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02.どうしよう?
しおりを挟む二人で顔を見合わせると深く溜息を吐いた。
「ねえ、カルジーニどうしよう?」
十歳前後の体になった僕は、どうすればいいのか分からないまま、十七歳の身体の時に着ていた上着だけを羽織った。
「仕方ない、お前の家に行くか」
「こんなこと信じてくれるかな……」
「信じるだろ、あまり違和感ない」
――あれ? 今、この人失礼なこと言わなかった?
ふん、と鼻を鳴らしながら失礼な人は、ピっと人差し指を立てて、こちらに向かって話を続ける。
「いいか? お前の家族なら、子供の頃の姿を誰よりも知っているはずだろ?」
それはそうかも知れないけど、舞踏会に出かけたはずの息子が、十七歳から十歳の子供になって帰って来るとは思っても見ないはずだ。
いくら僕の両親だからと言って、直ぐには受け入れられないと思う。
近くの噴水を覗き込み、自分の顔を確認する。
鼻の周囲にある雀斑は少なくなってるけど、せっかく精油で綺麗に整えた髪は、くりんくりんと、あっちこっちに毛先が遊んでいて、顔の作りは失礼な人が言った通り、違和感がないほど十七歳の自分と大差なかった。
「ところで、レジェ、馬車は?」
「あ、友達の馬車に乗って来た」
「じゃあ、ここにしばらくいろ、迎えに来るまで絶対に動くな」
軽く襟足を整えるとカルジーニは、王族らしく堂々たる歩みを見せながら、正面入り口へと歩き出した。
立派な門前に並ぶ馬車を遠目に見つめながら、今の姿のまま永遠に過ごすことになったら? と考えて僕はゾっとした。
――あれ、でも、ずっと、このままだったら死なないんじゃ?
生垣に身を潜めながら、そんなことを考えた。
魔法がどの類の物なのか見当も付かないし、期限付きの物なら、それまで遊びたい放題だし、永遠と言うなら、老後の心配も無く遊びたい放題だ。
むふっと頬を緩ませて、今後の人生計画を練っていると、聞き慣れた命令口調が聞えて来る。
「おい!」
「はい!」
「ぼんやりしてる暇はない、こんな時間に子供が外にいるのはマズいからな」
それ以前に、仮面舞踏会に子供がいることに問題があると思ったけど、それは言わないことにした。
王家の紋章が入った馬車に乗り込み、久々にふかふかの座席を堪能する。
「わ、いつ乗っても、ふかふか~」
「……暢気なもんだな」
「だってさ、しょうがないよね? 戻る術は今の所ないわけだし」
そう言えば、さっきの粉々になってしまった鏡はどこにあるのだろう? 一応アレを修復すれば、僕は元の姿に戻れるはずだし、いや、アレがないと戻らない気がするのでカルジーニに聞いて見る。
「ねえ、壊れた鏡持ってる?」
「ああ、一応持って来た。明日、極秘で調べさせる」
壊れてしまった魔具は王族の管理する魔道研究所へ持って行くと言う。
ロザリア宮殿は国王の王弟殿下が所有する遊戯場、カルジーニが悪戯心で触ってしまったと説明すれば、その辺りは問題なさそうだけど……。
ただ、この王子の性格を知っている身としては〝レジェが悪戯した〟と言いそうで、なんだか嫌な予感がする。
それにしても禁断の魔具を使ってまで、想い人の名前を聞き出したい相手って誰なんだろう? と急に先程のやり取りを思い出した。
「ねぇ、魔具を誰に使うつもりだったの?」
「……言いたくない」
「あ、もしさ、その魔具が見つかったら、僕にも貸してくれない?」
「はっ、そんな物使って誰の想い人を知るつもりだ?」
それは言えないし、言いたくない……、と思っていると、カルジーニに鼻をツンと突かれた。
「憎たらしい」
「えー? なんで?」
「何でも……」
カルジーニはスンと横を向いた。
本当に捻くれているというか、こういう所は子供の頃から変わらないよね、と呆れながら彼を見た。
自分の屋敷まで、あとどのくらいだろう? と小窓から外を確認しようとして少し乗り出した瞬間、ガコッと馬車が傾き、中腰だった僕は、真正面に居るカルジーニの胸の中へと飛び込む形になった。
ぐっと彼に抱き抱えられて、子供だから許されるが、これが元の姿だった場合、かなり気持ち悪い光景だと身を捩った。
「それにしても懐かしいな」
正面から抱き抱えた彼が、そう言いながら微笑むと、くるりと僕を反転させ、膝に乗せたまま話を続けた。
「子供の頃、お前はいつも兄上の後を追いかけていたな」
「そうだった? 全然記憶にない」
「いつだったか、マリア宮殿の森にある川に落ちた時、下着まで濡れたせいで大泣きして……」
よりによって、それを思い出すとは、何て性格が悪いんだ……。
あれはカルジーニが僕の腕を掴んだから、姿勢を崩して落ちたのに、まるで僕が自ら落ちたかのように言う。
本当に、記憶の改ざんもいいところだ、と内心もやもやしてくる。
それにしても、いつまで抱きしめているつもりなのだろうか、そろそろ解放されたい。
「あの、降ろして?」
「また転ぶぞ、家までこのまま抱いてやる」
――くっ!
男前な言葉を吐き出す彼に、急に男として敗北感を覚える。
実際、カルジーニは男らしい性格だし、令嬢相手だと優雅で優しい一面を持っているので、その振る舞いと端整な顔立ちに心を奪われる女性が多い。
――カルジーニの中で一番信用してはいけないのが顔なのに……。
幼馴染の僕からしてみれば、顔以外褒めるところは無いし、この男の性格の悪さを世界中の令嬢に忠告して歩き回ろうかと思えるほどだ。
そんなどうでもいいことを考えながら、しばらく馬車に揺られ、見慣れた風景が流れ始めると、我が屋敷が見えて来る。
その途端、本当に大丈夫だろうか? と心臓がトクトクと逸る。
屋敷の護衛門番が、王家の紋章の入った馬車に気が付き、慌てて門を開け屋敷の敷地へと馬車が誘導される。
「大丈夫かな……」
「大丈夫だ」
そう言って僕を抱きしめている彼の腕に力が入る。
彼なりに励ましてくれていることを感じていると、屋敷の玄関前で馬車が止まった。
外の様子を小窓から見れば、執事見習いのロバートが扉前で腰を折りながら待機している。
カルジーニが僕を抱き抱えたまま、馬車から降りると、ロバートが口を開いた。
「カルジーニ第二王子にご挨拶を……! その子は――⁉」
ロバートの唇がふるふると震えて、カルジーニの胸にいる僕を凝視すると、はっと口を掌で抑える。
きっと、カルジーニの隠し子に思われたに違いないと思い、ロバートに説明をしようとしたが、「レジェ様!」と彼は叫んだ。
すぐに僕だと気が付いた彼は、後へと撫で付けていた自身の前髪がハラリと乱れたのも気にせず近付いて来ると、
「一体、どうされたのですか? そこの王子に何かされたんですか?」
彼に聞かれて、実はそうなんだよ、と僕は言いたかったが、カルジーニの手前もあり、取りあえず口を噤んだ。
ロバートはカルジーニから僕を奪うと抱き抱え、よしよしと頭を撫でてくれる。
「お怪我はありませんか?」
「うん、大丈夫」
けれど、身体が縮んでいることに関しては想定外だったため、舞踏会で何があったのかとロバートはカルジーニに説明を求めた。
絶対に僕のせいにすると思っていたが、面倒臭そうにカルジーニは口を開くと、意外にも事実を話してくれた。
「……やはり、この王子のせいでしたか」
「うん」
「取りあえず旦那様を含め、家族全員でお話をした方が良いでしょう」
ロバートはそう言って屋敷に戻ろうとしたが、背後からゴホンっと、わざとらしい咳払いが聞えた。
「おい、執事見習い」
「おっと、失礼致しました。まだいらっしゃったとは……」
「相変わらずだな、お前……」
犬猿の仲と言うにはピッタリ過ぎて、もはや逆に一周回って親友なんじゃないかと思う。
執事見習いのロバートは王妃の姉の息子であり、本来なら執事などの役職に付くような家柄の人間では無いのに、ある日突然、執事見習いとして我が家に来た。
元々優秀な頭脳を持つ彼は、飲み込みも早く、あっと言う間に執事としての仕事を熟すようになり、王宮勤めの声が何度も掛かっているが、一度もそれに頷いたことは無い。
そんな彼とカルジーニは昔から仲が悪く、二人とも僕の幼馴染なのに、一緒に遊んだ記憶は無かった。
ロバートはチラっとカルジーニへ視線を動かすと、体内から長い息を吐き出した。
「家族会議に参加されるおつもりですか?」
「当たり前だ」
「……畏まりました。ただ夜も更けております。正式なもてなしは出来ません。ご了承下さい」
ロバートが玄関先にいるメイドと従僕へ指示を出し、慌ただしく家族会議が開かれることになった――。
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