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僕に出来ることを
#52
しおりを挟む翌日、シャールは目が覚めると、ガイルの屋敷ではない部屋の中で視線を彷徨わせた。
扉付近で自分が起きるのを待っていた使用人が、シャールの起床を確認すると、ばたばたと動き出し、部屋中のドレープを開けた。
召使い達に「シャール様、着替えをお手伝いします」と着替えを促され、それに頷いたが自分も召使いなのに、どうしてこんな綺麗な衣類を着せられているのだろう? と疑問が頭に浮かぶ。
普通は制服に自分で袖を通すはずだし、それにシャールに用意された部屋も、召使いが使う部屋と言うよりは、客人用の煌びやかな部屋だと感じる。
「あの、僕は召使いになったと聞いたのだけど……」
「え……」
「違うの?」
「そのようなことは聞いておりませんが、失礼のないようサイファ殿下より命を受けてます」
サイファは召使いにすると言ってたのに、普通に客人扱いをする意味が分からなくて、何かの手違いなのかも? とシャールは思う。
支度を終えると召使いは「それでは失礼します」と言って部屋から出て行こうとするので、それを引き止めた。
「待って、僕はどうすれば……」
「このお部屋でお待ち下さい」
そう言われ、仕方なくシャールは部屋で待機する。
勝手に出歩けば、逃げ出したと言われてしまうかも知れないし、そうなればガイルはまた捕らえられてしまう、それを考えると怖かった。
退屈で何もすることがない時間を過ごしていると、扉がノックされ、サイファの使いの者が「殿下がお呼びです」と言う。
使いの者と一緒にシャールが彼の部屋へと向かえば、丁度部屋から何人もの召使いが出て行く所だった。
「お邪魔します……」
「こっちにおいで、何が好きか分からなかったから、色々と好きそうな物を運ばせたよ」
焼き菓子とお茶が用意されているが、不可解な現状にシャールは言葉を溢した。
「あの、僕は召使いになったのに、どうして……?」
「私専用と言っただろう?」
「……じゃあ、何をすればいいのですか?」
「私が呼んだら必ず来るんだよ」
それだけが仕事だと言われ、取りあえず、コクっと頷きサイファの言うことを聞く。
シャールの返事に彼は笑みを浮かべると、ティーカップを持ち上げ、口をつけた。その仕草はオーディンに似ており、兄弟だから当然なのかも知れないけど、何故か姿が重なるのか嫌だった。
そう言えば、彼はシャールが女神の子だと誰にも言っていないようだけど、どうしてだろうと思う。
もし彼が国王に言っていたら、自分はこの場所にはいないはずだし、サイファのしたいことが良く分からない、と思っていると彼が「オーディン」と彼の名を口にする。
「うちの弟は死んだと聞いたのに、悲しくないのかな?」
「……悲しいです……、けど実感が湧かなくて……」
生きていると信じているし、分かっているから、悲しくは無いのだけど、決してそれは言葉には出来なかった。
シャールの返事を聞きサイファが「分かるよ」と言う。
「私も女神が死んだとき実感が湧かなかったからね」
「そうですか」
「……汚らわしい騎士のせいで病気になった。酷い話だ」
今までの発言で、サイファが父を恨んでいることは分かるけど、死んでしまったことも、父の仕業だと言う彼は、少しおかしいと思ってしまう。
「君は自分の母のことを、まったく知らないで育った見たいだから教えておくよ。彼女は神聖な女性でね、過去を……、そうだ、君は過去は読めないのかな?」
「……僕は、過去は読めません」
「そう、やはり、あの薄汚い騎士のせいだ、あの騎士のせいで血が汚れてしまったんだ……」
そんなことを言う彼を見て、全て父が悪いと判断するサイファは少し異常に感じる。
けれど、シャールに過去を読み取る力が無いことに関して、父親のせいだと納得してくれたことは、逆に良かったと思う。
「あ、そうだ、シャールに見せたい物がある」
「なんですか?」
「女神が書き残した日記のような物があるんだ。それが読めない字で書かれていて……、ほら、神殿の柱に書かれていた文字、あれを読めるのは君だけだからね」
そう教えられて、シャールは単純に読みたいと思ってしまう、けれど、それを読むには、禁断の書物が眠る大聖堂図書室の奥深く、何重もの扉で閉ざされている重苦しい部屋の奥へ行かなくてはいけないと教えられる。
「厳重に保管されているから、それなりに理由がいるんだ、例えば君が女神の子だと証言するとか……?」
「……」
「冗談だよ、そんな証言はしなくてもいい、ろくでもない事を考える輩が出て来そうだし、女神の子を誰かに取られるわけにはいかない」
カツンとティーカップを皿に戻し「日記に関しては私が何とかする」と言う。
「どうして?」
「何が書いてあるのか知りたいからだよ……」
――きっと日記じゃない……。
そう、もし御霊語りなら、日記ではなく故人の記録だと思うけど、それは口には出せなかった。
「そうそう、一番重要なことを忘れていた。おいで……」
「どこへ、行くの……?」
「こっちだよ」
案内されたのは衣装部屋で、サイファは鍵の掛かったワードロープを開けると、綺麗な刺繍が施された薄布のローブを取り出した。
じっとしているように言われ、シャールが大人しくしていると、サイファがローブを肩にかけてくる。
「あ、あ……テラ」
シャールに抱き付き、サイファはそのまま床へと、へたり込む。
高揚し息を弾ませ「これは女神が着けていたローブなんだ」と熱い溜息を付き、瞳を潤ませるサイファを見て、ゾっとした。
ダニエルに教えられた通り、サイファが女神を崇拝していたと言う話は本当で、彼の女神に対する執着が根深い物だと知るには十分過ぎる行動だった。
「女神が帰って来たみたいだ……」と熱にうなされたように言う彼に、同情ではなく、シャールは憐みの気持ちが湧いて来る。
「サ、サイファ王子……」
「……じっとして」
自分よりも、ずっと年下の子供のように縋りつく彼に「僕は女神じゃない……」と言えば「馬鹿だね、分かってる」と返事が返って来る。ふと彼は何かを思い出したように、顔を上げる。
「そういえば、午後から君を父上に紹介しなくてはいけない……」
「王様に会うの?」
「会うと言っても、この部屋に来てくれる。君のことを大事にはしたくないからね、それにシャールが女神の子だと言うのは内緒だ」
満足そうに微笑む彼を見つめ、良かったと思う。
女神の子供だという事実は、誰にも言う心算は無いと言ってくれたことで、シャールは少しだけ安心出来た――。
それから数時間後、サイファの父親、つまり国王陛下が部屋を訪ねて来て、シャールを見て瞠目すると、やはり当然の質問を受けた。
女神の親戚なのかと聞かれたり、森で住んでいたと言うのは本当なのか、とか色々なことを聞かれたが、サイファがやんわりと、助け船を出してくれたおかげで、その辺りの話は無事に乗り越えられた。
けれど、ガイルの話になると、国王陛下は気まずそうな顔を見せ、コホンと咳払いをしながら、国王はサイファへ注意をした。
「まあ、今回の件は、そなたの勘違いだったのだから、公爵にちゃんと謝罪をしておくように」
「はい」
「それとシャールも公爵家の人間、いずれば王宮に仕えて貰う心算ではあったが、まだ成人を迎えてはいないのだから、しばらくは客人として扱うように」
サイファはそれに頷き、シャールは無事に国王との挨拶を終えたが、国王はオーディンの事故に関して気にも留めてない気がして、シャールは寂しい気分になった――――。
その日の就寝時、バルコニーに不審な影が見え、心臓が止まりそうになるが、その影が誰か分かるとシャールは急いでバルコニーの扉を開けた。
暗闇に溶け込む彼は小さくしゃがみ込み、シャールに向かって「小さな声で」と口に人差し指をあてる。
「レオニード、どうしてここが?」
「王宮にいる騎士達は、公爵様の味方ですので、忍び込むのは簡単ですよ、そんなことよりも、問題はシャール様です」
こちらの現状を聞かれ、特に何も問題は起きてないことを伝えると、レオニードは「公爵家へいつ戻れそうですか」と聞いて来る。
「あ、えっと……」
「何か条件を出されたのでしょう?」
それに関しては言えなかった。
けれど、こちらの様子を見て、彼は大体を把握したのか「もしかすると大きな事件が起きるかも知れません」と言う。
「次に迎えに来る時はここから連れ出します」
「無理しないで……、僕は大丈夫だから……、あ、それとガイルは怒ってる?」
「はい、怒られる準備もしておいた方がいいですよ」
そう言ってレオニードは微笑むと、バルコニーから飛び降り、あっと言う間に暗闇に溶け込んでしまった。
ガイルが怒っていると聞き、その姿が安易に想像出来て、シャールは何故か笑みが零れた――――。
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