舞いだと言い、毎日のように押し寄せて来ては、自分達に出来ることがあれば言って欲しいと言う。
 本当に心配している家もあれば、面白半分の人達もいたり、ここぞとばかり、自分の家の娘を紹介すると言って連れて来る人達もいた。
 そのことに関しても解決しなくてはいけないし、とにかく早くガイルを公爵家へ戻してあげたかった。

「ねえ、フランシス、これは今日来いってことなの?」
「いえ、いつでも来て良いと言う意味です。その同封してある青い招待カードを見せれば良いですよ」
「そう……、じゃあ正装した方がいい?」
「今日行かれるのですか?」
「うん、今から行く」
 
 レオニードは、少し期間を置いてからと言うけど、余計な駆け引きをしている時間が勿体ない。どちらにしても、シャールが社交や言葉の取引に関して、サイファより劣っているのは明らかで、優位に立つために何かを模索しても意味が無い気がした。
 自室へ戻り急いで支度を整え、馬車に乗り込むと「必ずガイルをこの家に戻すからね」とレオニードへ告げた。

「無茶だけはしないで下さい」
「うん、分かってる。それじゃあ行ってくる」

 以前の自分なら喜んでいたはず、と招待カードを眺めて思う。
 オーディンが王宮に居れば、この青いカードは特別な宝物になったはずだった。
 馬車に揺られながら、サイファにどうやってガイルを解放してもらえるのかを考えるが、シャールには一つしか方法が思いつかなかった。

――きっと、ガイルに叱られしまう……

 自分が出来る最大のことは、シャール自身をサイファに差し出すことくらいだ。
 それでガイルが解放されるなら、そうすべきだと思う。サイファが自分に興味があることだけは分かっているし、交渉術など持ち合わせてない自分が出来ることは限られている。
 決意を胸に王宮へと向かい、門前にいる案内係にカードを見せれば、以前訪問した時と同じように待合の間へ案内された。

 そして待合に入る際、よく知る人物がシャールへと近付いて来るのが見え、歩みを止めた。
 以前、ダニエルとレオニードがガイルに告げ口をしたことが、きっかけでシャールの教育係から外されたシルヴィアは、その後、元々の仕事である王宮の書記官の補佐をしているようだった。
「シャール様、お久ぶりです」と軽い挨拶をしながら、笑みを浮かべるシルヴィアに、自分も「先生、お久ぶりです」と言葉を返した。

「それにしても、残念ですね。公爵様がこんなことになってしまって、まあ、貴方さえ良ければいつでも私の元へ……っ」

 シルヴィアが言い終える前に、彼の背後に立った人物が肩をポンと叩いた。

「シルヴィア・ホイスタン卿、シャール様は今日サイファ殿下への御見舞いに来てくれたのだから、手を煩わせないように」
「宰相閣下、し、失礼しました。」

 背後にいる男性が誰か分かると、シルヴィアは慌ててその場を離れて行った。
 宰相と呼ばれた男性は、白髪まじりの髪を揺らし「シャール様」と名を呼ぶと、深々と頭を下げた。

「大変申し訳ございません、あのような者を近付けさせたことを、どうかお許し下さい」
「あ……、いえ、大丈夫です。ダニエルのお父さん」

 宰相は目を瞠ると、くすっと笑い「……随分と可愛らしいことを言って下さるのですね」と言う。
 何か駄目な言い方だったのかな? と礼儀正しい宰相の態度を見て、つたない自分の挨拶を考え直していると。

「私は、お父さんと呼ばれる機会が少ないものですから」
「そうなの? あ、そうなのですか?」
「普通に話しても大丈夫ですよ」
「でも……、ちゃんとしないと駄目ですから」

 彼は「そうですね」と言うと、国王陛下と話す時や、正妃と話す時は、ちゃんと礼儀を尽くさなくてはいけないと宰相が微笑む。
 以前、ノイスン家で倒れた時に、何度か会話を交わしたことがあるが、穏やかな彼の振る舞いは表面上だけで、実際は抜け目のない性格であり、計算高いと人だと、オーディンや息子のダニエルから散々聞かされていたが、シャールは良い人に見えた。
 ダニエル達が言うほど、裏のある人には思えなかった。

 しばらく、宰相と会話をしていると、サイファの命令を受けて迎えに来た案内係の人間が、待合の間に顔を出した。
 宰相は小声で「サイファ殿下には気を付けなさい」と忠告をし、最初の挨拶と同じように、深々と頭を下げると待合の間から出て行った。
 案内係の人間が「シャール様、サイファ殿下の元へご案内致します」と歩き出したので、その後を付いて行くと、前回行ったマノエル宮殿とは正反対の通路へ向かい、階段を上がった。

「通路がたくさんあって迷子になりそう」
「そうですね、だから私の仕事があるのです」

 案内係の人はシャールへ笑みを溢した。
 扉の両端に近衛兵が待機する部屋の前で、案内係の人間は「ここはサイファ殿下の公務室です」と言い、扉をノックした。
 中から召使いが現れると「中へお入りください」と言われ、シャールだけが案内された。
 室内に入ると直ぐに「シャール」と名を呼ぶ声が聞え、自分の部屋の倍以上はありそうな空間の応接セットに腰をかけるサイファを目にし、シャールは挨拶をした。

「お久しぶりです。今日は突然来てしまい、すみません、お怪我の具合はどうですか?」
「……平気だよ、急所は外してある。それより、その喋り方は好きじゃない」
「けど……」
「オーディンと話す時は、そんな風に喋ったりしないのだろう?」

 確かにそうだけど、サイファとオーディンは違うし、何となく同じようには喋れないと思った。
 サイファは召使いに部屋の外で待機するように伝えると、シャールに座るように促し、対面して座れば「不満があるだろう?」と言われる。

「はい、どうしてガイルに、あんなことをしたのですか?」
「忌々しい男だよ、女神の護衛騎士、今も昔も私の邪魔ばかりする」

 憎悪を剥き出しにしたまま、サイファは話を続ける。

「薄汚い騎士を女神に晒し、神聖な身体に子を宿すなど、あってはならないことだ。それを許すなんて護衛騎士が聞いて呆れると思わないか?」
「……」
「ああ、ごめん、君がその子供だと言うことを、すっかり忘れていた」

 サイファは笑みを浮かべてはいるが、本心は違うことくらいシャールにも分かる、そして何故か、彼から母の話を聞くのは嫌だった。
 膝の上で作った拳にシャールは力を込め、本題に入ることにした。

「僕、お願いがあります」
「公爵を解放して欲しい、……だろう?」
「はい、だから……」

 いざ口に出すとなると躊躇してしまう、ガイルを解放する代わりに、自分はサイファの言う通り何でもする、と一言言うだけなのに何故か言葉に出来ない。
 押し黙ったままのシャールに、痺れを切らしたサイファが口を開く。

「私の専属の召使になるか?」
「そうすれば、ガイルは解放してくれるの?」
「いいよ」
「本当?」
「ああ、その代わり、君は公爵家に帰れないけどいいのかな?」
「あ……、はい……」

 くすくす笑い「いいよ、今すぐ解放してあげる」と彼は部屋の外で待機する召使いに、指示を出した。
 そしてサイファは改めてシャールに言う。

「もし、君が逃げ出せば、公爵を捕らえる、だから逃げてはいけないよ?」
「はい……」
「君は素直でいい子だ」

 満足そうに微笑むサイファに「逃げ出せば、また公爵を捕まえる」と言われて、絶対に逃げたりは出来ないと思う。
 こうなることは分かっていたけど、本当は嫌だ、逃げたい、と心の奥は否定の言葉で一杯だった。




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